第25話 リリア、後宮に行く
「うわ、クリスの奴、転移魔法って拙いよ。リア、僕は青の魔法使いを回収して、ここから離れるよ。兎に角、あまり無理はしないで、もう少しだけ我慢していて」
お兄様が焦った様に闇の中に消えた。クリスティア様の転移魔法は人一倍明るいのだ。もしかしたら警護している兵に気づかれたかもしれない。
「クリスティアン様、時々、いや、結構ダメダメね。本当に困った方だわ…」
今頃になって、クリスティアン様に会えた実感がわいてきた。いつものように、兄が闇を使ってやって来たと思って振り向いたら、目の前にクリスティアン様が立っていたのだ。無表情だった時の癖で、咄嗟に低い声で反応してしまった。内心では、会えた喜びに打ち震えていた。抱きしめられた時の懐かしい匂いも、話す声も、私の心を激しく揺さぶる。
突然、扉を叩く音でハッと現実に引き戻された。
「聖女様、先ほどお部屋の中が光ったようですが、何かございましたか?」
私は扉を開けて、中に誰もいないことを示しながら微笑んだ。
「すみません。ランプに明かりを灯そうとして、少し操作方法を間違えたようで、そのせいで必要以上に光ってしまったようです」
衛兵は疑わしそうに私を見たが、とりあえず中に誰もいないことを確認して、扉を閉めて去っていった。
「クリスティアン様…」
翌日の祈りを終えると、カイラ様が嬉しそうに話しかけてきた。どうやら昨晩、青の魔法使いギル様と想いを伝えあえたようだ。
「待っていてくれたの。ずっと、今まで。ギルのくせに、真面目に告白してくるから、ビックリしすぎて素直に受け入れてしまったわ」
恥ずかしそうに報告するカイラ様は、とても綺麗だ。愛されている自信が女の人を輝かせるって、誰かが言っていたかも?そんなことを思いながら楽しく話していると、突然警備兵がやって来て、私たちを取り囲んでしまった。神殿の人たちは、遠巻きに私たちを見ている。
「何事です?私たちに何か用事でしょうか」
「帝王様がお呼びです。後宮までご同行願います」
まさか昨晩のことがバレたのかと、私とカイラ様は内心焦りながら、兵士の後に黙ってついて歩いた。
後宮は神殿から歩いて行ける距離ではないので、私たちは神殿を出ると馬車に乗せられた。馬車の中は幸い私たちだけだったので、コソコソと話をしても大丈夫そうだ。
「まさか、昨日の件かしら?」
「実は、昨晩少し光が洩れたので、侵入者がいたことがバレてしまったのかもしれません。それが原因であれば、困りましたね。言い訳を考えないと…」
不安に思いながら、私たちは後宮の扉をくぐった。後宮の内装は想像していたような豪華なものではなく、全体的に落ち着いた雰囲気だった。廊下を歩いていると、数名の子供たちとすれ違った。どの子も美少女美少年で、すれ違う度にカイラ様の表情が段々無表情になっていった。
連れて行かれたのは後宮の一番奥まった部屋で、扉の前には警備兵が2名立っていた。私たちが扉に近づくと、扉はすぐに開かれた。
「このまま奥の間までお進みください。帝王様がお待ちです」
私とカイラ様は、恐る恐る部屋の中へ入った。応接間のような部屋の奥に扉が見えるので、そこに帝王様がいるようだ。カイラ様が扉をノックした。
「どうぞお入りください」
執事のような恰好をした落ち着いた雰囲気の男性が、部屋の中へ招き入れてくれた。部屋の中央には大きなベッドがあり、傍らに赤髪の男性が座っていたが、私たちが来ると立ち上がった。
「帝王様、お召しにより参りました。ご機嫌麗しく、…」
カイラ様が挨拶をしようとしたら、帝王様が手を振って挨拶を中断させた。
「堅苦しい挨拶はいい。今日はアニタがお前たちに会いたいというから、呼んだだけだ…」
ベッドの上には、あまり顔色の良くないアニタ様が横たわっていた。前よりも少し痩せてしまっている様に見える。
「カイラ様、リリア様、お会いしてお話がしたかったので、帝王様にお願いしてしまいました。わざわざお越しいただき、すみませんでした」
アニタ様の右手の甲の守護印は消えていた。私とカイラ様は、アニタ様の手を握って癒しの光を注いだ。聖女の癒しは命の光を取り戻すことは出来ない。それでも今までの苦労を、少しでも労いたかった。
「ありがとうございます。気分が良くなりましたよ。朝の祈りでお疲れでしょうに…」
「いいえ、少しでもお力になれれば幸いです。どうかご自愛ください」
「ほう、リリアは平民だと聞いていたが、言葉遣いが貴族の娘のようだな」
突然帝王様の声がして、私はびくりと肩を揺らした。そう言えばそんな設定でここに来ていたが、最近はすっかり忘れていた。
「あら、いくら平民とはいえ、帝王様に嫁ぐのですから、国でそれなりの教育を受けているのでしょう」
カイラ様が、私の肩を引き寄せ助け舟を出してくれた。私は無言で首を縦に振った。
「ふん、そうか。それで、アニタは聖女に何の用だったのだ。治癒魔法師には安静にするように言われているのだ。手短にな」
帝王様は少し離れたソファーにドカリと座った。聞き耳をたてれば、聞こえそうな距離だ。
「ごめんなさいね。聖女に関しての情報がここまで聞こえてくることがなくて、あなたたちのことが気になっていたのよ」
「そうでしたか。私たちもアニタ様のことが気になっていたので、呼んでいただいてよかったです。本来なら帰国されるはず、ですよね。後宮にずっといるのですか?」
小さな声で、アニタ様に囁いた。アニタ様は困った様に微笑んだ。
「そうね、自分の娘はまだ生きていると聞いているの。4歳の頃に離れてしまって、もう娘も46歳、孫もいるそうよ。ゴルゴール国で最後を迎えたい、そう帝王様には伝えたのだけど、今のところお許しは出ていないの」
チッとカイラ様が小さく舌打ちをした。帝王様に聞こえていないか、私の方がドキドキする。
「私たちも今のところ帰国を認められていません。ゴルゴール国とエリシーノ国の聖女は、自国に留まり祈りを捧げています」
「そうですか、それが聞けて嬉しいです」
新たな聖女が母国を離れ、自分と同じような境遇になることに、誰よりも心を痛めていたのはアニタ様だった。それが無くなっただけでも、嬉しいのだろう。




