第24話 sideクリスティアンの焦燥
ガレア帝国に魔法使いたちがやって来て10日が過ぎた。その間に、ゴルゴール国の聖女とエリシーノ国の聖女が守護印を失った。各国には会合の時に聖女の祈りについて説明してあるので、今後ガレア帝国に花嫁を捧げることはしないだろう。
4人の聖女が人質のような形で神殿にいたが、これで2名は解放されるだろう。残りはアウレリーア国の聖女とタランターレ国の聖女であるリアをどうやって開放してもらうか検討すればいいと思っていた。
「元聖女のアニタ様は後宮に、王太子の母であるウルスラ様は離宮に移しました。どちらもガレア帝国には必要な方ですので、国に帰ることは出来ません」
「どうしてそうなるんだ。これでは話し合いではなく、通達ではないですか!」
「あり得ません。聖女の力を失えば、国に戻すのが慣例。そんな道理は通りませんわ」
ゴルゴール国の黄の魔法使いダントン殿と、エリシーノ国の緑の魔法使いのテオドラ殿が抗議の声を上げたが、ガレア帝国の宰相は顔色一つ変えずに聞き流した。
「そして、聖女カイラ様及び聖女リリア様はガレア帝国に花嫁として来られました。したがって、今の時点でお返しすることは保留とします」
「はぁ、どうしてそうなるんだ。カイラは俺が連れて帰る。っていうか返せ!」
青の魔法使いのギル殿が、宰相に掴みかかろうとしたが衛兵に止められた。ギル殿と聖女カイラ様は幼馴染だと聞いている。彼が青の魔法使いになったのも、幼馴染を取り戻すためだと言っていた。色を冠することが出来る魔法使いは、気合いでどうにかなるものではないから、勿論それだけの才能は元々あったのだろう。
「保留ですか?その理由をお伺いしても?」
「現時点で、新たに誕生したゴルゴール国の聖女、エリシーノ国の聖女が国の天界樹に祈りを捧げ、ある程度成果を上げているのは認めますが、同時にガレア帝国でも現在2名の聖女が祈りを捧げていて、その効果があるのも事実です。どちらが正しいのか判断するには、いささか時間が足りないのではないでしょうか?」
「それでは、その判断はいつして下さるのですか?」
胡散臭い宰相の顔を殴りたい衝動をグッと押さえて、僕は宰相に微笑んだ。
「そうですね、それはガレア帝王様がご判断されるのではないでしょうか」
話し合いの席に一切顔を出さないガレア帝王が判断を?ふざけるなと心の中で叫んだ。
「そうですか、それで、その帝王様は今どちらにいらっしゃるのですか?」
「帝王様は…多忙を極め、今は、そうですな、忙しく執務をされている、はずですな」
宰相の顔が少し引きつった。どうせ帝王は、今も後宮で引き籠っているのだろう。どうしてそんな奴にリアを引き止める権利があるんだ?本当に腹が立ってどうにかなりそうだ。
「兎に角、暫くは現状維持でございます。異論は認められませんな」
捨て台詞の様に言い放って、宰相は部屋を出ていった。残されたのは監視役の衛兵と外交官数名だった。キースの顔もあったので、僕は目配せをした。
「魔法使いの皆様、次回の会合は明日以降、決まり次第連絡いたしますので、今日のところは解散願います」
キースが、魔法使いたちの退室を促した。衛兵もそれぞれの魔法使いの後ろについて退室した。残ったのはキースと青の魔法使い、そして僕と担当の衛兵2名だ。
「暫く眠ってくれるかな」
手早く眠りの魔法をかけ、衛兵を眠らせた。魔法使いの担当を、普通の衛兵にするなんて、この国はどこまで平和ボケしているのだろうかと思っていると、キースが素早く防音魔法をかけた。
「さて、これで心置きなく話せるね。いや~、本当に大変だね~」
キースが他人事のようにケラケラと笑った。青の魔法使いのギル殿が、驚いたようにキースを見た。
「初めまして、青の魔法使い殿。僕はタランターレ国の者だから、味方ですよ。実は白の魔法使いとは親友でして、いろいろと協力体制を取っています」
適当な挨拶をキースがギル殿にしている。はっきりと間者ですとは言えないので、まあ仕方ない。
「聖女を取り戻す、という意味では、ギル殿とも協力したいと思っています。アウレリーア国としては、今後どう動くか決まっていますか?」
「いや、まだ国としては決まっていない。だが俺個人としては、何としてもカイラを取り戻したい」
恋人ではないと聞いていたが、少なくともギル殿は大切に思っているのだろう。
「そうですか。我が国も事を荒立てるのは良しとしていません。僕個人としては別ですが」
「今夜、闇にまぎれて神殿に行くのはどうかな?攫うのは拙いけど、とりあえず会っておくかい?」
「しかし、神殿は警備が厳しいのではないのか?」
ギル殿が懸念の声を上げた。確かに今騒ぎを起こすことは控えたい。だからリアに会いたい気持ちをずっと我慢しているのだ。
「いや~入れるよ。流石に転送魔法は目立つから無理だけど、闇魔法なら案外簡単なんだよね」
今まで駄目だと言われて我慢していたのに、実はキースはリアと会っていると聞いて、少しムッとした。
「そうか、闇魔法か。では、今夜一緒に行かせて欲しい。クリスティアン殿、俺も行っていいだろうか?」
「ああ、勿論です。会いたい気持ちは凄く理解できますから」
夜、僕たちはキースと一緒に闇を使って神殿に忍び込んだ。ギル殿とはここで一旦解散した。聖女カイラと話し合ってくるそうだ。キースと僕は、直接リアの部屋へ闇を使って移動した。
「…もう、お兄様、何度言えばわかるのですか?いきなりは…駄目だって……」
キースに文句を言いながら、リアが僕の方を振り向いた。ペリドットの瞳が大きく見開かれた。
「クリスティアン様…」
「リア、会いたかった…」
無防備な寝衣姿のリアを、僕はゆっくりと抱きしめた。華奢な体がびくりと固まった。
「…私はもう子供ではないので、いきなり抱きしめるのはどうなのですか?」
冷静なリアの反応に、会えた感動が萎んでいく。ここは泣いて喜ぶシーンではないのか⁈
「そうだね、兄の僕も一応いるからね。ここで抱擁を見せられるのは困るかな」
キースまでそんなことを言うから、僕は仕方なくリアを解放した。頬がほんのり染まっているリアは可愛い。
リアに、このままではいつ帰国を許されるか分からない状況を説明した。僕の気持ちとしては、今すぐ攫いたいと言うと、「戦争になると困るので、やめて欲しい」と冷静に言われてしまった。
「現状では、難しそうですね。帝王様が決めるというなら、直談判でもした方がいいでしょうか?」
「う~ん、反応が予測できないな。あまり刺激しない方がいいと思う。あの帝王は何を考えているか分からない。リアの素顔も見られているから、これから花嫁として召されることも有り得るし…」
「そうだ、リア。出来るだけ近づくな。僕が必ず連れて帰れるようにする。だから、危険なことはしないで」
リアは困った様に微笑んだ。リアと会えなくなって4か月が経ち、リアの表情もかなり豊かになった。こんな可愛い表情を帝王が見たら、後宮に閉じ込めてしまうかもしれない、そう思うだけで焦燥感が募る。
「善処します。でも、このまま待っていても、あの帝王様は何も変わらないと思うので、機会があれば打開策を講じる…」
「駄目だ、絶対に駄目!!」
咄嗟に反対の言葉が出た。リアはムッとした顔で僕を見ている。そういえば、僕はリアに結婚しようと言って断られたままだった。急にリアが遠くに感じた僕は、そのまま転移魔法でその場から逃げた。キースの焦る声が聞こえたが、その時は冷静な判断が出来ていなかった…




