第22話 魔法使いがやってきました
「まあ、そんなことをされては困ります。今は聖女が二人しかおりません。聖女リリアを連れて行かれると、祈りが疎かになって、天界樹はすぐに枯れてしまうかもしれませんねぇ。困りましたわ~」
カイラ様が、私を背に庇いながらそう言うと、帝王様が明らかに不機嫌になった。しかし、ここで私を連れて行くことは拙いと思ったのか、カイラ様を睨んでから去っていった。一応助かった?
「ありがとうございました、カイラ様」
「本当のことを言っただけよ。でも、きっとこのまま引き下がるとは思えないから、気をつけないとね…それにしても、どうしてここに来たのかしらね」
ほとんど顔を見せない帝王様が、ここに来るなんて、確かに何かあったのかもしれない。それにしても、なんてタイミングが悪いんだろう…
そして魔力限界に挑戦し続けて20日が過ぎた頃、ガレア帝国に各国の色を冠した魔法使いがやって来た。私とカイラ様も、国の魔法使いを歓迎するため、王宮にある謁見の間へ連れてこられた。
「どうして私たちが帝王の後ろにいるのよ…」
嫌そうにカイラ様が呟いた。距離は少し離れているので、聞こえてはいないだろう。
「たぶん、一応花嫁ですから、国の体裁を保つためでは?」
「何が花嫁よ。馬車馬のように酷使しているくせに。今も立っているだけで、足がガクガクなんだけど、本当によく持ちこたえたわよ」
「そうですね。何とかこの日まで頑張れて良かったです」
白の魔法使いであるクリスティアン様が来ることだけを心の支えに、ポーションを飲みながら今日まで何とか頑張って来た。私がガレア帝国にやって来て、すでに4か月が過ぎていた。
「各国の魔法使い様がご入場されます」
音楽隊がファンファーレを奏でると、正面の大扉が開いて漆黒のローブを纏った人たちが入ってきた。ローブにはそれぞれの魔法使いが冠している色で、見事な刺繍が施されて華やかだ。
「え、ギルがいるわ、どういうこと?」
カイラ様が魔法使いを見た途端、私の腕を掴んだ。どうやらアウレリーア国の青の魔法使いが、知り合いのようだ。理由を私に聞かれても困る。
エリシーノ国の緑の魔法使いは20代後半の金髪の綺麗な女性で、ゴルゴール国の黄の魔法使いは茶色の髪に少し白髪が混じる壮年の男性だ。そして、白銀の長髪に紫の瞳の美しすぎる男性…
「…クリスティアン様…」
「あら、白の魔法使い、すごく素敵じゃない!」
カイラ様が私の腕を揺らしながら小さな声で囁いた。確かに謁見の間の老若男女が、クリスティアン様に見惚れているような気がする。
久しぶりに見るクリスティアン様は、文句なしに美しい。私の鼓動も騒がしく、無意識に頬に熱が集まった。毎日見ていたから、彼の顔に免疫が出来ていたはずなのに…誠に遺憾だ。
クリスティアン様の視線が帝王様の後ろに立つ私を捉えて、ゆっくりと目が合った。今日の私は帝王の花嫁らしく、綺麗な聖女風のドレスを着ていた。変装もバレてしまったので、今更そばかすやシミを施す気にはなれず、ごく普通の化粧をしている。カイラ様曰く、帝王様好みの美少女に仕上がっているらしい。(全然嬉しくない)
「ようこそ参られた。各国を代表する魔法使いの皆様。ガレア帝国はあなた方を歓迎する」
ガレア帝王が、威厳のある声で魔法使いたちを歓迎した。
「歓迎してくださり感謝いたします。我々が来たことで、この世界に平穏が訪れるよう、有意義な話し合いができることを祈ります」
黄の魔法使い様が、魔法使いを代表して口上を述べた。
「話し合いは明日からとする。今日はお疲れであろう、各々ゆっくりと休まれよ」
それだけ言うと、帝王様は席を立って謁見の間を出ていった。退出の際、後ろに立っていた私を見たような気がするけど、きっと気のせいだと思いたい。
すぐに退出してしまった帝王様に、魔法使いの皆様も、参列していた貴族の方々も、一様に困惑の表情を浮かべている。
「皆さま、今宵は歓迎の宴も用意しています。それまでお部屋でお寛ぎください」
宰相様が、恭しく前に出て魔法使いの方々に礼をした。どうやらここで謁見は終了のようだ。朝から身を清め、ドレスを着せられたのに、準備の時間の方がはるかに長かった…
私とカイラ様は護衛(見張り)に誘導され、謁見の間を出た。途中ですれ違ったクリスティアン様が何かを言おうとしたが、護衛に止められて近づくことすら出来なかった。
カイラ様の知り合いだという青の魔法使いのギル様も、同様に止められ言葉も交わせなかったようだ。
宴の席に私たちは出ないので、次に会えるのはいつか分からない。
「少しだけ話さない?いろいろ疑問があって、一人では処理できないわ」
カイラ様に誘われ、私はカイラ様の住居がある神殿の奥へ来た。カイラ様の部屋は私と同じような、簡素なつくりの部屋だった。
「聖女の部屋に優劣をつけるとか、本当あり得ないわよね」
カイラ様は温かいお茶をテーブルに置いて、私の向かいの席に座った。
「そうですね。ウルスラ様の部屋にお見舞いに行った時も思いましたが、やはりランク分けをされているのでしょうか?」
「そうかもね。でも、今後は分からないわよ。リリア様は、美少女だってバレてしまったから、帝王様が調度品を変えて、寵愛、なんてこともあり得るもの」
一瞬自分が寵愛されているところを想像してしまい、ぶわりと鳥肌がたった。寵愛なんて、無理だ。
「ふふ、冗談はさておき、先ほど見た青の魔法使い、私の幼馴染なのよ」
「幼馴染…もしかして想いを寄せていた?」
「そう、ね。告白も出来なかったから、相手が私の気持ちを知っているとは思えないけどね」
同い年で幼馴染、周りからはこのまま幼馴染同士、結婚したらいいと言われていたらしい。どちらも子爵家、家格も合う。カイラ様はギル様のことを好きだったが、ギル様の気持ちは分からないそうだ。
「自分の誕生日の日に、告白しようと思っていたの。でも、その18歳の誕生日に、突然聖女の守護印が右手の甲に、ね。もう、どうしようもなくなって、そのままここに来たの」
「そうでしたか。それは辛かったですね」
「そうね、でも、もう過去のことよ。まさかそのギルが、青の魔法使いになっているなんて本当にびっくりよ」
神殿は閉鎖的な空間で、外界の情報にはどうしても疎くなる。自国の魔法使いがいつ代替わりしたのかさえ、容易に知ることは出来ない。年に数冊の本が神殿に追加されるが、情報源にはならないものばかりだそうだ。
「本当にここは、広い牢獄なのよ。天界樹と毎日向き合って祈る、そのためだけに聖女は存在している。長くここにいると、疑問に思っていたことが段々麻痺して疑問すら抱かなくなるの。リリア様が来るまで、私も流されていたわ。あなたがここに来てくれて、本当に良かった」




