第21話 ガレア帝国の帝王
翌朝、祈りを捧げたあと、皆でアニタ様を見舞うため宿舎に向かっていた。お兄様の差し入れのポーションを、皆さんにもお裾分けをしたので、アニタ様にも持っていくためだ。
「ポーションのお陰で、少し眩暈が治まったわ。でも、これがあっても、限界であることに変わりはないし、何とかしないとね」
カイラ様がポーションの小瓶を見て溜息をついた。この状況を打破するには、やはりそれぞれの国に帰り、各国の天界樹に祈りを捧げるしかないのだ。
「方法は分かっているのに、ままならないですね…」
アニタ様の住まいは、神殿の中央にあった。私が住んでいるところに比べると、家具も寝具も高級なものだった。やはり、聖女にもランクがあるのかもしれない。
「アニタ様、体調はどうですか?」
「ありがとうございます。少し元気になりましたよ」
「あの、このポーション、飲んでくださいね。眩暈が治まりますよ」
「まあ、リリア様、貴重なものをありがとうございます」
「いえ、早く良くなってくださいね」
私たちが、アニタ様の住まいを訪れて暫くすると、部屋の入り口辺りが騒がしくなった。誰かが訪ねて来たようだ。
「アニタ、大丈夫か?」
入り口から入ってきたのは、赤い髪の男性だった。
「まあ、帝王様、わざわざここまでお越しくださいまして、ありがとうございます」
アニタ様が嬉しそうに微笑んだ。
「大丈夫なのか?倒れたのだろう。ウルスラもカイラもいたのか、もう一人は新しく来た聖女か?」
「はじめまして、リリアと申します」
「まだ子供ではないか…平民と聞いたが、見た目は、まあ、あれだな…」
「リリア様は15歳ですから、もう子供ではないですわ。ねえ、リリア様」
「あ、はい、もうすぐ16歳で成人します!」
私は慌ててそう言った。子供と間違われて後宮に連れて行かれては困る。見た目があれとはどういう意味だろうか?変装とはいえ、ちょっと傷つく。
「そうか、小さいから子供かと思った。宰相から、祈りの回数を増やして、守護の力が回復したと聞いていたが、アニタが倒れたと聞いて様子を見に来た」
「帝王様、今の回数を維持するのは、難しいと思います。どうか、検討していただけませんか?」
ウルスラ様が帝王様の前に進み出た。帝王様はウルスラ様の行動に少し戸惑った様子だ。
「大人しいウルスラが私に進言するということは、何か問題があるのか?」
「はい、魔力を使いすぎて、アニタ様が倒れられましたが、私たちもいつ倒れてもおかしくないほど、疲弊しています。本来祈りは一回が限度なのです。それを今は2回、毎日行っています。皆が倒れれば、一日一回の祈りすら出来なくなります。そうなれば、天界樹は枯れてしまいます」
「天界樹が枯れる、だと?」
「すでに枯れだしている枝があると、宰相様には報告しています」
「そんな話は聞いていない。天界樹のことは宰相に任せているからな」
帝王様の様子を見て、私は心の中で溜息をついた。今の話を聞いて、深刻な状況をこの王が理解しているとは思えなかった。
「宰相に任せている、私は知らない」で、この世界が危険にさらされているなら、やはりお兄様の言う通り、聡明なアルフ殿下に王位を今すぐ譲るべきだろう。アビゲイル嬢が嫁いできてくれるかは、賭けだけれど…
「帝王様、どうか今の状況を確認してくださいませ。アニタはもう年を取りました。聖女としても、あなたの花嫁としても、引退の時期が近いと思います。心残りは、あなたの心を側で支えられなかったことです。後宮にいてもこの国は良くはなりません。どうかご自身の目で、この現実を見てくださいませ」
アニタ様が、帝王様の顔を見て涙ながらに懇願した。
「アニタ、私には無理だ。知っているだろう。私は出来損ないの王なのだ」
「帝王様、それは違います」
アニタ様は否定したが、帝王様はそのまま部屋を出て行ってしまった。
「やっぱり無理ね。あの王は現実逃避しか出来ないのよ」
カイラ様が、白けた顔で王が出ていった入り口を見た。この部屋にいる間、帝王様がカイラ様を見たのは最初の一回だけだった。やはり短い髪を見る度に、嫌な記憶が甦るのかもしれない。
お兄様に言われた通り現状を訴えてみたけれど、多分帝王はこのまま無関心を通す、そんな予感がした。
7日後、状況が改善されないまま、今度はウルスラ様が倒れてしまった。
カイラ様と相談した結果、祈りは朝の1回にして、これ以上倒れる者がいないよう魔力を温存することを優先した。全員が倒れるよりは、一回でも祈り続けることの方が重要だと判断したのだ。
ウルスラ様が倒れたことは王宮に伝えたけれど、結局帝王様は神殿には来なかった。宰相様も1度確認に来たが、カイラ様と私に頑張るように言っただけで、何も対策するとは言わなかった。
この状況で、聖女を各国に返して欲しいと訴えても、きっと監視が厳しくなるだけで、聖女を国に返すことはないだろう。
「各国の魔法使いが正式に訪問するまで、あと20日ほど…何とかそれまでは、天界樹を現状維持しないと…」
「リリア様の言う訪問が事実なら、この状況も打開できるかもしれないわね。それまでは、ポーションを飲みながら、耐えるしかないわね…不味いから、辛いわ~」
冗談交じりにカイラ様は言ったけれど、それがカイラ様の精一杯の強がりであることを私は知っている。すでに私もカイラ様もポーションがなければ、起き上がることも辛い状態なのだ。
倒れたアニタ様は、あれから起き上がることが出来なくなってしまったし、ウルスラ様もほぼ寝たきりになってしまった。
私たちも一度倒れたら、立ち上がる気力すらなくなりそうで、ただ祈ることだけに集中した。途中からは、そばかすやシミの化粧をする気力も無くなってしまったため、今は素顔のままだ。幸い王宮の関係者はほとんど神殿に来ないので、大丈夫だと油断していた。
その日の祈りを捧げて、重たい体を引きずって神殿を歩いていると、向かいから赤い髪の男性が歩いて来た。
「げっ何でここに帝王が…リリア様、拙いわ」
隣でカイラ様が嫌そうな声を上げた。何が拙いのか、一瞬分からなかった。
「カイラか。もう一人は、まさか聖女リリアか?前と印象が随分違うようだが?」
帝王様の言葉を聞いて、私は見る見るうちに青ざめた。今日は魔法石も付けていないので、日焼けすらしていなかった。白い肌にペリドットの瞳、サラサラのピンクブロンドの髪、確かに拙い!!せめて外套を羽織っておけばよかった…今更後悔しても遅すぎるけれど…
「こんなに美しいなら、後宮へ連れて行くのもいいかもしれないな…」
帝王様が思案顔でそんなことを言うから、私は怖くなってカタカタと震えてしまった。子供枠ならともかく、この感じだと嫁として後宮に行くという意味だろう。




