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第20話 聖女様たちの葛藤

「おはようございます。あら、寝不足ですか?リリア様、目の下に隈が出来ていますわ」

 朝の祈りのため天界樹の元に行くと、ウルスラ様が私の顔を見て心配そうに聞いてきた。

「えっと、少し考え事をしていたら、寝るタイミングを逃したみたいです。今日は、早めに寝ますね」

「慣れない環境は不安でしょう。心配なことがあれば、いつでも相談に乗りますよ」

 アニタ様が、優しく微笑んだ。きっとアニタ様には全てお見通しなのだろう。

「ありがとうございます。まだ、慣れないので、いろいろと教えてください」

 4人で祈りを捧げると、天界樹は少しだけ輝きを増したような気がする。でも、枯れた枝はそのままだ。これ以上枯れる前に、何とか国に戻れる方法を考えないと、本当に取り返しがつかなくなる。

 私が焦ってもどうにもならないと分かっていても、このどうしようもない状況は焦燥感に苛まれる。


 午後になると、神殿にいる聖女たちの元へ、宰相が急に訪ねて来た。

「帝王様は今回の現象を大変心配されています。そこで、今日からは聖女の祈りの時間を増やすことにしました。朝、昼、夕の3回、祈りを行っていただきたいのです」

「は?何を言っているの。朝の一回でも相当の魔力を持っていかれているのよ。それを3回もしろと?」

 カイラ様が宰相様の顔の前に拳を突き付けた。宰相様は避けた拍子によろけて、一歩後ろに下がった。兵士がカイラ様を威圧的に睨んだ。

「宰相、聖女は帝王の花嫁です。無礼は許しません。兵士は下がらせなさい」

 いつもの穏やかな雰囲気のアニタ様が、威厳の籠った声で命令した。宰相様は目線で兵士を下がらせた。

「申し訳ない、聖女アニタ様。こちらとしても、この状況を打開したいのです。せめて朝夕の2回、祈りを捧げてくださいませんか。どうぞお願い申し上げます」

 宰相は困っている様に言っているが、口の端が上がっている。多分これは…


「ああもう、何よあの態度、腹が立つわ」

「カイラ様、落ち着いて。ああ言われては断れないわ」

 ウルスラ様が困った様に溜息をついた。

「わざとでしたね。初めは3回と言って、その後に譲歩したように2回に減らした。あれを断れば、聖女はこの国を見捨てた、と言われかねません。魔力も2回なら、ギリギリいけるかもしれませんし…」

 宰相は普通の人ではなく、狡賢い人だと認識を新たにした。ニヤッと笑った顔を叩いてやりたかった。

「この国の宰相は切れ者ですからね。悔しいですが、ここはガレア帝国、他国の聖女は祈る以外の権限を与えられていませんから、祈ることで祖国の平穏を願うしかないのですよ」

 アニタ様が悲しそうに微笑んだ。きっと今も国に残してきた夫と娘を想って、祈りを捧げているのだろう。魔物や瘴気が増えれば、祖国もただでは済まないのだから…


 その日から、朝夕2回、天界樹に祈りを捧げた。流石に二度も魔力を放出するのは厳しく、お陰で夜は疲れて何も考える余裕がなく眠ることが出来た。

 朝起きて祈り、昼は休憩を取り、夕方に祈る。食事を取ると夜は疲れて眠る。何かをする気力もないほど、疲れ果てていた。そして最初に体調を崩したのは、最年長のアニタ様だった。朝夕の祈りを初めて1か月が過ぎた頃、過労で倒れてしまったのだ。

「アニタ様、少し無理をされましたね。明日はお休みをして下さい。そして体調が良くなるまでは、出来る範囲で大丈夫です。私たちに任せてください」

 ウルスラ様が、アニタ様の手を握った。癒しの光だ。ウルスラ様の顔色もあまり良くはない。きっとみんな限界なのだ。早く対策を取らないと、聖女が皆倒れてしまう。そうすれば、誰も祈ることが出来ないのだ。それこそ最悪の事態だ。

「やはり、宰相様に朝の祈りだけにして欲しいと、言った方がいいと思うのですが…」

「そうね、本当は言うべきね。でも、朝夕祈ることで、天界樹の光が増しているのも事実。そこを指摘されると、言い出しにくい。でももう限界。どうしたらいいのかしら…」

 夕方まで皆解散して、私は部屋に戻ってきた。一番若い私でも、朝夕の祈りはかなり疲れる。朝起きても疲れは取れていないし、夕方の祈りを捧げた後は、眩暈や吐き気がするようになった。


「リア、リア、大丈夫?」

 お兄様の声で、意識が覚醒する。どうやら部屋に戻ってすぐに気を失ってしまったようだ。

「お兄様、大丈夫です」

「そんな顔色で言われても、大丈夫だとは思えないね…これ、飲んで」

 お兄様は小瓶を私に渡した。体力回復のポーションだ。味が苦いので出来れば飲みたくないが、そうも言っていられない。私は覚悟を決めて一気に流し込んだ。苦みが舌の上に残ったが、お陰で眩暈が治まった。

「僕が来ていない間に、何があったの?最近は魔物被害が減少したと、宰相が偉そうに言っていたけど…」

「実は1か月ほど前から朝夕2回、天界樹に祈りを捧げるよう宰相に言われたのです。聖女たちは、魔力をギリギリまで消費させられ、とうとう今日、アニタ様が倒れてしまいました。当分は聖女3人で祈りを捧げますが、皆限界です。いつまでもこのままでは、聖女は皆倒れます」

「そうか、アニタ様は最年長、聖女の力も弱まっているのかもしれないね。帝王は今でもアニタ様を母の様に慕っていると聞いた。倒れたのに訪ねて来ないなんて、ちょっと気になるね…」

 そうか、疎遠になったと聞いていたけど、今もアニタ様を慕っているのなら、この状況さえわかってもらえれば、話を聞き入れてもらえるかもしれない。

「ところで、今日はどうしたのですか?こちらに来るのも、バレる危険があるでしょう?」

「ああ、やっとアルフ殿下に接触できたんだ。思っている以上に聡明な王子でさ、もうこの国はアルフ殿下に任せた方がいいよねって言いに来た」

「言いに来たって、そんな簡単にいくわけが…」

 お兄様がにっこり笑った。嫌な予感がする。

「うちの白の魔法使いがさ、もう限界みたいなんだ。少し強引にでも、持てる権限を行使して、聖女を取り戻したいんだってさ」

 クリスティアン様が聖女、つまり私を取り戻したいと思ってくれている?

「それは、師弟愛、もしくは家族愛を感じてくれているということですね。私もエイベル伯爵家の皆さんに会いたいと思っていました。離れて初めて、私がどれだけ恵まれていたかわかりました」

「師弟、家族愛…ちょっと違うような気もするけど、リアが大事にされていたのは確かだね」

「クリスティアン様の持てる権限とはどのような?」

「白の魔法使いは国の代表、陛下の名代となれるんだ。各国の色を冠した魔法使いも同様。彼らは一月後にガレア帝国を正式訪問することになった。表向きは「始まりの天界樹」及び各国の天界樹の守護強化対策を話し合う、という名目だね」

「表向きは?」

「今はここまでしか話せない。リアは一月後まで、ここで何とか耐えて欲しい。帝王にはアニタ様が倒れたことが伝わる様に手配するから、何とか帝王に会って現状を訴えてみて」

 お兄様は私の頭を優しく撫でて、そのまま闇の中に消えた。床には大量のポーションが置いてあった。


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