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第19話 お兄様は企みます

 聖女の皆様には、ここでしっかりと決断をしてもらいたい。この国の帝王は、もう当てに出来ない。


「ふーん、それは初耳だな。髪の色か。確かに赤の魔法使いが帝王だと言うなら、魔力のない今の王は失格だな。おっ、このお菓子美味しいな」

 キースお兄様が、のんびりとソファーに座って、お茶を飲みながらお菓子をつまんで食べた。我が兄ながら、緊張感がないし、お行儀が悪い。

「お兄様、私がここに来たのは、お兄様が聖女様に接触できないからだと聞きましたが、こうやって闇を使って私の所に来られるのなら、接触できたのでは?」

「ん~?いや、それは無理だよ。いきなり聖女の所に僕が行ったって、警戒されて下手したら衛兵に突き出されるよ。リアが聖女として接触したから、警戒されずに話が出来たんだよ」

「それで、今日はどうしたんですか?」

「ああ、王太子の居場所が分かったか聞きに来た。妹の様子も心配だったしね。先ほどの話も、すごくいい情報だったよ。赤い髪、王家の魔法ね。実はそれを聞いた時に、フッと思い浮かんだ人物がいるんだよね…」

「思い浮かんだ人、ですか?」

「リアは知っているかな?うちの魔法騎士団長、僕の学園時代の先輩なんだけど…」

 赤い髪の魔法騎士団長…

「ああ、アルベール・ブルックス様ですね。公爵家の嫡男でしたっけ、確かに赤い髪でしたね。得意魔法も炎系ですか?」

「そうそう、炎のアルベールって言われていたんだ。魔物と対峙するより、アルベール先輩と対峙する方が怖いって言われていたくらい、すごく強い。まあ、単純なところがあるから、作戦さえ…じゃなくて、確かブルックス公爵の先代の妻は、ガレア帝国の王女殿下だったはずだよ。タランターレ国の聖女が嫁ぐときに、付き添いで来ていたブルックス公爵に、ガレア帝国の王女が一目ぼれして、強引にそのまま降嫁したらしいよ」

「つまり魔法騎士団長の祖母が王女殿下。ブルックス公爵家は、ガレア帝国の王族の血が流れているのですね」

「そうだね、赤い髪をしているのは現公爵と先輩、末の妹のアビゲイル嬢だけだけど。どちらも強いんだよね」

 アビゲイル嬢と言えば、クリスティアン様のことを、お見合いの席でグーパンチされていた方ですね…確かに強そうな方でした。

「ガレア帝王が、何も考えずに後宮に籠っているのなら、彼らに刺客を送るとか、考えてなさそうだね。まあ、あの二人なら、刺客なんて返り討ちにするか…」

 王家の象徴である赤い髪、炎の魔法、赤の魔法使いとしての才能。今のガレア帝王は、それらを持っていない。タランターレ国で帝王が欲している血が脈々と受け継がれているとは、考えていないのかしら?

「う~ん、おかしいな、この国の宰相は切れ者だと思っていたんだけど、王家の血筋を把握していないとは思えないんだけどね」

 ここに来た時に出迎えてくれた宰相様のイメージは、普通の人だった。変装した私の姿を見て、帝王の謁見はないと判断したのは、彼の独断だと思うと少し腹立たしい。

「宰相様には、聖女から天界樹の異常は知らされていますが、聖女を連れてくる以外の策は考えているのでしょうか?実は、一部の枝が枯れかけていました。このままでは、悪化する一方です」

「枯れかけている、それは深刻だね。どうやら宰相のところで情報が止まっている可能性もあるね。帝王が使いものにならないなら、思い切ったことをしてもいいかもしれないな…」

 お兄様が悪い顔で微笑んだ。絶対碌なことを考えていない。

「まさかと思いますが、魔法騎士団長を帝王に据えようなんてことは?」

「あはは、それはないね。先輩、公爵家を継ぐのも面倒くさいって言っていたから、帝王は無理だよね。魔王なら向いているかもしれないけどさ」

「では、何を?」

「ほら、もう一人いるじゃない?赤い髪で、炎を使える人」

「まさか、アビゲイル嬢ですか?」

「彼女、婚約者とかいたかな?」

「いえ、今のところはいないと思います。クリスティアン様をお見合いの席で殴り飛ばしたのが、かなり広まってしまいましたので、お見合い話が来なくなったと、アルベール団長が文句を言いに来ていましたから…」

「クリスが殴り飛ばされたって。それは、是非見たかったな~」

 お兄様が楽しそうに笑った。目の前でその光景を見ても、きっとお兄様なら笑い転げていそうだ。

「それで、王太子殿下の居場所はわかった?」

「はい、塔のある離宮にいると…って、もしかしてアビゲイル嬢をアルフ殿下にですか⁈」

「うん、いいと思わない?」

「どうでしょうか。アビゲイル嬢は自分より強い方が好みだって言っていましたし、アルフ殿下が強ければいいのですが…」

「強いねぇ。そうなるとクリスか、ドラゴンとかに嫁入りするしかないと思うけどね。取り敢えず、アルフ殿下に接触してみるよ。塔のある離宮は、一か所しかないから、すぐに接触できるはずだ。じゃあ、また来るよ」

 お兄様はお菓子を数個ポケットに入れると、闇の中に消えていった。


 お兄様がいなくなると、この部屋は誰もいなくなった。ガランとした広い部屋にいるのは、どことなく心細い気持ちになった。

「まだここに来て、そんなに経っていないのに、もうタランターレ国が懐かしいなんて…」

 聖女様たちは、ここでかなりの時を過ごしてきたのだ。夫と娘を、幼馴染の想い人を残して、ここでずっと。私は何年もここにいるの?クリスティアン様を振り切って、どうしてあの時意地になってしまったんだろう。

「記念に一回結婚してもらったら良かった…なんて、無理だ、そんなことしたら、離れられなかったな」

 誰もいない部屋で、独り言を言ってしまうなんて、少し心が弱くなっているようだ。お兄様はこんな状況を7年も過ごしたのだ。

 家族を殺された直後から、誰も知らない国に潜入して、孤独に過ごしたお兄様の心境を思うと、悲しくなった。

「私には、クリスティアン様がずっといてくれたのに、あんな別れ方をして…馬鹿ね。こんなことなら、私から告白すればよかった。振られたら、すっきりしてここに来られたのかもしれないのに、未練がましいわ」

 一人になってホームシックになったようだ。クリスティアン様やお屋敷の人たちがいる、あの部屋に無性に帰りたくなった。ここは、誰の声も聞こえない。


「クリスティアン様の声、聞きたいな…」

 ベッドに潜り込んで、ぎゅっと目を閉じた。その夜は、なかなか寝付くことが出来なかった。


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