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第1話 魔法使いの弟子

「オーレリア様、これを旦那様まで届けていただけますか。今夜はお戻りになられないそうで、着替えと書類を届けて欲しいそうです」

「はい、了解です」

 私は執事のトーマスさんが用意してくれた荷物を抱えて馬車に乗った。無表情になってしまった私のことに、クリスティアン様のお屋敷に勤める方たちはすっかり慣れてしまったのか、今では誰も気にしない。ただ、この屋敷以外の人は別の話だった。

 「白の魔法使い様の弟子は、呪いにかかって無表情」「研究していた魔法が失敗して感情を無くした」など、結構酷い陰口を言われているが、それでもそれを表立って私に言う者はいない。

 昔はクリスティアン様を心棒するご令嬢からの嫉妬や、クリスティアン様のことをよく思っていない貴族令息や他の魔法使いから、私は彼の唯一の弱点だと思われていたのか、かなり酷いことも言われていた。そうすると、どこからかクリスティアン様が現れて容赦なく報復するのだ。大抵は嫌味を言っていた相手を一瞬で転移させていた。相手は一瞬で訳の分からない場所に飛ばされ迷子になる。地味に怖い報復だった。


 王宮の端にある魔法研究所が、白の魔法使いであるクリスティアン様の職場だ。白の魔法使いとは、このタランターレ国の魔法使いの最高位の名称である。彼は15歳で最高位まで上り詰めた天才だった。

 彼は兄の親友で、あの時は兄に呼ばれてアドキンズ邸を訪ねて来たらしい。指定時刻に屋敷を訪ねたら、屋敷は炎に包まれていた。微かに私の声が聞こえ、慌てて炎の中へ駈け込んでくれたそうだ。水魔法で消火も考えたが、中の様子が分からないまま術を行使すると、中にいる私が溺れて死んでしまう可能性もあったためだ。

 あれから6年、兄のキースは今も行方不明。両親はあの後、アドキンズ家の墓にひっそりと埋葬された。どうして兄がいなくなったのか、両親がどうして殺されていたのか、あの時屋敷が燃えていた理由すら私は覚えていなかった。そして当時の凄惨な記憶が引き金になったのか、私は感情が一切顔に出なくなってしまった。

 ただし、皆が言うように感情が無いわけではない。心の中では喜んだり怒ったりしているのだ、ただ顔に出ないだけである。なので皆の誹謗中傷は、しっかり覚えているし傷ついてもいるのだ。

 そして無くなったものは顔の表情だけではなかった。8歳になるまで使えていた魔法がほとんど使えなくなっていた。生活魔法は辛うじて使える程度で、本来なら最高位の白の魔法使いの弟子にはなれるはずもなかった。

「僕がいいと言うのだから、リアは僕の弟子だよ」

 鶴の一声ならぬクリスティアン様の一声で、私は今弟子として王宮とクリスティアン様のお屋敷であるエイベル伯爵家を行き来しているのだ。主にクリスティアン様のお世話の為に。

「お疲れ様です。クリスティアン様のお届け物です」

 いつものように、王宮の詰め所で身分証を提示しながら用件を伝える。今日の衛兵はいつもの人なので、無表情の私を見ても驚かない。「お疲れさん」と言いながら、そのまま門を通してくれた。新人や私のことを知らない人だと、二度見、三度見され地味に傷つくことがある。年頃の女子は愛想笑いが標準装備されていないとダメなのかと聞きたいところだ。


「こんにちは、クリスティアン様へのお届け物です」

 魔法研究所内にあるクリスティアン様の執務室にノックをして入室する。

「おや、今日は早いですね、オーレリア嬢」

 入室するとクリスティアン様の秘書兼助手のエルマー様が、甘味を片手に紅茶を飲みながら寛いでいた。普段は温和な優しいお兄さんなのだが、忙しくなり紅茶と甘いものが不足すると不機嫌になるので、甘味の差し入れが欠かせない。執務室の平穏の為、いつも執事のトーマスさんが出仕する私にお菓子と茶葉を預ける。

「エルマー様、お疲れ様です。これ、いつものお菓子です。よければ次の休憩の時にどうぞ」

 クリスティアン様の荷物とは別に、持参していた菓子と茶葉の入った袋を差し出した。

「おお、これは街で人気のマダムジジのクッキーだね。嬉しい、いつもありがとう」

「いえ。ところでクリスティアン様が見当たらないのですが?」

「ああ、陛下に呼ばれて今は王宮の本殿に行っているよ。多分もうすぐ帰って来るよ。一緒にお菓子でも食べて待っていればいいよ」

「では、お言葉に甘えます」

 私はいつもの茶器を出してきて、そこに紅茶を注いでもらった。勧められたお菓子はフィナンシェだった。バターのきいたしっとりとしたフィナンシェが、口の中いっぱいに広がった。

「美味しいです」

「そう、それはよかった。何となくそう思っている様な気がしたよ」

 心の中で美味しいと感動していても、無表情の私は表情を見て察してもらえることはないため、伝えたいことはなるべく口に出すのが癖になった。私の微動だにしない無表情を見て、唯一察することが出来るのはクリスティアン様ぐらいのものだ。


「ただいま」

 お茶とお菓子を堪能していると、執務室のドアが開いてクリスティアン様が戻ってきた。

「お疲れ様です」

「ああ、リア。本当はここで君とお茶をしたいと思っていたのに、陛下に急に呼び出されてしまったよ…」

「何だったのですか?」

「いつものやつさ」

 いつものやつ…とは、陛下推薦のご令嬢とのお見合いですね。今年24歳になったクリスティアン様には奥様はおろか、婚約者もまだいなかった。国一番の白の魔法使いで、長い白銀の髪と綺麗な紫の瞳を持つ眉目秀麗な若者を、誰もが狙っているのは明白だった。

「いい加減頷いてあげてはどうですか?」

「ええっリア、それ本心⁈滅茶苦茶傷つくんだけど」

「本心ですよ。このままだと適齢期のご令嬢が皆さん嫁がれて、誰もいなくなってしまいますよ」

「いいのさ、その時はリアを娶るから」

「……」

「ええっそんな嫌そうな顔、本心なんだよ。僕、傷つくな…」

 無表情の私の心を覗いたのかと言いたくなるような、相変わらず的確な指摘だった。嫌そうな顔、ではなく嫌なのだ。同情から娶ってもらうなんて、真っ平御免こうむりたい。

「兎に角、僕はまだ妻を迎える気にはなれないんだよ。キースもまだ見つかっていないし、リアは僕の大切な預かりものだから、落ち着くまで静観して欲しいと頼んでいるのに、次から次へと薦められてうんざりだよ」

「私のことを言い訳にしないで下さいと、いつも言っています。気に入った方が現れたら、その時はどうぞその方と結ばれて欲しいです。兄のことも、もう探さなくていいです…もう、きっとこの世にはいないのかもしれません…」

「リア…」

 両親が殺されて6年、キースお兄様がいなくなって6年経ったのだ。もう兄が生きていると信じることに疲れ果てていた。アドキンズ侯爵家は代理で伯父様が領地を管理してくれているし、このまま兄が見つからなければ、16歳で成人した私が女侯爵となる、もしくはその時に伯父に爵位を譲ればいいのだ。

「さあ、クリスティアン様。お仕事をしてください。私は溜まった書類の分別をしますから」


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