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第18話 あり得ない状況です

「それでは、この事実は誰が知っているのですか?」

 「始まりの天界樹」がすでに枯れ始めているなんて、そんな情報はお兄様も知らなかったはずだ。私が見た範囲では、まだ枝の先の部分が少しだけ変色していただけだった。まだ手遅れでないと思いたい。

「宰相であるマクシミリアン様はご存じですわ。それでタランターレ国の聖女を探していたのです。聖女3名で無理でも、聖女4名で祈れば、天界樹は正常な状態になると考えられているみたいですね」

「そんな、私が増えたくらいで、この状況は変わりません。そもそも祈りの方法が違うのですから…」

「祈り方が違う?どういうことですか?」

 ウルスラ様が、驚くのも無理はない。200年、この方法が正しいと信じられていたのだから。

「はるか昔、天界樹はこの樹だけでした。4つの国にあるのはこの天界樹の苗木から生まれました。育った天界樹は、ガレア帝国と同じように魔物や瘴気を祓いました。ここまではご存じですね?」

「ええ、それは知っているわ。小さな頃は絵本で、大人になれば神殿で建国の神話は何度も聞かされるから」

「そうですね。ですが、ガレア帝国の帝王に聖女が花嫁として捧げられだしたのは200年ほど前からです。この天界樹の歴史からしたら、ほんの最近から、ですね。その事はどうですか?」

「それは、知りませんでしたわね」

「私は知っていましたよ。理由は知りませんが、200年前にゴルゴール国の聖女がガレア帝国の帝王に嫁いだという記録が残っていました。嫁ぐときに疑問に思って調べましたが、残っていたのはその記録だけでした」

 ゴルゴール国のアニタ様は知っていたようだ。流石最年長の聖女だ。17歳も年下のガレア帝王に嫁ぐことに抵抗があったのだそうだ。なんとその時、アニタ様には旦那様と4歳の娘がいたそうだ。聖女の守護印が現れれば、その時点で差し出される聖女の事情など考慮されない、ということだ。

「では、200年前まではどうしていたのですか?」

「各国の天界樹、それぞれにその国の聖女が祈りを捧げていたそうです。ゴルゴール国の聖女が嫁いだ後、すべての国の聖女をガレア帝国に差し出すようになったのでしょう。その当時は、「始まりの天界樹」の力が強く、聖女が集まって祈りを捧げるのも有効でした。ですが、今はその方法では、魔物や瘴気が抑えきれていません。つまり、今後は本来の祈りの方法に戻すべきなのです」

 聖女の皆様の守護印の色を確認させてもらったが、それぞれの聖女の守護印は、その国の色の痣だった。つまり白は白の、緑は緑…と、色の示す天界樹に祈る方が、効率よく守護の力が伝わるのだろう。

「私たちは国に帰っていいということかしら?」

 嬉しそうにカイラ様が言ったが、私は首を横に振った。

「いいえ、その事実をこの国を含め、各国に伝え理解してもらう必要があります。今は4つの国はガレア帝国の属国となっています。事実を指摘しても、ガレア帝国は簡単には認めないと思います。今すぐ帰るのは難しいかと…」

 聖女様たちは、少しがっかりした表情になった。

「今すぐは、無理ですが、今、タランターレ国の魔法使いが動いています。何か交渉材料となるものがあれば、打開できると思っているのですが…」

 カイラ様が、ずいっと身を乗り出した。

「じゃあ、こんな情報はどうかしら?あの変態は魔法が使えないわ」

 ガレア帝国の帝王は、赤の魔法使いと呼ばれているはずだ。魔法が使えないとは?

「カイラ様、変態というのは不敬ですわ。確かに…ですが」

 ウルスラ様が、言い難そうに俯いた。変態を肯定する何かがあるのだろうか?

「魔法が使えないのは事実、なのですね?」

「ええ、国の極秘事項ですけど、私たちは気づきました。聖女は癒しの力で、魔力の流れも分かりますから」

「そうですね。彼は赤い髪ではなく、王家に受け継がれる魔力を持たずに生まれました。私が嫁いだ時、彼は10歳で、王家の血を引き継ぐ唯一の王子でした。先王は彼が9歳の時に亡くなりましたが、王妃様は彼の出生の秘密を隠していました。結局王族の血を受け継ぐのは彼一人。他の兄弟はいませんでした」

「ガレア帝国の帝王の姿絵は、赤髪でしたよね?」

 ここへ来る前に、帝王の肖像画を見せてもらったのだ。貫禄のある赤い髪の男性、という印象だった。

「ああ、あれは魔法石で変化させているだけよ。初夜の時に、見抜いてしまって、それからずっと険悪なんだよね」

 先ほど私の肌の色が魔法石だと見抜いたカイラ様が、アハハと笑った。カイラ様の髪が短いのは、その時に激昂した帝王が、剣でカイラ様の髪を切ってしまったからだと説明された。

「そうなのよね。でも、案外短い髪は楽だから、それからずっと短いのよ。帝王が私の髪を見る度に、嫌そうな顔をするから、一石二鳥ね」

 あっけらかんとした様子だが、当時を思うと怖すぎる。カイラ様が嫁いだのは18歳の時、片思いの幼馴染がいたが、告白も出来ないまま嫁いできたそうだ。

 事の発端は、当時の王妃様(エリシーノ国の聖女)が、生まれた王子の髪の色を、寵愛が無くなることを恐れて偽装してしまったことだ。次の子を授かることを望んでいたが、王子が生まれてすぐに王は病に倒れ、王子が9歳の時に崩御してしまったそうだ。

「あの、ウルスラ様のお子様、アルフ王太子殿下は、どこにいるのですか?」

「あの子は、王の不興を買って、塔に幽閉されているの…生まれたあの子の髪も、赤くはなかったのよ。魔法は使えるけれど、赤の魔法使いの象徴である炎の魔法は使えないの。でも、とても聡明ないい子なのよ。ただ、王には認めてもらえないの。10年前に王の髪色のことを聞いてしまって…それからは、ずっと塔がある離宮に幽閉されて、今も許されていないから私も会えていないの」

「他にお子様はいるのですか?後宮に引き籠っているのなら…」

「変態帝王には無理だわ」

 カイラ様が否定した。やけに変態というが、何か理由があるのだろうか?

「もう、カイラ様ったら…確かに後宮はありますが、あそこにいるのは10歳以下の子供ばかりなので、流石に子をもうけることは出来ないでしょうね…」

 美女を侍らせていると、噂で聞いていたが、どうやら違うようだ。10歳以下の子供?いや、それは怖い。

「女性恐怖症、とでもいうのかしら?お母様である前王妃様が厳しい方だったから、トラウマなのね。私との間に子が出来たのも、本当に奇跡的なのよ。カイラ様に髪のことを指摘されてからは、一切女性を受け付けなくなってしまったし、後宮にいる子供たちは、害がないから側に置いているだけなのよ」

 つまり、大人のいない箱庭で、ずっと引き籠っていると?天界樹が枯れようが、魔物や瘴気が増えようと自分だけの世界に籠り、世界が終わるまで目を閉じていると?

「あり得ない状況です。そんな帝王は、要りませんね。排除しましょう」

「リリア様、目が据わってますわ。落ち着きましょうね」

 アニタ様がゆったりと微笑んだ。前王妃様が厳しかったため、幼い王はアニタ様を母の様に慕った時期もあったそうだ。ウルスラ様が来てからは、アニタ様を遠ざけてしまい、それ以降の王の心境の変化は分からないが、ウルスラ様の子が誕生してから、王の態度は更に酷くなった。

「生まれた自分の子の髪の色を見た王は、落胆したのでしょうね。それからは、頑なにアルフのことを見なかったのよ。赤でない髪色は王にとって、忌むべきものでしょうね」

「そうだとしても、今のこの状況を招いた言い訳にはなりません。魔物や瘴気が他国にも発生しています。このままでは、この世界が魔物と瘴気の脅威にさらされ、破滅してしまいます」


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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