第17話 聖女と帝王
「聖女様、よくおいで下さいました。私はこの国の宰相ジョージ・マクシミリアンと申します」
私は無言でぺこりと頭を下げた。平民設定の私は、淑女の礼なんて知らないはずだ。弟子として王宮で勤めている時に、平民の知り合いもいた。貴族令嬢と平民では、仕草も話し方も違う。特に私は孤児、読み書きも出来ない設定だ。落ち着きなく、辺りをきょろきょろと見ていると、マクシミリアン宰相が溜息をついた。
「……帝王様は、忙しくしておりまして、会うのは先になります。暫くはゆっくりと過ごしてください。一日一回「始まりの天界樹」へ祈りを捧げる以外は、神殿にある部屋にてお過ごしください。聖女の皆様は、そちらでお過ごしです。ご挨拶されるなら、明日の祈りの時がいいでしょう」
「はい」
私は素直に返事をした。帝王は後宮に入り浸り、公務はしていないとお兄様が言っていた。忙しい、というのは言い訳だろう。美少女が聖女なら、この出迎えから帝王がやって来たはずだ。(まあ、どうでもいいけど)
お兄様は外交官として役割があるので、ここでお別れだ。私は神殿で各国の聖女と接触するのが目的だ。
「聖女様、こちらがお部屋です。必要なものは用意していますが、足りない物がございましたら、使用人にお伝えください。食事はここへお運びしますので。では失礼いたします」
使用人は私を部屋に案内すると、そそくさと去っていった。綺麗じゃない聖女は、きっと帝王の寵愛もないから、媚びへつらう必要もないのだろう。
案内された部屋は、広いが質素な家具が多く全体的に地味だ。帝国側の気合が入っていないのか、他の聖女の部屋も同じなのか、今度確認したいところだ。
「明日の祈りの時間まで、暇だな…クリスティアン様、怒っているかな…」
プロポーズされた日から、私はとことんクリスティアン様を避けた。そして…
「リア、王弟殿下に花嫁になると伝えたと聞いた。僕のこと、捨てるのか、いや、結婚するのが嫌なほど嫌いなのか?」
突然現れた途端、何を聞くのかと驚いてしまった。
「いえ、嫌いではありません。今まで育てて下さってありがとうございました。5日後に、私は帝王の花嫁として嫁ぎます。体に気をつけて、長生きしてくださいね」
嫁入り前の花嫁をお手本に、クリスティアン様に丁寧にお世話になったお礼を言った。何か言いたそうなクリスティアン様を見ないようにして、私はお兄様の元に向かった。
2日後に、私は孤児院でリリアとして、使節団の捜索隊に発見される予定だ。そして平民出身の聖女として帝王様の元へ嫁ぐのだ。これは結婚を嫌がった私に、兄のキースが提案した作戦だった。
「リアがクリスと結婚したくないなら、思い切って聖女としてガレア帝国に行かないか?」
「え、でも、それは…」
「オーレリアとしてではないよ。平民、孤児の少女として嫁ぐんだ」
聖女は厳重に監視され、外交官のお兄様でも接触が出来ないらしい。今回の仮説が正しいことが分かったので、とりあえずこの事実を各国と共有したい。ところが聖女はガレア帝国にいる。説明する人間が必要なのだ。
「聖女はリアが、そして各国の色の魔法使いは、白の魔法使いであるクリスに任せる。でも、リアが本当に帝王の花嫁になってしまったら、クリスが暴れそうだから、そこはちょっと考えようかな…」
それがメイクと魔法で、帝王の目にとまらないような少女に化けることだった。肌の日焼けは魔法石、そばかすやシミのようなものは化粧で化けた。髪もわざとバサバサになるよう艶消しのオイルを馴染ませ、あえて櫛を使わずにぐちゃぐちゃにした。歩き方も荒っぽく、言葉使いも返事以外はほとんど話さない。
嫁ぐ当日、クリスティアン様は来なかったので、私のこの姿は見ていないはずだ。お兄様が適当に説明しておくよ、と言っていたが、適当な兄が適当に説明したのなら、ほとんど伝わっていないのかもしれない…
「最後まで、好きも愛しているも言ってもらえなかったな。きっと脈はなかったのよね」
小さい頃から一緒にいるのだから、二人の間には家族愛しかなかったのだ。ただそれだけだ。
次の日、祈りの為に「始まりの天界樹」に案内されると、聖女の方々がすでに到着していた。お兄様情報によると、ゴルゴール国のアニタ様が69歳で最年長、アウレリーア国のカイラ様が29歳、そしてエリシーノ国42歳のウルスラ様との間に17歳の息子、アルフ王太子殿下がいる。この王太子が、どこにいるか分からないので、出来ればウルスラ様に探りを入れて欲しいと言われている…
「新しい聖女様ですね」
ウルスラ様が私に気づいて微笑んだ。金色の髪に赤い目が印象的な美人だ。42歳には見えないほど若々しい。アニタ様は白髪だ。ガレア帝王が10歳の時に27歳で花嫁としてやって来たそうで、母親のような関係性だ。カイラ様は勝気な性格のようで、女性にしては短い銀髪に青い瞳。ガレア帝王とは初めから折り合いが悪いらしいので、子供もいないそうだ。
「初めまして、タランターレ国より来ました、リリアと申します」
「魔法石で変装するなんて、変わった趣味ですわね」
カイラ様がじっと私を見てニヤリと笑った。
「…見えるのですか?魔法石の効果が…」
「感じるだけよ。禍々しく見えてしまうの。まあ、あの変態帝王に手を出されないためにはいい方法ね。安心して、バラしたりしないわ」
私はホッとして、緊張を解いた。聖女の皆様は、この神殿で穏やかに暮らしているそうで、帝王はほとんど神殿には来ないらしい。
「私は皆様にお話があってここへ来ました。祈りの時間が終わった後、お話をする時間を頂けないでしょうか?」
「そうですか。では、祈りの後、中庭でリリア様の歓迎の会をいたしましょうね」
年長者のアニタ様が、ゆったりと微笑んだ。
「始まりの天界樹」は、神殿の最奥にある。他の天界樹よりもはるか昔に存在しているだけあって、タランターレ国の天界樹よりもかなり大きい、まさに天に届くような巨木だ。
「さあ、皆さま、天界樹に癒しの光を、世界の平穏を祈りましょう」
アニタ様が天界樹に触れる。私たちも同じように触れた。見上げた天界樹の葉は、淡く発光していたが、輝きが鈍かった。そして枝の一部が、枯れているように見えた。
「それでは、リリア様。ようこそおいで下さいました」
お茶会の用意が整い、私たちはテーブルで話をすることになった。
「気になることがある、そんな顔ですわね」
ウルスラ様が、私を見て微笑んだ。
「あの、天界樹の枝が枯れているように見えたのですが、気のせいですか?」
「そうですね、きっと枯れてきているのでしょうね…何度か帝王様に報告をしてもらっているのですが、あの方は後宮からほとんど出てこないので、報告が届いているのか、いないのか、もしくは届いているのに動かないのか、私たちにも分からないのよ」
深刻なこの状況を、ガレア帝王が無関心?このままでは世界が魔物と瘴気で覆われて壊れてしまうのに?