第15話 sideクリスティアンの心境
封印を解いたリアを見た瞬間、胸が騒がしくなった。ずっと無表情だったためか、まだ表情はぎこちないが、頬は色づき笑う顔は今まで以上に可愛く感じた。
そして天界樹に癒しの光を注ぐリアは、神々しいほどに美しく輝いて見えた。思わず見惚れてしまい、リアが魔力を注ぎすぎていることに気がつくのが遅れてしまった…
天界樹の様子を観察する必要があったため、キースをその場に残してリアを転移魔法で屋敷に運んだ。そっとベッドに寝かせて様子を見る。
リアが気を失って倒れ込んだ時は、自分でも信じられないくらい動揺した。魔力を使いすぎると、めまいや頭痛、発熱などが起こり、魔力酔いと呼ばれる状態になる。自分の限界が分からない子供の頃に何度か経験することが多い症状だが、大人になったリアには負担が大きかったのか、2日間眠り続けていた。熱も高く時折うなされる姿は、見ている方が辛かった。
「リア…」
僕はリアの頬にそっと触れた。きめの細かい滑らかな頬の感触に、ドクンと心臓が跳ねた。
「遅くなった、クリス。リアの様子は?」
闇の中からキースが突然現れて、僕はリアの頬から慌てて手を離した。キースの出没は、何度経験しても心臓に悪い…せめて事前に知らせて欲しい。
「熱もまだ高いし、2日間眠ったままだ。呼吸は安定しているから、もうすぐ目覚めてもいい頃なんだが」
「そうか、封印を解いていきなり無茶をさせてしまったな…」
「それで、天界樹の方はどうなった?ここの屋敷からでもわかるほど、以前と比べて輝きが違うのは分かるけど、キースの仮説は立証されたのか?」
「ああ、おそらくだが、仮説は正しいだろう。その事で、陛下と王弟殿下と話し合っていたから遅くなったんだ。リアを任せっきりにしてすまなかった」
「いや、いろいろ考える事もあったから、気にしないでいい。それより仮説が正しいのなら…」
「ああ、僕の仮説では、聖女は帝国に行かず、この国で天界樹に癒しの光を注げばいい。「始まりの天界樹」は、他国の天界樹を通して力を受け取り、守護の結界を強くする。はるか昔はそうしていたと古い文献には記されていた。200年前に、いきなり帝王に聖女を花嫁として差し出す制度がつくられたんだ」
「でも、今までは問題なく結界は機能していたのに?」
「問題はそこさ。「始まりの天界樹」の苗木から生まれた4柱の天界樹は、200年前はまだ若い樹だった。だけど今は、200年経って大きく成長した。逆に「始まりの天界樹」は老いたのさ。昔は、若く力が弱い天界樹に祈りを捧げるより、力の強い「始まりの天界樹」に聖女が祈る方が効率が良かったのかもしれない…」
「でも今は、その逆で、老いた天界樹に祈りを捧げるより、若い4柱に聖女が祈りを捧げた方がいいと?」
「ああ、理論上はそうだ。ただ、これは国同士の問題が大きく絡んでくるから、すんなりとはいかないだろうね。それで、この2日間ずっと話し合いをしていたんだ…」
「そうだな、「始まりの天界樹」があることで、今までガレア帝国は他の国を制していた。事実がどうであれ、あの国が素直に認めるとは思えないな…」
リアが聖女として覚醒した今、ガレア帝国はリアを手に入れようと躍起になるだろう。リアを帝王の花嫁として差し出すなんて、僕には許容できるわけがなかった。それなのに、キースの次の言葉を聞いて愕然とした。
「王弟殿下は、リアを差し出す方針だ…」
「は?なんでそうなる」
「今の時点で、仮説を証明しても、ガレア帝国は認めない。リアが聖女として嫁がなければ、戦争になるかもしれない。それを懸念しているんだ」
「リアを差し出して、その後どうするんだ?このままでは魔物や瘴気が増え続け、いずれは国が危うくなるんだぞ。目の前の戦争を回避するためだけに、リアを犠牲にするのか?」
「王弟殿下は、新しくリアが花嫁となれば、「始まりの天界樹」の結界も上手く作用して、魔物や瘴気も回避できるのではないかと、そう考えているようだ…」
「そんな、希望的観測で?」
怒りで目の前が真っ赤になりそうになった時、リアが目を覚ました。
「リア、リア」
呼びかけると薄っすらとペリドットの瞳が開いた。熱が高いため辛そうだ。
「お兄様、思い出しました…」
リアは8歳の時の、あの日の記憶を思い出したようだ。幼い子供だったリアには辛いことが多すぎた。それを指示したのが、ガレア帝国なら、余計にリアを差し出すなんて嫌だ。魔力酔いで辛そうなリアを寝かしつけて、僕はキースと話の続きをした。
「頬に傷のある男なら、一人心当たりがある。今一緒に来ている使節団について来ている、護衛の一人の頬にそのような傷を持った男がいる…」
「そうか、そいつがアドキンズ侯爵家を燃やした犯人かもしれないな。どうする?キースならしっかりお礼はするんだろ?」
「そうだね、もしそいつが犯人なら、7年分、利子もつけてちゃんとお返ししないとね」
学生時代の数々の所業から、悪魔のキースと呼ばれていた友人は、今も変わらず悪魔のように嫣然と微笑んだ。
「こわ、本当にお前、可愛いリアの兄なのか?」
「リアは天使だからね。悪魔の兄のことも愛してくれるのさ」
「キースはリアを嫁がせることは、賛成なのか?」
「は、まさか、絶対に嫌だね。王弟殿下の考えも理解は出来るけど、そんなことの為に、僕は7年もあの国にいたんじゃないと、言っただろう?」
「ああ、そうだったな。では、僕たちで絶対にリアをガレア帝国に奪われないようにしなくては」
敵に回したら怖いキースも、味方ならこれほど心強い者はいない。
「ああ、それで、陛下からの提案なんだが、クリス、お前リアと結婚してくれ」
「は?結婚⁈婚約ではなくて?」
「おっその反応は満更でもないんだな?婚約は解消されるから駄目だ。結婚なら、解消するのに時間もかかるから、次の手を考えるまでの時間稼ぎになる。2日前の天界樹の変化をガレア帝国に気づかれた。聖女が現れたことを隠すのも難しくなったんだ。陛下が認めれば15歳のリアでも、婚姻することが出来る。すぐに結婚してくれ」
「…リアが了承してくれるなら、僕はかまわない」
いくら何でも、いきなり結婚なんてリアが認めるだろうか?それに僕のことをリアがどう思っているのか不安になった。最近は反抗期なのか、あまり僕の話を聞いてくれなくなった気がするのだ。
もし断られたら、本気で傷つくかもしれない。その時は誰か違う者と結婚するのかと思うと、一気に心が暗くなった。封印を解いたリアを見てから、僕の心がずっと揺さぶられているようだ。
昔から可愛いとは思っていた。あくまで妹のような存在としてだ。8歳からは家族の様に暮らしてきた。成長を見守る兄、そして父のような気持だった。
「結婚したら、本当の家族になるんだな…」