第12話 モヤモヤしますね
お兄様と再会を果たしてから、5日が過ぎた。クリスティアン様の元には、あれから更に多くの陳情書が来ていて、魔法研究所の魔法使いを総動員して、結界強化や被害状況の収集を行っている。
「クリスティアン様、東の国境にいた魔物は魔法騎士団によって討伐されましたが、被害も多く出ています。光魔法の使える治癒魔法師の派遣依頼、どうしますか?」
「そうだな。うちに所属する治癒魔法師2名と一緒にマルクを派遣しようか。ついでに情報も欲しいから…」
秘書兼助手のエルマー様が、メモを片手に指示を記入していく。私は書類を整理しながら、クリスティアン様の様子を見ていた。昼間は忙しく執務室で仕事をこなし、夜は兄に渡された術式を解くためほとんど寝ていないはずだ。
「リア、ごめん、医務局に行って、体力回復のポーションをもらってきてくれる?多分あと少しで、集中力が切れる…」
「はい、ではここにある書類を届けて、医務局に寄って貰ってきます」
「うん、よろしくね…」
目の下に隈をつくっても、相変わらず美しい顔だな、と思いながら私は執務室を出た。
「あら、あなた、クリスティアン様の弟子じゃないかしら?」
王宮の廊下を歩いていると、強烈な香水の匂いと共に3名のご令嬢が私の行く手を遮った。
「…あの、何か御用ですか?」
「別にあなたになんて用はないわ。最近クリスティアン様が夜会に出ていらっしゃらないから、何かあったのか知りたかったのよ」
「夜会ですか?」
「ええ、そうよ。夜会で何度か踊っていただいたのよ。最近は夜会などでお顔を見ないから…って、何よ、何か言いたいの?」
「今は魔物や瘴気の発生で、国の一大事なので、夜会なんかに出ている暇はないと思いますが?」
クリスティアン様が夜会に出かけているのは知っていた。ここ最近は忙しいため、外出は一切していないが、エイベル伯爵家当主として、社交もしていたのだ。つまり、ここにいるご令嬢たちとキャッキャッウフフとダンスだって踊っていたのだろう。何故か胸がモヤモヤとした気分になった。
「まぁ、わたくしたちが暇だとおっしゃっているの?弟子の分際で失礼ですわ」
「お言葉を返すようですが、私はこれでもアドキンズ侯爵家の令嬢です。弟子ですが、あなた方に分際と言われる筋合いはございません」
「アドキンズ侯爵家…平民ではなかったの?あら、わたくしたち用事を思い出しましたわ。これで失礼しますわ。ごきげんよう」
3人の令嬢はそそくさとその場を去っていった。何がごきげんようなのかは分からないが、これで絡まれることもないだろう。本当は家の爵位を振りかざすような言い方は好きではない。いつもなら令嬢の気が済むように黙ってやり過ごしていた。今日は何故か言い返したい気分になったのだ…
「めずらしいな、オーレリアはああいう者は相手にしないのではなかったか?」
後ろから声がして、私は慌てて声のする方を見た。そこには面白そうに笑う王弟殿下が立っていた。
「王弟殿下。今見たことは忘れてください。少し疲れていて、私らしくないことをしました…」
王弟殿下、バーナード・タランターレ様は齢35歳、近衛騎士団団長を務めており、がっしりとした体躯が魅力的だと、王宮侍女の支持が多いお方だ。奥様とは恋愛結婚で、子供が2人、愛妻家で子煩悩、クリスティアン様の書類を持っていくと、いつも美味しいお菓子をくれるとてもいい人なのだが、時々揶揄ってくるのだ。
「ふーん、まあいい。ところで今時間はあるか?」
「申し訳ございません。この書類を届けたら、医務局に行ってポーションをもらい、クリスティアン様に飲まさないといけません。忙しすぎて、倒れてしまいそうなので……」
「そうか、では、時間が出来たら俺の所に来てくれるか?」
「私がですか?」
「そうだ、オーレリアに用がある」
「畏まりました。では、今日中にお伺いいたします」
「わかった、今日はほとんど執務室にいる。よろしくな」
私は頷いて書類を抱えて目的地に急いだ。ご令嬢に絡まれていた分時間が遅くなってしまった。帰りに医務局に寄ってポーションを2本手に入れた。1本はエルマー様用だ。毎日残業しているエルマー様も、クリスティアン様ほどではなくても、かなり疲れている様子だった。
「ただいま戻りました。クリスティアン様、エルマー様、これポーションです。あと、お口直しにチョコレートも貰ってきたのでお茶も入れます」
「おかえり、リア。丁度よかった。一度仕切り直そうと思っていたんだ」
「チョコレートとお茶。ありがとうございます、オーレリア嬢」
エルマー様も限界だったようだ。不機嫌モードに入る前に、なんとか休憩を取ってもらえてよかった。
「クリスティアン様、このあと王弟殿下の元に行きたいのですが、いいでしょうか?」
「王弟殿下の元に?」
「はい、先ほどお会いして、私に用事があるそうです」
「リアに?なんだろう…嫌な予感しかしないな」
「不吉なことを言わないで下さい」
ついて来ようとするクリスティアン様を押し留めて、私は王弟殿下の執務室までやって来た。ノックをすると、王弟殿下自ら扉を開けてくれた。
「悪いな、忙しい時に」
「いえ、大丈夫です。それでご用件はなんでしょう」
「ああ、俺は回りくどいのは苦手だから、単刀直入に聞くが、オーレリアには恋人や想い人はいるのか?」
「はぁ?いませんが…」
どうしていきなりそんなことを王弟殿下が聞くのだろう?まさか私にも、クリスティアン様のようにお見合いを設定するつもりなのだろうか?
「そうか、それは良かった。陛下やクリスティアンは、オーレリアを差し出すことに反対しているが、俺は意見が違うんだ」
「私を差し出す、とは?」
「帝王の花嫁だ。ここ200年で差し出さなかった例はないのに、陛下たちは難色を示している。差し出さなければ、戦争になる可能性だってあるんだ。俺は無駄な戦いを騎士たちにさせたくない」
王弟殿下は私が聖女だと分かった上で、このような話をしているのだろう。私が断れば、無用な争いが起こり多くの命が無くなるのだと…
「それで、私にどうしろというのです」
「オーレリアから志願してくれないか。そうすれば、少なくとも陛下は納得すると思う。クリスティアンは無理だろうが…」
「今はお返事しかねます。私が帝国に行くことがいいのか悪いのか、使節団が帝国に帰るまでに確認したいことがあります。その結果を見てから、私の意思で決めたいと思っています」