第11話 聖女とは何でしょう
兄のキースが、ガレア帝国に行った理由を聞いたはずが、何故か話は世界が終わるかもしれない危機の話になっていた。
「キース、何と言っていいか言葉が出ないが、この国でも異変が起きている。危機を知らせに帰って来てくれて良かったよ。それと、リアが聖女だとは思わなかった。彼女の無表情と封印には因果関係があるのか?」
「ああ、あるよ。父がリアの魔力を抑える魔術式を探して実験をしている時に、今リアが施された魔術式が出来たんだけど、出来た魔術式には副作用があったんだ。それが顔の表情が無くなるものだった。流石にそんな魔術式は駄目だと、施されなかったんだけど、聖女の守護印が現れてそうも言ってられなくなったんだ」
無表情が副作用だなんて、なんて魔術式を考えたんですか、お父様…
「リアの封印が解けたら、表情も元に戻るはずだけど、こればっかりは、その時にならないと分からない」
私はちょっとだけ落ち込んだ。まあ、最悪戻らなくても、今まで通りだということだ。
「いいですよ、無表情でも。お嫁の貰い手がないと思っていましたが、聖女であるなら、最悪帝王様のお嫁さんにはなれるようですし…」
「「はぁ⁈」」
お兄様とクリスティアン様が同時に叫んだ。夜中で誰もいないとは思いますが、忍んでいるのだから声は抑えた方がいいと思いますが。
「静かにした方がいいですよ。何かおかしなことを言いましたか?」
「おかしいよ、そんなの決まっているじゃないか!」
お兄様が焦りながら肯定した。どこがおかしいのか分からない私は、首を傾げた。
「リアは、帝王の花嫁になりたいの?」
クリスティアン様が真っ青な顔で聞いてきた。私は更に首を傾げた。
「なりたいとか、そういう問題ではなく、聖女が花嫁としてガレア帝国に嫁ぐのが決定事項なのでしょう?私の決めることではありませんよね?」
今は「始まりの天界樹」の危機なのだ。早く聖女になって祈りを捧げないと天界樹は枯れ、魔物と瘴気に国々が侵蝕されてしまう。私一人の意思なんて、世界の存続に比べたら些末なものだと思うのだ。
「そうか、リアはいい子だった…自分のことより人のことを思いやれる子だったね。でも、そんなことの為に、僕は7年間ガレア帝国にいたんじゃないんだ。リアを助けたいからなのに、僕の立てた仮説は、リアが聖女になってからじゃないと試せない…」
お兄様の立てた仮説?聖女になればガレア帝国に行く、でも行かせたくない。仮説はタランターレにいる聖女でないと駄目なこと。そんな矛盾をブツブツと呟いていた。
「つまり、この国でキースは聖女になったリアに何かさせたいんだな?」
黙って聞いていたクリスティアン様が、キースお兄様にそう言うと、お兄様は勢いよく頷いた。
「では、アドキンズ侯爵がリアに施した封印を、一時的に解除することが出来れば問題ないな?封印術の魔術式さえ分かれば、僕にも解除は可能だと思う」
「それならば、僕が持っている。でも、かなり複雑なんだ。解けるかな…」
「すぐには無理でも、必ず何とかするよ。そのために戻ってきたんだろ?」
「クリス、ありがとう」
キースお兄様がクリスティアン様に抱きつき、二人は熱く抱擁した。私はその光景を見て、王宮にいる令嬢たちに言われた言葉を思い出した。
「あの、私はお邪魔でしたら、少しの間席を外しますが…」
「お邪魔?どういう意味かな、リア?」
クリスティアン様がキースお兄様との抱擁を解いてこちらを見た。
「ですから、恋人同士である二人のお邪魔を、」
「「はぁ??」」
二人がまた同時に叫んだ。静かにと言ったのに、どうして叫ぶのだろう…
「誰がそんなこと言ったの?っていうか、リアは信じていたの、そんな事を…」
クリスティアン様の顔がどんどん曇っていく。信じていたわけではなく、事実だと教えられたのだけれど…
「王宮に来られていたご令嬢たちが、クリスティアン様が結婚されないのも、婚約されないのも、魔法学園時代から恋人だったキースお兄様のことを、失踪した今も忘れられないからだと言っておられました。私のことを大切に扱うのも、お兄様の妹だから仕方なくしているだけだから、優しくされても思い上がらないことだとご忠告下さいました」
「……まさか、それを信じたの?」
「その可能性も、一応考慮しておこうと思っていました」
「うわっ自分の妹にクリスと恋人だと思われていたなんて、ちょっとショックなんだけど…」
「違いましたか?」
どうやら偽の情報をご令嬢たちに教えられたようだ。ご令嬢たちがお兄様とクリスティアン様のことで、妙に熱く盛り上がっていたので、あながち嘘ではないと思ってしまったのだが…。そう伝えると、二人は勢いよく項垂れた。
「違う、断じて違うから!友情以外の感情は一切ないからね。もう、そういう話には耳を貸さないで!」
キースお兄様が、私の耳に手の平を当てて半泣きで懇願したので、私は素直に頷いた。
「はい、分かりました」
そうか、二人は恋人ではなかったのか、そう思ったら少しホッとした。きっとお兄様の恋人が男性だと、跡継ぎ問題に発展するため、心の奥で心配していたのだろう。別に男性同士の恋愛に偏見はないので、そうだと言われたら応援するつもりだった。
「クリスティアン様、複雑そうな顔で私を見ないで下さい。ちゃんと誤解は解けました。もう、クリスティアン様のことを嫁候補だと思うことは止めます」
「えっ僕が嫁なの?キースが旦那??」
「おい、クリス。問題はそこじゃないから。話が脱線したけど、兎に角これからが正念場なんだ。僕が使節団として帰国する予定の2か月後までに、僕の立てた仮説を証明したい。そのためにはリアの封印を解かないと駄目だ。これを解いて欲しい。父上がリアに施した術式だ」
キースお兄様は、ポケットから折り畳まれた紙片を取り出してクリスティアン様に渡した。
「わかった。なるべく早く解けるよう、努力する。解けたら連絡するが、連絡方法は?」
「クリフォード隊長に知らせてくれたら、僕に連絡が来る。その時に場所と時間は指定させてもらう。じゃあ、そろそろ行くよ。あまり長い時間は出かけない方がいいからね。リア、またね」
「お兄様…」
キースお兄様が私をそっと抱きしめた。別れた頃より歳はお互い重ねたけれど、こうして抱きしめられると昔に戻った様に安心する。
「クリス、リアのことよろしく頼む」
「ああ、任せておけ。キースも気をつけて」
お兄様は頷くと、闇の中に入り込んで消えた。闇属性の魔法が隠密に長けているのは、闇を使って移動できるからだと聞いたことがある。確かにいろいろと便利そうだ。
「さあ、僕たちも帰ろうか」
クリスティアン様は私の手を握ると、転移魔法を発動した。眩しい光は隠密には向かないなと思った。




