第10話 sideキース・アドキンズの回想
「悪夢のような出来事の始まりは、リアの誕生日前日だった…」
朝から調子の悪そうだったリアは、夜中になって高熱を出した。真夜中を過ぎて、日付で言えば誕生日の当日になっていた。
「マーカス、この痣、もしかして…?」
ベッドで苦しそうな呼吸を繰り返すリアを、母のミリアが魔法で懸命に癒していた。手の甲に昨日までなかった痣のようなものを発見して、父のマーカスを呼んだのだ。僕は部屋の中で心配することしかできなかった。
「ミリア、やはりこの子は聖女だったんだ。これは天界樹の守護印だ…」
「そんな…この子はまだ8歳なのに、それにこんな状態、この子の体ではこれ以上の力には耐えられないわ」
妹のオーレリアは、光属性を持って産まれた。しかし、魔力が高かったため、成長すると度々魔力暴走を起こしかけていた。白の魔法使いだった父は、そんなリアを守るため白の魔法使いを辞して、ずっとリアの魔力を調整していた。父は闇属性で母は光属性、リアの光属性を抑えるには父の属性の方が適していたのだ。
「そうだな。このままではリアは耐えきれず死んでしまう。やはり、この子が成長するまで、光属性の力は封印した方がいいだろう」
「ええ、そうしましょう。私もお手伝いしますわ」
両親は封印術をリアに施すことを決めた。封印には大量の魔力が必要だ。僕は封印後に両親が飲むための魔力回復のポーションを手に入れるため、王宮に向かった。間が悪くポーションを切らしていたのだ。
「では、僕は王宮に向かいます。魔力回復のポーションをつくってもらったらすぐに戻ります」
夜中に魔法薬を作れるものはいなかったため、朝出勤するまで待ってポーションを依頼した。個人的な頼みの為、少し時間がかかると言われたが、仕方ないと思い了承した。
結局王宮でポーションを手に入れたのは夕方だった。待っている間に、クリスに伝書蝶を送っておいた。妹のリアが聖女だということを、白の魔法使いである友には知らせておいた方がいいと思ったのだ。
まさか僕が王宮にいる間に、両親が襲われているなんて思いもしなかった。ポーションを手に入れて屋敷に戻ると、リアの泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
「リア?どうしたんだ!」
駆けつけると、すでに両親は息絶えていた。そしてリアを抱えた刺客と僕は対峙したのだが、刺客はリアの手の甲を見て落胆したように溜息をついた。
「やはり聖女ではないのか…嘘の情報なんか信じるんじゃなかった…」
刺客はリアを僕に投げつけて、そのまま逃走した。僕はリアを受け止め、リアが無事なのを確認すると、そのまま刺客を追いかけることにした。
「リア、その場を離れては駄目だよ」
そこにいれば、いずれクリスが訪ねてくる。リアを一人で残すことは不安だったが、今は刺客を追うことを優先した方が賢明だと判断した。
リアの手の甲に痣はなかった。きっと両親は封印術を成功させたのだ。そして魔力切れを起こしているところを刺客によって殺害された。本来なら白の魔法使いとして活躍していた父が、刺客に後れを取るはずがなかった。僕がもっと早く戻って来ていたら、両親は殺されていなかった。後悔の念を必死で振り払い、刺客を追い詰めた。戦闘の末に、刺客に拘束魔法をかけたまでは良かったが、その刺客は服毒して自害してしまった。
「これでは、どうして両親が殺されたのか、どうしてリアを聖女だと思って攫おうとしたか理由が分からない」
リアを置いてまで、ここまで追ってきたのに。絶望する気持ちを抑えて、刺客の所持していたものを漁った。
「こいつ…本当に刺客、いや間諜なのか?」
刺客の所持品の中には、いくつかの身分証が入っていた。そして目的を記したメモまであったのだ。
「やはりガレア帝国の者か、それも親戚の証言を得て、アドキンズ侯爵邸に侵入…って。帰国は明日、…」
どうやらこの間諜は、メモをしないと覚えられないのか、かなり詳細な情報が書いてあった。この機会を逃せばあの国には入り込めないと思った。
「すまない、リア。僕はガレア帝国に行く」
僕の所属する近衛騎士団第5部隊は、影の隠密部隊だった。表立っては近衛騎士だが、専門部隊が編成され、入団当時闇属性を持っていた僕は、そのまま専門部隊に配属され訓練を受けていた。別に自分の能力を過信して、単独でガレア帝国に侵入したわけではなかった。
「聖女はガレア帝王の花嫁になるんだ。いずれリアはあの国に差し出される」
その前にあの国を見ておきたかった。それも、出来るだけ内部を見たいと思ったのだ。
疑われたらすぐに引き返すつもりだった。運がいいのか悪いのか、僕はすんなりとガレア帝国に侵入することが出来た。身分証を何枚か使いながら、ガレア帝国の「始まりの天界樹」のことを調べた。ある時は大学生、ある時は研究助手として、そして最後は外交官になった。
王宮に出入りするようになり、王宮の図書館にも出入りできるようになった。禁書庫には闇属性の特性をいかして入り込むことに成功した。
ガレア帝王も何度か見かけた。50歳過ぎの赤髪の王だ。普段はあまり表に出ないらしく、政治のことは宰相が仕切っているのだと聞いた。ガレア帝王は赤の魔法使いと呼ばれ、他国の魔法使いが実力で選ばれるのとは違い、その名の通りその赤い血で継承されている。
今の帝王は陰で凡庸だと言われ、花嫁として捧げられた聖女との関係もあまり上手くいっていないようだ。聖女の年齢もバラバラだった。28歳、41歳、68歳…聖女になった時点で、何歳であっても花嫁として捧げられるのだから、仕方がないのだろう。リアは今頃14歳になっているだろう。16歳で覚醒するとして、その頃には帝王はもう53歳だ。(犯罪だろそれ…)
帝王は自ら選んだ美女たちを後宮に侍らせ、聖女を蔑ろにしているらしい。だから天界樹は守護の力を弱めていると、真しやかに噂される始末だった。(絶対リアは嫁がせたくない…)
41歳のエリシーノ国の聖女との間に、16歳の王子がいるらしいが、その王子がどこにいるのか、王宮に勤める者のほとんどが知らなかった。帝王の不興を買ってどこかに閉じ込められている、というのが一番有力な説だ。(世継ぎの王子だろ、知らないってヤバいだろ…)
何回心で突っ込んだか分からないほど、この帝国はおかしなことが多かった。こんな国に守護の中心である「始まりの天界樹」があって大丈夫なのか?(いや、駄目だろ…実際ヤバい現象は起きているし…)
「昨日も国境に魔物が出たらしい」「瘴気が濃くなっている領地があるらしい」など、王宮だけでなく帝国中で不安の声が上がっていた。
「タランターレ国の聖女を今すぐ連れてまいれ」
宰相である、マクシミリアン侯爵が外交官に檄を飛ばした。僕は使節団の団員に立候補した。もうこの国に任せていては駄目だ。禁書庫で盗み読んだことが事実なら、今のままではいずれ天界樹は枯れてしまうだろう。そして「始まりの天界樹」が枯れれば、他の4柱の天界樹もいずれ枯れてしまう運命なのだ。
「ここまで悪化するほど放置するとか、本当にこの国の王と大臣たちはどうなっているんだ…早くこのことを知らせて対処しないと、この世界が終わる…と、思ってこの国に帰って来たんだよ」
僕はこれまでの経緯を簡単に話し終えて、リアとクリスを見た。二人はずっと黙って僕の話を聞いていた。リアが聖女だと言った時は、流石に驚いていたようだが、それでも僕の話が終わるまで待ってくれたようだ。