始まりの日の少し前!
「……ったく、何を言うかと思えば」
後ろ手にドアを閉め1人ボヤく。
――同性なら着替えの為に離れなくても良かったのでは?
なんて考えが脳裏に浮かんでモヤモヤする。
実際には今の自分の体は女の子である。外で着替えるのが道理だろう。だから気にするな、と言い聞かせて着替えていく。
時間をかけて変に疑われるのも嫌だ。何も考えないように努め、下着、ワンピースと着ていく。
少し袖が余る。手のひらに若干被るが、日常生活には困らないだろう。
「お、いいサイズだね」
おずおずと部屋に戻ると、そんな感想を言われた。
うーん。気にするのは服のサイズね……。
「ああどうも」
「ん? 何か問題があったか?」
多少荒々しい返事になってしまったが、冷静を装い先程まで座っていた椅子に座る。
……話題を変えたい。そろそろ配信の方にも切り込んでみよう。
「……今時配信っていっても伸びないでしょ」
たまにパソコンで動画サイトを見るが、そこのオススメで表示される配信中のチャンネルは視聴者が1人、2人とかのものをざらに見るし……。
「その為のコスプレだ。巫女服だ!」
「……着るのはいいとして、姿は晒さないぞ」
「万策尽きたか……」
意気消沈しうつむくTさん。お前策ってこれだけかよ。人を客寄せパンダにしようとしてたのか!?
「でも命に関わるんだろ? 伸びなかった時の最終手段としてならいいんじゃないか?」
確かにその通りだ。死んでしまったら元も子もないが、あんまりその気になれない。
「まぁ、何もしないと危ないんだろ? 配信の準備だけはしておくから」
もう1つの紙袋からマイクとWebカメラを取り出し、僕の近くに移動してくるTさん。
自ずと見上げる形になってしまうが、Tさんこんなに大きかったっけ? 自分が座っているせいもあるだろうが、身長にかなり差を感じる。
パソコン触るから退いてほしいと言われ、大人しく椅子から立ち上がり入れ替える様にベッドに座る。
立ち上がる時に身長を比べたが、奴の胸ほどの高さまでしか身長がなかった。……30cmぐらい縮んでないか?
今更感あるけど、体が変わったんだなって実感がうっすらと湧いてきた。
……逆に気にしなければ、元の体との差に気付かないってことかな。
初めて着る異性の服なのに違和感はそこまでない。むしろ着慣れてましたーって勢いさえある。もちろん以前は女装なんてした覚えはない。
「――できたぞ。配信ソフトも入れといた。操作方法は調べれば出てくる」
マイクとカメラをセットし、ついでに配線周りを纏めたりと環境を整えてくれるTさんの背中を見ながらぼーっとしていたが、気付くと作業が終わったみたいだ。
「ん、ありがと」
立ち上がり礼を言う。
「予想だけど、神様の力はもう結構少ないのかもしれない。昨日も連絡の途中で倒れちゃったし」
早いとこ配信した方がいいのかな、と付け加える。
「それは結構危ないんじゃないか? 声だけの配信なら敷居は低いだろうし、今からでもやってみるか?」
やっぱり傍から見ても危ない状況だよねえ。だが、配信やるにしても……。
「ごめん、恥ずかしいから1人でやりたい」
「分かった。じゃあ簡単に始められるよう設定済ましとく」
再度パソコンに向き直るTさん。便利だ。
「待ってる間に、配信で使う名前とか考えておいてね」
「う、うん」
名前ねぇ。ハンドルネームみたいなものかぁ。確かに配信するなら本名よりそっちの方が良いだろうが……簡単に思いつかないぞ。
って名前どころかチャンネル名も決めなきゃじゃないか?
「悩んでるとこ悪いが、あらかた準備は終わったぞ。適当に背景の画像入れといたから、後は本当に始めるだけだ」
答えが決まらない。考えているうちに、1人でやりたいなら帰るよと言ってTさんは部屋から出ていった。
悩んだままでいると、玄関のドアが開閉する音が聞こえた。
「先程の人間のお陰で我復活!」
「うわ!! びっくりした!!」
Tさんが帰った後は、この家には自分1人しかいない。すっかり神様の事を忘れ考え込んでいたが、突然大きな声がしたものだから驚いてしまった。
「せめて貴様には忘れてほしくなかったが……。ここで威厳を取り戻すとしようかの」
そうだった。地味にこの神様人の考えを盗み見てくる節がある。という事を思い出した。
「本名が秋虎茅草なら……千虎とかどうだ?」
「うん、まぁ……。そうだね、うん……」
悪くはないと思うが、癪だなぁ。
自分が考えても決まらなかった、ということもあるが、神様から割と腑に落ちる答えが出てきた事が少しだけ気に食わない。
「尊敬されたところで、もう1つ助言をしてやろう! チャンネル名も名前と同じでいいだろうとな!」
「ふ、ふうん……ありがとう」
予想外の形ではあるが、問題が解決したんだ。お礼は一応言っておこう。
「これがツンデレってやつ……!?」
お礼を言って損した気分だ。
「いいから配信のタイトルも考えてほしい」
半ば強引に話を切り替える。
なんでそんな言葉を知っているのか気にはなったが、触れない方がいい気がした。
「ふふふ、我に依頼をするとはの! ならばそれ相応の対価を戴こうか」
「あ、それなら――」
「まてまてまて!! 話を聞いてから考えてはどうか!?」
「変に了承したら魂盗られそうだし……」
「そんなことせんわ!!」
よく考えればタイトルぐらい初放送とかなんとか入れとけばいいだろうし、対価を払うぐらいなら断った方がいいのでは?
「……なに簡単なことだ。その服を着てもらいたい」
「もしかしてこれのこと!?」
雑にベッドの上に置かれた巫女服に目線が行く。
「今の服も中々良いが、そっちのコテコテしたものも着てみた……いや見てみたい」
まぁそれぐらいならいいか。変に身構えてたせいか、ハードルが低く感じる。
「分かった。着替えるからしばらく静かにしててくれ」
「なんでじゃ!? 我はこう――きゃー女の子の服着るの恥ずかしい! みたいな生のリアクションが聞きたい!!」
「あんまりそういうのはないかな」
返事をしながらも着ているワンピースを脱ぎ始める。
1度着てしまったからには女性用の服を着ることに抵抗はない。そこに抵抗はないが、着替えをまじまじと見られるのは恥ずかしい。例え神様の姿が見えないとはいえ、なんか凄い見てきそうだし……。
袴、股下が膨らんだズボンに近い感じがする。これは尻尾の関係で少し腰から下げだ位置で履いていく。
これからズボン系のものは、尻尾の付け根が被ってしまうことから同じ履き方になりそうだ。
上着にあたる白い着物の様な服は、着物の様に見えるだけで上から着るだけでYシャツと同じ感覚で着ることができた。
「……これでいいのか?」
腕を広げ自分の体が見えやすい様な動きをとる。
「似合ってはいる。けどもうちょっとこう羞恥心というかねぇ!?」
そんな力強く同意を求められても知らんし分からんよ。
「貴様が着替えてる間に考えておいたぞ! 『超美少女神様が挨拶をしてやる』とかでどうだ!」
……痛いし偉そうだし、なにより聞いてて恥ずかしい。
「ここまでしないと埋もれてしまうぞ! キャラ付けじゃ!」
「本当にそこまでやる必要があるの?」
「まぁまぁ。いざという時には我が替わってやろう。そうすれば『神様が』という部分に関しては本当になるだろう?」
そういう問題じゃない。そう言おうとしたが、体が動かせない。
体から力が抜けていく。宙に浮くような感覚がしたと思ったら、体が本当に宙に浮いている。
自分で自分の体を見下ろしている。魂だけが体の外に出てしまったような感じだ。
「とまぁこんな感じで本当は貴様の体を我の好きにできる。いざとなったら助けてやる」
自分の体が独りでに動いている。話している。
見慣れない体、聴き慣れない声。こうして傍から見ても自分の体である実感があまり湧いてはこない。
自分の体を乗っ取った神様が、両手で体を弄り始めている。胸に触れそうな気配を感じ、元に戻れと強く念じる。
「だはぁ!!」
水中から顔を出した時の様に、自然と止めていた息を吐き出す。
強く念じた結果、体に強く引き寄せられた。元に戻れたみたいだ。
神様の力が弱いからすんなり戻れたのか? それは考えてもわからないが、二度とやらないでほしい。
自分の体であるという実感がないにしても、好き勝手やられるのは嫌だ。
「配信するけど、体は貸さないからね」
「分かった分かった。勝手にせい」
と投げやりな返事を聞き流し、椅子に座る。
配信サイトでチャンネルや名前を登録し、やってもらった配信環境以外の準備を進める。
……すぐ始められる段階になったが、心が揺れる。配信やるかやらないか。やるしかないにしても躊躇ってしまう……。