始まりの日?
平日の昼間に僕は1人、机の前の椅子に座りモニターを凝視している。自分の部屋だというのに、とてつもなく緊張している。
それもマウスに置いた手を、人差し指を少しでも動かせば配信が始まってしまうからだ。
頭の上の耳がブルルと震えたのが分かった。
やるしかない状況ではあるのだが、あと一歩を中々踏み出せない。「はやくしろ〜!」と女の子の声が聞こえ、僕はびっくりして人差し指を押し込んでしまった。
思わず目を閉じてしまう。心臓の鼓動がバクバクと早まり、全身の毛が逆立つのを感じる。この感じだと尻尾も凄いことになってそうだ。
目を閉じた数秒後に、目を開けて画面を確認する。
モニターには配信開始の文字が表示され、事前に映し出される様に設定していた静止画がちゃんと配信画面のプレビューに表示されていた。
配信といっても自分の姿を出すわけではない。初めは声だけ晒す形で雑談メインの配信はどうか、と友達から奨められていた。
念の為「あー、あー」と声を出してみる。……配信ソフトに反応あり。問題はなさそうだ。
それはそれとして、自分の口から聞き慣れない子の声がするのには未だ慣れない……。
配信開始から数分経過したが、視聴者が0人のおかげで安心感が一気に湧き出た。何を緊張していたのだろうか、とさえ思えてしまう。
初配信の題名が『超美少女神様が挨拶をしてやる』と香ばしさ全開の放送を見に来る人はいないか。ちなみにこの題名は僕が考えた訳ではない。
額を拭い一息つこうとしたところ、目眩に襲われる。視界が揺れる。体調は悪くないが、意識が途切れそうな感覚がある。怪我をしないように、僕は急いで背後のベッドに倒れ込む。
倒れる前に、ふさふさの尻尾が机の上の物に当たる感触がした。が、それを気にしている余裕はない。
「お、これは期待できるな」という声を聞いたと同時に意識を失った。
―――
ふと目が覚めた。体調は悪くなく、むしろ倒れる前より良くなっている気さえする。
少ししてから、モニターを確認する為に立ち上がった。
なんと、配信はWebカメラに切り替わっており、僕の顔が大きく画面に表示されているではないか。この画角的にベッドも映り込むだろう。僕の寝ている姿がしっかりON AIRされてしまった……のか?
「おはよー」「起きた」「事故か!?」
挨拶等のコメントが画面上を流れていく。
視聴者人数が300人!? 放送が始まってから1時間程経過しているが、そんなに増えるものなのか!?
「やってしまったものは仕方がない。ほれ、挨拶せんか」
呆然と立ち尽くしていたが、その言葉を聞いて我にかえる。
引き攣った笑顔を浮かべ、こんにちはと言ってみる。
「放送事故か?」「ぷるぷるしとるやんけ」「イキってるのはタイトルだけか」
……視聴者からの反応はある。
「じゃ、配信切りま――」と言いながらマウスを操作しようと手を伸ばしたが、耳元で「止めろー!!」と叫ばれ体が硬直してしまう。「ここで止めては何も得ることができない! チャンネル登録させるのだ!!」と続いて耳元で大きな声を出される。耳が大きくなったせいか、頭がキーンと痛む。
「挨拶ないの?」「涙目やんけ」「やっぱ事故か」
挨拶。画面を流れるその単語が目に止まった。
一応放送を始める前に、配信者っぽい挨拶の内容を考えてはいたが、もうやらなくてもいいかな……。
「千虎です。えと、また配信するのでチャンネル登録をお願いします」
この千虎は配信する時の名前で本名ではない。僕の本名は秋虎 茅草だ。
「仕方ねぇなあ」「また事故してくれよ」「初々しいやん」
チャンネル登録を肯定? するコメントと共に登録数がちらほら増えていく。数人だけれでもこれぐらいでもう配信閉じてもいいかな?
配信を停止し、念の為パソコンをシャットダウンさせる。
「いやー危ないとこだったな! 存在が消えるかと思ったわ!」
背後。ベッドの方から声がした。振り返ると、僕と同じ姿をした神様がベッドに腰掛けていた。
神様の外見は、肩まで届くぐらいの長さの髪。明るい赤に茶色を混ぜた様な、赤茶色の髪色。同じ色した大きな耳と狐っぽいふさふさした尻尾。
紅と白の巫女服。神社で目にするしっかりとした造りのものではなく、イラストの様にデフォルメされた巫女服を着用している。
同じ姿。神様は僕に取り憑き、僕の体を神様が改造した。体を返してほしければ失った信仰を得ろ。と。
―――
神様に憑かれたのは、近所の廃神社で読書をしていた時である。
周りを木々に囲まれ人気のないこの場所は、日常から切り離された空間の様に感じ、1人になりたい時にはよく遊びにきていた。
鳥居の前の、石の階段に座って本を読んでいた時だ。本をひと通り読み終え、帰ろうと思った時に事が起こった。
「……本当に怖いことは人に忘れ去られた時。我ももう消えてしまいそうだ」
どこからか声が聞こえた。ここには自分以外誰もいない筈なのに……。
「我はここに祀られていた神。今は姿を見せることはできないが、信じてくれ……」
オカルトの類はそこまで知らない。
でもこの声が自分を神だと言うのなら、神様だと信じた方が良いのだろう。
信じる。そう思った瞬間に「ふっふっふ」と笑い声が聞こえた。
「ちょろい、ちょろすぎるぞ人間! 貴様は扱いやすい上に居心地が良い。ついでに体も創り変えてやろう」
急に目眩に襲われる。ぱっと何かが切り替わる感覚がした後、目眩も落ち着いた。
体を確認する為に勢いよく立ち上がる。
いつの間にかぶかぶかになった男子の制服。袖が余り手が中々出てこない。ズボンも当然ぶかぶかだが、背後にある何かに引っかかってズレ落ちる事はなかった。
横顔に触れるチリチリとした感触。手で顔を、頭を触る。髪が全体的に伸びているみたいだ。
頭のてっぺんあたりには触り慣れない感触のものが……。もふもふとした触感のそれを手で触る。音の聞こえ方が変わることから耳であると予想がつく。
それなら、おしりの方のふさふさとした感じは……。
ズボンをそのまま落とす様にずり下げると、ピンと尻尾らしきものが持ち上がった。ふかふかとさわり心地はいいのだが、触られている感覚もする。
階段に置いてあるスクールバッグの中からスマホを取り出し、カメラを起動する。
インカメラの状態で自分の顔を映すと、自分より年下の少女が映っていた。
あいた手で顔や髪、頭を触る。自分の体を触っていると大きな三角の耳がピクピクと動く様子が映っていた。
「どうしよう……」
自分で出した声も少女特有のそれになっている。
喉に手を伸ばす。喉仏は無くなり、すべすべとした喉だけがそこにあった。
性別さえも変えられている。今まで通りの生活がこれじゃできなく――「できるぞ。また力が溜まれば神様パワーでどうとでもなる。周りの認識を変えたり、元の身体に戻すこともな」
自分の思考を読まれたのか、考えの途中に声を挟まれた。
何やら物騒な単語も聞こえたが、この神様は僕の体を変えた様に、それが出来てしまうのだろう。
「我の存在を知らしめ、信仰を集めるのだ」
その言葉を最後に声は聞こえなくなったが、僕の頭の中はこれからどうするか考えがまとまらず混沌としていた……。
まずは家に帰ることを目標にし、見つかれば補導確定の格好でこっそりと家に帰る事にした。
ズボンと下着はスクールバッグの中にしまう。だぼだぼのシャツが下も隠してくれている。
スクールバッグと履けなくなった靴を抱え、人に遭遇しない様に路地を進む。
歩きで帰れる圏内で良かった……。
更新は不定期です。タイトルも仮です。思いつきのまま拙い文章を書いていきます!よろしくお願いします!