王子様クエスト
「は? グレグ様がいないってどういうこと!?」
私は異世界に転生した。
前世で大好きだった乙女ゲームにそっくりの世界。転生先は主人公で、ハニーブロンドの伯爵令嬢だった。
パッとしなかった前世と同じようにはなりたくない。今世は、推しでメインヒーローの王子様と恋愛をして幸せになって見せると心に決めていた。
なのに……なのにどうして、推しの姿が見当たらないのか。
「グレグ殿下は三日前、魔王を討伐するため城を出て行かれました」
王子の側近で攻略対象の一人が申し訳なさそうに言う。それを聞いて私は耳を疑った。
魔王……? 確かにラスボスのいるRPG系乙女ゲームもあるけれど、これは平和でほのぼのした異世界で、お菓子作りが大好きな主人公が攻略対象の胃袋と心を掴むゲームだ。
それに普通、魔王を討伐するのは勇者だろう、とまで考えて。
「――ぁ」
そうだ、思い出した。
前世でプレイしたゲームの中に、王子が魔王討伐する話があった。そういえば私は前世の最後、友人に勧められたそのRPGをやっていたのだ。
五つの国の王子。古の聖者の血を引く彼らを仲間にして魔王に挑む。
古臭いながらも王道なRPG。それにこの状況は、よく似ている。
もしかして、死の時に両方のゲームの印象が強かったせいで、二つの世界が混ざっているというのか。
慌てて国名を聞いてみれば、周囲の国はRPGのものと同じ。私が転生したこの国だけ、乙女ゲームの中での国名だった。
ややこしい。なんてややこしいのだろう。ということは魔王討伐の旅に合流しなければ、推しと会うことも好感度を上げることもできない!
理不尽に涙がこぼれそうになったが、今世では絶対に恋愛してやると心に誓ったのだ、この程度で諦めるわけにはいかない。
私は前を向き、走り出していた。
主人公の実家のお屋敷に帰って、クッキーを焼く。
最初のイベントにはクッキーが必要だから、持って行った方がいいだろう。焼き上がったらすぐにお屋敷を抜け出し、一人こっそり旅立つ。
どれだけの時間がかかっても、私の推しを、運命の王子様を見つけ出し、捕まえてやるのだ。
これはもはや私のよく知る乙女ゲームでもRPGでもない。名付けて。
「『王子様クエスト』ってわけね……! 待っててください、私のグレグ様!」
クッキーの入ったカゴを片手に、魔物に襲われズタボロになりつつも、私はひたすらに王子様を探し求め続ける。
――いつか、彼の傍で微笑み幸せになれる日を夢見ながら。