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【第一話 心臓って何だよ】#1

 ここは古戦場。かつて、魔族と人間が種の命運をかけて激甚で苛烈な争いを繰り広げた。その中心地とも言えるこの一帯は、千年の時を以てしても回復には至らず、如何なる生物を排撃する脅威の竜巻が昼夜問わず吹き荒れている。

 そんな極限環境にて、生物を若干超越してしまった者が二名、何やら言い争いをしていた。


「ユークァードのわからず屋!もう観念して、私と結婚してください!」

「だから無理だって何度も言ってるだろ!観念するのはメリシアの方だ!」

「私は絶対に諦めません!あなたと添い遂げるためなら、人間だって魔族だって神だって敵に回してやりますよ!」

「こんのぉ~!わからず屋はどっちだ!」


 二人は竜巻など意に介さず、終わりの見えない押し問答に熱中している。その様子はさながら神話の一場面にも見えてくるものだった。


 時は遡り七年前……。






 ふかふかのベッドにはお上品な天蓋、ピカピカに磨かれた鏡台と美しい椅子、見渡す限り戸が幾つか窓が幾つか、それ以外は一切何も無い空っぽの部屋でユウカは暇を持て余していた。

 然し実際には、ちゃんとした仕事がある。


『勇者とか言う者を倒して来て貰おうかのう。』

「って魔王に言われてここにテレポートさせられたけどあれから二日、音沙汰無え!」


 ユウカには少し複雑な事情があった。ユウカは前世、山田夕夏として日本でごく普通のフリーターとして、時々親の臑齧(すねかじ)りつつ生活していたのだが、ある日ポックリ逝ってしまったのだ。死因は本人にも良くわからないが、病気でも人に恨まれるでも無いだろうから、事故だと見当をつけた。


「それが目覚めたら、魔王の九つ目の心臓だものな。」

『おぬしはたった今からこの魔王ドランゼルギアの九つ目の、心臓じゃ!』

「心臓って何だよ!?」


 ユウカの怒鳴り声は広い部屋に空しく響いた。


「しかもここ、どうなってるんだよぉぉぉぉぉ!!!」


 ユウカは窓の外から身を乗り出すと、遥か下の地上に向かって大声で叫んだ。この部屋は、雲の上まで伸びているとんでもなく高い塔の最上階にあるようで、一つ大き過ぎる問題があった。


「なんで、どこにも、階段が無いんだ!」


 部屋にある戸を片っ端から開けても、絨毯をめくって床の石畳を確認しても、下に通じる階段や梯子、ロープといった類いの物も見つける事ができなかった。天蓋を取り外して、窓から出れないだろうかとも考えたが長さが足りないのは一目瞭然だった。


 諦めて魔王からの便りを待っていることにしたが丸二日、そんな気配すら微塵もしなかった。


「然しこの二日でわかったこともある。気持ちに整理も付けられた。」


 ユウカは鏡で自分の姿を確認したところ、前世の自分の面影を所々に残しつつ、若干美形になっている事が判明した。どこからどう見ても人間で、身長はざっと175センチメートルぐらい、体格は細身だが筋力は前世よりあるようだ。新しい体については受け入れる事ができたのだ。彼は、この進歩はかなり大きいだろう、と内心得意になっていた。


 塔については、ベッドのあるやけに広い寝室と、窓の無い物置部屋と、牢屋、寝室より少し狭い空き部屋が三つという間取りだった。人間が住むのは絶望的である。外壁は紺色のレンガのような物で築かれており、屋根は赤い石のような円錐の形をしていた。


「勇者を倒そうにもこれじゃあな。」

「ダイク様~。」

「ん?」


 不意に声がして、しばらく耳をすませてみる。塔の中も外もひっそり閑として、ただユウカの息遣いが聞こえるのみだった。なんだ幻聴かと、ユウカが肩を落とすとそれは爆竹のように、滝のように押し寄せてきた。


「「「ダイク様ーー!ダイダイダイク様ク様!様!ダイク!ダ様ク!ダイクダイク様!ダイク様ダイク様ダイク様ーー!」」」

「なんじゃこりゃあぁ!!!???」


 黒い影の大群がどこからともなく津波のように押し寄せ、塔の頂上付近はまるで暗雲で覆い隠されてしまった様だった。


「わたくし、魔王様の命により、ダイク様のサポートをさせていただく、「「ダイク様ー!ダイ様!ク様様ダダダイク様ダイク様!ダサ様!!ダイク!!」」」

「いっぺんに喋るなぁ!てゆーか多い多い多い多い!」


 部屋に一人残し、後は全員塔の外で待機させておくことにした。皆コウモリのような翼を持っていて、今は部屋を中心に公転している。そのせいで窓からの景色は蜂の巣を百個ほどつついた大惨事と化していた。


「何人……、何体いるんだ?」

「わたくし一人です。ただいま分身魔術の修行中でございまして。」

「すごいねぇもう大成功じゃない!」

「いえいえ滅相もございません。数が調整できておりませんし、分身同士での連携もまだ十分に取れておりませんので。」

「皮肉だよ。いや、“あちゃー”じゃないんだよ。」


 額に手を当てた魔王の使いに、ユウカは軽く1ツッコミいれてやった。

 彼は黒く鱗のように固い肌をしていて、中学生男子ぐらいの体格だった。顔はやや人間に近いが、イヌ科の動物にも似た何とも不思議な目鼻立ちをしている。


「あ、改めましてわたくしヨーシャンクと申します。お気軽にヨクとお呼びくださいませ。」

「嗚呼、ご丁寧にどうも。そういえば初対面の人……、方に失礼でしたね。俺は山田夕夏って言います。」

「アマドゥーカ様?」

「誰それ!?違う違う、ヤマダユウカ。」


 ヨクにとっては語感が聞き馴染みない物だった。ユウカは尋常ならざる量の疑問をぶつけたくて仕方がなかったが、何とかこらえ、ヨクの話に耳を傾けることにした。


「その御名前は恐らく、ダイク様の前世の物にございましょう。」

「前世。やっぱり俺は死んだのか。」


 ユウカは自身が死に、現在の体に生まれ変わった事を本能的に知っていた。然し実際にその事実が確定されると、改めて寂寥感を覚えずにはいられなかった。


「仔細はわたくし共も把握しかねますが、ダイク様は魔王様が直々にお選びになった生粋の【強靭な魂】の持ち主であると、存じております。」

「その【強靭な魂】ってのは?」

「【強靭な魂】というのは、死後も生前の性質を含有し、かつ肉体に類い稀なる才能を意図的に開花させ得る能力を持ち合わせているとされる魂の事でございます。」


「うぁ~とにかく、激レアですげぇ魂ってことですね。そんで、魔王は自分の心臓に俺の魂をドッキングして独立した一個の生き物にしたと。」

「さすがダイク様!並々ならぬ理解力をお持ちでおられますねぇ。」


 ヨクはユウカの言葉を聞き、心底感嘆した。


(まあ昔は良くゲームとかやってたからな。魔王が弱点を分散させていた、っていう展開は何度か覚えがある。多分、本体から切り離した魂の無い肉体に、死んでさまよってた俺の魂をどうにかして入れたんだろう。

 でも普通に考えて、現実感無さすぎるよな。魔族とか魔王とか。)


「ん?てことは俺、魔王じゃね。」

「はい!魔王第九心臓(ダイク)様は正真正銘紛うことなき魔王様でいらっしゃいます。」


 ユウカはこの二日間、飲まず食わずでも体調が万全であることから、自分が人間でないと薄々察していた。しかし自分が魔王になっているとは夢にも思っていなかった。


(うおお。テンション上がるな。転生したら魔王でしたってことか。いや冷静になれよ俺!魔王ってのはゲームの中の架空の存在だ。でも、実際に会って話ちゃったしなぁ。)


 混乱しているユウカの目の前に、ヨクが水晶を一つ示した。すると水晶が光り、中から立体映像のような物をその場に出力した。


「これは?」

「水晶です。水晶は光の魔術と相性が良く、我々はこのように景色や物を記録するのに用います。そしてこれは占い師がダイク様宛に作った物だそうです。」


 映像は一枚の平面で、そこには数字や文字が書かれている。


「ダイク様の前世に関係ある記号等が使われていて意味は理解できないのですが、現在のダイク様の状態を“ゲーム”なるものに照らし合わせて説明した物、と申しておりました。」

「ははぁん。ステータスか。RPGでキャラクターの強さを数値とかで可視化するためのアレね。高校ぐらいからRPGはやらなくなったから、ちょっと懐かしいかも。」

「ダイク様が何をおっしゃっているのかさっぱりです。」


 そこに書かれていたのは以下の通りであった。


『レベル1 職業:心臓 職業ランク1 体力S 魔力SSS+ 物理攻撃力A 物理耐久力A++ 魔法攻撃力SS++ 魔法耐久力SSS+ 素早さA 賢さC++ 運SSS++


評価説明 E→D→C→B→A→S→SS→SSSの順に優れていく8段階の評価。各段階に+及び++の期待値を示す補足的評価を設けている。』


「賢さだけシーダブルプラス!?けど真っ向から否定できない所がちょっと痛い。それにしても酷くざっくりしてるな。」

「占い師曰く、“精度が悪くほぼ正確さは無いため何となくのイメージで受け取ってください”、とのことです。」

「じゃあ意味無えじゃねぇか!」


 ユウカは思わず立ち上がってしまった。


「っていうか、職業が心臓って何だよ!!??」


 ヨクが訪れたことでユウカの混乱は余計に強まってしまった。外ではヨクの分身体たちが騒々しく飛び回っている。この後、二人が落ち着くのにかなりの時間を要したのだった。

第一話は完結しておりません。そのまま#2に続きます。

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