悪魔ベルフェゴール その2
また遅くなってしまって、どうもすみませんでした。
それにしてもなかなか妖怪が出現しませんね……。
次回こそは妖怪出現と悪魔の活躍を書けると思いますので、これからもどうかよろしくお願いします。
この日の夜、微かに町が震えた。
地震とは違い、町の住人達は誰も震えを感じなかった。
その代わりに感じたのは、一瞬の寒気だった。
恐ろしい何かが、決して現れてはならない何かが姿を現した。
住人達は頭では理解出来ない恐怖を、一瞬だけ本能で感じた。
※
「……………………べる~……」
目の前の怪人物がたっぷりと間を持たせて言った言葉は、それだけだった。
名前を聞いただけなのに、随分と面倒臭そうだ。
「……ベルーさんって言うんですか?」
「………………」
今度は無反応だった。
怪しい煙が部屋中に充満した直後、何処からともなく姿を現した謎の人物、自称ベルー。
理解不能な異常事態に混乱の極みだったが、俺は冷静になる事に徹し、落ち着いて事態の収拾に努めていた。
先ず俺が最初にやった事は、相手にコートを着せる事から始めた。
この怪人物、ベルーは頭に被っているシルクハットと足元に敷いている古びたコート以外には何も持っていなかった。
つまり、素っ裸だった。
明らかに自分の身長を超えている長さの銀髪を前後左右万遍無く伸ばしているので、素肌は殆ど見えなかったが、それでもこいつは裸だって事はすぐ分かった。
ありえない位に伸びすぎている銀髪のお陰で全て丸見えって事にはなっていないが、全裸のままにする訳にもいかないので、取り敢えず敷き物にされているコートを引っ張り、相手に着せたのだった。
実の所を言うと、その間俺は色々と我慢していた。
明らかにおかしい状況に突っ込みを入れまくりたかったという事に対しての我慢もあったが、それよりも怪人物の容姿の方が問題だった。
長過ぎる銀髪の隙間から見えたベルーの顔は、凄い美人だったからだ。
もしかするとベルーは女かもしれない、という事は……。
そこで俺は考える事を止めて、ベルーにコートを着せる事に成功した。
そして、次に俺はベルーが何者でどうやって此処に現れたのかを質問した訳なのだが、ベルーはやる気というものを全く見せず、質問は基本的にスルーで自分からは何も言わない。
しかも、下手すると眠ってしまいそうな仕草までする始末だった。
もう五分以上やっているのに、本当かどうかも分からない名前位しか判明していない。
俺は頑固な犯人の取調べをやっている刑事の気分だった。
「ねー、ねー!ベルちゃんは魔法使いなの?」
いきなりそう言ったのは完人叔父だった。
いくら摩訶不思議な登場だったからって、それは無いだろ。
本当に成人男性なのかこの人は?
一緒に暮らしている俺でも、流石に心の中でそう突っ込んだ。
その時だった。
「……………………ちがう、あくま……」
面倒臭そうな口調でベルーは呟く様にそう言った。
「は?悪魔?」
最初は言っている事の意味が分からなかった。
「悪魔って、あの角とか黒い翼とかが生えてる奴?」
完人叔父は興味津々といった感じでそう言って、ベルーの許に近付いていった。
「じゃあ、ベルちゃんの頭にも角生えてるの?」
叔父さん、頼むからもっと常識人になってくれと俺は思った。
やる気の無い態度に出鱈目な内容の言葉まで言う不法侵入者、ついでにこういう状況でもマイペースな困った叔父……もう限界だ。
俺は本気で警察を呼ぼうかと思って腰を上げようとした。
「ちょっと見せてみてよー!」
完人叔父がそう言って、ベルーの頭のシルクハットを手に取って持ち上げた。
「あ……だめ……」
そう言ったベルーの頭を俺は見た。
ベルーの頭には、先が三角形に尖っている矢の様な形をした触角が二本生えていた。
「…………触角?」
俺は思わず頭の中に浮かんだそのままの単語を口にした。
「これって触角?本物なの?」
完人叔父はシルクハットをその場で手放すと、ベルーの頭の触角を掴んで軽く引っ張った。
「ひゃあっ!」
いきなりベルーが今まで一番しっかりとした大きな声で叫んだ。
「えっ?」
「わ」
驚いた完人叔父はベルーの触角から手を離した。
ベルーは糸の切れた操り人形の様にヘナヘナとその場に倒れ込んだ。
「…………つの……だめ……」
そう言った直後、長髪から少しだけベルーの顔が現れた。
ベルーの目には微かな涙が浮かんでいた。
「ごめんね。大丈夫、ベルちゃん?」
完人叔父は申し訳なさそうな声ですぐに謝った。
俺はそれを見て動きを止め、不覚にも可愛いと思ってしまった。
その直後だった。
いきなり身体中に強い悪寒が走った。
「うっ……」
俺は咄嗟に腕を身体に回した。
「何?……気持ち、悪い……」
完人叔父もいきなり気分が悪そうになった。
様子が変わっていないにはベルーだけだった。
不吉だ。
何か良くない事が起こる。
俺は本能的にそれを感じた。
その時、玄関へと繋がる扉が突然開き、不吉の根源が姿を現した。