悪魔ベルフェゴール その1
大変長くお待たせして本当に申し訳ございませんでした。
取り敢えず、主要人物を登場させる事は出来ました。
拙い話ですが、楽しんで貰えれば本当に幸せです。
初めまして、佐藤良一と申します。
日本の高校一年の男子です。
両親が幼い頃に亡くなってから、現在までずっと母方の叔父の所で暮らしているのですが、その叔父の事で俺はしょっちゅう頭を痛めています。
実は今回もまた叔父のせいで頭を痛めています。
「カァッコイーだろぅ!これは絶対に地味な良くんには必要だと思って買って来たんだ!さあ!俺に感謝するが良い!」
叔父は相変わらずの独特でハイテンションな喋り方をしている。
「はいはい。これが必要かどうか置いといて、問題はこれを一体幾らで買ったのかだ……幾らだった?」
極めて冷静に俺は叔父に尋ねた。
「ん?値段?えーとぉ、八十万位だったかなぁ?ATMで、ガーッとやったんだぁ」
成程。つまり近所にあるATMから一度に引き出せる最高金額を一気に卸して、今、俺の右手の平に置いてある銀の指輪を購入したという事か……。
あまりに突拍子の無さ過ぎる行動に俺は何も言えなかった。
「嵌めてみなよ!絶対似合うって!これとかこれも!これで良くんパワーアップだ!」
叔父は子供の様にきゃっきゃと騒ぎながら自分の周りに置いてある色々な物を俺に寄越してくる。
「……つまり、全部これ等を買うのに数百万円を遣ってしまったと……」
指輪、チェーン、ネックレス、サングラス、アイパッチ、ブーツ、グローブ、カツラ、付け髭、包帯、他にも色々。
頭が痛くなってきた。
叔父の暴走は今に始まった事では無いが、やっぱりやる事が全て突拍子が無さ過ぎる為に一々頭痛が起きる。
問題の叔父の名前は、佐藤完人。
歳はちょうど三十歳、職業は自称芸術家という変わり者。
見た目はかなりの美形で、一見するとヨーロッパ系ハーフの青年の様に見える。
完人叔父は純日本人のはずなのに何故か生まれつき肌が白いうえにやけに鼻が高く、更に髪を金色に染めている為、ハッキリ言って日本人には見えない。
ごく普通の醤油顔の日本人である俺と血が繋がっているとは、今になっても思えない。
「これは絶対似合うよぉ!あ!そうだ!折角だからこの際、髪を真っ赤にしてみたら良いんじゃないかな?ね、良くん」
外見どころか思考回路も俺とはまったく違う。
いや、こんな思考の持ち主の完人叔父を反面教師にしていたからこそ、俺はまったく違う思考を持ったとも言える。
「いや、いいよ。それに髪染めるのは校則違反だし」
「大丈ー夫♪絶対似合うから先生達も見逃してくれるって♪」
毎日がこんな感じなので、俺はとても疲れます。
「……普通なら言う必要は無いんだろうけどさ……叔父さん、世間ってものはそう甘くないんだって……」
「良くん!」
完人叔父がいきなり、厳しい声で俺の名前を呼んだ。
流石に高校生の俺にそこまで言われるのが心外だったか?
「叔父さんじゃなくって、パパだろ!?忘れたの?」
「…………はい、そうでした……」
俺はかなり呆れながら返事をした。
完人叔父は俺を本当の息子だと思っているので、自分の事は叔父では無く、パパと呼ぶ様に言っていたんだった。
うっかりしてたよ。
この人には常識がまったく通用しない事を忘れていた。
それと――。
そんなチャランポランな人でも俺の事を本気で自分の息子だと思ってくれている事を。
なんか、どうでも良くなってきた。
「……じゃあ、父サン」
パパと呼ぶのは気恥ずかしいので、“父サン”と呼ぶ。
少しだけ片言なのは、やはり完人叔父があくまで叔父なのだという事実と、自分よりも手の掛かる人を父親とはあまり呼びたくない気持ちからだ。
「取り敢えず、あまり金を湯水の様に使わないように!俺に相談しないで俺の買い物をするのは出来るだけ控えてくれよ」
完人叔父は宝くじを連続で当てるという驚異的というか奇跡的なくじ運と、俺にはさっぱり分からない叔父の作品を買ってくれる固定客(俺は話に聞くだけで直接会った事は無い)のおかげで莫大な金を持っているが、やはり無駄遣いはいけないと思うので注意をしておく。
「……はぁ~い」
完人叔父が力のない適当な感じで返事をした。
やっぱり俺の方が完人叔父を世話している様な感じがするな……。
「ま!と、に、か、く!この指輪は似合うと思うんだよね!」
完人叔父はニッコリと笑いながらそう言って、俺の右の人差し指に買ってきた指輪を嵌めた。
この人は俺の話を全く聞いていないのだろうか?
「だからさ、アクセサリーとかは校則で……」
そこまで言って、俺は口を閉じた。
俺は自分の指に嵌められた指輪を見て、言葉を失ったのだ。
立派な指輪だった。
僅かな光を当てただけでも輝く白銀の指輪。
精巧な細工で作られた本物そっくりの口を開いて牙を向けている熊の頭が付いている。
熊の口には真っ黒い宝石の様なものが咥えられている。
指輪とかの価値は分からない俺だが、この指輪は高価な物だと直感で思った。
「叔父、いや、父サン。この指輪、何処で買ったの?つーか、幾らしたの?」
「えーと……どうだったかなぁ?色々買っちゃったから、いちいち憶えてないんだよねー……どうだっけ?」
「いや、だから、俺が聞きたいんだって……『出して!』
いきなり声が頭の中に響いてきた。
俺の声でも完人叔父の声でもない、聞いた事の無い声。
驚いた俺は咄嗟に辺りを見回した。
「良くん?どーかしたの?」
「え?あれ?叔父……じゃなくて、父サン、さっきの声、何?」
『出して!』
また声がした。
「声?何の事?」
完人叔父はきょとんとした表情をして、首を傾げた。
幻聴か?
『出して!』
また聞こえてきた。
「これ……どういう事だ?」
俺はすっかり訳が分からなくなり、混乱しかけていた。
「良くん、何か聞こえるの?俺には聞こえないの?」
完人叔父は不思議そうにそう言って、両耳に手を当てて辺りの音を拾おうとしていた。
『出してよ……』
まだ、あの声がする。
今にも泣き出しそうな弱々しい声がずっと俺の頭の中で響き続ける。
言っている事も全く同じ。
俺は本当に訳が分からなくなった。
『出して……』
「……そんなに出たいなら、好きにしろよ……勝手に出て来いよ……」
混乱して頭が疲れてきていた俺は、小さな声でそう呟いた。
その次の瞬間、予想外の出来事が起きた。
俺が嵌めている指輪から、いきなり大量の黒い煙が噴出し出したのだ。
「うわぁっ!」
驚いて俺は咄嗟に指輪を嵌めている指を顔から一気に離した。
「うわー!何これ?もしかして、手品?」
危機感は感じられないが、完人叔父も驚いている。
指輪は激しい勢いで煙を出し続ける。
頭では換気をしろ、とか指輪を外に捨てろ、等色々やるべき事は考え付いているが、あまりの奇妙な出来事に俺は何も出来ず、ただ混乱するだけだった。
あっという間に真っ黒い煙が部屋中に蔓延した。
煙に包まれた俺は視界を完全に遮られてしまった。
その間に驚いた俺は過って、その煙を少し吸ってしまったが、煙自体は無臭で息も苦しくならなかった。
多分、害は無いようだ。
それよりも、一体何が起きてるんだ?
しばらくすると、煙が徐々に薄くなっていった。
煙が全て無くなると、何かさっきまで存在しなかった物が横たわっているのが見えた。
それは、銀色の物体――とても長い銀色の毛の束だった。
頭に立派な黒いシルクハットを被った、流れる様に艶やかな銀色の毛がまるで筆の先みたいな状態になっている変な物。
足元にはこれまた立派な古めかしい黒いコートを敷いている。
「…………」
俺は何も言う事が出来なかった。
「良くん、これ何?」
完人叔父が呑気に俺に聞いてきた。
はっきり言って、そんなの俺が聞きたい。
まず、どうすれば良いんだ?
こんな異常事態の時は、先ず落ち着いて冷静になってから……。
「分かんないの?じゃ-、調べてみよっか!」
何て考えているそばから、完人叔父がニッコリと笑いながら楽しそうに言って、物体に近付こうとした。
この人は、こんな意味不明な事態すらも楽しいらしい。
「ちょ、ちょっと待って!迂闊に近付かない方が良いって!」
俺は慌てて完人叔父の軽挙妄動を止めた。
その時、物体が何の前触れも無しに突然起き上がった。
俺は予想外の事に驚き、完人叔父を抑えている状態で硬直した。
物体がのそりと動き、中から白くて細い腕が二本出てきた。
手の平を自分の目の前に出すと、まるで自分の手の平を見詰めているかの様な状態のまま動きを止めた。
「……出られた」
銀色の物体は、か細い涙声でそう呟いた。
次話か、その更に次話辺りには妖怪との戦い等を書ける様に頑張ります。