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【_WAVE】

冬戦【_WAVE_8_END】彼女はガンスリンガー

作者: つかばアオ

 ・8



 戦闘地域『廃工場』、そこは以前からわりと『WAVE』のプレイヤーからは好まれる荒れ果てた空間の一つである。その独特な雰囲気は、ほかの廃墟にもある。しかし、戦闘地域『廃工場』はそのなかでも一定数プレイヤーの心を惹きつけていた。考えられる理由としては、『WAVE』に限らず「廃工場」という場所を好きな人がいるという点が挙げられる。崩れぐあいでいえば、たとえば戦闘地域『複合商業施設』も雰囲気としては似ている。それでも、難しくはないだろう――「ショッピングモール」と「工場」ではそこにどうしても違いがあった。

 その広さが好きという人がいる。緊張感が溜まらないと繰り返し訪れる人がいた。

 この日、大規模作戦で戦闘地域『廃工場』にやってきたのは総数八名である。風守、「東の人間」と「西の人間」が一緒に行動している。そして、そのどちらでもない者もいた。

 ドットは東から連れてきた仲間と共に廃工場のもっとも安全であろう場所で指揮を取ることになっている。彼も気持ちでいえば、前線で戦いたいだろう。素早く判断し仲間に指示を与えていくよりも、彼は戦場で銃を握りしめて駆けるほうが得意なのだから。腕が鈍っているとも認めたくないだろう。上等な装備だって用意している。

 フロントラインは三人で行動する。彼女の傍には、ガンスリンガーとみさやがいた。彼らが標的であるボスネズミの『マグノシュカ』を撃ち倒す。冷静に見れば「三人」と思うと、もう少し戦力が欲しいだろう。せめてもう一人と欲しいところだ。しかし、そこはほかに方法がない。八名のなかで、突破力のある者が選ばれた(みさやはそういうわけでもなかったが)。

 おうが79は別戦闘地域のボスネズミを優先して倒すことになっている。彼と共に行動するのは東のキドニともうひとり西の人間である。キドニを連れてきたのはドットだった。西に関してはフロントラインになる。『東』『西』の代表二人が、適当であると判断した者が配置についた。

 戦闘地域『廃工場』とは、べつの戦闘地域の話になる。『廃都』『ヌエ川』などといった『WAVE』すべての戦闘地域に、非戦闘地域『都市風守』から部隊が一斉に出撃する。目標はボスネズミ。彼らを発見し討伐することで、今回の作戦は成功へと導かれる。多くのプレイヤーの力が必要となる。

 これが、最後の戦い。

 多くのプレイヤーが一心となり――このとき、ゲームだった頃を思い出す者もいたはずだ――勇躍ゆうやくして慣れ親しんだ町を出た。

 これは念入りに計画した作戦だ。『WAVE』のプレイヤーの底力が試される。

 予定時刻、仲間に囲まれながら、ガンスリンガーは連絡を取ろうとする。

「おうが、状況はどうなってる」

「ガルバルがいるな」

「ガルバルがいるのか」

「ほかは」ドットが言った。

「他はいない。三人で回ってみたけど、ほかには見ないな」

「ということは」ドットは間を置く。「時間的に、ボスは二体と考えたほうがいいな」

「これはまずまずってところだね。本当のところは、廃工場に他のボスネズミなんていない状況にしたかったけど」

「倒せなかったということか」みさやが言った。「ガルバルは。それとも」

「それか、倒したが、か」

 今後の行動を考えていく。「倒したが」ドットの言葉を聞いてから、そこに沈黙が生まれる。

「倒せなかった」とはそのとき誰も思わなかった。なぜなら信じていたから。それだけの能力はあると考えていたから。我々の運が悪い事に、数多くのボスのなかから『一割』を引いただけであると。

 おうがは呟いた。「それにしても、よりにもよって、ガルバルとはね」

「いけるか?」とドットは確認する。

「それはそうだよ。僕たちはそのために来たんだから。ガルバルは、僕たちが相手する。任せてくれ。それより」

 彼は待った。「なんだ?」

「マグノシュカは工場の中央にいる。そこからまだ動いていない。できるだけ、みふゆ君たちの邪魔にはならないようには戦うつもりだけど。そちらも。その辺は意識しておいてくれ」

「わかってる」とガンスリンガーが返事した。

「でだ、作戦の話になるけど、ドットどうする? 僕のほうはいつでもいけるよ」

「おうがたちは、そのまま工場北東側で戦えるか?」

「もちろんだよ」

「では、それでいこう。計画通りに。次に、ガンスリンガー」

「なんだ」

「そっちは、そのまま中央で戦え。中央であれば、こっちにとっては何よりも慣れた空間だ。暴れやすい」

「わかった」

「取り巻き以外のネズミにも注意しろ。おうがは倒したとは言ったが、漏れはある」

「倒した数を聞いた感じだと、そうだな」

「まあまず、気付かれてはいないだろう。速攻で方を付けるつもりでいる。だから、後どうするかは任せる」

「わかった」

 ガンスリンガーは通信を終えると、サブマシンガンから視線を移動させ、二人の表情を意識する。フロントラインが頷く動作をした。

 彼女は闘志がみなぎっているように見えた。ガンスリンガーはこの(・・)フロントラインについては記憶が残っている。勝負したいと持ちかける時の彼女だ(どうやって居場所を知ったのか? 予言などなく唐突に私の前に現れる)。それは遠くから眺める、戦場に向かう彼女でもあって。

 みさやは出会った頃と比べると、大人っぽくなった、とは異なるような気もするが、戦う者らしく落ち着いているように見える。

 合図で始める。ガンスリンガーは二人に話した。おうがが『ガルバル』と戦う。私たちは、おうがの元に『マグノシュカ』を向かわせないように行動していく。

 戦闘地域『廃工場』は、以前よりも圧倒的に動きやすい環境へと変わっていた。冬のイベント以来になるだろう。進めばボスネズミと出くわす、そしてそれが祭りであるかのように、騒がしさで直ちに集まってくる状況ではなくなっている。

 工場の中央へと移動中、障害となるであろうネズミは処理していく。そこは期待通りというべきか。突破力で選ばれただけあって、どれも見事な手際だった。

「いた」

 マグノシュカは情報通り取り巻きと行動していた。取り巻きの数は四名。他にはいない。

「あとは、合図」

 フロントラインはそう言いながら腕時計を一瞥する。連絡はとった。到着と。戦う準備はできている。

 廃工場北東側で銃声が聞こえてくる。

 始まった。

 マグノシュカは、異常を知って取り巻きと会話をしている。工場内で銃撃戦が起きている。したがって、さっそくそこへと彼らは向かおうとするだろう(本来であればガルバルはいない。そう考えると、ボス同士で争ってくれるとありがたいものだが)。

 ガンスリンガーにフロントライン、二人はそれぞれ取り巻きの頭を狙い同時に発砲した。彼らはヘルメットを装着している。優秀なヘルメットだ。銃弾を数発当て、怯んだところに追い打ちをかけて、二名どうにか撃ち倒す。

 逃げていくものは狙わない。確実に戦力を削いだ。

 はじめからわかっていたことだ。容易には倒せない。ボスネズミも、その取り巻きも。騒動の日から強くなっている。取り巻き二人を撃ち抜いてから、具体的に言えば相手に見つかってからだ、そこからそれ以上は狙うのが困難となっている。

 相手の攻撃は激しい。これでは下手に体が出せない。

 ネズミに弾切れはない。しかし、マガジンは替える。よって機会がないわけではない。

「グレネード」

 物陰に隠れていた、みさやの声だ。それを聞いてガンスリンガーは待ってたぞとばかりに反応する。相手は投擲とうてきした。

 彼女は瞬時に宙に浮く手榴弾をその目で捉えると、サブマシンガンの銃口を向けて引き金を引く。初弾を外した。二発目で、彼女は命中させる。外したとわかってて、すぐに調整した。

 連携のおかげで、目の前で手榴弾が破裂する事態は免れた。目で見なくともわかるその威力、爆発音。距離から考えて体を隠しておけば、飛び散る破片からは守られる。

 飛散した破片が壁や床に当たっていく。鋭い音、それからぱちぱちと混ざってる。

 ここでようやくマグノシュカはみさやの存在を認識しただろう。この場には明確な敵がいて、それは女二人だけじゃない。北東側でも撃ち合いをしており。

 取り巻きは物陰から体を出した。マガジンを替えたサブマシンガンを構え、敵が潜む場所に向けて発砲しようとする。

 だが、そのようなこと――好機ともいえよう機会を見逃すわけにはいかない。

 ガンスリンガーは彼らと同時かそれよりも早く銃を構えた。先程やり遂げた手榴弾のように、彼女は二人のうち先に体の見えた敵を狙う。

 一人、頭を撃ち抜いた。瞬く間に、もう一人と顔を撃ち抜く。

 彼女は欲張らない。ここで、マグノシュカが体を出すと分かっていた。相手はばら撒くように引き金を引くに決まっている。「耐える」、「ひきつける」、それができれば。

 ガンスリンガーは、相手がマガジンを替える頃に、もう一度挑発しようと考える。

 だが、それは必要なかった。聞き覚えのある銃声が、工場内で長く鳴り響いた。多くの弾丸が短時間で消費されている。

 フロントラインが使っている銃だ。彼女は傍らで、べつにこれまで怯えていたわけではない。場所を移動していた。ネズミに気付かれないよう動き、よって奇襲に成功する。

 ガンスリンガーはそのときマグノシュカの銃の引き金も引かれたと知って、不安を覚える。混乱したりしないでボスネズミは咄嗟に撃ち返したということだ。

 とはいえ、そんな不安はすぐに消えた。

 ヘッドセットから声がする。女の声であり、フロントラインである。

「やった」

 ガンスリンガーは息を吐く。耳元では、銃を握りしめた彼女の呼吸する姿が浮かんだ。

 

 ドットと連絡を取る。

 フロントラインは時間を掛けて、戦闘地域『廃工場』のボスネズミ『マグノシュカ』の死亡を確認して戻ってくる。認識票を手にしていた。そこにはもちろん彼女の名前が刻まれていた。

「フロントライン、怪我は?」ガンスリンガーは気がかりだった。

「出血をしたぐらいで異常はない。治療はした。だからもう大丈夫」

「そうか」

「それより、ガンスリンガー。やった。やったんだ。倒した。やっとあのマグノシュカを」

 フロントラインは言いながら近付き、ガンスリンガーを抱きしめた。達成したというその実感から、彼女は喜びが抑えられないようだった。

「そ、そうだな」ガンスリンガーは少しだけ驚いていた。

「――ごめんなさい。つい。ずっとこうハラハラしてて」

「いや。私も嬉しい」

 ガンスリンガーが優しく微笑んでいると、みさやが遅れてやってくる。彼はどっぷりと疲労を感じているように見えた。「終わったのか」と言った。

「まだ終わってはいない」

「そっか。そうだよな。……うん」

 フロントラインが体の向きを変える。「おうがの方も片付いているのか、音がしない」

「あっちは先に倒してる。ドットとは連絡を取った」

「これで、帰ることができると、考えていいのか?」みさやは不安げに言う。「もっと、そう、あの時の通知みたいな、何か変わったような感じがあると思っていたんだが」

「それは、セーフハウスで確認しないとわからない。ここから帰らないと」

 (『WAVE』では)ゲームを終了するためには、それぞれに与えられたセーフハウスに戻らないといけない。状況的に都市風守に戻って、自分で確認することになるか(あの日のように通知があり)、もしくは誰かに教えてもらうことになるだろう。

 すると、「なんだ?」とフロントラインが言う。彼女は異変を感じたらしい。

 ガンスリンガーも気付いた。工場内、これはネズミが出すような音ではない。

 冥暗めいあんより、触手が顔を出した。

「あれは」みさやは言う。

「きたか」とフロントラインが言った。

「みたいだ」

 複数の触手が見えてからは、そいつは重量感のある歩き方をしており、緩やかに全体の姿が見えるようになる。間違えようがない。村跡で倒し損ねた『黒虎』だった。

 しかしこれまでの黒虎とは少し様子が違う。体はマグノシュカだ。そうまるでたった今、ボスネズミ『マグノシュカ』の体から触手が生えてきたようで。

 ガンスリンガーはそっと連絡を取る。「黒虎」と彼女は伝えた。

 みさやとフロントラインは既に銃を構えていた。発砲する。サブマシンガンが二丁、そこでお互いに意思を知らせたわけでもなく多くの弾丸が飛んだ。

 黒虎は新しい触手を、背中や首、肩に腹など、ツルのように生やしながら器用に体を守っていく。動けないのか、動こうとしないのかと思いきや、足を使って前進していく。

 ガンスリンガーに慌てるといったようすはなかった。二人の横で、桜花爛漫をホルスターから取り出すと、相手の頭に狙いを定める。

 迷いなど見せない。彼女も引き金を引いた。

 桜花爛漫の弾丸は距離があろうと黒虎の頭部に目掛けて飛んだ。集まった触手に防がれてしまうが、その威力は申し分のないものだった。液体は飛び散る。

 ガンスリンガーが続けて撃ちこんでいると、黒虎に動きがある。その体を存分に己のものとしたのか、牛のような歩みをやめて駆け寄ろうとする。

 殺す気のようだ。

 工場内で新たな銃声が聞こえてくる。一つじゃない、確認しなくてもわかる。

 黒虎の行動が阻止された。二階から、弾丸が雨のように激しく飛んできた。

 絶妙な間で現れたのはおうがたちである。彼らが北東側から移動して、援護に入った。

 弾の消費と共に、黒虎もこうなると、守ることに精一杯のように見える。駆け寄るどころか歩みもやめてしまった。たじろいだ。

 次に行動を起こすとしたら、態勢を整えるために隙をついて、一旦この状況から逃れようとするだろう。

 動かないままちくちくと桜花爛漫の弾丸を耐え続けるのは嫌なはずだから。

 フロントラインが弾倉を替える。同時に、黒虎も体の向きを変えた。標的を変更した。

 黒虎はおうがたちのもとに飛び込もうとしているように見えた。おそらくまっしぐらに突き進むのではなく、近付いてから触手を伸ばして攻撃をしようと考えている。

 だが、それも思うようにはいかない。思いどおりにはさせない。

 これまでとは明らかに違った。その破壊力は。

 サブマシンガンではない。軽機関銃が使用された。

 工場内で射撃したのは、風守東のドットである。彼は護衛と一緒に場所を離れて、重いであろう得物を手にして参戦した。

 軽機関銃の連射は最後まで止まることはなかった。目標が見えており、即死かどうかなんてものは気にしない。このときのドットはそうだった。相手が立っているとわかっていて、一瞬で肉片になっているとかでもない限りは攻撃をやめるつもりはなかった。

 空薬莢が転がる。全弾撃ち尽くすと、傍にいた護衛から新しい弾倉を貰う。

 黒虎はさすがに軽機関銃の破壊力に耐えることは難しかったようで見る影もない状態となっている。多数あった触手はそのほとんどが潰れており、崩れており、まるで泥塗れのような様になっていた。

 それは、テーマのある造形のようでもあった。

 黒虎が動く。攻撃できるように見えない。立っているのが不思議なくらいで、そこから顔を上に向けた。大きな口を開けた。

 触手、体からもそうだったが、大きな口からは黒い液体が溢れていく。

 すると、ガンスリンガーが桜花爛漫を発砲した。彼女は相手の頭部を撃ち抜いた。

 黒虎が密かに反撃しようとしていた。彼女は前回雨に打たれながら同じことをされたので、やつの演技でしかないと知り、もう騙されるつもりはなかった。

 黒虎は頭部に穴が空いた状態で、首を動かし口を閉じ彼女を見た。睨んでいた。

 ふたたび上を向くと、口から黒い液体が零れていく。その量はとどまることを知らないようで。だんだんと増えており。

 ガンスリンガーは弾丸をいくつか放った。しかし、効果がないと知る。首を失ったというのに、どこからか笑い声が聞こえた。

 液体は、黒虎の体から出ているものだけではないように見えた。地面から、壁から、あちこち触手が生えてきている。

「これは」ドットが言った。

「何が起きてる?」フロントラインは辺りを見回している。彼女はそこで足が動かせないことを知る。粘りつく。

 みさやは言った。「逃げたほうがよさそうだ」

 彼の言葉は理にかなっていて正しい見方だ。あからさまな敵意を感じるだろう。危険な状態にいる。

 それでもそこにいる者たちは誰一人その場から動くことはできなかった。

 すると、ある音(・・・)が工場内で鳴る。

 頭上に文字が浮かんだ。そして女の声でアナウンスが流れた。

『最終ゲーム。』

「最終ゲーム」「最終?」「最終……ゲーム?」八人がそれぞれ似た反応をする。言葉を反復して、突如現れた文字を眺めた。

 何を言っているのか、すぐに理解できるものなどいない。

『最終ゲーム。か、か、開始します。』

「なんだ? いったい何が始まろうとしてる?」ドットが見上げたまま言った。

『対戦相手が見つかりました。最終ゲーム、開始します。』

『ルールを選択してください。ルールを、選択してください。選択されました。しし、試合:一撃必殺。』

『ガンスリンガーVSアリア。』

「アリアだと?」

 対戦相手の名前を聞いて、即座にそれが『WAVE』の制作者であると考えたものがほとんどだろう。でなければ、ここでいう「アリア」とは誰のことなのか。

 ガンスリンガーは腕を軽く上げた。体から光の粒が出ていた。

 彼女は次に視線を前方に向ける。私の前でいつも消える時のように、『その者』は現れた。

 足のない人魚だ。死体の上で彼女は姿を見せると、勝負だとでもいうようにこれから対戦相手となろうガンスリンガーを見詰める。けっして、何か言うわけでもなく。

 混乱の最中引き金が引かれた。この状況で、そこに現れた者に敵意を示すのはおかしくはないだろう。アリアだと? 何が最終ゲームだと。一対一? 除け者にするな。好き勝手にやって。横やりと言われようがなんだろうが、ふざけるなと。

 銃を使おうとした、使用した者に複数の触手が攻撃していく。黒虎の液体はあれからもずっと勢いを強めていて、浅い川のごとく床に溢れている。

 黒虎の体から、生き物らしき物体が飛び出る。足のない人魚その首筋にぐねぐねと動き体内へと入っていく。――足が形作られていく。

 銃弾が、対戦相手に命中することはなかった。

『場所を移動します。場所を、移動します。』

 アナウンスは発砲されようが関係なく流れるだけだった。

 アリア。ガンスリンガーは足のある人魚を見詰めながら思う。アリアなのか?

 彼女はそのあと付近にいるフロントラインとみさやに目をやった。声が聞こえた。

 彼は言った。「ガンスリンガー。頼めるか」

 みさやはこれで(・・・)帰ることができると考えているようだった。

「任せてしまっても、いい?」

 フロントラインの片脚は、下から伸びた触手が貫いていた。だからか座り込んでしまう。

「みふゆ君、申し訳ない、頼むぞ」

「町に残ってる奴だけでもいい。帰らせてやってくれ」

「勝ってこい」

「やられるなよ」

 言葉が飛び交う。そのなか彼女は言った。

「ああ。まかせろ。行ってくる」

 

 試合:一撃必殺。

 それは『WAVE』のプレイヤーが『WAVE』の世界で遊ぶ一つのゲームである。人によってその呼び方が違い、多くはそのまま「一撃必殺」と呼んでおり、一部の人たちからは「One Shot One kill」と呼ばれていた。

 試合のルールは簡単である。相手を先に撃ち倒した者が勝者であり、撃ち負けた者が敗者である。

 今回は、二人で行われる。

 両プレイヤーはまず「拳銃」を持たされる。そこから相手プレイヤーを倒すことができれば、銃が変更される。倒せないと(そのプレイヤーは)、銃はいつまでたっても変更されない。ボディアーマー、ヘルメット、医療品に刺激薬などは持たされないので、何発も当てる必要はないが、必ずしも弾が当たれば一撃で倒せるわけではない。

 拳銃、短機関銃(サブマシンガン)、散弾銃、自動小銃(アサルトライフル)、軽機関銃、狙撃銃(スナイパーライフル)、拳銃と持つ得物が入れ替わる。最後に「拳銃」で相手プレイヤーを倒したものが勝ちとなる。

 非常に単純であり楽しい遊びだ。大人気というわけではないとしても、他のルールの試合と変わらないぐらいには遊ばれている。

 仮に『一撃必殺』の短所を挙げるとするなら、試合に使われる銃はすべて、『WAVE』の世界にあるものが出される。よって「渡されても使い方を知らない」、「知っていてもうまく使えない」など、そういう人にはかなり難しく、向かない試合である。プレイヤーがお互いに同じくらいの能力であれば楽しめる。経験者が相手だと、試合のルール上、何もわからないまま一方的にやられてしまう。

 

 ガンスリンガーは戦闘地域『廃工場』から強制的に移動するかたちとなった。彼女が無理やり運ばれて降り立ったのは、紫がかった黒色の大きな立方体の上である。

 周囲には何もない。空も石ころも壁もない。生物を感じさせない空間。

 最終ゲームの場所として、たぶんアリアが選んだ。

 空中には『一撃必殺』の文字。

 アリアの名前と、ガンスリンガーの名前が表示されている。

 試合開始のカウントダウンはすでに始まっている。

 彼女は対戦相手に目を向けると、わずかにホルスターにも目をやった。

 お互い戦うための装備品が与えられている。浮いておらず、床に足をつけている。ホルスターにある拳銃はよく知っている。

 開始七秒前、両者とも居場所が変わる。黒色の立方体はその間で形を変えた。

 ガンスリンガーはホルスターから拳銃を取り出すと、開始の合図と同時に走り出した。

 戦場として選ばれた空間は、たびたびその形を変える。壁といった障害物が作られた。立方体の端から外に出ようものなら、そこに足場ができる。

 『用心棒ガンスリンガー』と『制作者アリア』の勝負。滅多にない戦いだろう。試合始まって、最初に相手を倒したのは、用心棒である彼女だった。

 拳銃は回転式拳銃(リボルバー)と変更される。アリアは別の場所へと再配置される。

 この戦い、その一回の射撃でガンスリンガーが優勢に思えた。

 なぜなら相手は、彼女ほどの技術は持ち合わせていないように見えたからである。足音はよく聞こえ、銃を発砲するまでの時間も明らかに違った。

 ガンスリンガーは着実にキルを積み上げる。得物はリボルバーからサブマシンガン、散弾銃へと入れ替わった。

 だがそこから、戦況が変わる。

 アリアの気配が消えた。見違えるほどに、引き金を引くまでの時間も短くなる。

 ガンスリンガーは背後から頭を撃ち抜かれる。鉢合わせして撃ち負けてしまう。

 戦いのなか成長でもしているようで、拮抗している(・・・・・・)ように見えて(・・・・・・)、流れは確実に変化した。

 互いに武器が変更されていく。アサルトライフル。相手は軽機関銃。どれも火器だった。

 頭上の文字。いつの間にか対戦相手の名前が変わってる。アリアの横に黒虎とある。

 それを見て、ガンスリンガーは小さく息を吐く。唇を引き結んだ。

 黒虎の妨害があっても彼女はこれまでの経験を活かして戦った。

 そうして、とうとうスナイパーライフルを構える彼女は、壁の向こう側から敵がやってくることを知って弾丸を放つ。命中させる。

 相手は焦っただろう。どうしてそこにいると(・・・・・・)わかったのか。体を出すとわかったのか。スナイパーライフルの次は拳銃。これでは負けてしまう。打ちのめすつもりでいた。軽機関銃を味わわせる。まだまだやり足りない。

 しかしながらそんな思いは虚しく、相手の頭は拳銃を握るガンスリンガーの手によって撃ち抜かれる。敗者となった。


『勝者。ガンスリンガー。』

 勝者が決まり立方体へと戻り試合が終わると、アリアがその場で倒れる。彼女はその姿を少しずつ変えていく。大人の体つきをしていたはずが少女へと変身した。目覚めるようすはない。

 ガンスリンガーは近付いて、眺めていると、周囲を一度確認して姿勢を低くする。アリアに触れ、優しく抱き寄せる。

 アリアの仮面が取れる。それでも彼女が目覚めることはない。

 すると、ガンスリンガーは顔を上げた。距離として、五、六メートルほどだろうか。判断は難しく、クラゲのようにも見えるゼリー状の物体があった。

 彼女は咄嗟の行動を取る。覆いかぶさるようにアリアを抱き寄せて、地面を蹴った。

 床が濡れている。回避する前、そこはちょうどいた場所だ。バケツでもひっくり返したようで。

 彼女は体に違和を覚えていた。触手が片脚を貫き、そして肩を貫いている。傷口を広げるようにくねくねと揺り動かしている。

 アリアを一瞥した。

「しつこい」

 ガンスリンガーは桜花爛漫を取り出すと、ゼリー状の物体を撃ち抜く。

 その者は、溶けて消えた。

 離れそうになかった触手は消え、そこからは光の粒が零れている。ガンスリンガーは、しばらく大きく呼吸をした。

「勝った。やった。これで、帰れる」

 彼女が語りかけていると、正面に文章が表示された。

 時間をかけて、読んでいく。彼女は閉じていた口を僅かに開けて、また閉じた。

「『WAVE』の崩壊か。そうか。そうだったか。……よかった」

 どれだけ見ようと、アリアは動かない。

「それなら、一緒に帰ることはできないな」

 彼女は手を伸ばし承認する。

「これで帰れる」

 『WAVE』は命令を受けてさっそく動き始める。

「私は、貴方の代わりとなれたかな」

 世界は無に帰ろうとしている。

「これでよかったんだ」

 冬の戦、長かった年月に終止符が打たれた。

「さようなら。戦友たちよ。またどこかで会おう」



※あとがき

この作品の特徴は、【現実×ゲーム+ファンタジー】となります。

【冬戦】は完結。将来いつになるかはわかりませんが、登場人物を変えたりして、シリーズものとして書けたらいいかな。

この設定だからこそ、できるお話なので。強みですから活かさないと。


全プレイヤー死亡エンドは過去にあったのかもねとか。ガンスリンガーを敵として出してみたいなとか。

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