疲弊
えーん、つらいよぉ。えーん、死にたいよぉ。テレビには幼児向け番組が流れている。午後六時。歌のお姉さんが可愛いから好きで見ている。俺は大学にも行かずにこの時間まで、何してたんだよ。グーチョキパーでグーチョキパーで何作ろう?何作ろう?右手はチョキで、左手もチョキで、薬中ダブルピース!薬中ダブルピース!ふっ……馬鹿みてぇ……。死にてぇ。朝、大学に行こうとして、起きた時間がいつもより三十分遅かった。それだけで俺は癇癪を起こして、スマホを投げた。でも、準備はしなきゃという強迫観念で服を選び始めたが、いつものお気に入りの服が見つからなくて、収納ケースを全てひっくり返して、洋服を蹴散らした。それで、それから、俺は煙草を吸って、布団に潜って、SNSを見て、たまに大学を思い出して病んで、部屋が散らかってることに対しても病んで、酒に逃げて、今、酒鬱幼児退行だ。歌のお姉さん、可愛い。こういう子と結婚したい。純粋で何にも知らなそうでリアクションが大きくて、それでいて、俺みたいな大きいお友達も甘やかしてくれそう。
「京一郎くん、京一郎くんは朝からこーんなつらいことがあったんだ!」
「そうなんです……」
「じゃあ、お姉さんと一緒にお歌を歌いましょう!そしたら、楽しい気分になれるよ!」
ぽよよよーん。俺はお姉さんに頭をなでなでしてもらいながら、お歌を歌っていた。楽しく明るく元気な歌を満面の笑みで歌いながら、チラつく現実に涙をしていた。ああ"っ、死にてぇ!!生きているだけで苦痛を感じる。散らかった部屋で体操をして、床に置いた酒缶蹴り飛ばして、狂気的に走り回った。最後は明日天気になあれ!歌のお姉さんがそういうと曲のイントロが流れ始める。あぁ、嫌だ!まだ終わらないで。だけど、身体は勝手に歌のお姉さんの真似して動いてる。今日が最悪だから、明日に期待しようみたいな歌詞に聞こえてきてしまって、俺は泣きはしないが、この空っぽでゴミしかない部屋でふっと呼吸をつくように微笑んだ。
「お姉さん……」
「京一郎くん、どうしたの?」
「どれぐらい人生がつらかったら、大切な人を見捨てても許されるのかな?明日に希望を持たなくていいのかな?」
「んーーー、そういうことは考えなくていいんじゃないかな?」
「現実逃避が好きだから、死に向き合ってるんだよ」
「それより、お歌を歌った方が楽しいよ」
「それはそうかも」
俺はまた酒を開けて、煙草をひたすら吸った。そして、スピーカーで音楽を流すと、それを酔った調子で歌っていた。
「ただいま……うわっ」
「湊、おかえりぃ」
玄関まで千鳥足で駆け寄った。湊にぎゅーってして大好きを伝えて、それじゃ俺のこの大好きが伝わらないかとも思って、ちゅーってした。
「はぁ……」
湊はため息をついた。俺は、大好きが伝わってないのかと思って、焦って何度もちゅっちゅってしてたら、湊に顔を掴まれた。
「京一さん、酒臭いんでやめてください」
「えっ……え?……」
「今日はぎゅーもちゅーもセックスも全部なしです」
「え、なんでぇ?」
「貴方がこんなに部屋を散らかしたからですよ!もういい加減にしてください!!いつも僕が……」
湊が怒鳴った瞬間、目からボロボロボロって大きな涙粒がこぼれて、俺はそれを何度も手で拭いていた。
「ごめんね。湊、わかってる。ごめんね」
「はぁ、あーーーーもう!!」
湊は怒りの矛先を失ったようで、強く床に足裏を叩きつけた。ドンッという鈍い音がする。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい死にたい死にたい死にたい死にたい。
「湊、もうお願い……。お願いだから。死なせて……」
「そんなこと言って、僕だって死にたいですよ!京一さんばっか、どれだけ僕の手を煩わせれば気が済むんですか?」
「だから言ってんじゃん!俺が死ねばそれでいいだろ?」
「そうやって逆ギレしないでください。何で僕がこんなにも京一さんのこと大切にしてるのわかんないんですか!?」
というと、湊までわんわん泣き出してしまった。俺はびっくりしちゃって、逆に泣き止んで冷静になって、湊の頭を撫でてティッシュを渡していた。
「湊、ごめん。ごめんね、一緒にお片付けするから……」
「もういいです。京一さんなんて知らないです。実家に帰らせていただきます」
湊は鼻を赤くして、頬をぷりぷりさせて、そう涙声で話した。
「それ本気?」
と俺が聞くと、湊はそうとも違うとも言わずにただ笑った。
「僕達、長く一緒にいすぎましたね」
「本当に本当に、いなくなっちゃうの……?」
「京一さんは僕がいなきゃ死ぬ?」
と俺の頬を撫でながら聞いてきた。天使のような可愛い微笑みで。
「死んじゃう。嫌だよ。湊がいなきゃ俺、ご飯も食べれないよ?」
「そんなに依存しててどうすんの?僕が有名になったら」
「それは、んー、それは、それは……」
「ふふっ、ダメじゃん!ダメな大人」
力なく湊はそう俺を罵って笑って、ペシッってデコピンをしてきた。いてっ、って言って、その痛みで湊の言ってることが少し理解できて、現実味が帯びてきて、怖かった。
「俺、本気で一人になるの嫌かも……」
「でも僕も愛してるけど、もう無理です」
湊の笑顔には疲弊が見えた。俺の罪だった。
「……どうしたらいいの?俺、湊がいないと、本当に……ねぇ、湊。反省するから、生きる苦労も背負うから。だから、いなくならないで」
「珍しい。死ぬって脅して引き止めてくると思ったのに。反省するんだ」
と驚いたような顔を見せる。
「最期にひとりぼっちは嫌だ」
「あー、そっか。ごめんなさい。やっぱ、言い過ぎました」
「え?」
「僕も離れたくはないですよ。ずっと一緒がいいです」
と湊は俺の手を掴んで、親指で俺の手を撫でてきた。
「じゃあさ、もう一回だけ。チャンスくれない?俺、頑張るからさ……」
俺は縋るように手を繋ぎ止めたけど、湊は薄ら笑いを浮かべて、首を横に振った。
「……疲れちゃった。もう、何もしたくない。でも、愛してないわけじゃない」
「わかった。今日は俺がご飯作るから、掃除もするから……」
「可愛いなぁ。でも、今日だけじゃん。……ごめんなさい。生きる苦労を押し付け合ってるだけですね。すごく醜い」
俺は、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。この湊には何言っても通じない。それぐらい俺がクズで、湊を壊したし、俺はこのクズさを直せないのも息苦しかった。
「じゃあ、最初から出会わなきゃ良かったじゃん!!何で、俺なんか好きになったんだよ!!最初から、こうなることわかってたじゃん……。今更なんだよ、何もかも。ふざけんなよ……」
「あは……好きになっちゃったのは、しょうがないじゃないですかぁ……」
痛みを笑いで誤魔化してる癖。左手首をさすって、傷跡を確かめる癖。わかっちゃう。わかっちゃうから、刺さるんだよ。
「最初は……楽しかったよね。俺が変なことしても、湊は笑っててさ。それが嬉しくて、だんだん俺もお前のことが好きになってさ……」
「はい。僕も一生涯、添い遂げるなんて、馬鹿みたいなこと言って……」
「あの頃に、戻れないかな?」




