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俺の存在証明は君がしてくれ

あ、リスカしちゃった……!!やばいやばい、リスカしちゃった。イライラが止まらなくて、ついついカッターに手を伸ばしてしまった。それが誤りだった。始まりは「死にたい」だった。何で死にたいんだろう?とぐるぐる考えていると、生きる意味がないからだ!って楽観的に思えた。そこで、SNSを見たんだ。それも誤りだった。精神疾患持ちに対する正論は正義か?悪か?なんてテーマだった。たくさんの人が議論していた。精神疾患を持ち出して、何もしないでいるのがイライラするだとか。同じ仕事をしていると、仕事量が違うのに同じ給料で腹立つだとか。そもそも、そーゆー奴はさっさとクビにして転職してもらった方が良いだとか。精神疾患持ちが転職成功できるわけないのにね。被害者面した加害者、なんて言われて。俺はその言葉がぶっ刺さって、スマホを閉じた。要は無能は死ねってことですか。良いですね、皆様は無能じゃない側の人間でいられて。恵まれた環境にいらっしゃいますね。自分の機嫌が自分で取れなくて、社会的に弱い奴らに正論パンチかますことで発散してるんですよね。お前らこそ、赤ちゃんじゃん。これからもどうぞ、無自覚な加害者赤ちゃんとして生きてくださいね。そりゃあ、わかってるよ?精神疾患持ちはどうしようもないって。俺自身、よくわかってるよ?だから、死なせてくれっていつもいつもいつもいつも、言ってんじゃん。なのにお前らは、表面上の励ましは一丁前だね。「死んだらダメだよ。家族が悲しむよ」「生きてたら、いいことあるよ」そんなんねぇから言ってんだよカス!!こっちはな、脳内の楽しいを感じる回路が焼き切れてんだよ。痛いもつらいも苦しいも感じないようにしてたら、楽しいも嬉しいも幸せも感じなくなった。あぁ、もうリスカしてやる!ってリスカしちゃったんだった……。ただ生きている感覚が欲しかった。感情が死んだから。うるさいはずの脳内はずっと静かだった。薬増やしすぎたかな?でも、落ち着いてるし。毎日が退屈で最高!って思った。暇つぶしにリスカした気がした。正直、楽しくなかった。あぁ、これも楽しめなくなったかあ。と、絶望した。血が溢れ出てきて、一瞬、「きもおもろい」と思っただけ。それだけで、後はピリピリした痛みが不愉快なだけだった。最悪な日々だ。楽しかったをつまらないで塗り直す日々。もうセックスも楽しくねぇ。なんもいらねぇ。ただ死を夢みて、眠るだけ。


「京一さん、ご飯ぐらい食べてくださいよ……」


ずっと寝っ転がっている俺を揺すって、湊はご飯を食べさせようとしてくる。


「いらなーい。食欲ない……」


「どうしちゃったんですか、突然。ルイさんと会ってからですよね?」


「俺は大丈夫だよ。へーき」


「もしかして、薬変わりました?」


「増えただけ。そしたらね、脳内が静かで快適」


「それは良かったです。けど、食欲ないのは心配です……」


「なんか、生きるのも死ぬのもどっちでもいいんだ。全部どーでもよく思えてきた」


「僕にとっては、どうでもよくありません!」


「いいから、ほっといてよ……」


と俺は布団に包まると、湊はその布団をガバッと持ち上げて、俺を外に出そうとする。


「ほっとけないです。貴方のことが大切です!」


「めんどくさ……」


生きるってめんどくさいの連続だ。自分のことなんか、大切じゃない。自分のためにだって、動けない。このまま死んじゃえばいいよ。それがいい。


「ゼリー飲料でいいから飲んでください!」


湊はゼリー飲料を俺の口元へ持ってきて、食べるように促す。


「はぁ……」


それを渋々、一口食べてまた寝っ転がる。


「あ、まだ寝ない!もうちょっと食べて!」


「めんどくさーい。湊が食べればいいじゃん」


「それじゃあ、意味ないですよ。ほら……」


食事介助されて、滑稽だな。一人じゃ何もできない。俺のが赤ちゃんじゃん。


「死にたーい」


甘えたことを言うと、湊は大きくため息をつく。


「……じゃあ、どうすればいいんですか?何がして欲しいんですか?貴方はどうやったら、生きたいと思えるんですか?」


責めるように俺に早口で言葉をぶつけてきた。


「……わかんない」


「わかんないですよね。すみません……。ちょっと、感情的になっちゃいました」


湊はそう微笑んで誤魔化した。俺のせいでストレスを抱えている湊はあまり見てられなくて、やっぱり死に辿り着く。


「湊、だいじょーぶ?」


湊の頬を撫でると、湊は「大丈夫だよ」と笑ってくれた。


「あ、またリスカしてる!」


頬を撫でた手を掴んで、湊は叱るようにそう言った。


「我慢してたよ、ちゃんと」


「それは知ってます。今回は何で我慢できなかったんですか?」


「俺の身体から血液がまあるく出てくるところが見たくて……」


「そうだったんですかぁ。って納得できるわけないじゃないですか」


「そうだよね。湊は狂ってないからわかんないよ……」


俺は本当に自分の身体から血液がまあるく出てくるところが見たかった。もっと深く切ったら、もっとまあるくなるのかなって思って切ってみたら、全然、期待はずれ。深くなった傷の溝に血液が溜まるだけ。つまんないつまんない!って浅い傷を何度も付けた。


「……わかろうとする努力はしますね」


「いーよ。俺を理解できるのは俺しかいないんだから」


「京一さん、教えてください。貴方のことをもっと」


「しょうがないなぁ。湊、顔をもっと近づけて?」


と湊の頬に手を添えて、至近距離で見つめ合う。


「……何ですか?」


ちゅっと湊の唇に軽くキスをした。


「こうすると、楽しいね〜!」


錆び付いていた心が、ドンッと少し動いた。ちょっぴり満足した。煙草の吸後感によく似ていた。何かを始めたくなるようなそんな気分。


「貴方って、可愛いですよね?」


俺を追い詰めるように、俺の上に乗っかって体重をかけてくる。その言葉が罠のようで怖い。


「んーん、可愛くないよん!」


「可愛いから何しても許される!って思ってたら、痛い目見ますよ?」


「どんな?」


「そうですね……」


と湊は言いながら、俺に顔を近づけてきて、俺の唇を噛んだ。


「痛い……何でそんな酷いことするの……?」


「貴方が可愛すぎるから。ひねり潰したくなっちゃいました!」


湊はいつも通りの笑顔で笑った。それがさらに怖かった。


「いいよ。それで殺してくれるなら」


「冗談ですよ。僕が貴方を殺すわけないじゃないですか」


何とも残念だった。


「湊、ちゅーだけしてよ。暇なんだ」


「わかりました。ちゅーだけですよ?」


と念を押した湊の方がちゅーだけじゃ我慢ならないみたいだ。さっきから腰が揺れている。


「ちゅーだけがいい。そっちのが愛し合ってるみたいで」


「わかってますよ。大丈夫です……」


湊は完全に強がってた。だって、腰を擦り付けてくるんだもん。


「湊、もうやめよっか」


「何で?僕はまだ大丈夫ですよ??」


「俺が嫌になったの。布団に包ませて」


湊の性欲を感じてしまって、嫌気がさしちゃった。俺は全然、そんな気分じゃなかったから。


「京一さん、ちゅーは楽しくなかったですか?」


「楽しかったよ」


「じゃあ何で、顔も見せてくれないんですか?」


「はい、見せた」


と醜い顔を見せると、湊は「はぁ……」とため息をついた。


何かを楽しむ心の余裕がない。休めば治るよ、って気休め程度に言われても、いつまで休めばいいかわかんないし、休み方すらわかんない。ずっと一生このまま迷惑かけて生きていくんだろうか。漠然とそんなことを思っては死にたくなる。何もできない。何もしたくない。ただ生きろと言われる絶望感。もう、こんな人生、パッと終わらせられればいいのに。


なのに身体は、助けを求める方向に動いてしまう。


「しんどいよ。何しても楽しくないんだもん」


「無理に楽しまなくていいです。何もできなくていいです。ただ僕の傍にいてください。それだけで十分、立派です」


ちょっぴり呼吸がしやすくなる。あれをやらなきゃ、これをやらなきゃ、と思ってた脳内が少し静かになる。


「迷惑かけてるのわかってるよ」


「大丈夫です。いっぱい迷惑かけてください!」


「俺はいつになったら、笑えるのかな?」


「きっとそのうち笑えてますよ」


本当に、そうなのかな。と不安になるけど、そうなればいいなって、思った。



「京ちゃーん、会いたかったで?」


ルイに熱い抱擁をされる。俺は何も感じなかった。


「ルイ、助けて欲しい」


「あぁ、わかっとる。京ちゃん、血液だけ抜き取らせてな」


とサッと採血をされて、そのデータをルイはじっと見ていた。


「原因、わかる?」


「薬の効果を得るには血中濃度が低いかも。それに最近、強いストレスとか環境の変化とかなかった?」


「湊といることが多くなった。最近まで本気で死のうと思って、カウントダウンしてた」


「完っ璧にそれやん!」


俺は頭の中がはてなでいっぱいだった。


「……?」


「あんなぁ、本気で死を決意するってそれだけですごいストレスなんやで?せやから、そんなこと考えん方がええんや」


「でも、死にたい気持ちはずっとある……」


「わかっとる。死にたい気持ち抱えててええから、本気で死のうとすんな。それだけ」


「でも、ふと死にたくなるんだ」


「わかっとるよ。しんどいよなぁ」


ルイはそれ以上あまり俺の死にたいに触れなかった。ただ頭を撫でてくれた。


ルイと小洒落たカフェに来た。何だか居心地悪そうにしてたら、「大丈夫や」って手を撫でてくれた。


「何も食べる気せん」


「京ちゃん、珈琲好きやんなぁ?飲む?」


ルイが俺に飲んで欲しそうな目をしてたから、こくんと頷いた。俺が珈琲を一口飲むと「美味しい?」って聞いてくる。その表情が美味しいって言って欲しそうだったから、


「美味しい」


って答えた。


「そうか」


って嬉しそうな表情をされた。

いつもは会話をして楽しんでいたのに、その会話の仕方を忘れてしまったように、二人の間に沈黙が流れた。


「……ルイはさ、俺が死んだら悲しい?」


「そりゃあ、もちろん!悲しい」


その悲しいの言い方が優しかった。


「どれくらい死にたいが強ければさ、死んでいいのかな?」


「そやなぁ……基準はいらんとちゃう?」


「でもさ、それでもし俺が死んだらさ、ルイは悲しむんでしょ?」


「そやなぁ」


「俺が死んだ時、誰もが笑ってればいいのにね」


と微笑んだ。


「京ちゃんは優しすぎんのや」


「優しないよ。友人にこんな顔させるんだから」


ルイの顎を指先でくすぐる。ルイは何とも哀しそうな顔してた。


「京ちゃん、生きとって。お願いやから」


ルイの目は少し潤んでいた。死がなにか、知っているようだった。簡単に死ぬとか死にたいとか言っちゃダメなことわかってる。でもこのどうしようもない気持ち、どう表現したらいいのかわかんない。


「一緒に死ぬ?」


「え?」


「そしたら、悲しないからさ」


「アホ抜かせ。京ちゃんのバカ!」


暴言を吐いても手だけはぎゅっと握ってくれていた。


「ごめん」


「地獄にはたくさんの魂があるんやで?京ちゃん絶対迷子なってまう」


と言って笑ってた。


「そうかもね。でもルイなら見つけ出してくれるでしょ?」


「そうやなぁ……って、俺まで地獄行き確定なん?」


ととぼけた顔をする。


「そうやろ。裏社会の権力みたいなもん握ってるくせに」


「確かにそうやな。地獄でも仲良うしてくれや」


「何で俺まで地獄行き……」


「自殺したら地獄行き確定や。天国行きたきゃ全うに生きなあかん」


「それは無理」


「ほな、俺と一緒に地獄行きコースや」


と熱い握手を交わされた。


「俺は先逝っとるから、ルイはゆっくりきぃや」


と微笑むと嫌そうな顔された。


「京ちゃんの自殺予定日いつだったん?」


「んーーー、三日後」


「なんで?」


「何でもない日で、神さまの言うとおりしたらそうなった」


「単純やな」


「いつでもいいんよ。死ぬ日なんか」


「ならさ、四日後でも五日後でもええやん」


「そうなんやけど、区切りとしてさぁ……」


「区切りちゃうて、終焉や。俺は京ちゃんと会えへんくなるの悲しいよ?」


そんな表情させてしまうと心がズキっと痛む。


「じゃあ、どうしたらええ?この絶望した世界でどう生き残ったらええんや」


「俺がさ、全財産あげるって言うたら、生きてくれる?」


「それでも、死ぬかもしれん……」


自分が信用ならなかった。衝動的に現状を変えたくて仕方がなくなる。


「え〜、そんなんじゃもう、精神病棟入院やで?」


「ルイは病院も持ってるの?」


「ずっと別荘で管理してやんよ。広いから走り回っても大丈夫やで?」


そう言われても、生き地獄という感覚が抜けない。


「湊と会えないし、愛情がないと苦痛……」


「俺が毎日、傍にいてやんよ」


「きっと無意味だよ。湊がずっと傍にいても死にたいんだもん」


「そっか。京ちゃんのこと独り占めできるチャンスやと思ったんやけどなぁ」


と何故か残念そうな顔をする。


「なんでそんな俺が必要なん?ただの死にたがりのクズじゃん」


「ふっ、わかっとらんなぁ。京ちゃん全然わかっとらん……」


ルイはまた悲しそうに笑った。


「何や」


「何でもない。京ちゃん、四日後、遊園地でも行こうや」


「嫌や。どーせ楽しめない」


「ほな、今日と同じで一緒にお茶するだけでええ」


「そしたら、三日後に死ねんくなるやん……」


「そうやで?一日くらいずらしてもええやんか。次、最短で会えそうなんがその日しかなくてなぁ」


「しゃーないな。わかった。ルイにはその日、お別れを言うよ」


と決めても、悲しいと思えなかった。本当に感情が死んだんだ。


「京ちゃん、昔みたいにさゲーセンでも行かへん?」


珈琲がなくなってもなお、ルイはまだ俺と一緒にいたいみたいで、そんな提案をしてきた。俺は断る理由すらなくてルイに連れていかれるままだった。


ゲーセンでは、ルイがUFOキャッチャーで散財してるのを見てたり、一緒にゾンビ倒すゲームをして、すぐゾンビに食われたりしていた。


「京ちゃん、プリ撮ろ〜!」


「え〜、俺ダル着やし……」


「ええからええから!」


とブースに押し込まれた。四百円を入れて、撮影がスタートする。男二人でプリクラって虚しいわぁ。昔は、男女グループで撮ってたっけ。


「撮影するよ〜!思いっきり可愛子ぶっちゃお〜!」


というプリ機からの命令にしたがって、俺の中の最大限の可愛いを引き出したポーズで撮った。


「うっわ!!この京ちゃん可愛ええ!!!」


こんな感じで撮れたよ!とプリ機が教えてくれたのを見ると、俺はすごく目がでかくなってて、女の子みたいになってた。ルイは何故かプリでもかっこいいのが変わらなかった。


撮影を終えて落書きタイム。俺は描きたいのが思いつかなくて、ペンを持ちながら考えてたら、


「京ちゃん、これ見て!ええやろ?」


と見せられたプリには"地獄でも一緒♡"と書かれていた。


「ふふっ、馬鹿じゃないの?」


と思わず笑ってしまった。そして、そのことに驚いた。あ、俺、今、久しぶりに笑った。


「これ、絶対に入れよ〜!」


ルイはそんなこと気にしてないみたい。でも嬉しそうにそのプリにデコり続けていた。


そして、完成したプリを二つに分けて、俺は財布の中にしまった。ルイは、と言うと、


「スマホに挟んじゃおっかな〜!」


って一番でかいプリを切り取って、スマホの透明ケースに挟んでいた。


「なんか、恥ずいわぁ」


「この可愛ええの、俺の一番の親友って言いふらすわ!」


「ルイの周りの奴、みんな俺のこと知ってるんちゃう?」


「知っとるで?京ちゃんのこと話すの楽しいかんなぁ〜!」


こんなつまらない人間の話をして、何が楽しいのか不思議だ。


「ルイ……」


「何や?」


「しんどい……。しんどいわぁ」


とルイの袖口を掴んだ。かろうじて笑顔を繕っていたが、言葉ではSOSを出していた。


「わかった。静かな場所行こうな」


ゲーセンから離れて、近くの商業施設のベンチに座った。ルイは水を買ってきてくれて、ゆっくりでええよって飲ませてくれた。


「ごめん。ルイはこんなにも俺のこと大切に想ってくれてるのに、死にたいとか思っちゃってごめんなさい……」


ルイの優しさに触れる度、しんどかった。ルイが俺と楽しそうにしてるだけで、しんどかった。でも、死にたい気持ちは消えなくて、しんどかった。


「ええんよ。気にせんで」


「でも……」


「しんどかったんやろ?今は何も考えんな」


とルイは頭を撫でてくれた。


「俺、ルイのこと大切に思ってる……」


「知っとるで」


「だけど、死にたいって変なのかな?」


「大丈夫。変やない」


「ルイのために生きたいとも思ってる、これは本当だから」


とルイの手をぎゅっと握った。そしたら、ルイの頬が緩んで、


「嬉しい」


って優しい口調で言ってくれた。そんなルイのために生きたいけど、生きるにはこの世は苦しすぎて、生きたくなくなる。


「もっと普通に生きたい……」


もっと普通に、もっと普通に。朝起きて、仕事をして、今日も頑張ったって。一日を終えたい。こんな毎日、死にたいと思わずに、生きてるだけでいいよって、最低限で生きていたい。こんな気分、こんな苦痛、もう懲り懲りなんだよ。


「京ちゃん、あんな、今から京ちゃんに大事なことを言う。それで傷つくかもしれへんけど、ちゃんと聞いて欲しい。京ちゃんは今は頑張れへんのや。今まで頑張って頑張って頑張ってきたから、もう頑張れへんのや。ゆっくり休みぃ?」


「俺は何も頑張ってない。周りに頼ってばっか、迷惑かけてばっか……休むなんてできない……」


「その考えは立派や。けどなぁ、それが今の京ちゃんを苦しめとる。俺に頼ってくれへん?京ちゃんのこと決して一人にせん、傷つけへん。京ちゃんがゆっくり休めるようになるまで、ずっと一緒にいてやるから。俺の傍にいて」


「……湊が心配する」


「湊くん、これから高校生なるんやろ?それに仕事もあって、忙しくなるやん」


「うん」


「京ちゃん、その間、一人の時間、ちゃんと湊くんの帰り待てるか?」


「それは……自信ない」


「せやろ?それなら、俺を……」


「ルイはさ、今、自分が無謀なこと言ってるのわかってる?」


「え?」


「ルイだって、仕事があるじゃん。ルイなんか特に組織のトップなんだから、それこそ俺の相手する時間なんかないじゃん……」


「……京ちゃんは俺のことまで考えてくれんのか、優しいなぁ」


「優しないわ!アホなこと言うからやん」


「そやなぁ。んーーー、そやなぁ……」


「ほら、現実的に無理やん」


「それでも、京ちゃんのこと大切やから……電話してええ?」


「いいよ」


「都合悪かったら出んでええから……京ちゃんからも電話欲しい……」


「それは……」


「俺、どんな時でも出るから頼って」


「わかった。気が向いたら」


その日から、ルイは毎日電話をくれるようになった。海外にいるのに、日本の時間に合わせて。


「京ちゃん、今暇やったか?」


「うん、ちょうど暇してた」


「京ちゃん、俺さ今グアムにおんねん。海が綺麗やわぁ。京ちゃんにも見せてやりたいわ」


「写真送ってよ。ルイと海の写真」


「わかった。あとで送るな」


「うん」


「気分はどうや?落ち着いてる??」


「上がりもしなければ下がりもしない。何もないよ。退屈で暇してるだけ」


「そっか。ほな、俺とずーっと電話してような」


「通話料バカにならんやろ」


「いいよ。京ちゃんと繋がれるなら安いもん」


「……繋がってると安心する。1人じゃないってわかるから」


「せやな。京ちゃんの声聞けて嬉しいよ」


「俺も。ルイの声聞くと安心する」


「はぁ、ほんま京ちゃん、可愛ええ!!はよ明日会いたいわぁ!」


電話越しでもわかる。ルイが俺を甘々に可愛がる声。


「ルイ、明日で最後だね」


「やめぇやそれ、泣いてまう」


「そうやって、俺のせいで情緒不安定になって欲しくて、これ言ってるのかもしれん」


「意地悪やなぁ、京ちゃんは」


「ルイ。明日はさ、二人きりで静かな場所に行こう」


「ええよ。高級ホテルでも予約するわ」


「ありがとう。二人きりでいたいから」


そんな電話をしばらくして、湊が来たタイミングで切った。


「湊、会いたかった」


と抱きしめて迎えると、湊は不思議そうな顔をして、


「なんか今日は機嫌がいいですね」


と不審がって言ってきた。


「さっき飲んだ珈琲が美味しかっただけ」


と言って、誤魔化した。ルイと電話するのは決まって湊が留守の時。何故なら、湊が嫉妬するから。


「そうですか。それじゃあ、僕は勉強しますね」


湊は一緒にいるのに俺に構ってくれないのが当たり前。自分の将来のことをちゃんとやっているから、俺がそれを邪魔することなんかできない。


「頑張って」


とだけ言って、俺はスマホを眺めてばっか。そんな二人きりの時間が続く。そして、勉強が一段落ついた頃、湊は俺に甘え始める。


「京一さん、僕すっごく頑張ってるんです!」


「知ってるよ」


「だから、貴方だけは僕のことを褒めてください」


そう言って、俺の手を自分の頭において撫でるように仕向けてくる。


「えらいえらい。よく頑張ってるよ」


「貴方にそう言われると救われます」


「よかった」


「ずっとこうしていましょうね」


「うん。ずっと一緒にいよう」


なんて口先では言ったが、俺は明日、死のうとしている。湊に告げぬまま。湊に言ったらきっと、湊は俺の想像以上に取り乱してしまうから。


自殺予定日が来てしまった。心は案外穏やかだった。朝、レッスンに出かける湊に、愛してるよとさりげなく言った。湊は「その言葉だけで今日一日めちゃくちゃ頑張れます!」って張り切って家を出ていった。ごめんね。帰ってきたら、一人ぼっちにさせちゃうね。でも、ごめんね。もう決めたことなんだ。


ルイとは都内の高級ホテルで会う約束をしていた。そこまで電車で行こうとした時、無性にホームに飛び込みたくなって呼吸が浅くなった。それで、ちょっとした貧血を起こしてしまって、ホームにしゃがみこんでしまった。周りの人はざわざわしていた。あぁ、死にたいなってここでも思った。でも、電車が到着したら、乗り込まなきゃって気持ちでいっぱいで乗り込んだら、さっきの俺の行動を見ていた人が優先席に座れるように交渉してくれたみたいだ。優しさを感じたけど、俺のせいで他人に迷惑をかけたなってやっぱり死にたくなった。イヤホンから流れる音楽が、希望も未来も何もない俺を嘲笑うようで涙が流れそうだった。


それも今日で終わる。そう思えば、ちょっぴり心が楽になる。


ルイと合流した。ルイは相変わらず元気そうだった。ルイはゆっくり歩く俺に合わせて歩いてくれた。ホテルの手続きも全部やってくれて、案内された部屋はスイートルームだった。


「こんな高そうなところ、いいの?」


「全然。京ちゃんと会うんやし」


「意味がわからない……」


安いネカフェでも良かったのに。


「まあ、ええやろ?ゆっくりしようや」


「ルイ、なんか楽に死ねそうなん持ってきた?」


「悪いなぁ。生憎、手ぶらや」


ルイには散々、楽に死ねる薬くれやって頼んだのに。


「じゃあ、いいよ。ルイ、手貸して」


「なんや?」


ルイの手を取って、俺の首元に持っていく。


「これで俺のこと絞め殺して?」


「は?何言うてんねん!」


ってルイは手を引っ込めようとするけど、その手をぐっと強く掴んで離さなかった。


「ルイ、最期のお願い。ルイの手で死なせて?」


「あかん……あかんって、そんなん……」


「ルイはさ、俺のことよく知ってくれてるよね。俺なんかに慕ってくれてさ。こうやって最期まで一緒にいてくれる。そーゆーところ、すげー好きだよ!」


俺はルイに伝えたいことを簡単に、でも愛情たっぷりに伝えた。ルイは泣きそうな目をしていた。


「あかんって!俺には無理や……。京ちゃん殺すなんてでけへん!!」


「ルイ、お願い。俺をさ、幸せにして?」


ルイの手にぐっと力が込められる。首が絞まる。脳内がまだ生き残る確率を計算してるみたいに高速で動く。息ができない。喉が痛い。


……バッ!っと手を離されて、倒れ込む俺をルイは抱きしめて支えてくれた。


「あかん。やっぱできひん。京ちゃんが幸せになる道を死だけにしたない。そんな簡単に諦められへん。ごめんな。俺の我儘でごめん。京ちゃんがどれだけ苦しんでるかもわかっとるつもりや……。けどな、俺は京ちゃんを失うのが怖いねん!」


ルイは泣いていた。あの大人っぽいルイが感情を抑えきれずに泣いていた。俺はそんなにルイを苦しめてしまったことを後悔した。けれど、喉が痛くてうまく声が出なかった。


「……ご、めん」


「あぁ、京ちゃん!声が掠れとる。ごめんなぁ、そんな強く絞めてしもうたか。喉に優しいの頼もなぁ」


とルームサービスで喉に優しいのを頼もうとしたけど、大体ワインとかウイスキーとかお酒しかなくて、「せっかくだから飲もうよ」って甘口のワインを頼んだ。


「ルイ、んん"っ……まじでごめんな」


「ええて。死の衝動は収まった?」


「うーん。まだ死ななきゃいけないって強迫観念が残ってる」


と言うと、ルイは俺の頭を撫でてから、


「治療してやる」


と一錠の薬を飲ませてきた。


「んっ……何これ?」


「抗不安薬。即効性あるやつやし、眠くなると思うで」


「そっか。大人しく寝てる」


「それが一番やな」


とベッドに寝っ転がっても簡単には寝れなくて、結局ゴロゴロしている内にお酒が来て、二人で乾杯した。


「ルイ。今俺さ、ルイが隣りにいることにすごい感謝してる」


「今まで感謝してなかったんかいな」


「してたよ。でも今日は特に。ありがとう」


「ええて。俺も今は京ちゃんが隣りにおるだけで嬉しい」


「本当はさ、今もまだ死にたい。ここから飛び降りたら死ねるんちゃう?とか思ってる」


「そうやろうな」


「でもさ、ルイとゆったりしてたい気持ちもあって……」


俺はだんだんと眠くなってきて、ルイの肩に頭を預けた。


「京ちゃん、寝る?」


「うん。ルイがいてくれて良かったよ」


俺はベッドで寝っ転がって、ルイの頬を撫でた。


「京ちゃん、ほんま可愛ええ。ゆっくり休みぃ」


とルイは微笑んで布団をかけてくれた。



「京ちゃん、息しとるな……」


はぁ、ため息が止まらん。こんな日は酒にでも溺れたいけど、理性が薄れたら京ちゃんに怒鳴ってしまいそうや。ワインをゆっくりと飲んで、またため息をつく。はぁ、俺、京ちゃんの首絞めたんや。その事実が腸が煮えくり返るほど恐ろしい。何してんねん!という自己嫌悪と、あの時の京ちゃんはほんまに俺だけを頼ってたって陶酔が行ったり来たり。そんなことしてる場合ちゃう。一歩間違えたら、京ちゃん失ってたんやぞ?京ちゃんの喉、潰れてた。出しにくそうに声を出してた。俺のせいや。俺が、京ちゃんの最期の瞬間になれるって高揚感で、狂わされたから。この手が憎い。京ちゃんを絞め殺そうとしたこの手が。何度もその手を叩いて痛めつけた。けど俺には切り落とす勇気なんてなかった。


「はぁ、京ちゃん。生きとってくれてありがとうな……」


京ちゃんの寝顔にそう声をかけた。京ちゃんは赤ちゃんみたいに唇をちゅんと尖らせた可愛い寝顔をしていた。京ちゃんが生きとってくれるだけで幸せや。俺は心からそう思った。



「ルイ?……いた」


俺が目を覚ますと、ルイは隣りで添い寝していた。でもずっと起きてたんだろう。退屈そうにスマホを見てた。


「京ちゃん、まだワイン残っとるよ」


「ありがと。飲む」


ワインを一口飲んで、ため息をついた。死ねなかった。まだそれを引きずっている自分が嫌いだ。今からでもまだ間に合うとか思ってることも。嫌い。


「京ちゃん、大丈夫や。落ち着き」


自暴自棄で自分を傷つけたい衝動に駆られている俺を、ルイは撫でてなだめてくれた。


「だって、最低や……最低や!!!」


俺は自分が憎くて憎くてたまらなくなった。こんな感情が自分にまだあるとは思わなかった。感情が戻ってきたと思ったら、その感情も重くて手に余るみたいだ。


「大丈夫やって、大丈夫やから」


「何が大丈夫なん?何も良くない……。ルイにも迷惑をかけて……。死んだ方がいい、俺は死んだ方がいい!!」


自己嫌悪がぐるぐるぐるぐるループしてる。ルイは俺を撫でるのをやめた。


「つらいんはわかってる。俺もつらい。苦しんでる京ちゃん見てられへん。でも……これは傲慢かもしれんけど、俺は京ちゃんのこと幸せにしたいって、本気で思っとる!」


「なんやねんそれ。プロポーズかよ」


俺はルイの本気の想いも斜に構えて受け取ってしまう人間だ。


「京ちゃんが死なんくなるならなんぼでも言うで?」


「ええて。答えられる自信ないし」


って俺はルイから顔を背けてしまう。


「京ちゃん、今日は俺とゆったりするの頑張ろか」


ルイはそんな俺を正面から抱きしめた。


「それ、ゆったりするのか、頑張るのか、どっちなん?」


「京ちゃんは不器用やからなぁ。普通にゆったりもでけへんやろ」


その通りだった。その通りすぎて、笑ってしまった。


「あははっ、ルイは俺のことよくわかってるね!」


「当たり前やろ!何年間、京ちゃんと一緒におると思っとるん?」


ってしたり顔。


「……ルイ、このまま抱きしめてもらってもいい?」


俺からもルイを抱きしめて離れられないようにした。こうしてないと自殺衝動に負けちゃいそうだったから。


「ええよ。好きなだけこうしたらええ」


そうしてしばらく抱きしめあっていると、ちょっぴり欲が生まれてきて……


「ルイ、俺のこと撫でて?」


って甘えてしまった。ルイはわかったとだけ言って、俺の頭や背中をゆったり撫でてくれた。


「京ちゃん、ずっとこうしてたい」


「ええよ。俺もこうされてたいから」


すると、ルイがさらに力強く俺を抱きしめてきて、俺の首筋の匂いを嗅いだ。それに吃驚して、俺はルイの身体を押し返してしまった。


「ごめん。吃驚させてしもうたな……。京ちゃんが生きとるから、嬉しくて……ごめんなぁ?」


「ごめん。嫌じゃない。けど、一言欲しい」


「わかった。ごめん」


って今度はそっと手を握ってくれた。


「いいよ。またぎゅーってして」


と再度、抱きしめ合う。ルイの体温、息遣いが暖かい。俺を求めてくれるその安心感でいっぱいになった。


「京ちゃん、傍にいてくれてありがとう」


「こちらこそ。ルイがいてくれると安心する」


「京ちゃんの匂い、嗅いでええ?」


「ええよ」


ルイはゆっくりと顔を近づけてきて、俺の匂いを嗅いだ。


「ええ匂いや」


「タバコ臭いやろ?」


「京ちゃんの匂いや。落ち着く」


「一緒に生きよーね!」


嘘みたいな言葉だった。だけど、その言葉で喜んでくれるなら喜ばせたかった。


「京ちゃん……そうやな。一緒に生きてこう」


ルイは優しく頭を撫でてくれた。


「ルイはさ、彼女とか作らんの?」


「ん〜〜、せやなぁ。何においても京ちゃんを最優先にしてまうから作られへんかも」


「なんやねん。俺のせいじゃん」


「せいとかやないよ。俺がそうしたいだけや」


「俺と一緒だと不幸になるよ?それでもいいの?」


「ええよ。京ちゃんと同じ地獄にいたい」


ルイがいてくれるから、俺は孤独じゃないとわかる。ルイが俺を最優先にしてくれるから、俺は死ねないんだろうな。

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