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恒例行事フェスティバル

湊との夏の思い出は、家で勉強して遊んでが八割を占めている。だが、残りの二割は、近くの神社での夏祭りの思い出。


「京一さん、夏祭り行きましょうよ」


なんて湊に誘われたのがきっかけだった。めんどくさい、行きたくない。と即答したが、しょげている湊をそのままほっとけなかった。

俺も中学生の頃は夏祭りは楽しかったという記憶がある。湊からその楽しさを奪うのが俺であってはいけない。


夏祭り当日。玄関を開けると、着物姿の湊が立っていた。


「京一さん、どうですか?似合ってますか?」


と照れながら彼女みたいな台詞を言われて、


「可愛い」


とつい口に出してしまった。

着物姿なのも張り切っているのも。


「可愛い、ですか」


復唱してそれを噛み締めるように口角をあげている。そんな湊がまた可愛い。


「それじゃあ、行きましょうか」


と手を引かれ、着いた場所は人、人、人……


「うわ、既に酔ったわ」


「呑んできちゃったんですか?」


「いや、そういうことじゃない」


「どういう?」


「人酔い、知らない?」


「ああ、知ってます。じゃあ、僕が手を繋いでいるので、目を閉じても大丈夫ですよ」


俺を片手でコントロールする気だ。絶対に転ける。


「嫌だ、こっちのがいい」


と湊の肩に手を置いて後ろから体重をかける。


「重いです」


「俺を誘ったんだから、それくらいは頑張れ」


「了解、離さないでくださいね」


「ん」


と言って、目を閉じると、さらに人々の声が鮮明に聞こえてくる。

それを脳内の自分の声でかき消しながら、自己防衛。


「京一さん、射的やりませんか?」


湊が立ち止まって、そう聞いてきた。


「ん?良いよ」


何が景品になってるのかも知らずに射的の列に並んだ。


「一回三百円、五回撃って倒れた景品が貰える」


と説明書きを読む湊。


「何かある?欲しいもの」


「ありますよ」


ワクワクがこっちにまで伝わってくる。


三百円を払い、銃とコルクを渡される。湊は銃にコルクを詰めると、その銃口を俺に向けて、にやりと笑った。


「ああ、そういうこと」


「ダメだよ、兄ちゃんに向けちゃあ」


と屋台のおっさんに怒られてる。きょとんとした顔の湊はあまりよくわかっていないらしい。


「湊、あれ欲しい」


と湊の肩を持ち、景品を指さした。


「僕は……」


と違うものが欲しいと言いそうな湊を遮って、


「撃って」


と命令する。

流石、銃の扱いは慣れているようで、俺が次々に指示した通りに正確に当ててくれる。結局、五発で三十箱ものお菓子を撃ち落とした。

お菓子タワーを作ったのが、店側の敗因だと思いながら、ありがたくいただいた。


「これで一ヶ月は余裕で食える」


無駄な食費が浮いて、ラッキーなんて思っていると、


「健康に悪いですよ」


と笑われた。


「湊、ありがと」


「僕は本当は京一さんが欲しかったんですが」


とちょっと拗ね気味に言う湊に、俺はもう撃ち落とされかけてるんだけど


「それなら俺の心臓(ハート)を撃ち落とさないとね」


とテンション高めで強気に言ってみせた。そしたら、


「どうしたら撃ち落とせますか?」


なんて本気で聞いてきた。


「あはっ、答えを教えるわけないじゃん」


心が何処にあるかも知らないが胸の辺りを隠して心音が漏れないように気をつけた。


「そうですよね。でも、必ず撃ち落としてみせますから」


爽やかな笑顔の裏に貪欲が見え隠れしていて、恐怖か魅惑か分からないけどドキドキが止まらない。


「京一さん、かき氷がありますよ」


早速、目移りしている湊に俺のもやもやとした不満は伝わりはしないだろうか。


「一口、どうぞ」


とイチゴ味のかき氷をストローのスプーンで一口分。

イチゴっぽくない甘いだけのイチゴ味を食べて、もう十分だと思った。

湊はそれを美味しそうに何口も食べているが、氷にシロップをかけただけのものがあの値段なのは高すぎると抗議したいくらいだ。


「ううっ、頭が」


「おかしいのか?」


「何か、キーンってします」


「アイスクリーム頭痛じゃん」


かき氷あるあるが型にはまったみたいに起こって可笑しかった。

でも、それを面白がってかき氷を急いで食べる湊はもっとおかしかった。


「あっ、チョコバナナだ」


また湊は行列に難なく並ぶ。俺も昔はそうだったと思い出しながら、行き交う人々に心の中で中指を立てた。


「ジャンケンで勝つと二本、あいこと負けは一本ね」


と屋台の兄ちゃんに言われた。これも恒例のお楽しみ。


「やった、勝った」


喜んで笑う湊と愛想笑いを浮かべる俺で一本ずつ貰った。


「得しましたね」


なんて言われたけど果たしてこれは得なのかと疑ってしまう。何かテレビショッピングで欲しくないものも付いてきたみたいな感覚。


「湊、静かなところで食べよう」


神社の裏の誰もいない場所。賑やかな音が遠くで聞こえる。薄暗くて砂利道で二人きり。さっきとは違う世界に来たみたい。現代風に言うと、ひたすらにエモい。


「京一さん、とびきり美味しそうに食べてください」


ニコニコの笑顔で痛いほどの期待が俺に向けられる。まあ、そうだろうな、というありきたりに呆れた。


「馬鹿、こっち見んなよ」


食べれられるものも余計に食べられなくなるだろうが。照れが怒りに変わりそうになりながら、なるべく真顔で食べた。


「うわ、大満足です」


何故か死にそうになって悶えている。意味がわからない。

食べ終わった後も、


「少女漫画なら靴擦れしないとなのに」


と突然言い出すから、


「は?」


と恋愛脳とは違う角度で見ているであろう俺は湊にとって湿気たことを反射的に言ってしまった。いや、たぶん恋してても理解不能なレベルだからこの答えで正しい気もする。


「正直、美味しい展開です」


湊は石段の上に座っている俺にそう笑顔で告げた。


「あっそ」


そんな湊に冷たく接して、自身の体温も下げようと努めた。


「キスしても良いですか?」


努力虚しく俺の膝の上に座ってきて、可愛くおねだりしてくる。


「少女漫画でそんな野暮な質問ねえよ」


どっちがヒロインでどっちが相手役か。そんなのどうでもいい。ただキスが気持ちいいのは確か。


「ふふっ、やばいですね」


加えて、こんなに長いキスはしない。


「一旦、離れろ」


はだけた着物から見える素肌を色っぽいと感じてしまうほど俺も気が狂ってしまっているから。


「嫌だって言ったら?」


意地悪を言う口をキスで覆って、そのまま体重をかけて押し倒した。


「腰が砕けるようなキスをするまで」


立場が逆転して、俺が寝っ転がる湊の上に乗っかった。傲慢な台詞も。完璧に調子に乗った。

湊から離れて、平常心へと戻ろうとすると、


「京一さん、ずるいですよ」


と小さく丸く蹲って寝ている湊が震えた声で言った。


「俺がそんなに格好良かった?」


「はい、もう立てないです」


「……は?」


鳩が豆鉄砲を食らったような、そんな状況に陥った。叶うことなら、冗談だと言って欲しい。


「下半身に力が入んない」


手を引っ張って、立ち上がらせようとしても、足が動かないから無理だった。


「はあ、まじかよ」


「ごめんなさい」


「違う、俺のせいだから」


俺のせいだから、湊にそんな顔させちゃいけない。


「俺のキス、そんなに良かった?」


湊の隣りに座って、目線を合わせて話した。


「はい、もう頭回んないです」


恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑って、石に八つ当たり?しながら言う湊。


「すげえ可愛い」


胸が張り裂けてしまいそうなくらい痛い。このままここで食べてしまいたい。その欲望を無理矢理抑え込んでいるから。


「京一さん」


と俺の名前を呼んで、にこっと微笑む。言葉が出ないみたいだ。頭が回ってない。

そして、俺も。着物から覗かせる白くて細い脚が触れたくなるほど綺麗で艶めかしいなんて、思ってしまっている次第。


「何?」


「また、キスしませんか?」


潤んだ瞳と火照った頬、色欲を煽る表情。

その頬へ触れた瞬間、身体がビクッと動いた。それに影響され、俺も指先から全身へと電流が流れるように鳥肌が立つ。

ああ、まじで喰いてえ。

理性と本能が拮抗した状態に頭を抱えた。


「……ダメ、絶対」


客観的に見て、醜く貪り食う俺が気持ち悪くて吐きそう。食事でも湊に対しても、可哀想だという感想を抱く。

欲望のままに生きてる俺に、とてつもなく酷い嫌悪感を覚える。自己制御できない、狂った怪物になるのが怖い。


「僕は我慢できそうにないです」


と手を使って俺を引っ張って手繰り寄せて、お互いの呼吸が分かる距離。


「ごめん、湊のことは好きだけど……」


俺をこれ以上怪物にさせないで。


「僕も京一さんのことは好きだから、大切にさせてください」


ぐっと引き寄せられて抱きしめられた。

好きなのに、じゃなくて、好きだから。

その思想に、年下相手に感心してしまう。


ドン、と心臓まで大きな音が鳴り響く。


「花火、始まりましたね」


「あははっ、全然見えない」


花火を見るために来たと言っても過言ではないのに、肝心の花火が神社の陰になっている。面白いくらい見えない。


「見に行って良いですよ」


動けない湊は俺から離れると大人しく座って大人っぽく言った。


「そんなんつまらん」


俺の背中に乗るのが不安そうな湊を背負って神社の階段付近まで重い足取りで歩いていく。


「京一さん、もうここで良いですから」


と何度もすぐに下ろすように、説かれたが無視して歩いた。


「ああ、重かったあ」


湊を下ろして階段に腰掛けると、迫力のある花火が目の前で咲いた。


「すげえ」


という幼稚園児並の感想を思わず口にしてしまった。


「特等席、ありがとうございます」


視界を遮るものが何もなく、花火を堪能できる場所。湊も花火を満喫してるようだ。

その見蕩れてるような顔を隣りで見ていると、何か手持ち無沙汰になってきて、手の所在を湊のと重ねた。


「花火のせいだから」


「え?」


「手が動かされたの、物理的に、この振動で」


「ふふふっ、面白いですね」


と俺の顔をまじまじと見つめて、にやにやと笑う。


「あっ、キスしようとしてるでしょ?」


「いいえ、花火があ」


湊が横目で花火を見た。


「花火のせいにしない」


冗談の叱り口調。自分でも笑っちゃう。


「言い出しっぺ、京一さんじゃないですか」


「だから、俺しか使えないの。著作権マーク付けないと」


あの丸にCのやつ。

でも、心臓の速度を変えるくらい振動が伝わってくる。このまま乗っ取られてしまいそう。


花火が消え散ると、空は途端に黒く、沈黙に包まれた。虚無感が心で響いて、花火の振動を思い出させる。


「素敵な夜ですね」


帰り道、人々に続いて歩いていく。

近くの中学生が湊より幾分も馬鹿みたいに見えた。それくらい大人っぽい台詞。

ただただ圧倒されて、フィルムカメラで撮ったような味わいのある雰囲気が目の前で流れていく。


「このまま時間を止めたいくらい」


この空間にこの時間に束縛されたい。そして、この夜を堪能していたい。


「京一さん、笑って」


と突然言われて、わけも分からずに湊の方を見ると、シャッターが切られる。


「待って、まだ笑ってなかった」


「きょとん顔、とびきり可愛いですよ」


「そ」


「今度は二人で」


と帰り道にまた二人で写真を撮る。道路を歩きながらのよく分からない写真。でも、これも良いと思った。



八月三十一日。夏休み最終日。


「京一さん、宿題手伝ってください」


という言葉で夏の終わりを感じる。


「終わってなかったのかよ」


「殆どは終わったんですけど、自由研究がどうも終わらなくて」


「テーマは何?」


「京一さんの観察日記」


「……はあ?意味わかんねえ」


言葉の意味は理解できるが、湊の考えは理解ができない。


「その日の機嫌の推移、体調の良し悪し、食事メニュー、キスの回数、印象深いエピソード、など様々と僕が書きたいことを書きました」


「馬っっっ鹿、そんなの提出できるかあ」


事細かに記されたノートを手にすると、その内容に赤面してしまった。氷野 京一郎という生物の生態をきちんと理解している。しかし、これの何処が終わってないのかが分からない。研究の考察まで終わってるのに。


「やり直し、ですか?」


「いや、すげえよこれ。何処が終わってないの?」


「それは、京一さんの感想も書いて欲しくて」


謎に照れながら、そう言われた。


「感想?」


「はい、結果から分かるようにこの夏休み期間中に京一さんは明らかに変化しています。これを見て、京一さんはどう思いますか?」


夏休み期間中、散歩したり、勉強したり、食事したり、スキンケアしたり、以前よりできることが増えて、僅かながらに成長を感じる。全部、湊に感化されたんだ。


「ありがとう、湊がこんなに俺のこと考えてくれてたなんて知らなかった」


「いや、本当は、もっと、四六時中、ずっと考えてますよ」


「ふふっ、嬉しい」


「……やば、可愛すぎ」


後日、素直に感想を伝えてくれる京一さんはちょっとやばいくらいに可愛かった。と記されているのを知った。



自分が努力すれば努力するほど、現実の壁がはっきりと見えてくるから、絶望へと促されているように感じてならない。

すれ違う人間、全てが俺のことを異常と認識していて、こちらを嫌悪感たっぷりに見てくる。

まともな人間に近づけるように努力しているのだけれど、全部が無駄だったように一瞬で叩きのめされる。

それが嫌で嫌でずっと引き込もってしまっていた。

それも結局、嫌になって、またここにいるのだけど。

ああ、湊に会いてえ。大学生活は地獄だ。



帰り道、蜻蛉に嫉妬するとは思わなかった。

蜻蛉が二匹、絡まって交尾していた。この僕にそれを見せつけるように。公然わいせつ罪で訴えたいくらいだ。そして、それを見て性欲を刺激されている自分にも腹が立った。きっと疲れてる。


「はやく京一さんと会いたい」


その想いが伝わったのか、京一さんがあの場所で座り込んでいる。


「京一さん、外に出てたんですね」


そう明るく声かけると、


「湊、今日は疲れた」


と顔を隠して、うずくまっている。


「お疲れ様です」


「最悪だったよ、人間に全然馴染めないんだもん」


「そんなの当たり前ですよ。始めたばっかじゃないですか」


「何それ、ポジティブすぎて嫌いなんだけど」


「じゃあ、なんて言えばいいですか?」


「黙って、ギューして」


と可愛く呟く京一さんに負けて、人目を気にせず分からないまま僕なりのハグをした。そしたら、京一さんの方からギューっと強く抱きしめてきてくれて、


「湊、俺はもう生きるのがしんどいよ」


と弱気になりながら呟かれた。


「それでも、死なせません」


「鬼か」


「人間です」


「何か、思いっきり食べたい」


「食べていいですよ」


と笑顔で顔を見合わせると


「飯」


と冷淡に言われる。


「なんだ、ご飯か。食べすぎ注意です」


「ふふっ、嫌だね」


と立ち上がって、僕から逃げるように駆け出した。


「待って、栄養バランスが」


「あははっ、何人たりとも俺から自由は奪えない」


とまるでミュージカル映画の主人公のようにクルクルと踊って、笑って、走ってる。

ああ、実に狂ってるって。陽気を超えている。


「京一さん、目立ちすぎ」


というと突然、転けた。

転けて床にへばりついたまま動かない。

急いで駆け寄ってみると、


「湊、俺はもう駄目だ」


なんてアニメでよく見る死ぬ直前の仲間みたいな台詞を吐かれた。


「ふふっ、何言ってんですか。ただ転けただけじゃないですか」


と僕はそんな京一さんがおかしくて笑ってしまう。


「メンタルが、もたねえ」


死にそうな京一さんの手を掴んで、


「ほら、早く立ってください」


と引っ張った。

んんん、と嫌そうに僕に体重をかけながら、ゆっくり脚を動かす。


「血、出てる」


やっと立ち上がった京一さんが膝の怪我を主張してきた。


「後で絆創膏貼りましょうね」


「俺、可愛い奴じゃなきゃ嫌だよ」


「分かりました、ピーポくんのにします」


「湊、優秀」


と笑われる。


京一さんはコンビニで棚から目に止まった商品をカゴに次々と入れていくから、それを順々に元に戻していったら、


「湊、買い物カゴが四次元ポケットみたい」


いくら物を入れても全然増えない買い物カゴを不思議そうに、そして嬉しそうに伝えられた。時代が進化したと。


「京一さん、買いすぎ」


と僕が注意をしようとすると


「うるせえな」


と顔を顰めながら口を手で強引に塞がれた。

京一さん、何だかいつもより情緒不安定だ。

買い物カゴがいっぱいになると、フラフラとそのまま出口に向かっていく。


「お金、払わないと」


と引き止めると


「え、何で?」


と僕がおかしいかのように笑う。


「それがルールです」


「んなの、知らねえよ」


まだ出て行こうとする京一さんが持つ買い物カゴを必死で抑えた。窃盗罪になって捕まってしまう。


「離せ」


と引っ張って揺らしてくる。


「離しません」


「ああ、もう良いや」


パッと京一さんが買い物カゴから手を離すから、僕はそのまま床に尻もちをついた。

そんな僕を気にも留めずに、そのまま出て行ってしまった。


「痛」


目の前には買い物カゴから飛び出た食品が足元に散らばる光景。

追いかけないと、けど、片付けないと。

二つのことに同時に迫られて、パニック状態になってしまう。

とりあえず、言葉にならない言葉を発しながら店員さんを連れてきて、買い物カゴをよろしく頼んだ。


京一さん、何処に行ったんだろう。

探し回っていると、ベンチ一つを使って横になっているのを見つけた。


「京一さん、やっと見つけました」


僕が息切れしながら安堵してその手を握ると


「湊、どうしたの?」


と笑われた。


「死んじゃうかと思って」


「俺が?何で?」


「自暴自棄っぽかったじゃないですか」


「あーね」


「良かったです、生きてて」


「うぜえ、何で俺を嫌いになんないの?」


「好きだからに決まってるじゃないですか」


「嫌うよ?普通は」


「どーせ、僕は普通じゃないですよ」


「あはっ、何でそこで拗ねんだよ」


「普通じゃないって言われたから」


「ああでも、湊が普通じゃなくて良かったわ」


「え?」


「嫌われたらまじで死んでた」


「何で?」


「そんなん普通に考えれば分かんじゃん」


「その普通が僕には分かんないんですよ」


「あははっ、そうそれで良い」


「え、ちょっと、教えてください」


「普通な湊とか湊じゃないじゃん」


「酷いこと言いますね」


「褒めてるつもりなんだけど」


「嘘、全然分かんないですけど」


「ごめんね、湊。迷惑ばっかかけて」


「だから、迷惑じゃないって言ってるじゃないですか」


「寧ろ、嬉しいんだっけ?」


「はい、よくできました」


京一さんに「一緒に帰りましょう」と手を差し出して、その手を握られたまま家に帰った。



箸を持つ手に力が入らない。


「面白いほどに食えねえ」


自分の身体を思うように動かせなくて、それがおかしくて笑ってしまって、余計に力が入らなくなる。


「何を一人で爆笑してるんですか?」


湊が食べる手を止めて、不思議そうに見つめてきた。


「見ろよ、これ」


箸を持つ手が震えて、箸が手からこぼれ落ちる。

それで俺はまた笑う。


「箸が転んでもおかしい年頃なんですね」


「違っ、手に力が入んないんだけど」


使い物にならなくなった手を床に叩きつけてみる。

叩いて直るのはブラウン管テレビだけか。


「原因は?」


「……パニクったせいかも」


外に出て人間に囲まれて湊もいなくて、心臓が痛くなって息苦しくなって頭がおかしくなった。

その中で、新たな発見があった。ストレスフルな状況に陥ると快楽物質が脳内で分泌されて、頭ん中の大部分が真っ白になるということ。

なのに、全然気持ち良くなくて寧ろ頭が働かないように拘束されている気分だ。身体も同様。

これがかなりうざったくて、さらにストレスフルになりそう。


「これ、どーやったら治んの?」


湊に話してみたけど、彼も医者じゃないから分かんないか。


「とりあえず、栄養は取らないとです」


と俺の箸を手に持って、肉じゃがのじゃがいもを「あーん」と言いながら俺の口に持ってくる。

湊が手になってくれるなら良いや、とよく分からない思考になってじゃがいもを口に入れてモグモグする。

俺は今やモグモグマシーンだ。口に入ってくるものをモグモグするのが仕事。


「おえっ」


突然の機能停止。嘔吐いてしまってモグモグした食べ物が唾液と絡まって気持ち悪く吐き出される。

自分でも「うわ」となる閲覧注意のものを湊は素知らぬ顔で掃除をする。


「ごめんなさい、大丈夫ですか?」


「ごめん。掃除、俺がやるから」


泣きそうになりながら、震える声でそう言って、湊を追い払おうとした。ここは立ち入り禁止だと。


「いえ、そんなことより休んでてください」


「嫌だ」


嫌われる嫌われる嫌われる……


「ダメです、嘔吐レベルで体調悪いんですから」


「え?」


言われてから気づいた。ああ、嘔吐って体調悪いからなんだ。感覚が狂ってた。


「寝てください」


「まだ動ける」


「ダメ、寝るの」


と腕を引っ張られて、床の上を引きずられて、布団の上に倒される。


「あっ、動けない」


倒された瞬間、身体が完全にロックされたみたいに動かなくなった。


「それぐらい疲れてるんですよ」


「やべえ、あははっ、しんど」


頭がガンガンしてて、気持ち悪ぃ。


「ゆっくり寝てくださいね」


「湊、ごめん」


「何がですか?」


「吐いた」


「体調悪いときはしょうがないです」


「何か目から水が垂れてくる」


「それ、涙ですよ」


「ああ、知ってる」


嫌われるのが怖くて、でも、全然違くて、何か分からないけど涙が出た。

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