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他人のものさしなんかへし折ってしまえ

第一志望校の受験日。京一さんがたっぷり愛を注いでくれたおかげか、昨夜はよく寝られた。まだ寝ている京一さんを起こさないように僕はそっと起き上がって、京一さんのために朝食を作った。


「湊、おはよう」


京一さんがまだ眠そうに起き上がった。僕のことを薄目で見ている。


「おはようございます。朝食できてますよ」


と微笑むと、


「わざわざいいのに……」


とベッドから出てきて、テーブルの前に座った。


「僕が作りたいんですよ」


そう彼の頬にキスすると彼は嬉しそうにして、


「ありがと」


と僕に素敵な笑顔を見せる。あぁ、作って良かった。こう思えるから、作るのがやめられないんだ。


「受験、緊張してる?」


朝のニュースを見ながら、一緒に食卓を囲む。彼は何気なくそう聞いてきた。


「緊張してますよ。でも、大丈夫です。京一さんがくれたお守りがありますから」


僕は自分のお腹をさすって、彼が昨夜書いてくれた言葉を思い出しては、にやけていた。


「ふふっ、湊には俺がいるからね」


彼は冗談っぽく笑うけど、僕にとってはそれが何よりも僕の力となって、安心材料になっている。


「はい!だから、僕は無敵です!」


と誇らしげに笑うと、彼は僕の頭を撫でてくれた。


「そっか。安心した」


彼も僕と同じように、僕の受験に緊張してたんだ。それがわかって何だか嬉しくなった。


「僕のこと、気にかけてくれてるんですね」


「当たり前じゃん。恋人なんだから」


あぁ、もう!朝から好きという気持ちが爆発寸前だ。


朝ごはんを食べ終えて制服に着替える時、またあの言葉を見て意味もなくにやけてしまった。京一さんの言葉が見えるように、洗面所の鏡の前で上裸でスマホを構えて、何枚も自撮りをしていた。すると京一さんがそんな僕を見て、後ろから抱きしめてきた。


「京一さん!??」


「一緒に写真撮りたいでしょ?」


あの写真嫌いな京一さんが自ら写真に写りに来た。それが可愛すぎて、連写する手が止まらない。


「寝起きの京一さんも格好良い……!!」


僕はドラえもんのあたたかい目のように、そんな京一さんを見つめて、オタクっぽいキモい顔をしてた。


「これ、やっぱえろいね」


そんなことを言う、京一さんの気だるげな声と表情と僕の腰に添えられた手の方がえろい!!


「ふふっ、やらしい……」


「俺のものみたい」


彼は氷野 京一郎と名前が書かれた僕の腹部を指先で艶めかしく撫でた。


「俺のものみたいじゃなくて、俺のものなんですよ」


そう僕が彼に教えるように言うと、彼は僕の腰に腕を回してきて、身体を密着させてくる。僕は胸がドキドキして生唾を飲み込んでしまった。


「何それ、超えろい」


彼はそう妖艶に微笑んで、僕の頬に口付けをした。僕はそんな彼のが超えろくって、我慢ならなくて彼の唇に唇を重ねた。


カシャッ。


「良い写真が撮れました」


僕が貴方にキスしてる写真。


「……恥ず。俺、キモい顔してない?」


と僕のスマホを覗き込んで先程撮った写真を確認してる。


「大丈夫、超絶格好良いです」


キスされてる京一さんの顔、めっちゃ幸せそう。僕とのキスで幸せを感じてくれる彼が、僕は大好きだ。


「ふふっ、愛されてるって写真だね。俺にも頂戴?」


彼が自分が写っている写真を欲しがるのが珍しくて、思わず目を丸くしてしまった。


「良いですよ。大切にしてくださいね」


と彼のスマホに写真を送ると、彼はそれを確認してにやけていた。


これで高校受験も最後だった。僕は意気込んで靴を履いた。


「湊、受験票持った?」


「持ちました。行ってきます」


と京一さんに微笑んだ。


「あぁ、何だか俺の方が緊張するね」


彼はそわそわしていて無意味に手遊びをしていた。


「京一さんが緊張してどうするんですか」


なんて笑うと京一さんは、


「湊の夢が叶うように、ここで祈ってるよ」


と僕にキスをしてくれた。彼の最大限の応援だった。


「絶対に合格してみせますから。受かったら何かご褒美ください」


そう本音を冗談に交えて言うと、


「いっぱい欲しいものをあげる」


と真剣味を帯びた眼差しでそう言われて、ドキッとした。


「今から欲でいっぱいになりそう」


「ふふっ、受験に集中しなさい!」


笑いながら喝を入れられて、僕の煩悩まみれの脳内がシャキッとした。


「頑張ってきます」


「頑張っておいで」


そう手を振られて、まだ京一さんと一緒にいたいという気持ちを飲み込んで、玄関ドアに手をかけた。


「行ってきます」


外は晴れやかでそれすらも僕の背中を押してくれているようだった。


試験会場へ向かう電車の中、僕は最後の詰め込みで単語集を片手にずっと確認作業をしていた。全て覚えている、ということに安心したいように。


「はぁ、こんなにやってもまだ不安だ……」


ふと、緊張でざわめいている心が僕の集中を途切れさせる。まだ途中駅、気持ちが上擦ってしょうがない。スマホを取り出して、安心を求めるかのように写真フォルダを開いた。


「ふふっ、京一さん可愛い」


そこには京一さんとの思い出がたくさん詰まっていて、それを思い出すだけで自然と笑顔になれた。


「……あ、僕、受かったな」


まだ道中だと言うのに、謎の自信が湧いてきた。だって、こんな可愛くて格好良くてえろくて、この世界が創り出した奇跡のような人と付き合えてるんだよ??それに比べたら受験なんて簡単じゃん。僕の人生、もう勝ち確じゃん。そう強がって、余裕の笑みを浮かべて周りの受験生を見下した。けど、僕は油断もしないから単語集を確認するのも怠らない。そんな僕は最強だ。そう自分を鼓舞しながら、受験会場まで着いた。始まりのチャイムが鳴る。先生みたいな人が問題用紙と解答用紙を配り、それを後ろに回してく。目の前に置かれた問題用紙と解答用紙を凝視していると手が震えてきた。


「やっぱ、僕、緊張してるのかな……」


そう思うと不安が襲ってきて、今までのチートモードから一転。崩れ落ちるように心臓がバクバクうるさくなってきた。


「京一さん……」


僕は自分のお腹へと手を当てた。京一さんが書いてくれたお守り。僕にはこれがあるって縋るように。


「ふふっ、湊には俺がいるからね」


京一さんが言ってくれたその言葉を思い出した。そうだ。もし仮にこの受験が失敗したとしても、僕は京一さんを失う訳じゃないんだ。京一さんはずっと僕の傍にいてくれる。


「京一さんが死ぬよりも怖いことなんて、この人生に存在しないじゃないか」


死ぬこと以外かすり傷、の言葉のように、僕は受験の恐怖をより大きな恐怖と比べて、ちっぽけだと思うことにした。むしろ、これはチャンスなのでは?


「帰ったら京一さんにドロドロに甘やかして貰おう。きっと甘やかしてくれるから」


それを妄想すると試験開始前にちょっぴりにやけてしまった。緊張なんてなくなっていた。


「はぁ、疲れた……」


受験が終わると今まで積み重ねてきた受験勉強からの解放感で清々しさを感じた。意外と呆気なく終わったな。今はもう、受験の結果なんてどーでも良くて、ただ京一さんにドロドロに甘やかされたい。それしか考えられなくなっていた。他の受験生が親に迎えに来てもらってたり、友達と仲睦まじそうに歩いていたりするのを見て、一人ぼっちな僕は羨ましくてちょっぴり寂しくなった。


「湊、お疲れ様」


ピコン、と京一さんから連絡がきた。わあ、僕には京一さんがいるから全然寂しくないもんね!とその連絡で胸を躍らせて、にやついていた。


「ありがとうございます。頑張りました」


「えらいね。近くのカフェで待ってるからおいで」


は??京一さんから位置情報が送られてきた。この学校から歩いて数分のカフェ。


「ここまで、来てくれたんですか!??」


僕は驚きを隠せなくて、スマホを持ったまま、ポカンと口を開けたまま固まってしまった。


「いてもたってもいられなくて、来ちゃった」


来ちゃったって……。可愛すぎかよ!!この人は!!!


「大好きです。今すぐ行きます。ダッシュで行きます」


と光の速さで打ち込んで、僕は駆け出して行った。


「走ると危ないからね。ゆっくりおいで」


足を止めてそのメッセージを確認すると、もう顔が緩んで仕方がなかった。僕のこと心配してくれてるんですか?可愛いですね


「でも、一秒でも早く会いたいです」


「可愛い。気をつけてね」


あぁ!もうキュンキュンしちゃう!!浮かれ調子でルンルン気分でスキップしながら、カフェに向かった。受験って最高!!


京一さんが送ってきてくれた位置情報を元にカフェに向かい、そのカフェへと入っていくと、席に座っていた京一さんが僕に気づいて、微笑みながら手を振ってくれた。こっちだよ、って言うように。好き。


「京一さん、お待たせしました」


と僕がその席へ座ると、


「ううん。待ってないよ」


と優しく言ってくれた。けど、大きめのアイスコーヒーが底の方までなくなっているから、結構待ってたんだろうなって察することができた。


「一時間くらいですか?」


「ふふっ、仮に湊を待ってたとしても、その時間が楽しいから気にしないでいーの!」


と、とびきり可愛いことを言われた。はぁ、どこまで可愛いければ気が済むんだ、この人は。


「迎えに来てくれてありがとうございます」


「受験、お疲れ様!好きなの頼みな?」


なんてメニューを見せてくれた。ずっとニコニコしてこちらを見てくる。本当に可愛い。


「僕は、京一さんが欲しいんですけど……」


と上目遣いで彼の顔をチラチラ見ながらそう照れながらに言うと、


「それはお家帰ったら、たっぷりあげる」


とやけに大人っぽく官能的に言われた。あぁ、僕、帰ったらこの人に抱かれるんだ。そう思うと今からキュンキュンした。僕はオムライスとアップルジュースを注文した。


「僕、たぶん受かってます」


「やけに自信たっぷりじゃん」


京一さんはちょっぴり揶揄うように、僕にそう言ってきた。僕はオムライスを食べる手を止めて、真剣にこう話した。


「だって、京一さんの恋人という限定枠に入れて、三百人程度の合格枠に入れないわけないじゃないですか」


「ふふっ、可愛らしい理論だね」


京一さんはあまりその理論を信じていないようだったが、僕にはとっても最もらしい理論に思えた。


湊と久しぶりにゆっくりデートをした。受験の疲れを癒してもらおうと、お洒落なカフェでたわいもない会話をしていた。


「あの湊が、もう高校生か。信じられない……」


出会った頃は中学一年生で、まだ背も低くて何も知らない純粋な子で、でも、俺のことを愛してくれるのは変わらないね。


「京一さんはいつ社会人になるんですか?」


意地悪く湊はそう言った。俺は痛いところを突かれたので、アイスコーヒーを一口飲んでから大人っぽくこう言った。


「俺の人生なんだから、俺のペースで進んでいけばいいの!」


大人……っぽいか?子供っぽい言い訳のようになってしまった。


「そうですね。人生、焦る必要ないですよね」


自分に言い聞かせるように湊が言っているのが、少し気になった。


「湊、何か悩んでるの?」


「僕は京一さんが死ぬのが、受験に落ちるよりも僕が死ぬよりも恐ろしいんです。だから、京一さんが病まないでいられる環境を、なるべく早く僕が作りたいんですけど……」


「そんなこと、考えなくていいよ」


俺が病むのは大体俺のせいだから、湊が悩まなくてもいい問題だと優しく諭すように微笑みかけたが、湊はそれでも悩みが止まらないらしくて、


「僕、立派な俳優になれますかね?」


と自信なさげに苦笑した。


「なれるよ。湊は頑張ってるから」


「努力すれば必ずしも夢が叶うなんて、戯言じゃないですか。それは、わかってますよね?」


確認作業のようにそう言った。俺自身もそれはわかっていた、でも、何とか湊のことを励ましたかった。


「それはわかってるよ。だけど、稼げる俳優が必ずしも立派な俳優とは限らない。立派な俳優は、役をリアルに演じられる。その努力ができる俳優は、俺は立派だと思うよ」


と素直に心の内を話した。すると、湊は照れくさそうに笑って、


「映画好きの京一さんがそう言うなら、そうなんでしょうね」


とささやかな同意を示した。


「うん、俺は湊のことを応援してるよ。でも結果ばかり追い求めて、焦らなくていいからね。湊は湊自身のために夢を叶えて」


誰かの期待に振り回されて、湊が人生を棒に振るのは、それこそ俺の期待外れだった。だから、湊にこの言葉を言いたかった。


「それで、京一さんは死にたくならないですか……?」


湊は本当に俺のことばかり心配する。それに俺は不覚にも笑ってしまった。


「さあ、どうでしょうね!」


自分の希死念慮なんて自分が一番コントロールできてない気がして、何も保証できなくて、笑ってやり過ごした。そしたら、湊はちょっぴり不満げな顔して、


「京一さんが死んだら僕も死にますからね!」


と脅してきた。


「それは困るな……」


俺は何か湊が死なない手がないか考えてみたが、湊は死ぬ時は本当にふっと死んでしまいそうな子なので、俺は今、とても心配している。


「京一さんが死ななきゃ良いんですよ」


単純明快な答えを突きつけるようにそれを言われた。


「ふふっ、そんなに俺の希死念慮は甘くないの!」


とふざけて言うと、これでもわかってるつもりですよ、と拗ねて、でも愛おしそうに俺の頬に手を添えてくれた。


「僕も死にたい時はあります。貴方がいなきゃ、たぶん本当に死んでます。大好きです」


それは拙い告白だった。その拙さ故、俺の心を震わすには十分だった。


「あぁ、本当に申し訳なくなる。希死念慮なんかに負けちゃって……」


俺は目を細めて、不甲斐なく微笑んだ。そんな俺に彼は優しくこう言った。


「京一さん、何でも良いんですよ。生きてさえくれてれば。あ、でも自分をあまり傷つけないでくださいね!」


「ありがとう。湊がいてくれると、生きてくのが楽しいよ」


それは本心だった。けど、湊にはあまり伝わってなくて、それぐらい俺が生きるのに苦しんでるところを知ってるから、信用のない言葉なんだろうなと思った。でも、


「そう言って貰えると、僕が生きてる意味があります」


と微笑んでくれて、あぁ、やっぱ一緒にいると楽しいなと思えた。


ご褒美に何でも買ってあげるよと言って、クレカまで切る準備してたのに、湊は何も強請らなかった。でも俺は何か買ってあげたくて、キャラクターのボールペンを一本買ってあげた。受験のご褒美にしてはとっても安い買い物で不安になったが、それをあげると湊はずっとご機嫌でそのボールペンが入った紙袋を時々見つめてはにやけていた。何でこんな良い子が俺の彼氏なんだろう。時折、湊を見てそんなことを思ってしまう。果たして俺が幸せにできているんだろうか、と。家に帰ると、湊は玄関扉が閉まった瞬間、俺にキスを迫ってきた。


「これ、我慢してました」


唇を離してからそう微笑む彼の可愛さに、俺は虜になってしまっている。すぐさま二回目のキスをした。


「もう我慢しなくていいよ。声たくさん聞かせて?」


そう言うと彼は、吐息混じりの喘ぎ声をたくさん聞かせてくれる。それが何とも官能的で、俺のカスほどしかない性欲を刺激する。


「んっ、京一さん、制服汚れちゃうから……!」


「脱いじゃダメ。だって、中学生の湊を抱けるの、あと数回しかないんだもん」


なんて、楽しんでいると、


「僕、優等生じゃなくなっちゃう……」


と困った顔をしている。その可愛らしさと背徳感からキスするのが止められない。


「受験終わったし、ダメ?」


と甘えたことを口にすると、


「ダメ。卒業式まで、待って?」


とその唇に立てた人差し指を当てられる。俺はこくんと頷くしかなかった。こんなの、可愛さの暴力だよ。制服を脱がした湊の素肌に手で触れる。


「温かいね、湊」


「京一さんが格好良すぎて、ドキドキしちゃうんですよ」


湊は決まりが悪そうに目を泳がせてそう言った。そんな湊の目線を奪いたくて、俺はその両頬に両手を添えて、自分の方を見つめさせた。


「もっとちゃんと俺のこと見て」


「……あぁ、心臓が張り裂けそうに痛いです」


湊が苦しそうにする、そういう顔が俺の庇護欲をかき立てる。


「安心して。優しくするよ」


そう触れるようなキスをした。それから割れ物に触れるように丁寧に湊の身体を抱いて、絶頂に達すると目がチカチカした。


「京一さん、行かないで」


いつもこの身体のだるさを誤魔化すように煙草を吸うのがルーティンだった。その気配を察したのか、湊は俺の首に腕を回してきた。あぁ、ウザった。なんて、湊に思ってしまった。俺は俺が嫌いだ。


「わかった」


俺は布団に倒れ込むように寝っ転がって、湊の傍でただ部屋の天井を見つめていた。


「京一さん、今死にたいって顔してる」


湊は俺の横顔をじーっと見つめてから、俺の心を見透かしたようにそう言った。


「何でそう思うの?」


目線だけ湊に向けた。


「ごめんなさい。煙草吸っていいですよ」


きっと湊は自分が俺のことを引き留めたから、俺が死にたいと思ったと思っていて、俺に気を使ってそう謝るんだ。全然、そんなことないのに。


「ハズレ」


俺は湊にキスをして、そう微笑んだ。


「じゃあ、死にたいと思ってないんですか?」


「さっきは幸せすぎて死にたかったんだよ。そんな甘ったれな自分が嫌になるね」


首を絞めたように息が詰まる。俺はいつも自分が生きてていいのかわからない。


「その感覚、僕もわかります。京一さんが死にたくてたまらないのなら、一緒に心中したくなっちゃいます。でも死んだらきっと、京一さんの顔も見られない。それが悲しいです」


湊は今にも泣き出しそうな顔で、声を震わせてそう言うと、俺の手に指を絡めて繋いできた。胸が苦しい。


「俺も、湊の顔が見られなくなるのは嫌だな」


そうはっきりと彼の顔を見つめて言った。


「じゃあ、僕がおじいちゃんになって、天に召されるその時まで、僕の顔を見続けてください」


彼は涙で頬を濡らしながら笑った。


「えー、何で湊が先に死ぬ前提なの?俺のが煙草吸ってるし、すぐ死ぬよ??」


と不満げに言うと、


「ふふっ、そんな、人生は死に急ぐ競技じゃないですよ」


と分かっているはずなのに分からなくなっていたことを言われた。


「そうだね」


でも、どうしても死にたくなっちゃうんだ。この世界に生きていると。そんなこと、湊を悲しませるだけだから、言えない。



今日はついに合格発表の日。京一さんが一緒に見ようと、パソコンでサイトを開いてくれて、僕は震える指で受験番号の数字を一つ一つゆっくりと押していた。


「あぁ、緊張するね!」


「大丈夫です。合格してます」


僕だってすっごく緊張してるけど、緊張してもしょうがなかった。あとワンクリックをしたら合否がわかる。自分を鼓舞するようにそう言って、結果発表をクリックしようとカーソルを合わせると、


「湊、ちょっと待って。確認だけさせて」


と京一さんに止められた。


「受験番号ですか?」


間違いがないようにちゃんと一つ一つ確認して打ったし、生年月日も打ち込むところがあるから大丈夫なのに。


「ううん。湊は、俺のことが好き?」


「な、何ですか?いきなり」


僕が戸惑っても、京一さんはそのまま続けて、


「確認したいの。俺のこと好きかどうか」


と僕の答えを待っている。


「そりゃあ、……好き、に決まってるじゃないですか」


結果発表の緊張が京一さんへのドキドキに変わっちゃう。格好良い京一さんはそれを聞くと安心したように笑って、


「ふふっ、じゃあ、俺の言うこと聞けるよね?」


と真剣な顔で僕の顔をまじまじと見つめてきた。


「ひぇ……あ、はい……」


僕はどんな怖いことを言われるのか、少々背筋が凍った。


「落ちてても受かってても、抱きしめてキスしてあげる。だから湊は、何でも思ったことを素直に言って。できる?」


何でも思ったことを素直に言う。僕が普通になる段階で、これをしないように努めてきた。でも京一さんになら、京一さんにだったら、僕はこれができる。


「分かりました。じゃあ、結果見ますよ」


とクリックすると、青色の不合格という文字が飛び込んできた。僕が今まで自信満々に合格してるって言ってたのが滑稽で恥ずかしく思えてきた。両手で顔面を覆って、消えてしまいたかった。僕の淡い期待をバッサリと切り捨てるその青い文字は僕の涙でできた海の色のようだった。


「湊、よく頑張ったね」


京一さんは僕を約束通りに抱きしめてきて、顔面を覆っている手にキスをされた。


「ううっ……うあぁ……!!」


悔しくて悔しくてたまらなかった。僕の今までの努力は何だったんだ。涙が止まらなかった。


「湊、顔見せて。唇にもキスしたい」


「嫌だ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!!」


駄々をこねる子供のように僕は京一さんを拒否した。不合格という現実を受け入れられないばかりに。


「湊はちゅーしたくないの?」


悲しみと悔しさの黒い渦の中に小さな光が見えた。こんな時でさえ、僕は京一さんの可愛さには負けてしまう。


「……ちゅー、したいです」


号泣しながら、僕は顔を上げた。酷い顔をしていたと思う。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔。それでも、京一さんはそんな醜い僕に躊躇せずにキスしてくれた。


「お疲れ様。大好きだよ」


京一さんは優しく僕を包み込むように抱きしめてくれた。僕はとめどなく涙を溢れさせていた。


「京一さん!!何で僕が落ちるの!?悔しい!!悔しいよぉ……うわーん!」


「湊、すごい頑張ったもんね」


「僕、絶対に受かると思ってた!!なのに、何で……僕の努力が足りなかったのかな?もっと、勉強に専念しとけば良かったのかな?俳優なんて、目指さない方が良かったのかな?」


そうネガティブな発言をして、わんわん泣いていると、


「湊、俺のお守り、覚えてる?」


と京一さんは自分のスマホを取り出して、一枚の写真を見せてくれた。


「これ、受験の朝に撮ったやつ……」


僕が上裸で後ろから京一さんにハグされてる写真。


「そうだよ。湊がとってもえろくて可愛いの!」


京一さんはそう嬉しそうにその写真を見て、にやけている。


「京一さんの変態!」


と冗談で言って、僕まで笑ってしまった。京一さんって僕の写真を見る時、こんな嬉しそうな顔するんだ。


「だって、湊のここに俺の名前が書いてあるんだよ?」


と僕の腹部をズームすると、京一さんが書いてくれたお守りの言葉が目に入ってきた。


受験は人生の通過点に過ぎない。湊の粉骨砕身の努力を俺は知っている。──氷野 京一郎


「でも、でもっ!!受かりたかったあ!!!」


受験は人生の通過点だって。僕の努力を京一さんが分かってくれてるって。僕も知っている。だけど、合格したかった気持ちは抑えきれなかった。


「ふふっ、そうだよね。俺もそうだった。たくさん泣いていいよ」


それから一時間くらいずっと、京一さんに気持ちをぶつけながら泣いていた。そして、やっと泣き疲れた頃、僕は喪失感でいっぱいだった。


「はあ……現実ってやっぱ残酷ですね……」


「いいや、そんなこともないさ。だって、湊は好きな人の腕ん中で抱かれてんだから」


そう言われて、僕はハッと気付かされた。京一さんは受験で落ちた時、きっと一人ぼっちだったんだって。今の僕みたいに悔しくて苦しくて泣きじゃくりたくても、誰も慰めてくれなかったんだって。


「京一さんも受験お疲れ様です」


僕は京一さんの頭を撫でた。京一さんは少し目を丸くしてから、今までの天女のような顔を歪めた。


「悔しいね。あぁ、今でも痛かったのが残ってる」


京一さんの目が潤んだ。


「痛いのは一緒に飛んでけしましょう」


「うん。痛いの痛いの飛んでけ」


と京一さんが僕の胸を撫でてから、僕の痛いのだけを空に飛ばしてくれた。僕も京一さんに倣って、


「痛いの痛いの飛んでけ」


と京一さんの痛いのを空に飛ばした。そして、お互いに顔を見合せて笑った。


「ふふっ、これで学歴コンプなくなったね」


「学歴だけが僕達を測れるものさしじゃないですから」


と言うと京一さんは満足そうに、


「ありがとう」


とキスしてくれた。僕はさっきまでものすごく消えてしまいたかったのに、今はものすごく生きてて良かったと思えた。

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