脳死オーバーヒートには冷えピタを貼ろう
「えっ!?京一さんがいる!!何で!??家に京一さんがいる!!!」
家庭教師に嫌ってほど、暗記物を詰め込まれて脳死していた僕の脳は、もう幻覚でもいいから京一さんに会いたがっているのか。それとも、本当に、いるの??京一さんが?家に……???
「湊、勉強はよくできたの?」
そうママに問いかけられるが、
「えっと……何か全部忘れちゃった気がする!だって、京一さんが今ここに見えるんだもん!!」
と脳死して馬鹿になった脳で馬鹿っぽく答えた。
「湊、お疲れ様だね」
京一さんが僕に優しく微笑みかけて、お疲れ様って言ってくれた……。それが勉強で疲れた脳には何とも滲みた。
「はぁ〜!イケメンすぎるっ!!何これ、生成AIで作ったの??」
「ふふっ、面白いこと言うのね!湊は」
とママに笑われた。
「実物の氷野 京一郎だよ。もしかして、生成AIのが良かった?」
なんてことを言われ、頭を優しくぽんぽんとされる。
「いやいやいやいや、京一さんは生成AIなんかで表現できないくらい超格好良くて、超理想的で、ちょっとこんな現実に存在してるのが奇跡すぎて……まじ何言ってるかわかんないと思いますけど、本当に貴方が生きているこの世界に生きれていることに感謝です!」
と僕が早口で捲し立ててベラベラと喋っていると、京一さんは心配そうな目をして、
「湊、受験勉強しんどいの?だいぶ疲れてるんじゃない??」
と僕と目線を合わせて聞いてきた。僕は今、疲労で頭がオーバーヒートしている。そう認識できた瞬間には、もうショートしかかっていた。
「はぁ……京一さん、ちゅーしてください」
僕は京一さんの肩に額を付けて、もたれかかって甘えたことを抜かした。それしか考えられない頭になっていた。
「ちょっと待って、一緒にベッド行こうね」
京一さんがお姫様抱っこしてくれている。あの細い身体で、折れちゃいそうだ。怖いな……。でも、すごく優しい。僕のために、ベッドまで頑張って運んでくれる。もう、死んでもいいな。
「京一さん、ありがとうございます……」
ベッドに置かれた僕は、弱々しく京一さんに向けて微笑んだ。京一さんはそんな僕にキスをしてから、額同士を擦り付けた。
「あー、俺、酔ってるからわかんねぇわ」
なんて、豪快に笑う彼につられて僕も微笑んだが、酔ってる状態でお姫様抱っこされてたんだな、って気づいてしまい肝が冷えた。そして、僕の部屋から出ていった彼の「澪さーん、体温計って何処にあります?」という声が遠くから聞こえた。
「湊、冷えピタと体温計持ってきた!」
可愛すぎ。幼児みたい。持ってこれたことを誇りに思ってそう。冷えピタを額に貼ってもらって、体温計を脇に挟むと体温計は空気が読めないのか、39度という高熱を示した。
「あーたぶん、ストレスね」
心配であわあわしている京一さんに僕のママは冷静にそう言った。
「何で、よりにもよって、こんな時期に……」
僕は悔しくてたまらなかった。受験期最後の追い込みが発熱でできなくなるなんて、考えるだけでも嫌だった。
「湊、頑張りすぎだよ。少し休んで」
京一さんは心底、心配してる目で僕を見つめて、僕の髪を撫でてくれる。けど、そんな優しさにかまけてられないほど、僕は切羽詰まっていた。
「今までの頑張りが全て無駄になるかもしれないんですよ!??」
第一志望に合格できなければ全て無意味だ。そう自分を鼓舞してきた。それなのに、
「無駄になんかならないよ。湊の頑張りは、俺がちゃんと見てるから」
と僕が言い返せないような言葉を使って、本当に狡くて賢い人だ。
「京一さん、それで僕が第一志望落ちたらどうするんですか?」
なんて冗談っぽく聞いた。
「別にどうもしないよ。湊は頑張れる子だってわかってるから、いつでも何処でも自分の理想に向かって走れるでしょ?」
その言葉でハッと気付かされた。僕は目先の高学歴しか見えていなかった。受験に失敗したら何もかも終わりだと、そう思っていた。
「京一さんはずる賢いです……」
「何?悪口言ってる??」
なんて思ってもないくせに、そうやって僕をからかって笑うんだ。
「違いますよ。京一さんは狡いくらい頭が良いです。僕が休む他なくなっちゃうじゃないですか」
「じゃあ、休んだ方がいいんじゃない?」
と意地悪く笑う。そんな貴方の顔と性格と頭の良さに惚れたんだ。
「それでは、お言葉に甘えて」
京一さんの顔を自分の方に引き寄せてキスをする。京一さんの舌の動きを口内で感じて癒される。
「休むんじゃないの?」
唇を一旦話して、そう問いかけられる。
「えちって僕にとっては栄養補給なんで」
と淡々と言うと、京一さんは「そ」と一言だけの軽い返事をして、僕のベッドに乗っかってきた。
「ゆったりとキスしよ。きっと眠くなるよ」
そう呼吸するよりもゆったりと舌を動かして、唇同士を合わせる。スピードが遅い分、感度が上がって、僕の頭はオーバーヒートを超えていた。
「眠く、ならないんですけど……」
「えー?俺は眠いから、ちょっと寝かせて」
あぁ、きっとお酒飲んで眠かったから僕のベッドに入り込んできたんだな。そんなことを悟って、彼の寝顔をまじまじと見る。赤ちゃんみたいに可愛い。
「京一さん、このままだとキスしながら抱きしめて寝ちゃいますよ?」
というと「んー」という生返事だけ。これを僕は肯定を受け取って、横向きで寝ている京一さんの腕の間に入り込み、抱きしめてキスをした。
「んんっ、湊。ゆっくりして」
と僕の頭を軽く撫でる。あぁ、なんてえちなんだろう。僕のストレスなんか飛んでいく気がする。そんな彼を眺めながら、僕はゆっくりと瞼を閉じた。
「続きまして、青柳 湊です。まずは一万円から」
僕は制服に身を包んで手錠をかけられて、体育館のステージの上に奴隷か何かの見世物のように、膝まづいて座らせられた。
「二万円」
と声を上げてパドルを掲げてるのは、僕の愛しの京一さん。あ、僕、闇オークションで売られちゃってる!??けど京一さんの他にもパドルをあげる人がいて、僕を高値で買おうとしている。十万を超えたあたりから京一さんの顔が曇りがかった。
「京一さん、無理しないでいいですよ。僕は絶対に貴方の元へ行きますから!!」
という僕の声はその京一さんには届かなかった。京一は誰かに電話をし始めた。そして、そのオークション会場に颯爽と現れたのは、ルイさんだった。
「京ちゃん、彼氏売られるなんてどないしてんねん」
ルイさんは若干、ため息をつきながら、でも、京一さんが縋るように可愛くお願いしているのを見て、京一さんからパドルを奪うと
「一億」
と高らかに宣言した。ハンマーが鳴らされる。僕は一億で落札された。
「はっ……!!何だか、嫌な夢だったな……」
僕は自分のこと、一億もの価値があると無意識に思っているのだろうか。自信過剰も甚だしい。京一さんがルイさんを頼ってでも僕を見捨てないって信じたいみたいな夢だった。京一さんはそんな僕の隣りで静かに寝息を立てている。僕は起こさないようにとゆっくりと起きると、ウォーターサーバーから水を汲んだ。冷たくて美味しい水。僕はだるい身体を引きずりながらまたいそいそとベッドに入った。
「湊、ずっと一緒にいようね」
彼は眠そうな半目状態で、虚構を見つめているような目で、僕のことを抱きしめるように手を置いた。
「僕、自分の価値がないように思えて怖いです……」
京一さんはそんな僕の言葉を聞くと、抱きしめる手の力を強めた。
「湊の価値は俺が決めるから、湊は自分の価値を悩まなくていいよ」
「じゃあ、京一さんにとって僕の価値っていくらですか?」
「俺の心臓よりも重い価値だよ。俺の心臓を抉って、湊に差し出してあげたい」
そう言って、僕の心臓を掴むように手を握って、背中にピタッとくっついてくる。
「京一さん、僕達って世界から除け者にされてるみたいですね」
京一さんと共に世界から逃げ出した場所で二人きりでいるのに、僕は強欲だから、まだ世界に認められることを望んでしまう。
「そんな世界、壊れてしまえばいいのにね」
京一さんはそんな世界で生きるのが嫌で、薬に逃げた。僕も自傷行為に逃げている。だから、京一さんと一緒にいると、孤独じゃなくなる。この世界での唯一の休憩所。それは京一さんの隣り。
「僕がこんなに認められたくて頑張ってるのに、世界は僕のことなんか興味ないみたいです」
「俺が湊の頑張りは認めてるけど、それだけじゃ物足りないの?」
「僕は世界一の俳優になりたいです。誰もが認める、演技力のある俳優に」
そう夢を語ると、京一さんはせせら笑う。
「そんなに頑張ってどうするの?」
「僕が生きている証明がしたいんですよ。今の僕はずっと、透明人間みたいなんです」
京一さんが認めてくれていても、この世界で生きていくにはお金がいる。僕に価値があるって思ってくれる人からのお金だ。そのお金がなきゃ、価値がないも同然なんだ。
「湊は生きてるよ。ちゃんと俺の腕の中にいる」
「そうですけど、それだけじゃたぶん、生きていけないんです」
「俺だけの愛じゃ、生きていけないの?」
彼は意地悪そうにそう言った。
「現実問題の話をしますよ。現実は残酷なんです。愛があってもお金がなければ生きていけないんです」
僕が冷たくそう言うと、彼はぎゅっと僕のことを抱きしめて、
「じゃあ、一緒に死ぬ?」
と僕の反応を試すように聞いてきた。
「いえ、京一さんと生きていたいです」
生きてる京一さんを見て、一緒に笑いあって、まだまだやりたいことだってたくさんある。はあ、僕が大人だったら、こんなに悩まなくても済むのかな。
「ふふっ、俺も頑張るね。湊と生きていくために」
「京一さんはもう頑張ってますよ。大学にも行って、バイトもして」
「全部、湊のため」
そう囁かれると心臓が強く鼓動する。あぁ、僕は生きてるんだな。
「ありがとう、ございます……」
顔が真っ赤になってしまう。京一さんに何度も惚れてしまう。貴方のためなら、どんな困難があろうがこの世界で生き抜いてやろうと思ってしまう。
湊が第一志望校の慶王附属を受験する前日。湊は受験前最後の家庭教師の鼓舞を受けてから、俺の家に来ていた。
「見てください。お守りもらいました」
と手作りのお守りを大切そうに抱きしめて、絶対合格するんだと意気込む湊を微笑ましく思った。俺もお守りの一つや二つ、作ればよかった。無神論者で神なんか信じてないんだけどね。
「湊、俺からもお守り」
と鼓舞するために湊の唇にキスをした。唇を離すと湊は物欲しそうに俺の首に腕を回す。
「ちゃんと僕のナカまでください」
そう不敵な笑みで微笑んだ。受験前で緊張しているのかと思いきや、そんなのは杞憂だった。ふっと笑いがこぼれる。
「ぶっ飛んじゃって覚えたこと全部忘れるなよ?」
「寧ろ、賢者タイムで頭が冴えるので大丈夫です」
脳みそに刻むように勉強してきた湊を褒めるように、優しく身体を撫でて、その身体にキスマークを刻む。
「お前には神よりも俺がついてるから」
その言葉で湊は身を捩って、そのキスマークを頬を緩ませながら指先で撫でる。
「京一さん、明日僕が合格できるように、今のうちに僕の煩悩の全てを飛ばしてください」
湊は誘い込むような妖艶な表情をしていた。
「勿論。たくさん悦ばせるよ」
と顎下をくすぐるように撫でると、「ん〜っ」という可愛らしい喘ぎ声を出す。
まだ雪が降る冬だと言うのに、お互いの汗がお互いの皮膚をぴったりとくっつかせる。それぐらいその行為に熱中して、体温が熱くなっていた。
「京一さん、僕、やっぱ怖いです……」
安心を求めるように俺の背中を引っ掻くように強く掴んで、俺に縋っていた。
「大丈夫だよ。何も失う訳じゃない。誰も湊を非難しない。終わったらまた優しく抱きしめてあげるね」
そう言って、キスをすると湊は目を潤ませて、
「うん!」
と口角を上げて元気に返事をした。事後、裸のまま湊は布団から飛び出して、自分の鞄を漁り始めた。大きな不安に駆られて、勉強しなきゃって強迫観念で動いているようだった。
「湊、大丈夫だから。こっちおいで」
と手招きして布団へと誘うと、筆箱からマジックペンを一本握って戻ってきた。
「京一さん、応援コメントください。ここに」
と自分のお腹を擦りながら、俺にマジックペンを差し出してきた。俺は少し考えてからペンのキャップを外した。
受験は人生の通過点に過ぎない。湊の粉骨砕身の努力を俺は知っている。──氷野 京一郎
書道で書くように一画一画を大切に湊の身体に書いた。湊はくすぐったいと笑いながら、でもそれを書き終わった瞬間、湊は真面目な顔をして俺を抱きしめてきた。
「京一さんの言葉ですね。嬉しいです」
「そりゃそうだろ。俺が書いたんだから」
「ありふれた『絶対合格!』とか『努力は裏切らない』とかじゃなくて嬉しいです」
「ふふっ、それらの言葉を投げかけられて、俺は第一志望に合格できた試しがないからね」
と過去の失敗の経験則を語って、笑った。
「京一さんには、どんなに偏差値が高くてもどんなにIQが高くても、誰も敵いませんね」
「判断基準が湊だからだね」
なんて惚気けたことを言う君を撫でた。




