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世間を語る弁論者共、一旦俺の肉声を聞け

「京一さんのお誕生日ですね。おめでとうございます!産まれてきてくれてありがとうございます!」


と日付が変わった瞬間に湊に言われたが、俺は自分の誕生日なんてもう、どーでも良くて、


「ありがと」


と素っ気なく接した。


「京一さん、何が欲しいですか?」


「俺は湊からの愛があれば、それ以外は何もいらないよ」


「京一さん……!愛しています!!」


と湊は俺に抱きついてくる。なんとなくこれが幸せなんだろうなってわかるけれど、幸せって感覚ではわからない。セックスしてる時はドーパミンが放出されるけど、ただ抱きつかれただけではドーパミンが出ている気がしない。


「湊、愛を確かめあおうよ」


そんな綺麗な言葉で着飾って誘っては、実際は汚らしい行為をして、化学物質で快楽を得る。俺はこんな単純な人間だったなんて、絶望した過去も忘れて。このくだらない日常を生きているだけ。


「京一さん、気持ちよかったですか?」


「うん、気持ちよかったよ」


そう言って煙草を吹かすけど、得られるのは快楽後の倦怠感だけ。


「誕生日だから、もっと特別なものをあげたかったです」


と裸な君はシーツで身を隠しながら、情けなさそうに微笑んだ。


「別にいいよ。湊といられればそれで」


「ふふっ、京一さんは僕の理想の彼氏ですね!格好良すぎて困っちゃいますよ〜!」


そんな俺の言葉に浮かれ調子な君に「はあ、」とため息が出た。何でこうも理想的なのに、人生はこうもつまらないんだろう。


「あぁ、壊したくなるね。その笑顔」


「……え?」


「ふふっ、嘘だよ。湊の笑顔は可愛いね!」


湊に喜ばれるための嘘を塗り重ねては、俺が窮屈になっていくような気がする。かと言って、湊に死ねなんて冗談でも言える気がしない。


「京一さん、もっと欲しいものがあるんですか……?」


湊は生唾を飲み込んで覚悟を決めて聞いてきて、俺はそんなことしないのに、って笑っちゃった。


「ううん。本当に湊が傍にいてくれるだけでいいんだ」


「じゃあ、何でそんな虚ろな目をしてるんですか?」


「ふふっ、わかるだろ?賢者タイムだって」


俺は怠さで目を細めるだけの力ない微笑みを見せた。もう何もしたくない。


「……ごめんなさい。シャワー浴びてきますね」


と俺の前からいなくなろうとする湊は何だか許せなくって、湊の背後にくっついてお風呂場に一緒に入った。


「湊、俺の身体洗ってよ」


怠さで立っていられなくなって、すぐに椅子に腰掛ける。裸体の俺と君、君は良い考えが思い付いたように微笑んだ。


「京一さんの弱いところまで触っていいんですか?」


「ダメ。洗うだけだから」


と言うと鏡越しに写る彼の顔が少し残念そうに見えた。


「京一さんの身体、とっても理想的でエロいです」


身体を洗う彼の手が俺の敏感なところに触れる。


「そう?ありがとう」


「もう一回、しませんか?」


俺のを触りながら、期待した目でこちらを覗く。


「しないよ。もう汗はかきたくない」


「そうですか……」


と敏感なところを触るのをやめて、他のところを洗い出した君の目にはまだ情欲が燻っている。


「湊、俺の正面に来て」


「……何ですか?」


俺の正面に来た彼のそれはいきり立っていて、決まりが悪そうに目を逸らして恥ずかしがっていた。


「俺が抜いてあげる」


と彼のを口に含んで、頭を上下に動かす。


「ゃ、汚いですよ……?」


「ううん、遠慮しないで」


顎が疲れようが、彼のを舐め回すのをやめなかった。すると、彼の気持ちいいところが何処かわかるようになってきて、最終的に彼を絶頂に行かすことができた。俺の舌の上に精液が溜まっている。


「はぁ、えろ可愛い……」


彼を満足させることができて、俺は舌の上の精液を見せながら、得意げに笑っていた。


「お礼だよ」


ごくん、と彼の苦くてしょっぱい精液を飲み込んだ。


「京一さんの誕生日なのに」


「ふふっ、別に気にしないでいいよ」


誕生日を祝ってくれるだけで、そんな存在がいるってだけで、俺はたぶん満足していた。



誕生日の次の日。いつも通りにバイトに出かけると、あかりから誕生日おめでとうございますって、ビニール袋を渡された。


「え、俺の誕生日知ってたんだ」


「いや、全然知らなかったです。湊くんがお酒と煙草を買いに来ててそれで……」


「そうなんだ。これ、ありがとね」


「まあ、私からっていうより湊くんからって感じですけどね」


ビニール袋の中には酒缶が何個か入っていて、あとは煙草が一箱入っていた。


「これは湊が選んだの?」


俺がよく飲む酒を知っているチョイスだった。


「そうですよ。煙草もちゃんと見てください」


と言われ、煙草の箱を見てみると、京一さんお誕生日おめでとうございます。京一さんと一緒にいられて幸せです。湊よりというメッセージが書かれていた。


「ふふっ、可愛いね。湊は」


「湊くん、すごく悩んでましたよ。氷野さんに何かあげたいけど、受験勉強が大変で買いに行く余裕がないって」


「もう、受験始まってるもんなあ」


私立の併願校の受験はもう始まってて、湊は併願校を六校ほど受験する予定で、一月中旬から二月中旬まで受験が終わらない。


「へえ、湊くんってどこ受けるんですか?」


「第一志望は慶王附属だって言ってたよ」


「え!!?そんな、頭良いんですか……!??」


あかりが驚きを隠せない顔しているのが笑えた。


「俺にとっては、まだまだ馬鹿な子なんだけどね。勉強はできるみたいだよ」


俺が目を離している隙に俺の知らない湊になっているみたいだ。あの不登校だった湊が、勉強熱心になるなんて。


「そうなんですか。初詣は行きました?」


「行ってないや。神頼みなんてしても無駄だし」


「えーー!神様信じてないんですか?」


「信じるわけないじゃん。あかりは信じてんの?」


と嘲笑うように聞いてしまった。


「そこまで信仰はしてないですけど、いるとは思ってますよ」


「そっか。いいねそれ」


俺の人生、めちゃくちゃだった。神は試練を与えるって言うけど、ただ自殺へと促しているようにしか思えなくて、神を信じるのをやめた。


「今度、学業成就の神様が祀ってある神社行ってみたらどうですか?」


「あかりはそこ行ってお祈りしたのに、高卒フリーターなんだ」


「……うるっさいなぁ!!」


他人の人生に口出しできるほど、俺だって立派な人生送ってないのに、そうやって見下して傷付けて、何やってんだろ。学歴なんてどーでもいいのに。あかりは逃げるように仕事を黙々とやり始めて、俺は謝るタイミングすら見失った。


「あーーー、何もしたくない」


俺を殺せって神頼みでもしようかな。


「氷野さーん?そろそろ煙草休憩やめてくださーい」


「あかり、さっきはごめんね」


バックヤードから出てきた俺はずっと心の中で反芻していた言葉を口にした。


「何がですか?」


「え……高卒なこと、弄ったじゃん」


「あぁ、別に気にしてないですよ」


「俺なんかがあかりの人生に口出しするなんて間違ってた。本当にごめんね」


「氷野さんって、すぐ弱気になる〜!もう許してますって。はやく仕事してください!」


というあかりの明るさに、寧ろ励まされてしまって、俺ははにかみながら、


「ふふっ、そうだね」


と仕事を始めた。



僕には価値がないと思い知らされるような、そんな人生だ。産まれては捨てられ、拾われたと思えば利用されただけと知り、学校へ行けばいじめられ、好きな人と付き合えたと思えば、死にたいと嘆かれる日々だ。そんな僕でも、そんな僕だから、社会的地位が欲しくて、成績が上がるにつれて僕の存在価値があるような気がした。勉強ができれば、社会に認められれば、こんな僕でも生きてていい。そう思えた。だから、これはただの受験じゃない。僕にとっては生死を賭けた戦争だ。


「よーい、始め!」


その合図でペンを走らせる。全部過去問の類題。解き方は全て頭に入っている。後はスピードの勝負。京一さんがプレゼントしてくれた腕時計を付けて、僕には京一さんというとっても素敵な恋人がいるから、僕はここにいるどの受験生よりも恵まれている。という謎の優越感で自分を鼓舞して、みんなよりも優秀だと思い込むことでプレッシャーに打ち勝っていた。


「京一さん、僕また合格してましたよ!」


「おぉ、凄いじゃん!よく頑張ったね」


自己採点した結果、合格ラインに達していた。京一さんは僕の頭を撫でて、嬉しそうに微笑んだ。


「まあ、滑り止めなんで、受かって当然なんですけどね」


と得意げに鼻を鳴らすと、


「あはっ、いけ好かない奴!」


と罵られたけれど、嬉しかった。


「京一さん、今夜三人でご飯行きましょうって!」


「え?誰が??」


「僕のママに決まってるじゃないですか。京一さんのお誕生日と僕の一月受験最終日のお祝いです!」


僕がそう言うと、京一さんの表情が曇った。


「俺、澪さんにまだ嫌われてるよね?」


「ううん。僕のママは放任主義だから、僕の好きにさせてくれてますよ」


実際のところ、もう会話に京一さんのことが出ることはほとんどなくて、月一回水道代や光熱費をお世話になってるからって渡してと言われるくらいだ。


「俺、踏切で自殺しようとした時以来だ。澪さんと会うの」


「ふふっ、そんなこともありましたね〜!」


あまり思い出したくもない過去なので、僕は笑って軽く受け流した。



湊に誘われて、断る度胸も持ち合わせていなかった俺は、普段よりも着飾って臆病な自分を隠しながら、澪さんと出会った。


「お久しぶりです。澪さん」


「京一郎くん、見違えたわね!こんなお洒落になって……」


「澪さんとお会いするのに、だらしない格好はできませんよ」


そう言って、微笑んで会話をする。この頬が引き攣りそうな感覚。緊張してる証だ。


「そんなよそよそしくしないでよ。今日は貴方達のお祝いなんだから!」


「あぁ、ありがとうございます……」


そんなこと言われても、気を遣う癖が抜けない。


「ママ、京一さんはお酒飲ませれば元に戻るから」


「ちょっと、湊!」


「それもそうね。私のこと口説いてきた京一郎くんは何処に行ったのかしら〜!」


と楽しそうに顔を覗き込まれて、決まりが悪い。澪さんはもう、俺と湊の関係を許してるのか?食前酒が運ばれてくる。


「澪さんはとても魅力的で俺なんかじゃ……」


俺なんかが口説き落とせる相手じゃない。


「へぇ、じゃあ僕はママみたいに魅力的じゃないって言うんだあ」


澪さんに対して謙遜していると、湊が拗ねたようにねちっこくそう言ってきた。


「あ、いや、そうじゃなくて……」


「もういいよ。ママのファンだもんね。京一さんは」


とそっぽ向かれた。


「湊、そんなこと言ってないじゃん!湊もとっても魅力的だよ??」


「湊"も"!??」


と僕はついでみたいに言って、と湊がさらに怒ってしまった。


「ふふっ、湊ってこんなことで怒るのね!」


澪さんが恋人の前で見せる湊の表情に、新鮮さを感じて和やかに微笑んでいる。


「湊って、ちょっと面倒くさいところあるんですよね〜」


そんなところも可愛いけど、と思ってニヤついてると、さらに湊は不機嫌になって、


「どーせ僕は面倒くさいメンヘラですよー」


と前菜をフォークで突き刺して豪快に食べていた。


「湊、お行儀が悪いわよ」


湊は澪さんに食べ方を指摘されてもっと不機嫌になる。


「じゃあ、良いよ。僕は食べない」


とフォークをテーブルに置いて、頬杖をついて目の前の食事を睨んでいた。


「湊、一緒に食べよう?せっかくの食事なんだし」


「京一さんとママだけで食べてればいいよ。僕はいらないから」


俺が誘っても、頑なに食べようとしない。澪さんはそんな湊を見て、諦めて普通に食事を続けようとするけど、俺は湊が不機嫌なのが気になって、澪さんとの会話どころではなくなってしまった。


「湊、これ美味しいよ?ほら、あーん」


小さく切り分けた前菜のサーモンを湊の口元まで運んだ。すると、湊はパクっとそれを食べてくれて多少なりとも機嫌を戻してくれた。


「すみません、どうしても食べて欲しくて……」


と俺がマナー違反なのは重々承知の上で、心の底から申し訳なさそうに謝った。


「食べない湊のがマナー違反だから良いわ」


澪さんは淡々とそう言って、黙々と食事を続けた。また三人の空間に緊張が走る。俺はホストで学んだ気遣いを生かす時だと思い、澪さんのワイングラスが空いたら、


「澪さん、おつぎしましょうか?」


とすかさずボトルを手に取り、お酌をした。


「ありがとう、京一郎くん。何だか前より良い男になったわね」


「ふふっ、ありがとうございます。澪さんにそう仰って頂けるととても光栄です!」


ただ本性を隠すのが前よりも上手くなっただけだけど。


「ママ、京一さんのこと口説かないで」


湊はまだ少し拗ねた様子でそう澪さんに言っていた。


「あら、嫉妬してるのかしら?」


澪さんはそんな湊を見て楽しそうに微笑む。


「京一さんも!ママに格好良くしないで!」


「ふふっ、格好良くしてるつもりないよ」


という嘘をついて、印象をさらに操作する。澪さんがお化粧室へと席を立たれた際に湊が自信なさげにこう聞いてきた。


「京一さんはまだママのことが好きなの?」


「どうして?」


「だって、僕のママにすごい気を遣ってるじゃん……」


「それは湊との交際を、澪さんに認めて欲しいからだよ。安心して湊を任せられる男だって思われたいから」


と湊の頭を撫でると、湊の表情はパァーっと明るくなった。


「あれ?湊、やけに上機嫌ね」


お化粧室から帰ってきた澪さんは湊がニコニコしながら食事をしているのを見て、ちょっぴり不審がっていた。


「京一さんが僕のこと大好きだって、わかっちゃった!」


「へぇ、京一郎くん何したの?」


「ふふっ、しーっ!これは秘密にさせてください」


澪さんによく思われようとしてる、という化けの皮が剥がれたら醜い俺が出てしまいそうだから、人差し指立てて、秘密にした。


「その顔が格好良いから、秘密のままでいいわ」


澪さんは相当酔ってるのか、俺の顔をじっと覗き込むと、そんなことを口にして微笑んだ。顔が格好良いだなんて、湊以外からは滅多に言われないから、ドキッとしてしまった。


「ふふっ、京一さんってめちゃくちゃ格好良いでしょ〜!」


湊は誇らしげな顔して、俺のことについてベラベラと得意げに喋っている。俺がセックス後に煙草吸う姿でさえ格好良いだなんて、余計なことまで言って。


「湊、恥ずかしいから……」


「ふふっ、京一さんの魅力ならまだまだ語れますけどね!」


なんて余計なことを言ったなんて気がついてなくて、湊はまだまだ上機嫌だ。


「湊、京一郎くんに抱かれるのってどんな感じ?」


「っ!!?ちょっ、澪さん!??」


思わず口に含んだワインを吹き出してしまいそうだった。


「京一さんはね、基本的に優しいんだけど、時に暴力的で激しくって、それがとっても気持ちいいの!」


と素直に答える湊も湊だ。俺は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってしまった。


「ふふっ、そうなのね。なんとなく京一郎くんについてわかったわ」


「京一さんのこと、お持ち帰りしないでよ?」


「あははっ、湊って面白いわね!」


有名女優で母親である、澪さんが俺を持ち帰るわけないのに。食後のデザートがくる頃には、俺もちょっぴり酔いが回っていて、


「やっぱり澪さんって、いつお会いしてもお綺麗ですよね」


なんて口説くつもりはないのに口走っていた。


「京一郎くんは、歳を重ねてちょっとは落ち着いたかしら?」


「ははっ、お酒の失敗はそこまで……」


と笑って誤魔化した。


「前はすぐ死んじゃいそうだったけど、今はまだ生きていけそうで安心したわ」


「それもこれも全部、湊のおかげです!」


そう言うと湊が赤面して、澪さんは朗らかに笑ってた。


「案外、京一郎くんも湊に惚れてるのね!」


「湊って、良い男ですから!」


と湊の惚気けを言っちゃうのもきっと酒のせい。


澪さんと別れて、湊は俺の部屋に来た。澪さんからは「京一郎くんにあまり迷惑かけないでね」と湊に諭していたが、迷惑をかけているのはいつも俺の方だった。


「京一さん、食事会楽しかったですね!」


「意外と澪さん怒ってなかった……」


俺は怒鳴られる覚悟で行っていたので、家に着いた瞬間、安堵した。


「僕のママは放任主義だから」


「だとしても、湊のことは大切に思ってるよ」


澪さんと湊の話をする度に、湊のことをよく考えているって伝わるんだ。


「僕、反抗期だったのかな……」


「何が?」


「全く家に帰らないこと。勿論、京一さんとずっと一緒にいたいってのが一番の理由ですけど、反抗期も相まって家に帰ってなかったのかなって思って……」


と悩んでいる湊は俺の反抗期よりも可愛いものなのに悩んでいるから可愛かった。


「別に反抗期が悪いものじゃないし、親に迷惑や心配かけたと思ったら、その時に謝ればいいんだよ」


「そうですね、」


「まあ、澪さんから俺との交際を反対されて、それに反抗してた湊は反抗期っぽかったけどね」


「だって、それは……京一さんが何よりも大事だから……」


と恥ずかしがりながら言われた。


「ふふっ、ありがとね!」


とそんな彼を俺は抱きしめる。誰もが認めるような理想的なカップルではないけど、俺達の中ではこれが理想的で、誰もが反対しようと、彼をこの腕の中から手離したくない。


「京一さん、格好良すぎます……今日だって、ママが恋する乙女の顔して京一さんのこと見つめてました……」


「それは言い過ぎだよ」


って笑って話を流す。


「本当ですって!!僕は心配です。京一さんが誰よりも格好良いから」


「俺は湊に一途だよ?」


「……貴方の言葉、信じたいのに信じきれないのが悔しいです」


とっても苦しそうな顔をしていた。全部全部、俺の過去の過ちのせいだから、何も言えなかった。



「ポテットチップス、罪悪感〜!カロリー満点、脂質過剰!」


なんて陽気な作詞作曲僕の歌を口ずさみながら、ポテチを片手にペンを走らせていた。


「湊、お話があるわ」


「ママ、今宿題で忙しいんだけど」


と困っている顔して、説教かもしれないお話を何とか後回しにしようとした。


「あら、京一郎くんのことに関してなんだけど」


「京一さんのこと!??何!?ママ、京一さんと会ったの!??」


僕はペンを床に落としてしまうほど動揺してて、それも気にならないくらいその話が気になっていた。


「ついさっきね、コンビニで接客してくれたのよ」


「コンビニなんて普段行かないのに……」


京一さんがいるから会いに行ったんじゃないのか、と勘ぐってしまう。


「たまにコーヒー買いにぐらいは行くわよ」


「それで?京一さんはちゃんとお仕事してた??」


「勿論!レジやってくれたんだけどね、私って気付いてたのか、サッと自分のスマホで会計してくれてコーヒーをスマートに奢ってくれたのよ〜!」


ママは女子高生みたいにキャピってて、それほど京一さんがスマートで格好良かったんだと思うと、単純に嫉妬した。


「へぇ、良かったね……」


僕は僕だけの格好良い京一さんが奪われているようで、あまり気分は良くなかった。勉強の続きをしようと床に落ちたペンを拾った。


「今度、京一郎くんにお礼しなきゃよね!京一郎くんって何が好きなのかしら〜!」


お酒と煙草。それ以外だとグロ映画。そんなことをこの恋する瞳をした少女のようなママに言えるはずがなかった。


「別にお礼なんていらないでしょ」


「私がしたいから、お礼するのよ!」


そんなの、京一さんとまた会いたいからお礼したい、って言っているようなものでモヤモヤしてくる。


「じゃあ、高そうなお酒で良いんじゃん?」


「確かに。京一郎くんはお酒好きだったわね」


ふふん、と鼻を鳴らしながら、どんなお酒を買うか悩んでいるようだ。


「京一さんにお礼するのは良いけど、二人きりにならないでね」


「ふふっ、心配しすぎよ。貴方の彼氏に手を出すはずないじゃない」


そんなこと言われても、僕はママのことを綺麗だと思ってるし、京一さんのことも浮気性だと思ってる。全部、信じられない僕が悪いんだよね。



あぁ、この世界って何が綺麗なのか教えてくれよ。耳を煩わせる小綺麗な音楽でその歌詞で、この世が綺麗だと宣言するならば、何処が綺麗なのか一から百まで全部歌詞にして書いてみろよ。こんな人が人を貶すことに躍起になっている世界の何処がいいんだよ。大気汚染って言われている世界の何がいいんだよ。恋愛したっていつかは冷めて、忘れるってのに、それが美しい?馬鹿言うなよ。ただの飽き性を美だなんて言う美的感覚、病院に行って治してこい。この世界が綺麗だとホラ吹く奴全員、俺と美的感覚合わねぇから俺に話しかけてくんな。じゃあ、こんな穢れている俺が美しいと思うものは何だって?そんなもん、そこら辺に生えてる小さい花と彼氏が俺に向ける好きすぎてたまんないって顔ぐらいだね。あとはウイスキーの入ったグラスが煌めいてる時とか、かな。それっぽっちのキラキラしかこの世にはないんだ。それなのに、世界全体が綺麗だなんて世界を知らない奴が言う馬鹿げた話。こんな世界、できることなら今すぐいなくなりたい。そんなことを考えながら、今日も煙草を吹かし、この世界を汚していく。


「あぁ、疲れたぁ」


お疲れ様でーす、とだけ言って、家に直帰しようとシフトを終えたコンビニから足早に出て行くと、


「京一郎くん、お疲れ様!」


と綺麗なお姉さんに声をかけられた。


「澪さん、こんなところで何してるんですか?」


こんな有名女優が、こんなコンビニで、俺は週刊誌のカメラがないか辺りをキョロキョロと見回して警戒した。


「この前京一郎くん、私にコーヒー奢ってくれたじゃない?そのお礼に……」


とホスト時代ですら貰ったことのない高そうなシャンパンを紙袋に入れて渡そうとしてきた。


「いえいえいえ!こんな、貰えませんよ!!」


「そう?じゃあ、飲ませるしかないわね」


と澪さんに手を掴まれ、強引に何処かへ連れていかれる。


「澪さん、やばいですって!文春とかいたらどうするんですか?」


「ふふっ、私と京一郎くんなんか親子みたいな歳の差じゃない!誰も勘違いしないわよ!」


そんなこと言われたって、見た目が実年齢よりも若すぎるから……俺だけかよ。こんなドキドキしてんの。


「俺は……ちょっと意識しちゃいますけど……」


なんて弱ったこと言って、手を離して貰おうとしたのに、


「あら、湊に言っちゃおうかしら〜!」


と意地悪そうにそして実に楽しそうに微笑まれた。


「言わないでくださいよぉ。あいつはめちゃくちゃ嫉妬するんで」


たぶん、この人の前だと俺、強く出れない。毎度ながらそう感じる。マンションのロビーに入って、エレベーターの中、二人きり。俺は意識してしまって、澪さんと目が合わせられない。


「そんな、緊張しなくていいのに」


澪さんが独り言のように呟いた。俺は「……はい」と数秒遅れて短い返事をすることしかできなかった。


「澪さんのご自宅に手土産もなくあがるなんて……」


マンションのドアを指紋認証で開けている澪さんを見て、自分の身なりも何も整ってない状態の俺は引き返したい気持ちでいっぱいになってしまった。


「あら、前は我が物顔でいたじゃないの!」


「あの時は、頭おかしかったんですって!」


「じゃあ、今はおかしくないの?」


とまた不敵な笑みで笑ってる。


「今もおかしいって言えば、おかしいですけど……」


また弱っちゃう。手のひらの上で遊ばれてる気分だ。


「ふふっ、それが京一郎くんの魅力よ。ほら、どうぞあがって?」


と誘われ、家の中に「お邪魔します」と入っていった。すると、美味しそうな匂いが漂ってきて、思わず唾を飲んだ。


「すごい美味しそうな匂いしますね」


「京一郎くん、バイト終わりでお腹すいてるでしょう?ぜひ食べていって」


ダイニングテーブルに置かれた豪勢な食事達。


「でも、悪いですよ……」


「あら、ここまで用意してるのに、食べない方が失礼じゃないかしら?」


「ふふっ、それもそうですね。いただきます」


俺の分までちゃんと用意してあるところ、きっと始めからこうするつもりだったのだろう。蒸し鶏のトマトソースがけみたいな油っこくないヘルシーな食事だ。


「京一郎くんは、こういうののが食べやすいかと思って」


「ご配慮くださりありがとうございます!罪悪感なくいただけますね!」


「じゃあ今日は、たっくさーん食べてね!」


と期待した眼差しを向けられたが、


「遠慮しときます」


と微笑みながら、本音混じりの冗談で返した。シャンパンを頂きながら、質の良い料理に舌鼓を打つ。あぁ、最高だ!


「京一郎くん、もっと飲んで!グラス空いてるわよ」


と澪さんにお酒をつがれて、俺もそのペースに飲まれて、どんどんとお酒を飲み進めた。


「ふわぁ、眠くなってきた……」


食事を終えて、お酒とナッツのツマミで楽しんでいると、つい欠伸がでてきた。


「ふふっ、今夜泊まっちゃう?」


「あぁ、すいません。湊のベッド借りますね」


ぼんやりとした頭でそう言うと、


「あのベッド狭いじゃない。隆文さんのベッド、貸してあげるわよ。あの人、滅多に帰ってこないから……」


とちょっぴり不満気な顔してそう言った。


「何でそんな人と澪さんは結婚してるんですか?」


「……何でだろうね。昔は豪快で引っ張ってくれてとっても良いと思えてたんだけど、今は滅多に会わないからわかんなくなっちゃった」


澪さんは寂しそうに笑った。普段とは違う、震えているその弱々しい声に、あってはならない庇護欲を掻き立てられた。


「澪さんにそんな顔させるなんて、悪い男ですね」


そう言って、彼女の頬を指先で撫でてしまうと、本能的にヤバいと察した。


「京一郎くんは、良い男ね……」


そう有名美人女優に言われると、嫌でも胸が跳ねる。


「いいえ、もっと悪い男ですよ。湊を死なせそうになりました」


「ふふっ、それもそうね!湊も私に似て、見る目がないのね」


と意地悪く笑う彼女の顔はとても魅力的だった。

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