童話の中の出来事
コンビニ店員をしていると、たまーに変な客に出くわす。けれど、俺ほどの変人キラーにもなると、もうちょっとしたことでは動じなくなっていた。
「……あの、」
とスーツ姿の男性が話しかけてきた。
「はい?」
「アレ、どこにありますか?」
「アレ?アレじゃわかんないので、何に使うかとかありませんか?」
「……セックスする時の」
と口元を隠し顔を赤らめながら、その客はぼそっと言ってきた。
「あー、コンドーム?それならここに……」
何食わぬ顔で俺はコンドームを売ってる場所を案内した。今更、コンドーム如きで照れる年齢でもないしな。
「お兄さん、どれが良いとかあります?」
その男はずっと口元を手で覆いながら聞いてくる。
「あー」
俺、生厨だからあんま使ってねぇや。過去の記憶を思い出すのに少々、時間がかかった。
「お兄さんが普段使ってるのとか……」
「俺、普段あんま使わないんすけど、これとか薄くて良かった気ぃしますね」
「そうですか、ありがとうございます」
とその男は俺が奨めたコンドームを買っていった。ここまでは普通の客で良かったんだけど、この次の日。
「これ、お兄さんが食べてください」
とわざわざ買ったフランクフルトを渡された。
「え、そんな!いいですよ」
なんてやんわりと断ると、
「いつも頑張ってるの見てますから」
と言われ、俺もご厚意を無碍にするのは違うと思って、受け取った。そして、それを休憩室で食べようと思ったら、さっきの客がまた声をかけてきて、目の前で食べて欲しい、と言われた。
「いやあ、一応、今仕事してますので」
「でも、裏で捨てられてたらと思うと、すごく悲しいので……」
「そんなあ、捨てませんよ!」
「じゃあ、目の前で食べてください」
はあ、こんなケース初めてだ。
「あかりぃ、どうしよ?」
考えるのがだるくなって、あかりに匙を投げた。
「まあ、食べていいんじゃないですか?お客様の要望だし」
という答えを得たので、
「それじゃあ……いただきます」
と包み紙を開けて、フランクフルトを頬張った。
「氷野くん、美味しい?」
「あ、ふぁい!おいひいです!」
俺は早く食べ終わらなきゃという思いが強くて、食べながらにそう言った。俺が食べ終わるとその客は満足げに帰って行った。
「何なんだよ、あいつ」
「あれ、絶対に氷野さんのこと性的な目で見てましたよ〜!」
と美優ちゃんに言われた。
「へえ、気持ち悪っ!」
何だか悪寒がした。
「そんなあ、美優ちゃんがBL脳なだけでしょ?」
とあかりが若干馬鹿にして笑ってる。美優ちゃんは頬っぺたを膨らまして、
「あかり先輩酷いですよぉ!フランクフルトの時点でポイント高いんですからぁ……」
って反論してた。湊からは
「次、棒付きアイスだったら確定演出です」
と言われて、京一さんのことを性的な目で見ていいのは、僕だけだから、とここぞとばかりに主張された。
そして、問題の次の日。その男は棒付きアイスを買わずに普通にコーヒーだけを買いに来ていた。何だ、俺らの早とちりじゃん。と安堵したのもつかの間、お釣りを渡す時に手を握られた。
「……え?」
と一瞬戸惑うと、その男はニコッと笑って、お釣りを貰わずに逃げていった。
「好き確定だね」
あかりからも言われてしまった。
「はあ、まじかよ」
「でも良いんじゃん?お釣り貰えたし、」
「確かに。金貰えんだったらいっか」
たかが数十円だけど。
次の出勤日もその男は来ていた。レジが空いているタイミングを狙って、
「氷野くん、手を出して」
と言ってきた。金が貰えると思って素直に手を差し出すと、その手を両手で掴んできて、ハンドマッサージを始めた。
「えっと……」
「氷野くん、気持ちいい?」
「気持ちいい、です……(?)」
気持ちいいより何されてんだろって気持ちが勝っちゃって、どうすればやめてくれるんだろうと思案を広げていた。
「氷野くん、これは?」
と思いっきり指圧でグリッとされた。
「あっ、あーっ!痛い!痛い痛い痛い!」
「ふふっ、凝ってるね♡」
「やっ、あっ!もう、やめて……!」
とギブアップ宣言すると、すっと手を離してくれた。俺は押し潰されたところがジンジン痛んで、涙目になっていた。
「すっごいエロい声出してたよ♡」
なんて、帰り際に囁かれた。
「ちっ……あいつ、出禁でいい!?」
奴が店を出た直後から、イライラが止まらない。勝手に性的消費されんのが気に食わねぇ。金払って帰れやカス!!
「ハンドマッサージ、気持ち良さそうだったのにぃ」
あかりはすぐに俺のことを揶揄ってくる。ここに俺の味方はいねぇのかよ。
「お前にもやってやろうか?」
「嫌だよそれ絶対ハンドマッサージじゃない。ただの暴行でしょ」
って手を掴まえる前に逃げられた。
そしてまた次の出勤日。
「氷野くん、これあげる」
と渡されたのは、白い封筒だった。今日はハンドマッサージもせずに大人しく帰ってくれて良かったあ、と安堵して、その男が帰ってからその封筒を開けると、中には手紙が入っていた。要約すると、君のことが一目見たときから大好きだ。見た目がとても好み。君が奨めたコンドームを使って抜いたし、君がフランクフルトを食べる姿でも抜いた。君の喘ぎ声を聴いていると興奮が収まらない。どうにかなりそうだ。
「お前はもうどうしようもねぇよバァカ」
休憩室で暴言吐きながらその手紙を読んでいた。聞かせてって楽しそうな奴らがいるからだ。気持ち悪すぎて今すぐにでも破り捨てたい。
「やっぱあれ、録画してたんだね〜」
「これ警察に言えば何とかならない?痴漢よりも酷いだろこんなん」
「警察は事件起きないと動いてくれないですから!」
ストーカーされてた美優ちゃんが言うと謎の説得力がある。その説得力が俺を絶望へと追い詰めた。
「俺ってまじで変人に好かれやすいと思わない?」
「それ美優ちゃんも変人扱いすることなるよ」
とあかりに言われてハッとした。
「美優ちゃんはその、違うけど……」
「変人で良いですよー」
なんてそっぽ向かれて拗ねられた。変人じゃないって〜!ってフォローした。
「てかさ、何でこんなことするんだろうね。嫌われるってわかってんのに」
「それがわかんないんじゃん?自分の好きだけが先行して、氷野さんにその気がないのがわかんないんだよ」
「はあ、もはや恋とは病気だな」
その手紙を破り捨てて、ゴミ箱に捨てた。家に帰ってきてからは、湊のことを抱きしめる。
「京一さん、今日はやけに甘えますね」
「仕事で疲れちゃったあ。キスしよ?」
自分の好きだけが先行して、相手にその気がないのがわかんない、ね。俺も一緒じゃん。
また次の出勤日。あの男は俺のレジを選んでくる。
「そう言えば、お兄さんのお名前、聞いてなかったっすよね〜?何て言うんですか?」
今度はこっちから話しかけた。何かをされるのはもう懲り懲りだから。
「啓介、です……」
「啓介さん、素敵なお名前ですね!俺、啓介さんのこと、ちょっぴり気になってて……」
「え……?」
「俺と連絡先交換しません?」
と彼の手を掴んで、そう囁いた。
「氷野くん……」
「あぁ、嫌ならいいんです!気にしないでください!」
と一旦引くフリをすると、
「する!絶対にするよ!」
と俄然食いついてくる。まんまと連絡先交換をしてくれた。また連絡するね、と色目をつかって、その日は帰した。
「何で誘うようなことするんですかぁ?え、まさか……?」
「そのまさか、あいつ育てるわ」
「はあ、これだから金に目が眩んだ男は……。湊くん悲しむよ?」
「湊は……もう悲しんでるよ」
俺は不甲斐なくて笑ってしまった。金があれば仕事してれば湊は喜んでくれると、何処か勘違いしてたみたいだ。
別日、啓介さんを誘ってカフェに行った。彼は32歳のサラリーマンで、そこそこ年収も貰っているそう。家の近所のコンビニが俺のバイト先で、そこで一目惚れしたという。
「啓介さん、ガタイ良いですよね〜!かっこいいなあ」
とさりげなく腕の筋肉を触って褒めてみた。あ、赤面してる。結構、ウブだな。
「まあ、筋トレしてるからね」
「俺、筋肉ある男性、すごい憧れる……♡」
「そ、そう?えへへっ、嬉しいなあ!」
「俺、こんなに痩せ細ってるじゃないですかあ。それがコンプレックスで……」
「氷野くんはそのままで良いと思うよ」
「え、そうですかぁ?啓介さんは今の俺、好き?」
「……氷野くん、それ他の人にもやってんの?」
やば、やりすぎたか?突如、訝しげな顔される。
「え、やってないですよぉ!ちょっと俺、緊張しちゃってるのかも……」
意味わからん言い訳をして、可愛子ぶって誤魔化した。
「ふふっ、可愛いね♡」
よし、何とか誤魔化せた。
「啓介さん、俺、お酒が好きなんですよぉ。この後は、一緒に飲みません?」
「いいよ。何処で飲もうか」
と言われたので、半ば強引に俺の店に連れてきた。
「氷野くん、ホストだったんだね。もういいよ帰るよ」
明らかに冷めた様子で帰ろうとする彼の手を掴んで、俺の壮大な嘘が始まる。
「俺、前にバイク事故で働けなくなったんだ。その時に圧倒的にお金が足りてなくて、闇金に手を出しちゃったことがあって、コンビニバイトだけじゃそれを返しきれなくて……。俺だって、こんな仕事するの、他人の恋情を弄ぶようで心苦しいよ……。だけど、こんなことしなきゃ、俺は生きていけないから……!」
なんて涙目で訴えかける。俺って演技派だったんだなあ、なんて我ながら感動した。
「氷野くん、つらかったんだね……」
「今日はごめんね、騙すようなことしちゃって。俺のこと、嫌いになっちゃったよね……?コンビニで啓介さんの姿を見る度に、嬉しく思ってました。出勤する度に、今日は会えないかなあってずっと考えちゃって……。あははっ、ダメですね俺!それじゃあ、これから出勤なんで」
と彼の手を離して、背を向けると、
「……一万からでも、良いんだよね?」
と背後から声をかけてくれた。
「え、いいの?」
と悲劇のヒロインのように振り返った。
「いいよ。ちょっとは格好付けさせて」
「ありがとう、啓介さん!」
と喜んだフリして抱きついた。
そして、店内でいつも通り接客をしていると、突如強い眠気が襲ってきて……はっ!!
「京、起きた?」
「奏さん、俺……?」
奏さんのベッドで起きた。良かった、ちゃんと服着てるし肛門に違和感もない。
「デートレイプドラッグだね。店内で寝てくれてまだ良かったよ」
「デートレイプドラッグ……?MDMAってこと!?」
「何でそうなるんだよ。睡眠薬飲まされて強姦されそうだったってこと」
あぁ、MDMAはラブドラッグやった。
「あー、確かにな!俺、睡眠薬ないと寝られんもん」
「それはそれで心配なるけど……。誰?京と一緒にいた男」
「えーっと、誰やっけ?……あ!啓介だ啓介!」
連絡先一覧を見て、思い出した。
「何処で知り合ったの?」
「コンビニで!俺、コンビニ店員なん」
「そうなんだ。京が飲んでたグラス、一応、全部調べたけどどれも陰性だった。だから、同伴中に飲まされた可能性が高いと思ってね」
「そっか、俺に睡眠薬の耐性があって良かったあ。店まで辿り着けたし」
「何でそんな楽観的なの?レイプされてたかもしんないんだよ?」
「まあ、そうなんやけどね。こうやって、俺を助けてくれる人がいるって知れて、何だか安心しとるところなんだよ」
人間の悪意に晒されたからこそ、人間の善意を見て。俺は奏さんにとても感謝した。
「京は素敵だね。俺が醜く思えてくるよ」
「何や。寝てる俺にキスでもしとったん?」
「してないわ!まあ、寝顔でちょっと、アレしただけ……」
と手で筒を作って、上下に動かす。
「あ、こいつもデートレイプドラッグやあ!警察に捕まってしまえ!」
と冗談で言った。安心して損した。下心満載でこの部屋に連れ込んでるやん。
「でもでもでも!俺、偉いから!手出しは一切してないから!」
「当たり前やろ。俺に手出ししたら刺されんで?」
「はいはい、ヤンデレ彼女ねー」
と言われて、慌てて携帯を確認した。2時か。今から帰っても、湊起きてるかなー?最近は、帰りが遅いのはアフターだと知ってるから、わざわざ電話をかけてこなくなった。もう俺のこと好きじゃないのかなって思うほど、冷たい。
「どうだろ、刺されんのかな?」
奏さんを見つめながら、そう呟いた。
「何、?」
「最近さ、彼女が冷たくって……」
「俺、そういう話は大好きだ」
長話になりそうなので、とりあえず乾杯した。酒を交えて話すことは大体、嘘だと思っているので、彼女にホストバレして自殺未遂されて、態度が冷たくって……と赤裸々に話した。
「俺は彼女のこと好きだし、大切に思ってるんだけど、何かもう、ダメな気がする……」
「ホストやってると、そこはつらいよね。彼女さんの理解を得るのは難しいと思うし、彼女さんだって、今の現状はつらいと思うよ?自分だけのものだと思ってた京が、突然、他の女と歩いているんだもん。そんなの、浮気じゃん。簡単には受け入れられないよ」
「はあ、そうだよね……。金のために頑張ってるだけなんだけどなあ」
「同業者だったら、まだわかるよ?あぁ、彼女に配慮してるんだなって。だけど、内情を何も知らない彼女に全部仕事だからで済ませるのはあまりにも酷だよ」
「奏さん、俺どうしたらええの?わからんくなってきた」
「選択肢の一つとして、俺と付き合うってのがあるけど?」
と俺の頬を撫でながら言ってきた。
「そこふざける場所ちゃうやろ」
少し惑わされてしまいそうで怖くて、語気強めに否定した。
「ふざけてなんかないよ。俺だったら、京を悩ませずに済むのになあって」
「何で、俺なんかを……」
「あ、出た。京のネガティブタイム〜!」
「は?そんなんちゃうし、見る目ない言うてるだけやし」
「そんな自分を下げんなって、京はとっても魅力的なんだから」
と頭を撫でられた。何だか悪くなかった。
「奏さん、俺ってそんなにネコですか?」
「ふふっ、京は基本的にタチだと思うよ」
「だよね〜!最近、抱きたいって言ってくる奴らが多くて……」
「だけどその生意気な感じ、屈服させたくてたまんないんだよ」
「わからせエッチ大好きじゃん……」
変な性癖を聞き出してしまって後悔していると、
「京、もう一回泣いてくんない?」
と突然、頼まれた。
「は?悲しくもないのに泣けるわけねぇじゃん」
「ほら、そういう言葉遣いされると、まじで泣かせたくなってくる♡」
「変態馬鹿先輩イケメンの無駄遣い乙」
「あっ、やめて!それ以上、誘わないで〜!」
顔を赤らめて、口元は朗らかに笑って、頬杖をついている。
「別に誘ってねぇし、勝手に勘違いすんのやめてくんね?」
と言って、酒を煽っていると、突如、奏さんに胸倉を掴まれた。
「京、ぶち犯されてぇの?」
余裕のない雄の目をしていた。俺はその迫力に気圧されて、
「す、すみませんでした……」
とわけもわからず謝ってしまった。奏さんは俺から手を離すと、トイレにこもって出る頃にはまたいつもの奏さんに戻っていた。
「京、さっきはごめんね〜!俺、どうかしてたわあ」
「……ま、まじで怖かった〜!奏さん、怒ったと思って、」
「全然、怒ってないよ。京が可愛すぎて、ちょっぴり意地悪したくなっただけだから」
「もう、酷いよぉ!ほんまに怖かったんやからあ……」
「それはごめんって!何か食べたいものない?奢ってあげるよ」
「油そば!やけ食いしちゃるわあ!」
24時間営業しているラーメン屋の油そばを宅配サービスで頼んでくれた。
「この時間の油そばは悪魔的だね」
俺にとってはカロリーなんてどうでも良くて、ただ一時的に満たされれば何でもいいのだ。
「油そば!大盛り!油そば!大盛り!半ライス付き油そば!」
作詞作曲俺の変な歌を歌いながら、油そばが届くのを今か今かと待ちわびていた。
「可愛いね、京は。見てて飽きないよ」
じとーっと俺の方を見つめてくる奏さん。
「ほな、ずーっと俺だけを見てて?」
機嫌がいいからか、奏さんのことを見つめ返して、そんなことを言って微笑んだ。
「はあ、プライベートでそれやるとか。俺まじで京にハマっちゃいそう……」
「好きなだけ貢いでくれていーよ。お金と食べ物はいつでもウェルカムだから」
「それじゃあ、いっぱい貢がせてね♡」
「ふっ、くるしゅうないぞ!」
「何故、時代劇風……?」
大盛りの油そばと半ライスが届いて、俺は無我夢中で食べ進めた。
「おいひぃ!奏さん、ありゃと!」
「いいんだよ。いっぱい食べな」
その言葉通り、俺は山盛りだった油そばを全て平らげて、トイレで全部吐いた。胃の中に食べ物がいっぱいなのが気持ち悪かったんだ。
「ごめん、奏さん……ごめん、なさい……」
こんな食べ物を粗末にする俺のが気持ち悪くて、自己嫌悪でいっぱいになった。
「大丈夫だよ、京。大丈夫だから」
と背中をさすってくれる奏さん。その優しさで俺は吐きながら泣いてしまった。
「ううっ……普通に、生きたいよぉ……」
「普通じゃなくていい。京には俺がいるから。俺が京のことを支えるからね」
「奏さん……俺もうどうしたらいいかわかんない……」
奏さんの優しさをこんなに貰ってるのに、恩を仇で返すことばかりして、そんな自分が嫌になって、奏さんの求めるものをあげようと奏さんのズボンのチャックを下ろした。
「ちょっと、京!?」
「奏さん、これ好きでしょ?」
とパンツ越しに奏さんのを弄る。するとすぐに勃起するんだから、可愛いなって思った。
「京、やめて。彼女悲しむよ?」
「実はぁ、彼女じゃなくて彼氏なの。だからぁ、舐めて気持ちよくさせてあげることできるよ?」
とそれを舐めるフリをすると、蹴り飛ばされた。……何で?
「お前のそれは自傷行為だろ。そんなのに利用されたくない」
「お、俺は、ただ、奏さんに気持ちよく、なって欲しくて……」
「じゃあ、これを京のナカにぶち込んでいいわけ?」
と明らかにデカいそれを目の前にして、そう言われると、身震いが止まらない。
「……ヤ、ヤメテクダサイ」
「はあ、やられたくないのに誘うなよ」
「だって、俺どうやって償えばいいのかわかんなくて……」
「何に償いがいるの?俺は京に償って欲しいなんて思ってないけど」
「でも、でも……」
「京、もう寝なよ?疲れてるんだよきっと」
そう言って、奏さんは風呂に入った。一人残された俺は、何だかもうここにいるのが嫌になって、外の空気を吸って、そのまま家へと歩き始めた。俺の人生、なんでこんなにもうまくいかないんだろう。頑張ってるはずなのにな。
「……京一さん、あの、これは」
家に帰ると、湊が一人で自慰行為をしていた。俺はそんな湊を無視して、布団へダイブした。だけど、睡眠薬のない俺は眠れるわけがなくて、
「あぁ、何処か遠くへ逃げたい」
そう思ってしまった。
「京一さん、一緒に逃げますか?」
「湊、ごめん。一人にさせてくれない?今はお前とも話したくない」
恋愛って何なんだろう。こんな面倒くさいこと、人間は何故好んでするんだろう。考えるのをやめたくて、睡眠薬を飲んだ。今日のコンビニバイトは休んでしまった。
ピンポーン、ドンドンドン!誰かがドアを叩いてる。湊ではない。誰だろうと不審に思い、覗き穴を覗くと変態客の啓介がいた。
「氷野くーん、いるんでしょ?氷野くーん??」
何でこいつ、俺の家知ってんの!??
ドンドンドンドン!ずっとドアを叩かれるので渋々出てやった。
「はい、何ですか?」
「氷野くん、もし良かったら……」
「やめてください、警察呼びますよ?」
「え、氷野くんは僕のこと……」
「好きじゃないです。二度と来ないでください」
と言って、バタンと扉を閉めた。その数時間後、湊が帰ってきた。
「あれ、京一さん、今日バイトじゃなかったんですね」
「休んだ」
「そうですか、これ晩御飯なので後で食べてくださいね」
「うん」
また次の日のその次の日もそいつはやってきていた。毎回、適当に追い払ってきていたが、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。
「こんばんはー!氷野くん?いないのー?」
ドンドンドンドン、うるせぇな。と思い、包丁を手にして、玄関を開けようとすると、
「ちょっとちょっとちょっとちょっと、京一さん!??さすがにダメですって!!」
と湊に止められた。
「ウザい!!俺はあいつに薬盛られたんだ。危うく強姦されそうだった……」
「そうだったんですか……」
「俺は、どうやって自分を守ればいいか、わかんないよ……。俺に好意を向けてくる奴全員、気持ち悪ぃんだよ!!」
「じゃあ、僕のことも気持ち悪いですか?」
「ああもう、わっかんねぇ!!……ねぇ、どうすればいいの湊?助けてよ……」
「ごめんなさい。貴方がそんなになるまで悩んでるのに気が付かなくて……」
「ううっ……嫌だ……湊以外としたくない……」
「わかりました。僕が殺してくるんで、貴方はここで待っていてください」
ただ薬を盛られただけなのに、こんなにも俺は他人に対してビクビクしてしまうようになった。他人から性的な目で見られるのも無理だし、優しくされんのも俺の警戒心を解いてセックスしたいがためにやってるんじゃないかって思えて、怖くなっている。
湊は警察に電話して、「今から僕が人間を殺すので、迎えにきてください」と呼び出した。
「本当に、殺すの?」
「僕には少年法があるので大丈夫です」
少し知恵をつけて賢くなった湊は、恐ろしいなと思った。湊がパトカーが来たのを窓から確認すると、包丁を持って、玄関を開けた。
「うわっ、何なんだ君は」
「僕は、氷野 京一郎の恋人です!貴方が強姦しようとした証拠全て、僕の方で集めました。貴方がこうやって、ストーカーをしてる証拠もです。だから、僕は貴方を殺します!」
堂々と宣言した湊は、包丁を振りかぶって、動きを止めた。警察の方に手を向けて、ハンドサインで四を表してから、親指を包み込むように握りこぶしを作る。それを何度も繰り返す。これって……洋画で見た事ある!ハンドサインでヘルプミーだ!それを警察が察したのか、啓介の方をまず捕らえて拘束した。
「はい?あの、僕は何もやってないです!」
それを見ると湊は包丁を捨てて、両手を上げた。
「警察のみなさん、来て下さりありがとうございます。僕が通報者の青柳 湊です」
と不敵に微笑んだ。そして、警察に取り押さえられた。
警察の事情聴取に協力するため、俺も湊と同じパトカーに乗り込んだ。
「湊、ありがとう。かっこよかったよ」
「もう、京一さんダメですよ?一人で抱え込んじゃ。僕がいるんですから!」
「うん。湊ぉ、怖かったあ……」
と湊に抱きついて、湊に甘えた。
「京一さん、もう絶対に僕の傍から離れないでください。貴方が可愛すぎて心配です」
「わかったあ。俺、ホストもやめるぅ」
「やっとですか。わかりました。約束ですよ?」
「うん、約束!ずーっと湊の傍にいる」
「あぁ、ほんっと可愛い♡♡」
と湊に撫でられる。
「貴方ら、恋人なんですか?」
運転する警察官に聞かれた。
「はーい、恋人でーす♡」
と湊の手を恋人繋ぎで掴んでアピールした。湊は恥ずかしそうに顔を隠していた。
「彼氏さん、あぁ、ちっちゃい方の彼氏さん。今おいくつなんですか?」
「じゅー「十七です!僕、背低いし童顔で、困っちゃいますよねー!」
湊が俺の声を遮って嘘をついた。
「まあ、その真偽がどうであれ、そこに真実の愛があれば、俺はいいと思ってるよ。そんなもの、大人になっても信じてる俺は、馬鹿だと思うけどね」
「馬鹿じゃないですよ。信じる者しか救われないですから」
湊はそう真っ直ぐ言った。
「……ちっちゃい彼氏さん、かっこいいね〜!」
「ほんっと、自慢の彼氏です」




