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セックスよりニコチンというならセックス後のニコチンが最高だろ

殺される覚悟で玄関を開けた。湊が床に倒れていた。左手首から血を流して、その隣には血だらけのカッター。それを見た瞬間から鳥肌が止まらない。脳内に浮かんだ最悪な結果が事実にならないように、湊の身体を強く揺すった。湊の名前を呼びながら。不思議と涙は出なかった。まだ受け入れられてないから。なんなら、湊の冗談に笑っていた。


「ねぇ、死んだフリはもういいって。はいはい、騙されましたよ。ほら、起きて」


返答がない湊に段々とイラついてきて、思いっきりその腹に死体蹴りをした。すると、湊は胃液を吐いて呼吸を取り戻した。人間も叩けば直るんや。


「きょ、きょういち……さん……」


バグったロボットのように途切れ途切れに言葉を発する。突然、ぶるぶるぶるっと震え始めた。


「ん?寒いの??」


布団をかけてその上からぎゅーっと抱きしめた。湊の震えで安堵を感じた。まだ安心するには早いけど。


「しししし、死ぬ……」


「じゃあ、俺もそうしよっかなあ」


って軽口叩いて、死にそうな湊に微笑みかけた。そうしたら、湊がゆっくり手を伸ばしてきて、その死体のように冷たい両手で俺の首を掴んで、絞めてきた。


「ん」


真っ白な顔で得意げに、首を絞められたことを誇るように、顎をくいっと少しあげた。


「もっと本気で絞めてこいよ」


って言っても、湊には聞こえないみたいで弱い力のまま首を絞められていた。そのうちに、湊が泣いちゃった。そしてまた動かなくなった。



目が覚めると、真っ白だった。フラッシュのような眩い光にずっと照らされているので、僕はきっと映画のスターにでもなったのでしょう。けれど、脳みそがぐらぐらとしてかき回されているので、その液体が口から吐瀉物として流れでてきました。僕にコードが繋がれている。邪魔なので腕を動かしたら、誰かに「大人しくしてて」と反響する声で言われました。何故、こんなにも僕は苦しめられているのでしょうか。以下に僕の罪を示します。・・-・- ・---・ ・- --・- ・-・-・ ・- ・-・-・ --・-・ あー、ノイズがうるさいね。たかが、未成年飲酒なのに。


京一さんの声がした。京一さんと一緒に死ぬ夢を見たんだ。とても幸せだった。京一さんは僕に首を絞められて、幸せそうな顔をしていた。僕はそんな京一さんにキスをしたかったんだけど、僕の身体は動かなくてその場で泣いちゃったんだ。そしたら、そんな幸せな夢からも覚めて、頭も腕も自分も痛い現実に戻ってきちゃったんだ。京一さんは僕のことを愛してると言うけれど、僕はまだそれを信用できないでいる。僕は僕が京一さんに愛されていると自惚れている状態で京一さんに殺されたかったです。惨めに自殺なんかしたくなかったです。けど、自殺するしかこの苦しみを取り除く方法はなかったので、京一さんの大好きなお酒を奪って、死のうとしました。僕は死ねたのでしょうか。それすらもわかりません。ただ、京一さんがまだ現世で生きているのならば悪霊として貴方に取り憑いて、貴方が死にたくなるような日常を送らせてあげたいと思います。僕は貴方の絶望した顔が好きなので。救いようのない貴方が好きなので。その苦々しい日々で貴方の愛した僕を少しでも思い出してくれたのならば、僕は逝ってしまうでしょう。ああ、幽霊になって貴方のことを夜這いしたい。貴方の最期の言葉は「湊、いま会いに行くよ」がいい。何だ。僕だけが幽霊になっても楽しそうなことたくさんできそうじゃん。こんなに無理して、現世にいる必要ないじゃん。って楽観的に思っていたら、えっろいキスされた。この感じ、京一さんだ。


「湊、俺の酒返せよ」


「ふふっ、京一しゃん、もっと……」


と京一さんとキスをしていると、吐き気が襲ってきて、おえって胃液が戻ってきた。近くにあったビニール袋にまた吐いた。京一さんは濡れタオルで僕の口元を拭いてくれる。


「湊、水飲もっか」


京一さんはペットボトルに入った水を僕に持たせてくれたけど、寝っ転がった状態ではうまく飲めなくて、顔面に水をかけてしまった。また京一さんに顔を拭かれる。


「んー、ごめんにゃさい」


「いいんだよ。ストロー買ってくるね」


「やだ」


意識するよりも先に脊椎反射で京一さんが離れるのを拒否していた。


「でもそしたら、飲めないよ?」


「……いっしょ、いる」


と僕の死に際に京一さんがいないのは僕の人生においての最大の後悔になりかねないから、ここぞとぱかりに甘えたことを抜かしていると、京一さんがまたキスをしてきた。けれど、今度は口に水を含んでいたようで少量ずつゆっくりと僕に飲ませてくれる。


「ごめん。飲まないよりはいいかと思って」


ああ何だ、京一さんのこと、やっぱ嫌いになれないじゃん。あんなにもう嫌いだって何度も何度も思ったのに。京一さんと一緒にいると、やっぱり京一さんが僕の理想の彼くんになっちゃう。


「京一さん、」


嫌いだなんて思ってごめんね。本当は思ってないからね。本当に本当は別れたいだなんて一ミリも思ってないし、貴方のこと灰皿で叩き殺したいだなんて非現実的なこと思ってないよ。


「ああ、湊。涙がもったいないよ」


京一さんは僕の涙を指ですくう。そんな京一さんのことがまだ好きでめっちゃ好きで、正直別れたくなくて別れるなんて選択肢がなくて、でも京一さんは僕だけのものじゃなくて、いまさっきまで仕事だけど女の子と一緒にいたんだろうと思うと、怨嗟で嫉妬で涙も反吐も出る。京一さんのせいでぐしゃぐしゃな感情になっているけど、京一さんのおかげで一つのことに盲目的になれたりもするんだ。


「僕だけを見ててよ。僕だけを」


愛して欲しい。誰からもモテる貴方だから、すぐにナンバーワンになれるよ。水を得た魚のように働いて、泡銭をシャンパンの泡の如く稼いでくるだろう。けど、そうじゃないよ。お金じゃないんだ。僕が欲しいのは、愛なんだ。京一さんからの一途な愛情が欲しい。僕だけで独り占めしていたい。貴方を僕の愛情でいっぱいに満たしていたい。


「俺には湊しか見えてないよ。全部、湊のためにやってる。湊のために俺は生きているんだよ」


「……信じて、いいんですか?」


「うん。お願い。信じて」


とキスしてくるの、本当に狡いと思う。本当に狡いと思う。そんなの信じちゃうに決まってんじゃん。そんな可愛く言われたら、信じちゃうに決まってんじゃん。好きだから好きな人のことは信じていたいもん。客観的に見たら苦しむだけかもしれないけど、それでも、それでも僕は苦しさ以上に、貴方から幸福をもらっているから、もう元の生活には戻れないの。貴方のいない生活なんか考えられないの。こんなの依存だって知ってるよ。でも、僕はまだ幼いんだ。


「はい。僕は貴方なしでは生きられませんから」



月曜日。湊は二日酔いで潰れていた。俺も二日酔いで頭が痛い。せっかくの休みも体調を整えるだけで終わる。こんな仕事人生まじでクソだな。そんな戯言いってないで寝てればいいんだ。は?嘘だろ。寝たって疲れ取れねぇじゃん。寝すぎて身体がだるくなってきた。よし、向かい酒だ。

氷野 京一郎の休日ルーティン。まずは目覚めの煙草。これがないと朝は起きられない。それから食事。面倒くさい時は勿論食べないよ。それからまた寝る。この寝るは睡眠じゃなくて、ほぼネトサ。その延長でエッチな漫画や動画を見る。暇な時に自慰ってしがちだよね。抜き終わったら、また煙草。この煙草を吸ってる時が一番休日を無駄にしてるなって思う瞬間だよ。だからその後、充実感を求めて洗濯をする。そして、見たかった映画をサブスクでつけてから、洗濯物を干していくんだ。映画を見ていると、湊が晩御飯を持ってきてくれるので、それを湊と一緒に食べて、食器洗いを湊におまかせする。この時の俺は何をしているかというと、食べて身体が重くなるので、消化を良くするために、布団に寝っ転がってネトサだ。そうやって、布団に寝っ転がっていると、湊が隣りにくっ付いて寝てくるので、キスをしてセックスをする。大体、二回で終わる。湊もセックスに慣れてきたのか、前みたいにもう一回をせがむことがなくなった。ちゃんと湊の気持ちいいところもわかってきたし。その後は、煙草。この煙草が一番気持ちいい。頭の中で快楽物質が飛び交い、真っ白になる。性交の気持ち良さを噛み締めている賢者タイムでそのさらに上の快楽を味わえるんだから。セックス後の煙草だけはどんなことがあってもやめられない。その後にシャワーを浴びて、寝る。というのが大体の休日ルーティンだ。いまはまだ、序章。


「湊、お粥あるよ。食べる?」


適当に調べたお粥のレシピを見ながら、酒を飲んで完成させたお粥。今日の昼ご飯はこれでいいや。ひとつの鍋をテーブルの上に置いて、ふたつのスプーンですくう。そのひとつは湊に食べさせて、もうひとつは自分で食べた。我ながらいい出来だった。


「ありがとうございます。美味しいです」


と弱々しい湊は淡々と答えた。本当に美味しいと思ってる?と聞き返したくなるほど機械的に。


「無理して食べないでいいよ。二日酔いの後はみんな酒の苦味するよね」


なんてフォローしたが湊は聞いているんだか聞いていないんだか、黙々と食べ進める。そんな湊の食事を邪魔するかのように俺はすぐに満腹になって、煙草に火をつけた。湊に向かって煙を吐く。湊がその煙で噎せる。


「京一さん、換気扇の下で吸ってください」


「えー、俺は湊のそばにいたいのに」


「そんなこと言われちゃったら、もうお手上げですよ」


って冗談を言って笑いながら、両手をあげられた。


「ふふっ、その手は上げるんじゃなくて、こうやって俺を抱きしめるのに使ってよ」


湊に近づいて、ただ俺が抱きしめられたいがためにそんなことを言って、湊の手を掴んで、俺の腰へと回した。


「京一さんって、本当に可愛い」


もっとぎゅっとして近くに寄ってくれた湊は、その顔に似つかない。お酒くさい。それが俺の罪を突き刺して、煙草の匂いでカモフラージュした。


「湊、俺さ、ホストで借金しちゃった」


「え、稼ぐためにいるのに借金しちゃったんですか……?」


「うん。他人の客奪ったら罰金なの知らなくて、二十万請求されちゃった」


結愛ちゃんから三十万は貰えるから、あと二十万。払う術がなくて、悩んでも無駄だから思考停止していた。


「もう、ホストやめてくださいよ」


馬鹿ですね、っていうように笑う湊。


「やめても借金は借金らしい。ヤクザ絡みなんだよね、あの商売」


「そうなんですか……」


湊の表情が曇りがかる。


「身体売るしかなさそう、」


これを言うためにこの話をした。ごめんね、湊。俺の処女は金に奪われるよ。


「京一さんの身体がそんな理不尽で汚されるのは耐えられません。僕がお金は用意します。だから、京一さんはホストをやめてください」


「いいよ、湊は。そのお金は将来のために使ってよ。ただ、俺が誰かとセックスするのを許して欲しい」


「ううっ、許せない!!認めたくない!!!京一さんは僕だけのものです。何としてでも、京一さんにホストをやめてもらいます」


湊は俺の手を掴んで拘束した。こんなんじゃ俺は止まらないけど。


「何する気?」


と挑発的に聞いてみた。


「それはこれからのお楽しみです」


なんて不敵に笑った。


それから一日が経った。昼。俺はスマホを探して布団をひっくり返していた。あれ、スマホがない。まあ、良いか。と湊が持ってきている飯をつついて、テレビを見て、出勤時間に間に合うように家から出、出……出られ、ない!!??


「は?まじか!?出られないんだけど!!え!??」


おそらく外鍵が付いてて出られなくなっている。湊、俺にホストをやめさせるってこういうことだったのか。電話もないし、誰の助けも呼べない。あー、困ったなあ。と思いながら出勤時間から時間が過ぎていくのをただ見つめるしか能がなかった。俺は無能だ。……ま、いっか。と何故か数十分後には楽観的になれて、この檻の中で、好きな映画を見ていた。


「ただいまです。京一さん」


湊が帰ってきてから、言いたいことは山越えて谷ほどあった。けどまずは言葉よりも先に行動に表れて、湊をぶん殴っていた。


「俺を軟禁すんな、馬鹿」


「だって、だって……こうしないと京一さん、どっか行っちゃうじゃん!」


と反論する湊にもう一発。


「ざけんな、俺の自由を奪うほどお前は偉くなったのかよ」


「え、偉いとか、そんなんじゃなくて……ただ、僕の言うことを、聞いて欲しくて……」


湊はしどろもどろになりながらも言葉を紡いでいた。けれどその一言一言が俺をイラつかせた。


「誰がお前の言うことなんか聞くかよバーカ」


と、つい胸ぐらを掴んで言い放ってしまった。


「ぼ、僕は、京一さんを、失いたくなくて、それで、どこにも、行って欲しく、なくて、僕だけのもので、いて欲しくて……だから、これは僕のイキすぎた愛情なんです」


綺麗に涙を零しながら、湊は俺に訴えかけてきた。それに俺は怒る気力を削がれて、深いため息が出た。


「湊、世の中には順序があるんだよ」


って湊に優しく諭している途中に、ドンドンドンドンドン!!と玄関ドアを激しく叩かれる。


「氷野 京一郎!!ここにいるんだろ!!!」


向こう側から声がする。俺が急いで鍵をかけようとすると、焦りすぎたせいかドアノブに手をかけちゃって、そのまま玄関ドアが開かれた。


「あははっ、僕が氷野ですぅ。何か御用ですかぁ?」


苦虫を噛み潰したような笑みで迎え入れた。すると、いきなり蹴りを入れられる。腹部に強い痛み。思わず吐いてしまった。


「京一郎、吃驚した?」


パチッ。その声、その姿。見覚えがある。


「……あ、兄貴!!?」


「京一郎、こんなのも躱せなくなったの?弱くなったもんだね。俺は悲しいよ」


しくしく、なんてふざけた泣き真似をするんだから、正真正銘、俺の兄貴だ。


「そりゃ、どーも。で、兄貴が何でまたここに?」


「なあ、せっかくの再開だぜ?こんなことで話させんのかよ」


中に入れさせろと言ってるも同然。


「ははっ!汚い部屋ですが、どーぞどーぞ!」


笑顔で歓迎。家は不衛生。


「うっわ、本当に汚ぇな。ゴキブリ飼ってるだろ」


「あー、ペットちゃうんで。いたら潰してくださいね」


「潰すかボケ」


なんて楽しい会話をして、座椅子に座らせた。


「こ、こんにちは」


湊が恐る恐る挨拶してる。


「こんにちは。俺、挨拶する奴は好きだよ。君、命拾いしたね」


「あ、ありがとうございます!」


「あはっ!お礼が言える奴はもっと好きだ。今度、楽しいことを教えてあげよっか?」


上機嫌に兄貴は湊に絡んでいる。


「兄貴ぃ、やめてくださいよ。楽しいことなら俺と一緒にしよ?」


ってお茶を出したついでに、兄貴の手に触れる。湊に矛先が向かないように。


「お前……窶れたなあ!!」


「今気づいたんかい」


しかも、そこまでためて言うことちゃうしな。


「昔はもっと丸くて可愛かったじゃん」


「何年前の話してんの?」


「変わっちまったなあ。あれからもう……十年か!」


「いやいやいや、そこ四捨五入せんといて。まだ五年やし」


兄貴は馬鹿だから、何年前なのかも計算できない。


「そうか?まあいっか。でさ、京一郎は今どんな仕事してんの?」


とさりげなく聞いてきた。兄貴は俺がちゃんと社会に適用して生きているかどうか知りたいんだ。


「あー、えっと、コンビニの店員してます」


「そか。じゃあ、人違いか。ホストで借金つくって飛んだ氷野 京一郎って奴とは」


含みのある笑み。そんな名前、俺以外に滅多にいないだろうに。


「……すんません。俺です」


「え!?やっぱ、お前だったの!??てか、お前がホスト……?ふふっ、可愛くねーね」


馬鹿にしたような吃驚したフリに馬鹿にしたようにお前にはホスト似合わないと笑われている。


「しょうがないじゃん、金が圧倒的に足りてなかったんだよ」


「あれは?まだルイとは付き合ってんの?」


「薬はやめた。ルイはただの友達だよ」


「そうなんだ。この前、ルイから一緒にホテルに泊まったって聞いたけど?」


兄貴はルイが俺に憧れてることをいいことに、俺とルイをやけにくっつかせようとして楽しんでいるんだ。


「あれは俺が酒で潰れて、」


「ルイにキスせがんだんだってね。京一郎、そーゆーのはやめた方がいいよ」


急に上から目線のアドバイス。腹立つわ。てか、何でそれ知ってんだよ。ルイ、喋りすぎだっつの。


「何なん。くっつけたがってたくせに」


「だってお前、友達いねぇじゃん!」


と馬鹿笑いされた。


「は?俺の方から切ってただけだし」


「あはは、ルイがいて本当に良かった。お前、孤独が耐えられないタイプだろ?」


「別に、そんなんじゃ……」


「強がんなくていい。一緒にいれば、わかるよ」


と兄貴は微笑んだ。俺は俺の弱さに触れられたことによる恥ずかしさで、赤面していた。


「あ、兄貴は……何で俺の前から消えたの?」


「それは、俺といるとお前がダメになるって気付いたからさ」


「気付くの遅いよ。俺はダメになるのわかってて、兄貴と一緒にいたのに!!」


取り返しのつかないことをしてしまう前に、言って欲しかった。これをすればあれをやれば、兄貴は離れないと思っていたのに。俺のこと、ずっと見てくれると思っていたのに。そんなポイ捨てするような言い方ってないじゃん。


「これでも俺は、お前のことを大切にしたつもりなんだけどな」


って兄貴は情けなく笑った。俺が幼稚に怒っているから。そんな表情をさせてしまった。大人になった俺は、兄貴の気持ちにも薄ら気がついていた。でも、一緒にいたかったっていう俺の想いがそれを上回る。


「……ねぇ、兄貴。また一緒に遊ぼうよ。前みたいに一緒に」


と兄貴の手を掴んで縋っていた。俺はこの人に一生ついていくとあの時に決めたからだ。


「京一郎、もう大人だろ?」


「もう、遊べないの?」


「遊べないよ。大人ってそーゆーもんだから」


兄貴は考えるのを諦めたようにそう言い放った。そんな兄貴の表情は楽しそうじゃなかった。


「じゃあ、俺は大人になりたくないよ。ずっと子供のままでいる!」


「そーゆーところは変わんないんだな」


あ、兄貴が笑ってくれた。それで嬉しくなって、俺もつられて笑った。


「ふふっ、まだ子供でいさせてよ」


兄貴に甘えて、兄貴にもたれかかって、兄貴なしでは生きられない昔の俺が生き返った。


「ところで京一郎、この小さい子は誰?」


「え?」


そうだ。俺は17の俺じゃない。


「僕は、青柳 湊です。京一さんの恋人を、させていただいています」


湊が丁寧な挨拶をしてから、深くお辞儀をした。


「へえ、恋人ね。こいつが薬中のヤリチンだったこと知ってんの?」


「存じ上げております」


「それでも愛せるんだね。すごい愛だね」


と感心したように言っているが、興味が無いようにも見える。


「京一さんは、僕に誓ってくれました。僕のことを幸せにすると」


「そんなの信じてるの?京一郎は二枚舌だよ」


「それも存じ上げております。ですが、僕の心は彼に奪われたのです」


小説の中に出てきそうなほど仰々しい物言い。好きじゃない。息が詰まるのを感じて、煙草を吸いに外へ出た。風が冷たい。


「京一郎、いい子見つけたじゃん」


「うん。まあ、そうなんだろうけど……」


「何?不満なの??」


「不満じゃないよ。ただ、俺の中心が兄貴から湊に変わったから。もうあの頃と同じではいられなくなっちゃった」


「それで、いいんじゃない?何かダメなことある?」


わかってないような様子で、簡単に物事に白黒つける。貴方はずっとそうゆう奴だった。


「んー、ふふっ、ないね」


兄貴と一緒には遊べない。もう過去には戻れない。あの頃の俺はいつの間にか死んでいて、今の俺には貴方の他に大切な人がいる。けど二者択一を迫られたら、俺は兄貴を捨てるよ。


「なんだ、京一郎ももう大人じゃん」


「いつまでも子供のままじゃいられないから」


「じゃあ、金払える?百二十万」


「え!!それは、ちょっと、勘弁してください……」


「払えないんじゃあ、わかってるよね?」


俺が罰金で背負ってる五十万と、ホスト飛んだ七十万。合わせて百二十万。兄貴はそれを回収するために来た。目が泳いで、手が震えた。冷や汗は止まらなくて、酸欠のように視界がぼやける。あー、兄貴に半殺しにされる。覚悟を決めて、目を瞑った。みぞおちをぶん殴られると、胃液が出てきて、口の中が酸っぱくなった。


「……な、何やってるんですか!??」


玄関ドアが開いた。拳を握った兄貴とボロボロの俺を見て、湊が何が起こっているのか察したようだ。だけれど、正解を引かずに地獄へ進んでいくのが湊らしい。


「何って、お仕置きだよ。ルールを守れない奴は身体でわからせないと」


兄貴は飄々とした態度で答えた。このスタイルは昔から変わらない。俺も幾度となく殴られ蹴られてきた。


「京一さん、何したんですか……」


「湊には関係ないよ。兄貴、あと何発くらえばいい?」


と湊の前だから強がって、笑ってみせた。湊は何も知らなくていい。


「んー、お前がそんな顔できなくなるまで。かなぁ?」


ってニヤついている。兄貴は俺の限界を知っている。ストレス発散のサンドバッグかってくらい殴られた時、俺には感情は残っていなくて、あるのは痛みだけで、何も考えられなくなっていた。声も出せなかった出さなかった。助けなんかくるはずないから。ただ痛みに怯えて震えていた。終わった瞬間は、解放感も何もなくて、ただ脳みそがホワイトアウトしていて意味なく涙が流れたんだ。またあの恐怖を味わうことになると思うと、ずっと震えが止まらない。今ほど死んだ方がマシって思ったことはないね。また重いパンチが一発。ああ、かっこつけられないね。


「京一さんを殴るくらいなら、僕を殴ってください」


湊が俺を庇うように前に出た。俺は「やめろ」って湊の服を掴んで引っ張った。けど、兄貴は何の躊躇いもなく湊の顔面を叩いた。


「お前は黙ってろよ。しゃしゃんな」


湊が涙目になってる。それでも俺の前から退こうとしない。もう一発くらうってところで俺は白旗をあげた。


「兄貴、俺がホストを続ければ、飛んだ分はなくなるよな?」


「まあ」


「罰金はちゃんと払うから、もう帰ってくれない?……お願いします」


湊に手を出された怒りで頭ん中ぐっちゃぐちゃだ。兄貴に土下座で頭を下げる。靴裏で頭を踏まれる。そんなのどうでもいいくらい湊が叩かれたことが気に食わない。


「京一郎、俺はこんな端金どーでもいいんだよ。俺が立て替えてやってもいい。じゃあ何故、殴るのかって?お前が罰金を払わずに逃げようとしたこと。それが気に入らねぇんだ」


って悲しそうな顔をする。頭をその靴のヒールでグリグリと踏まれる。


「やっぱそれって、僕のせいじゃないですか……」


湊が兄貴の脚に抱きつく。兄貴は脚を華麗に一振。それで湊を追い払ってしまう。湊は「僕が……僕が……」と必死に弁明していた。


「気が済むまで俺を殴れよ。湊に手をあげられんのは俺が気に食わねぇから」


殴られるために顔を上げた。思いっきり額を蹴られた。そのまま後ろへと倒れ込んでしまった。


「じゃあ、はよ立てよ。サンドバッグにもならねぇな」


「ごめんなさい。ほら、殴って」


立ち上がってまた殴られる。その繰り返し。湊が俺の側でわんわん泣いてる。そうやって無力感に浸って、ただ泣いているだけのお前が好きだよ。


「あはっ、ホストの商売道具なのにぐちゃぐちゃにしちゃったなあ!」


「大丈夫だよ。俺は顔じゃないから」


「じゃあ、今度はその舌を切り落とそうか」


と口内に手を突っ込まれて、舌を引っ張られた。


「それはやめて」


なんて舌を掴まれたままではうまく言えなくて、胸元で指二本で小さくバツを作った。


「ふふっ、それは俺が悲しいからしないよ。京一郎」


と兄貴はいきなり俺のことを抱きしめてきた。土埃をたくさんかぶった俺はすごい汚いのに、ぎゅーっと俺が潰れそうになるくらい強く抱きしめられた。


「痛い。痛いよ、兄貴」


「……よし!じゃあ、これ置き土産だから。好きに使ってね!」


パッと切り替えたように俺から手を離した。俺は身体の力が抜けていたのでその場に座り込んでしまった。置き土産と称して分厚い封筒を床に投げて、兄貴は俺達に手を振った。中身は百万円だった。


「何なんですか、あの人」


「きっと不器用な人なんだよ。俺と同じで」

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