僕はやっぱり珈琲は飲めない
俺って感受性、死んでんだな。
湊と映画館に来た。湊が見たいって言った恋愛映画。内容はクソつまんない。あー、煙草吸いたい。映画館の難点は、座席に拘束されることだ。
主人公はどこにでもいるような普通な学生。誰からも相手にされない地味なキャラ。対して、ヒロインは校内でも人気の高いギャル。コミュ力高いギャルがオタクを翻弄してたら、逆に翻弄されちゃった!?みたいな話。
「オタクとギャルが釣り合うわけねぇだろバーカ」
恋愛を知らない奴が書いたような脚本にため息が出る。よくこんなリアリティのない妄想のような作品を社会は良しとしたものだ。ファンタジーだから良し?いやいやいや、ファンタジーにしては展開がつまらなさすぎなんだよ。手が触れ合ってドキドキして、ブラが見えてドキドキして、水着姿、体育着姿、服装一つでドキドキしちゃって、どーせ終盤には密室で二人きり。こんな他人の幸せを見て何が楽しいん?ああ、何か俺だけ他人の不幸を見て笑えって教育されてきたみたいやん。いや別に羨ましいとかじゃないねん。ただ純粋に他人の不幸のがおもろいやん。これだったら二時間のAV見てた方がマシやわ。ああ、湊を前にしてそんなこと言えない。
「映画、面白かったですね〜!」
と湊はニコニコで話しかけてくる。
「うん、面白かったね」
ツッコミどころ満載で。
「カラオケでキスするシーンとかキュンキュンしちゃいました!」
それなら俺らだってやったことあんじゃん。映画で追体験しちゃったんだ。
「俺とのキスを思い出した?」
「ちょっ、京一さん!恥ずかしいじゃないですかあ……」
「今更、キス如きで恥ずかしがる方が恥ずいだろ」
と塩味のポップコーンをかじる。
「何ですかそれ、僕は京一さんとキスする時、いつも恥ずかしいのに……」
可愛いな、湊は。映画の女優を見てるよりこっちを見ていたいと思うくらいには。
「湊、この後のデートプランは?」
「決まってませんね」
「じゃあ、俺が行きたい場所に行ってもいい?」
と湊の手を握った。湊は微笑みながら「はい」とだけ言った。
喫煙所で副流煙を吸う。京一さんとのデートは専らこれだ。別に嫌いじゃないけど、何処に連れて行ってくれるんだろう?というワクワクは消えてしまった。
「最近、お洒落になりましたよね」
「何が?」
「京一さん」
「え、俺?」
「貴方以外誰がいるんですか?」
喫煙所には僕と京一さんの二人きり。
「いや、別に。お洒落になったかな?」
「なりましたよ。リップとか香水とか付けて、どうしたんですか?」
「まあ、魅力的な人間になりたくて、」
「何故ですか?」
「俺、居酒屋のバイト始めたじゃん?それで、まあ、言うても接客業だからさ、身だしなみを言われるんだよ」
「バイト仲間に可愛い子がいるんじゃないですか?」
「いや、特には。そんな気にしてない」
「どこの居酒屋ですか?」
「隣り駅のところ」
「あそこら辺、治安良くないじゃないですか」
「まあね」
「心配ですよ」
「何が?」
「夜のお店が多いんで……」
「俺がそんなとこに金使うわけねぇじゃん。馬鹿にしてんの?」
と煙草を捨てて、喫煙所から出る京一さん。僕もその後を追いかける。煙草の匂いを纏った京一さんは僕の知っている京一さんだ。
「馬鹿になんかしてないですよ!」
「湊がいるから、俺には必要ないよ」
ああもう、京一さん!!好き!!!
「ふふっ、僕って愛されてますね」
「当然じゃん。愛してるんだから」
こんなことを言ってくれる貴方が浮気なんかするわけがない。そう貴方を100%信用した。この瞬間、僕は誰よりも幸福だ。何故ならば、隣りに貴方がいるからだ。
ゲームセンター内を徘徊する。貴方は目に付いた小さなぬいぐるみに苦戦している。
「そのキャラ、好きなんですか?」
京一さんには似合わないキャラクター。僕は違和感を感じる。女の子がよく鞄に付けている流行りのキャラクターだからだ。
「うーん、好きというか、これを好きな子がいるんだよね」
誰かへのプレゼントってことか。何だか心の中がもやもやしてくる。
「誰ですか?」
「バイト仲間だよ」
「じゃあ、取らなくていいじゃないですか」
「別に深い意味なんかないよ。俺はクレーンゲームをしたいだけなの」
そう言いながら、クレーンゲームを続ける貴方。五百円でぬいぐるみをゲットした。満足気な顔してる。
「良かったですね」
「うん。湊は?何か欲しいものある??」
「え、僕ですか?えーと、そうだなぁ……」
と周りを見渡していると、あっ、と目を見張るものがあった。
「やっぱ、湊はこれだよね」
高めのカップアイスのクレーンゲーム。全然落ちそうになくて、無理だよこれ、と貴方は笑っている。
「これ普通に買った方が安いですよね」
「そーゆーもんでしょ、クレーンゲームって」
湊もやる?って1プレイさせてもらったけどピクリとも動かなかった。
「これ絶対に詐欺!」
「あははっ、コンビニで買ってあげるよ」
「別にそこまではいいですけど」
「ううん。俺がプレゼントしたいの」
京一さんってこーゆーことサラッとできちゃうタイプだ。きっと僕が嫉妬してるから、僕にもプレゼントを用意してくれるんだ。そこが格好良いから好きだけど、たくさんの人にモテちゃうんじゃないか心配にもなる。八方美人の法螺吹き上手。みんな貴方のことを好きになる。僕だけの貴方でずっといてくれないかな。
カフェで京一さんはアイスコーヒーをよく飲む。僕はカフェモカの美味しさに気付いてからは、ずっとカフェモカだ。
「よくそんな苦いの飲めますね」
「人生の苦さに比べりゃあこんなもん、美味しく感じるよ」
と楽しそうに京一さんは笑う。僕の人生は死にたくなるほど苦痛に満ちているけれど、僕はやっぱり珈琲は飲めない。
「僕も大人になったら、飲めるようになりますか?」
「俺さ、大人になって、味覚がバグったんだよね」
「え、」
「嫌いなものが食べれるようになったんだ。過食嘔吐してたからかもしれないけど、口の中が敏感じゃなくなった気がする」
「んー?じゃあ、まだ僕は口の中が敏感なんですかね??」
「たぶんそうだよ。俺、コロッケが苦手だったんだよね。衣が口の中に刺さって痛くて食べられなかった。けど、大人になってからは、それが気にならなくなった。寧ろ、サクサクしてて美味いじゃん。って思っちゃって」
あの京一さんが、食べ物の話を楽しそうにしている。それが何だか感慨深くて、涙が出そうだ。
「きっと慣れるんだろうね。その刺激にも。だからもっと強い刺激を求めて、多種多様な味のものを貪り食うんだよ」
「エッチと一緒ですね。キスだけじゃ物足りなくなって、セックスするみたいな」
「確かに。そう考えると、人間って飽き性なんだね」
「僕は変化のが恐ろしいです。京一さんがいなくなったらと考えるだけで血の気が引きます」
「俺はずっと湊の傍にいるから、そんなことは考えなくてもいいよ」
と言ってくれたのにも関わらず、貴方は僕じゃない女の人と珈琲を啜っている。あの小さなぬいぐるみを受け取って女の人が微笑む。
頭がクラクラ、鈍痛が響く。僕は他人の気持ちなんかわからない。そんなの最初からわかっていたはずだ。でも、誰かを死ぬほど愛してみたかった。僕の存在理由は京一さんだから、京一さんに見捨てられたらゲームオーバーで、マイライフイズオーバー。貴方に心臓ごと抉り掴まれている心地だ。苦しい、苦しい苦しい苦しいよ。僕を蔑ろにしないでくれ。
事の発端は、お洒落な服で身を包んだ京一さんを見かけたところからだ。日曜日、僕はいつも通りに京一さんの部屋へと行こうとしている道中で、貴方はいつもよりもはやくにバイトに出かけていた。それが気になって尾行していると、仲睦まじそうな女の人と合流した。僕は一瞬でピンときた。浮気相手だと。僕は裏切られた気分でいっぱいになって、その場で声を殺して号泣してしまった。
「何がバイト仲間だ。浮気相手の間違いだろ」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔面でゾンビみたく歩いていく。貴方はこんな僕に見向きもしない。後ろを振り返りもしない。それほど会話に夢中なんだ。それほどその女しか見えないんだね。じゃあいいよ。殺すから。
殺意でいっぱいになった脳では何も考えられない。重たい参考書で貴方の後頭部を殴った。こんなのでは人間は死なない。わかっているけど、せずにはいられなかった。僕を見て欲しかった。
「痛っ!!誰!??」
とやっと後ろを振り返った貴方は絶句した。その、フレーメン反応した猫みたいな、その顔が見たかったんだ。
「京くん、誰この子。知り合い?」
「京一さん、一緒に帰りましょう」
と微笑みながら貴方に手を差し伸べる。貴方は従わざるを得ないように女から手を離して、僕の手を握ってくれる。
「結愛ちゃん、ごめん。ここで待ってて」
とだけ言うと、貴方は早歩きで薄暗い路地へと僕を連れ込んだ。
「京一さん、もういいですって」
僕は嬉しさか悲しさか怒りか苦しさかわからないまま、ずっと笑いが止まらなかった。
「何が?」
「もう死にましょうよ」
鞄からカッターを取り出して、左手首を思いっきり切りつける。もう痛みなんか感じない。ただ狂って楽しくなるために切ってるんだ。
「湊、やめて。俺は湊のこと好きだから」
と両方の二の腕を掴まれる。
「ふふふっ、じゃあ、あの女は何?」
ふざけてると言わんばかりに嘲笑った。貴方がこんなに馬鹿だとは思わなかったと馬鹿にした。
「……客。俺、ホストやってんの」
「は?」
開いた口が塞がらないとはまさにこの状況。決まりが悪そうに小声でそう教えてくれた京一さんは、自分自身の手に爪を立ててた。
「秘密にしててごめんね。それじゃあ、仕事だから」
と彼は悲しそうな顔をして、僕から離れた。けれど、あの女にはまた嬉しそうな顔をして、お待たせって肩を抱き寄せるんだ。
「僕だけの京一さんだったのに……」
僕の絶望感はやっぱり拭えなくて、ああああ、もう、死んじゃいたいってまた泣いて、どうしようもないけど腕を切った。クソめんどくさいな。京一さんは僕のことを好きだと言ってくれているのに、何で僕はその言葉が信じられないんだろ。
「京くん、大丈夫?」
「ん?何が??」
「さっきから何かぼーっとしてない?」
「あーそれは、結愛ちゃんが綺麗すぎて見蕩れてしもうて……」
嘘。脳内では湊を傷付けたことを延々と考えている。こんな考えたところで傷付けた事実は変わらないし、答えだって何も出ないのに。
「京くんの嘘つき。さっきの子、本当に何だったの?」
「近所に住んでる悪ガキって言うとるやろ」
しつこく聞いてくる彼女に、語気強めに答えた。
「そうは見えなかったけどなあ。一緒に帰ろうって言ってたし、」
「前にあの子の家庭教師してたことがあってん。でも成績あげられんくて、解雇されたわ」
「京くんが家庭教師?えー、私も教わりたかったあ」
「俺の得意科目、知っとる?」
「何?」
「ふふっ、大人の保健体育」
「あ、今からでも教わりたい!」
「今すぐにも襲われたいの間違いやろ」
「ねぇ、京くん。ホテル行こうよ」
「その前にお店で飲まへん?俺、すげぇ飲みたい気分なんやけど」
とホテルの話題を避けて、適当に誘う。
「うん……」
結愛ちゃんはやっぱり枕されたそうに、唇を尖らせた。あー、めんどくせぇ。
出勤時間よりも早めに店に入ると、まだお客さんは誰もいなくて、ヘルプについてもらいながら、ゆっくりと酒を楽しんでいた。
「京くん、」
「ん?」
「なんか今日はあんまり喋んないね」
楽しくなさそうな顔して、苦笑された。そりゃあ、湊を傷付けたからね。
「あー、目つぶって」
素直に言うことを聞いてくれる彼女。俺はそんな彼女の頬にキスをした。
「え!??」
「これ、しよかどうか悩んでたから」
「か、可愛い!!」
と頭を撫でられるけど、その頭で湊が死んでないかどうか心配してる。
「京、ヘルプついて」
内勤に呼ばれて、違う卓のヘルプにつくことになった。奏さんの卓だった。
「こんにちは、京って言いますぅ」
奏さん、めっちゃイケメンでしょ?って姫と会話しようとして、また絶句してしまった本日二度目。
「え?キョウイチ……」
「ああああ!!京って呼んでください!」
「何?桃子ちゃん、京の知り合い??」
桃子ちゃんがそこにはいた。奏さんが不思議そうな顔して、俺と彼女の顔を交互に見つめている。
「うん。前にセックスしようとしてし損ねた」
「まじお前、なんちゅうことを……!」
このセックス自傷行為女が!!と吐き出しそうになった。
「あー、京ってガード超硬いよね。枕してるの見たことない」
それに乗っかる奏さん。そうだよね、俺にセックスせがんできたもんね、この人も。
「最悪や。俺帰ってええか?」
「ねぇ、京一、間違えた。京さん、またあれやってよ」
桃子ちゃんはもう既に酔ってる様子で、適当なことを言い始めた。
「あれって何?」
「京さんが飲まなきゃ始まらないから絶対嫌とは言わせない!それ!それ!そーれ!」
と飲みコールし始めて、周りもそれに笑って乗っかって、一気飲みせざるを得ない状況になった。俺がグイッと一気に飲み干して、テーブルにグラスを置くと、
「あれー?ご馳走様が聞こえなーい!」
ってまた違う飲みコールを始める。もう一回、一気飲みさせられる羽目になった。こんなの集団いじめや。
「ぷはぁ、ご馳走様でした」
と言って、席から離れようとすると、奏さんが
「京、もう行っちゃうの?まだ一緒に飲もうよ」
と言ってきた。ここでいくら飲んでも店の売り上げにしかならないから飲みたくない。
「ここにいると俺の命が持たないんで逃げます」
「京さん、私以外に浮気したら殺すって言ったじゃん」
あ、思い出した。
「何その約束、いいな。俺にもして?」
「奏くんは、みんなのだからいいのっ!」
担当よりもヘルプの俺に対して独占欲あるのおかしいだろ。
「俺は浮気してないよ。一途に愛してるって」
「最初から信用ならないんだよね、こいつの言葉。だからぁ、コカテキ一杯!」
「何?コカテキ??何それ、知らない」
「あははっ、そのショット一杯何円すると思う?」
意地悪そうに奏さんが聞いてきた。ショットグラスに入ってきた緑と琥珀色の液体。下がコカレロ、上がテキーラという頭の悪いドリンク。
「んー五千円とか?」
「二万だよ。大切に飲みなね」
「は!!?二万!??これだけで??馬鹿じゃないの!??」
「京一郎、地獄に堕ちてね♡」
とグイしろっと合図を送られて、何も考えずに喉に通した。
「おええええ……」
喉が焼けるように熱い。痛い痛い痛い。吐き気がする。チェイサーが欲しくても酒しかない。仕方がない。奏さんの酒を奪って飲んだ。
その俺がもがき苦しむ様子を見て、桃子ちゃんはご満悦だ。性格悪っ!!
「あー、まだ変な味する……」
「えー、まだ飲み足りない?」
と桃子ちゃんは俺のことを煽る。あんな殺人ドリンク、二度と飲みたくない。
「遠慮しときますわぁ。そうやないと俺、姫のこと殴ってまうかもしれん」
てか、桃子ちゃんって本当はこんな酒癖悪かったんだ。第一印象ゲームでは寡黙そうな子ナンバーワンだったのに。
「きゃー、こわーい!」
と桃子ちゃんは奏さんに甘えたように抱きつく。その大きな胸が彼の腕に当っている。
「京、それは言いすぎ」
「すんません。けどこれ以上、飲ませんといてください」
本心を告げて、真摯に頭を下げた。これ以上は、俺が潰れる。
「じゃあ、テキーラ観覧車しよー?」
という桃子ちゃんの一言に、まじで殺意が湧いて、咄嗟にテーブルの上の鏡月のボトルを手に取って、ぶん殴ろうとした。奏さんが桃子ちゃんを庇った。俺もそこまで理性を失っていなかったから、結局は寸止めでやめたけど、このまま殴ってたら、看板の顔に傷をつけるところだった。そう考えるとゾッとした。
「……あははっ、すんませーん!テキーラ観覧車しましょかぁ」
と笑って誤魔化そうとしたが、奏さんにバックヤードに連れてかれた。
「京、あの子とどういう関係なの?」
「セックスまではしてないセフレみたいな」
「何であんなに京のこと潰そうとしてんの?」
「俺の彼女、ほんまヤンデレで。桃子ちゃんのこと殺そうとしたんよ。そいで、桃子ちゃんにも浮気すんな言われて縁切ってん。そやけど、ここで再会してもうたから修羅場なんよ」
「ホストなんて女落とすのが仕事だからね」
「せや。今日も同伴中に彼女にどつかれるし、最悪や……」
「刺されなかっただけマシだね」
「帰ったら何されるか、ああ、考えるだけで背筋凍るわあ」
卓に戻ると、泣いている桃子ちゃんがいた。そのテーブルではテキーラ観覧車がキラキラと光っている。
「私はぁ、京一郎のことが好きなのぉ!」
「おいおい、本名を大声で言うな」
「京……あのね、私ね、あの日、京と別れてから、すごい悲しくなっちゃってね、その穴を埋めるみたいにホストクラブにハマったの。だけど、京みたいな人は誰もいなくて、その中で唯一ね、私の気持ちに寄り添ってくれる奏くんに出会ったの」
「良かったね。奏さんは俺みたいに自己中じゃないし、イケメンで俺よりも優しくして貰えるよ」
「それはわかってる。わかってるけど、あの時に私は、京一郎に救われたの」
「けど、最後に深い傷を負わせたのも俺だよ。俺は君を選ばなかった。そんな俺を恨んでいるんじゃないの?」
「勿論、恨んでる。こんなところにいるのも意味わかんない。でも、もう一度。私にチャンスがあるのなら、疑似恋愛でいいから、京一郎さんと一緒にいたい」
「ああもう、」
調子狂わされる。俺のことを潰したいのなら、とことん潰せばいいのに。頭がクラクラして回んなくて、テキーラ一杯ぶち込んだ。
ふと気がついたら、奏さんの指名客なのに抱きしめて、キスをしていた。無意識下の行動だった。何て言い訳しようか回らない脳内で考えた。
「京一郎さん、やっぱ大好き」
「京、」
奏さんが険しい表情で俺を睨んでいる。
「俺、たぶん今日死ぬ。だから、許して?」
と粗相を見逃すようにお願いした。
内勤がこちらに話しかけてきた。結愛ちゃんの卓でシャンパンを開けるって。
「京くん、さっきの卓でキスしてたよね?あの女、本指じゃないでしょ?」
「シャンパン開けるんやってね。めっちゃ嬉しいよ。ありがと」
結愛ちゃんの言うことを全無視して、感謝を述べた。
「そんなことどうでもいい!!何であんな女とキスするの!??」
「結愛ちゃんはさ、気持ちのないキスされて嬉しいん?」
「え?それは……」
「嬉しないやろ。今も唇が汚れた気分や。はよシャンパン流し込みたい」
最低なこと言ってるな、
「……そっか」
結愛ちゃんにも引かれてる。
「その場を盛り上げるためだけのキスなんか、結愛ちゃんには似合わんから、今日はホテルにでも行って、二人きりでキスしよ?」
「え!!いいの!??」
「うん、ええよ。結愛ちゃんのこと大好きやもん」
どんどん境界線が見えなくなっていく。どこからが浮気のライン?そんなのわかんない。俺の気持ちが動いてなきゃ浮気じゃないでしょ。
休憩室でタバコを吸っていると、奏さんに遭遇して気まずい。
「京、桃子ちゃんの件……」
「ほんっまにすみません!!キスせがまれて、どうしようもなくて、」
「いや、俺は良いんだけどさ、他のキャストから爆弾って言われちゃってるから」
「何?爆弾??」
「他のホストの指名客を横取りしちゃうことを爆弾と言って、お店に罰金支払わないといけないんだよね」
「……まじか!!!」
「あと、俺に鏡月で殴りかかったのも、」
「……それもあんねや!!!」
「だから、絶対にしないように気を付けてね」
と言われたが、もう既にしてしまったことはどうしようもない。
「俺、罰金なんか払えへんわ。臓器売るかぁ……」
「それは大丈夫だよ。俺が払ってあげる。内緒でね!」
って人差し指立てられた。
「は?何でや、俺のこと恨んでるんとちゃうん??しかも、立て替えるって……」
「立て替えるじゃない、払ってあげるって俺は言ったの。お金、厳しいんでしょ?」
「いやいやいや、意味わからんて。そない上手い話あるわけ」
と、とんだ幸運に微笑んでいると。
「その代わり、俺に身体売ってよ」
あるわけなかった……!!そない上手い話。
「あー、まあ、そうなるわなぁ。将棋で言う、詰みやな。俺の状況は」
「ふふっ、むしろ爆弾してくれてありがたいよ。あの風俗女より京のことを抱いていたいからね」
「もう、堪忍してくれやぁ。弱ったなぁ。一旦、持ち帰ってもええか?」
「あ、逃げるのはなしだよ。ホストまだしてたいのならね」
「脅しかて」
「違うよ。ホスト業界ってルールが厳しいから、先輩からの教えだよ」
とにこやかな表情を見せられた。
「こっわい人やなぁ……」
と奏さんが喫煙所から出ていった瞬間、独り言が漏れ出た。
結愛ちゃんと合流して、腕に抱きつかれる。俺は吐いた後だし、罰金を抱えているし、湊を怒らせているし、どうも気分がのらない。
「京くん、ホテルどうしよっか?」
「結愛ちゃん、俺ホスト飛ぶかもしれん」
「え?どうして??」
「今日のアレさ、爆弾って言われて……」
「罰金?いくら払うの??」
「五十万円。俺、もう生きていけへん。身体売らんと」
「大丈夫だよ。私が用意するから!」
「あ、ああ、結愛ちゃん……!神やろ!??」
俺という人間は、苦しい状況下に置かれるとその苦しさから逃れるためには手段を選ばないタイプなのかもしれない。と、彼女にキスをして思った。
「京くん、お酒くさーい」
「ごめんなぁ。飲みすぎてしもうて」
なんて心にも思ってない謝罪を言いながら、彼女の身体をまさぐる。あー、酒飲むと勃たないんだよな。
「あー、かっこいい♡♡」
湊からもらった指輪を外して、彼女の中までも刺激する。彼女は喘ぎ声を出しながら赤面して、乱れた顔を俺に見せてくれる。
「可愛えなあ」
別にその顔が可愛いわけじゃない。俺にそこまで見せてくれるその従順さが可愛いのだ。支配欲が満たされていく。
「京くんと、あんっ……繋がりたい、」
「それはアカンで。まだ俺の指咥えといてや」
ぎゅーっと指を締め付けられる。あ、イッたんだ。とろんと性魂尽きた顔してから、
「ふふっ」
と不気味にそれだけ笑った。
「気持ち良かった?」
「うん。でも、もう終わっちゃった」
賢者タイムで終わりを悲しむ彼女は、いつもの俺を写しだす鏡のようだ。
「また何度も何度もすればいいよ」
湊に言われて嬉しかった言葉を模倣して、結愛ちゃんにさりげなく伝えた。
「京くん、どこにも行かないでね」
「行けへんよ。結愛ちゃんこそ、俺のこと見捨てんでね」
「見捨てないよ。捨てるわけないじゃん」
「ほな、よかった。結愛ちゃんと出会うまでは、世界から見捨てられる夢をずっと見てた気ぃするわ。もうあんな想いしたないねん」
湊に向けて言いたいことを他の誰かに向けて言ってしまっている。湊の代替品にしては可哀想になるくらい、湊が不器用で変態で完璧なんだ。




