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他人とは劣等感への刺激物

「最近、京一さんが変なんですよ!!」


僕は京一さんのバイト仲間の吉岡さんに愚痴った。


「氷野さんが頭おかしいのはいつものことじゃん」


「いや、そうじゃなくて!!最近の京一さん、さらに格好良くなったと思いませんか?」


なんか香水つけてたり、前あげたリップもつけて、眉毛も髪型も整えてたり、アクセも洋服にも気を遣ってるんだ。前はジャージに寝癖で外出てたのに!!


「あーね」


「これって、浮気ですかね??」


僕が心配そうに吉岡さんに聞いてみると、彼女は、


「湊くんによく思われたくて頑張ってるんじゃん?」


と適当なことを言う。


「思えば最近、京一さんとデートしてないんですよ。僕が勉強に演劇に忙しいからだけど、そのせいで違う奴に奪われるのは嫌なんです。我儘です、すみません……」


「じゃあ、デートしてみれば?」


「いやあ、でも、受験生だし……」


「大丈夫だよ、一日くらい。そう言えば、氷野さんも悩んでたよ。湊くんをデートに誘いたいけど、忙しそうだからって」


「え!?それ本当ですか!??」


「うん、湊くんに言ったら気を遣わせると思ったんじゃん?私に缶コーヒー奢ってまで相談聞いて欲しかったみたい」


その口ぶりは嘘じゃなさそう。すごい胸が高鳴る。


「もぉ、京一さん!それならそうと早く言ってくださいよぉ!」


思わずデレデレした顔を晒してしまった。だって、好きな男が僕とデートしたくて悩んでるんだよ??可愛すぎかって!!


「デート、楽しんできてね」


「はい!ありがとうございます!!やっぱ吉岡さんがいてくれると助かります。京一さんをこれからもよろしくお願いしますね!」


「わかったよ。湊くんも無理しないでね」


「はい!」


と僕は元気よくコンビニを出て、京一さんに連絡した。今度、デートしましょうって。



湊から連絡がきた。今度、デートしようって。最近はコンビニバイトもホストも両方やってて、一日休みは週に一日程度。家で死んだように寝たかったけど、せっかくの湊とのデートだから、これは死んでも行く。


「いいよ、何処行こっか?」


京一さんからの即レス。滅多にないから手が震えた。そんなに僕とデートしたかったってこと!??なーんだっ!早く誘っちゃえばよかった。可愛いんだからまったくもう!


「京一さんといられるのならどこでも」


じゃあ、家!ってわざわざデートの意味ないよな。どこか近場で楽しめて、なおかつあんまり体力も使わない場所。


「何か見たい映画とかある?」


やっぱ映画館に落ち着く。


「話題になってる恋愛映画あるじゃないですか!あれ見たいです!」


あーあれか、この前同伴した時に見たわ。なんて口が裂けても言えない。そんなに面白くなかったんだよなぁ。男のエゴと性欲で作られたような脚本だったし。


「それよりもさ、大迫力のアクション映画のが面白そうじゃね?湊、アクション学びたいって言ってたじゃん!」


あ!僕の過去の発言まだ覚えてくれてたんですね!そういう些細なところでまた貴方をより一層好きになっていく。でも僕はキュンキュンしたいし、貴方をキュンキュンさせたいから、恋愛映画が見たい!!


「でも、恋愛映画のがデートっぽくないですか?」


あー、そーゆーことね。キュンキュンしたいし、キュンキュンさせたいってわけね。恋愛ものでキュンキュンするなんてまだまだ中学生って感じ。


「わかった。じゃあ、そうしよっか」


京一さんとデートが決まっちゃった。楽しみで仕方ない!お小遣いいくら持ってこう?もう十万でも二十万でも持っていきたいよ。


「京、指名きたよ」


「はいはーい、今行きまーす」


今日もいつも通り客が望むものを提供する。最近、先輩の目が冷たい。ああ、俺頑張りすぎたんか。二枚目の舌が饒舌だったんだ。でも俺にはこれしかないから。


「結愛ちゃん、今日も来てくれて嬉しいわぁ!ほんまありがとね!」


「だって京くんに会いたいから、」


「わあ!もう可愛ええ!!俺の結愛ちゃんが一番可愛ええわぁ♡」


と数秒間抱きしめる。あれ、ちょっと長いかな?って思わせるくらい。


「ふふっ、京くんいい匂いだね」


「あ、気付いた?香水変えたん。前は煙草臭やったからなぁ」


「京くんの煙草の匂い好きだよ!」


「え!吸っちゃおうかなぁ?でもこんな可愛ええお洋服に煙草臭いのつけられへんよ」


「えー、気にしなくていいのにぃ」


「せや、俺と同じ匂いにせぇへん?」


「え?」


「香水!つけたげよっか?」


「やった!嬉しい!」


自分の手に香水を付けてから、彼女の手首に付けてあげた。あと、顔を近づけて彼女の首元にも付けながら見つめ合った。


「ふふっ、マーキング完了!」


「めっちゃドキドキしちゃった!」


「あー俺も!火照ってもうたから何か冷たいの飲も!」


と乾杯して、ドリンクバックを稼ぐ。


「京くん、今度デートしようよ」


「日曜日?いいよ、空けとく」


「いや、同伴じゃなくて、店なしのデートがしたいなぁ、なんて」


は?できるわけねぇだろ。


「え、めっちゃ行きたい!一日中結愛ちゃんと遊べるんやろ?最高やん!!」


って軽いノリで安請け合いした。


「え!断られるかと思ったから、超嬉しい!!」


「何でや、断る理由あらへんよ」


「え〜!幸せ!!いつにする??」


「結愛ちゃん日曜祝日お休みやねんなぁ」


日程が合わないからって理由付けて断ろ。


「あ、なんなら有給使うよ?」


「え、ええの!?そんなんして、」


「いいのいいの!有給は使うためにあるからぁ」


あークソ、逃げられなくなった。


「ほな、今度の休み……うーん、ここ大学あるやろ?」


まずは湊と遊ぶ日はなし、次の週の休みは疲れてるだろうからなし、さらにその次の週の休みにするか。


「京くんお休み少ないんだね」


「まあ、ゆーても大学生やからなあ」


「そっかあ……」


「あーせやけど、ちゃんと休み作るで?結愛ちゃんとデートしたいから」


「京くん、大好き!」


と抱きつかれる。


「俺もやで」


ってその頭を撫でた。くっそ、せっかくの休みが潰れた。一ヶ月先のだけど。


「どこ行こっか?」


「どーせなら目一杯楽しめる場所がええんとちゃう?」


「えーじゃあ、遊園地行こ!」


あ、ここ。湊と行ったところだ。


「ここら辺の遊園地、行ったことないから楽しみやわ」


「え!遊園地行ったことないの!?」


「いや、子供ん頃はそりゃ行ってたで?せやけど、大人になると遊園地なんか行かへんくならん?」


「え、彼女とかと行かないの?」


「いや、元カノ達はみんな関西に置いてきてんで」


「上京してから彼女いなかったんだ」


「そやで?東京って孤独やわぁ、思たわ」


事実、湊以外には誰もいない。遊びはいたけど、遊びがちょうど良かったから。


「そうだよね。寂しいよね」


「やから、こうやって二人でおれんの、めっちゃ嬉しいわぁ!」


って、肩に腕回して抱き寄せる。


「京くん、ほんと甘え上手だよね〜!」


「結愛ちゃんやしこんなんできんねん。他の人にはせぇへんよ」


「か、可愛いすぎ!!」


あー、キョドった湊みたい。


「俺、結愛ちゃんいないと無理やわ。離れんといてね」


「うん!絶対に一緒にいる!」


偽愛を誓い合った祝いを込めて、ポンして貰った。あー炭酸の泡のようにストレスは脳内で弾け飛ぶ。あ、あの先輩、この前俺のこと煽ってきたよなぁ。枕でもしてんだろって。してねぇよ馬鹿。売れないホスト可哀想だね、グイッ!


「あー、死にそう……」


営業終わり、飲みすぎで喫煙所で寝っ転がっていた。


「京、邪魔。そこで寝るな」


「せんぱーい、今日の俺、頑張ったんとちゃいます?ちょっとは見逃してくらさーい」


まさかのシャンパン五本開いて、飲みまくった。後半の記憶ねぇ。


「あの姫、今日機嫌良かったな」


「俺の全休、奪ったんすよぉ!あの人!まーじ休みたい」


「まあ、これだけしてくれたんだから、」


「そやけど!はぁ、まあええか」


「京はさ、本命いるの?」


「え、ぜってぇ言わねぇ!」


「その反応、いるんでしょ?」


「そいで見せてとか言うやん、無理無理無理!」


「そこまで言ってないじゃん」


「ほな、先輩は見せられるんですか?」


手のひらを先輩に向けた。


「俺はいないから」


「あ!そうやって逃げるぅ」


「これ本当!」


「こんな、イケメンで、ぜってぇいるって!」


といきり立ち上がった瞬間、よろけて先輩に支えられる。


「大丈夫か?本当に」


「もう俺帰れなーい。先輩ん家行かせてよ」


苦しそうな表情で先輩を見つめると、


「ったく、わかったよ」


と肩を貸してくれた。とりあえず、一時間ほどトイレで吐いた。


「あぁ、気持ち悪ぃ」


「大丈夫?服とか汚れてない?」


「うん。俺、吐くのだけは得意やし」


「本当だ。まったく汚れてない」


俺がいたトイレの個室を見て、先輩が驚いていた。笑えた。


「せんぱーい、名前なんて言うの?」


「は?俺の名前も知らなかったの?」


「だって在籍多すぎんだもん」


「はい、俺の名刺」


半目でうっすらと見えた名前。


「湊?」


(かなで)な」


「湊!」


湊の字が見えて、元気が出た。


「おい、ちゃんと奏って呼べ」


「俺はぁ、京一郎……」


途端に酒鬱がきて、元気を失った。


「へぇ、京って本名は京一郎なんだ」


本名がかすってない源氏名になったら、反応できなさそうだから京にした。


「京って呼んでいいよ」


「もう呼んでるけどな」


そんな会話をしながらふらふら歩いてると奏さんの寮についた。


「奏さんの家、めっちゃ綺麗!」


「物がないだけだよ」


「あ!高っけぇシャンパン飾ってある!」


「前下ろして貰ったやつ。記念に」


「奏さんイケメンやからなぁ。女がほっとくわけないねん!てことで、彼女は?」


「いません!」


「何でなん!この世の中おかしい!!」


「いやだって、出会いがなくて……。客なんて大抵、風俗かキャバ嬢じゃん?俺は昼職の普通の女の子と付き合いたいんだよね」


「一理ある」


「けど、ホストに偏見ある子も多いし、タイプの子となかなか付き合えないんだよね。客にしちゃう」


「こっわ。メンヘラ製造機なん?」


「あー、それだと思う」


「そしたら、結構稼げてるんとちゃう?」


「まあ、金はあるけど趣味がないからねー。老後の資金集め?」


「あー、訳分からんわ。何がモチベでホストできてるんそれ」


「ホストはつらいって言う人いるけど、俺にはこの生き方のが楽だから。それしかないね」


「天性のホストやな」


「京は?何でホストやってんの??」


「まとまった金が今すぐにでも欲しくて、ホストに賭けた」


「そんな、金がなくなることある?」


「はあ?これだから貧乏人の気持ちがわからん奴は……。家賃滞納してんやぞこっちは!」


「え、がちでいるんだ」


「いるわ!貼り紙が玄関に貼られんの。知らんやろ?」


「電気、水道代は?」


「そっちはかろうじて払ってるけど、」


湊がお世話になってるからって澪さんが出してくれてるんだ。


「へえ、何で今までちゃんと働かなかったの?」


「それは、ちょっとした病気で……」


「うつ病?」


「何でわかんの!?」


「リスカ跡、見えてるよ」


「あ、やらかした」


上着脱いで腕まくりしてるわ。


「お客さんの前ではやらないでね」


「わかってるって」


うつ病だってバレて気まずい。変な奴って思われたかな?面倒な奴って思われたかな?ああ、ごちゃごちゃ考えんの面倒!


「奏さん、気ぃ遣わんでね。病んでないから」


「誰が気ぃ遣うか。メンヘラには人生ごと狂わされてるからね」


「あ、当たり強くなる……?」


「いや、それは八つ当たりだから、流石にしないけど」


「良かったあ!あと、病んでるからって過剰に優しくされなくて良かったあ!俺、そーゆーの苦手なん。繊細で脆くて弱いのは間違いないけど、俺は普通の人間になりたいから。腫れ物扱いされるの好きじゃない」


「京はこの仕事向いてるよ。他人の気持ちがよくわかるから」


「あ、それ自己紹介?他人の気持ちがよくわかるって」


「あはっ、そうだね!だから、こうやって京に優しくしてるんだ。飲みすぎはつらいよね」


「つらいよぉ。奏さーん」


俺は上着を脱ぎ捨てて、上裸で彼に抱きついた。


「京!?痛そうな傷跡見えたけど!??」


「飛び降り自殺、失敗しちゃったあ」


「そんなニコニコ笑顔で報告しないで」


「だって、笑えんじゃん。死はエンタメだよぉ」


俺の死は特に。


「ああ、すごい心配になる奴だ」


あははっ!と少し笑うと、たちまち全てが虚無になって嫌になって、ああ、死のう。と思った。


「奏さん、酒鬱……」


「よしよし、わかったよ。大丈夫だからね。俺がついてるから」


彼は抱きしめ返してくれて、俺のことを大事にしてくれてるみたいだと実感した。


「何だかもう何もかも疲れちゃった。傷付いても笑って、頑張ったら嫌われて、道化師になっちゃって。急アルで死がよぎって、あぁもう、今日で死んでやるよって酒を煽っては死ねずにいる。ほんと、馬鹿みたい……」


「京はよく頑張ってるよ。キャストからの嫉妬なんか気にすんな。俺は京の頑張りを認めてるから、京の味方だからね。ここの業界では売れた奴が正義だよ」


「……奏さん、何が欲しいん?俺、客ちゃうで。正直に言って」


「別に何かが欲しくて優しくしてる訳じゃないよ。ただ、ほっとけないからさ」


奏さんの純粋な優しさをも疑ってしまう人間不信。失礼極まりない。けど、裏切られるのはもっと嫌だから。


「そんなん俺が納得できんわ」


「じゃあ、京と仲良くなりたいから」


「何で?俺なんかと一緒にいてもメリットないで??」


「自虐ネタ、つまんないよ。やめな?」


「ネタじゃない!本気で……!!」


「だったら、もっとやめな?自分に優しくしてあげて」


と言われた瞬間、だばーっと涙が溢れ出てきた。俺は今までずっと自分に対して怒っていたんだって気が付いたから。涙が止まらない俺に、奏さんは大丈夫。今までよく頑張ったね。と声をかけて、頭を撫でてくれる。その優しさのせいでさらに涙が止まらない。


「奏さん、ううっ、もう泣き止むから……」


「無理に泣き止まなくていいよ。いっぱい泣きな?」


三十分くらい泣き続けていた気がする。今はもう泣き疲れて、虚無の世界にいた。奏さんがティッシュを持ってきてくれて、顔を優しく拭いてくれる。


「綺麗な顔だね」


そんなことを奏さんは言うから、俺は咄嗟に後ろを振り返ってしまった。俺しかいないのに。


「え、俺!?こんな涙でぐちゃぐちゃな顔が???」


「俺、泣き顔好きなんだよね。可愛い」


にやけながらこっちを見つめてくるから、恥ずかしくなってきて、でも俺一人だけ恥ずかしいのは嫌だから、奏さんの頬にキスをした。


「ありがとう、ござます……」


恥ずかしすぎてぎこちない。童貞みたいだ。


「やばぁ!京って、こーんなにも可愛いんだ!!俺からもキスしていい?」


テンション高い奏さんが俺の首に両腕まわして、顔の距離が近いまま俺に惚気けるようなこと言うから、俺のこと好きじゃんって馬鹿な脳みそで思っちゃった。


「唇以外ならええよ」


と言うと、俺がしたように頬にキスをしてきた。その後に耳、首元、胸と順々にキスをされる。


「やっぱ、唇はダメ?」


あと数センチで唇にキスされる距離。したくてたまらないっていう表情。


「これで我慢して」


申し訳程度の触れるだけのキス。それでも彼はとても喜んでくれて、


「京、愛してる」


って強く抱擁される。


「奏さん、勃ってんの?」


「俺、男も抱けるんだよね」


ちょっぴりゾッとした。たぶん俺が抱かれる側だから。


「へえ、俺のこと抱かないでね」


「えー、そんなエロい顔しといて?」


「エロい顔なんかしてへんやん」


「してるしてるぅ。めっちゃ唆られるんだけど」


と何度かまたキスをしてくる。


「もぅ、やめぇ!恥ずいねん……」


「そうやって恥ずかしがってるのも可愛い」


「はぁ、まじ俺の何処がええの?ほんまに見る目ないで?」


湊といいこいつといい、俺のことを好きになる奴は変態しかいないのが、また立証された。


「そんなことない。京はとっても可愛いよ?」


「ああ、腹立つわ。ただ抱きたいだけやろ」


「それでもいいよ。京がそう思いたいならね」


と捻くれた俺も包み込んでくれる優しさに何とも言えなくなって、俺だけがただ悪者になってく。


そんなことを思っていたら、俺のスマホが鳴った。


「ん?何??」


「京一さん、今日帰ってこないんですか?」


「バイト仲間のところに泊まらせてもらう」


「何で??」


「男だよ。心配しないで」


「今の時代、同性でも信用ならない時代です」


「えー、そんな奴じゃないけどなあ」


と話してると、奏さんに「誰?」と口パクされた。なので、「彼女」と口パクし返した。


「京一さん、聞いてますか?」


「え、ごめん聞いてなかった」


「京一さんとその人の二人ですか?」


「うん、そうだよ」


「お酒飲んでます?」


「うん」


「どういう流れでそこにいるんですか?」


「バイトして、その途中で仲良くなって、一緒に宅飲みしよーってなって、こうなった」


「最悪です。ほぼ浮気じゃないですか」


「え?何でそうなるん??」


「その男、絶対に京一さんのこと好きですって!」


そう言われて、その通りで可笑しくなってしまった。何で湊はわかるんだろ?


「あはっ、そんなんあるわけないじゃん」


「ビデオ通話しましょう」


わ、最悪。付けたくねぇ。俺、上裸だし。


「ちょっ、ちょっと待って!」


「何で待たなきゃいけないんですか?やっぱ女もいるんですか?」


「そうじゃないけど」


「じゃあ、何で?」


と詰められると、上着を着るのも面倒くさくなって、ビデオ通話を開始した。


「こーゆーこと」


「ちょっ、京一さん!??何故、全裸!?!?」


「全裸じゃねぇよ、上だけだよ。暑かったからさあ」


「……セックス、したんですか?」


「は?馬鹿なの??ただの飲みすぎ」


「そんな、京一さんの上裸が、他人に易易と見られるなんて……」


そう言われて、始めて奏さんが恐ろしくなった。普段だったら、こんな傷は他人に見せないのに。口車にのせられた……?


「ね。俺の弱いところ見せちゃった」


「京一さん、セックスは絶対にしないでくださいね」


「しないよ。湊のことを愛してるから」


「京一さん、後でその男の顔写真ください」


「わかったよ。じゃあね」


と電話を切った。奏さんはキッチンで夜食を作っていた。


「終わった?」


「うん、何作ってるん?」


「野菜炒め。美味しそうでしょ?」


「美味そう。食べたい」


「ふふっ、一緒に食べよっか」


テーブルに大皿にのせた野菜炒めを置いて、二人でそれを囲む。


「写真撮りたい」


写真にうつる彼は宣材写真通りのイケメンで、とても美しくて、それを眺める俺はとても醜かった。


「いただこうか」


彼とともに野菜炒めをつまんでいると、湊から返信があった。


「こんなイケメンとだなんて……!!」


湊が吃驚しているスタンプとともにこう送ってきた。その狂いなき審美眼に「やっぱりこいつ、俺のこと格好良いって思ってねぇな」って取り憑かれたように思っちゃって


「俺なんかが相手されるわけないでしょ」


と虚しくなりながら返信した。


「京、どうしたの?美味しくなかった??」


「ううん、美味いよ。ありがとう」


暗い顔をしていると心配されるから、何もないかのように微笑んだ。


「良かった。好きな子を落とすには胃袋を掴めって言うからね」


「俺の胃袋を掴むのは難儀やで」


「そんな気がするよ」


ピコンっと湊からの連絡。


「京一さんと釣り合うのは僕です。京一さんの相手は僕がします。そんな男に靡かないでください」


「大丈夫だよ」


湊は否定しない。俺と奏さんが釣り合わないってことを。俺がブスなのはずっと前からわかっている。だけど、何だか何だろうな、好きな男にくらいは世界一格好良いって思われていたかった。


「京、泣いてるの?」


「泣いてへん。俺こんな笑顔なのに何言うてんの?」


「笑ってるの口元だけじゃん。目が泣いてるよ。どうしたの?」


と奏さんは箸を置いて、俺の方に近づいてきた。俺に触れようと伸ばされたその手を俺は拒絶してしまった。


「やめろ。触んなや」


「……ごめんね。つい心配で」


「ごめんなさい。優しくされるともっと泣いてまうから」


「泣いていいって」


奏さんは俺を抱きしめる。俺は案の定わんわん泣いてしまう。


「奏さんが羨ましい。全部持ってんのずるい」


「そんなことない。京は俺にないもの持ってるでしょ?」


「何や?障害か??」


「ふふっ、そうじゃない。愛嬌とかトークの上手さとかだよ」


「あ、いま笑ったな?やっぱ俺のこと障害者や思ってんねやろ」


「そんな、思ってないって」


「あーあ、めっちゃ傷付いたわあ。これは今度飯奢ってもらわんと」


涙目の拗ねた顔して、奏さんを見つめていると、


「わぁ、あざとっ!」


と何故か喜ばれて、


「奏さんの奢りやからね」


なんて釘を刺しても


「うんうん、何でも奢るよ!」


と二つ返事で快諾された。優しいって次元じゃない。


「そんなんやと身を滅ぼすで?」


「え、何?俺の心配??大丈夫!京より金持ってるし!」


と人の心配をよそに軽々しく若干俺のことを馬鹿にしながら返された。


「は、腹立つぅ〜!!」


自分の右脚を殴った。俺はブスの障害者の貧乏人、という三重苦。目の前にいる男とは正反対の存在。こうやって同じところにいるのに、何故、こんなにも違うのだろう。


「ごめん!京、気にしたよね?さっきの俺、嫌な奴だった……」


「馬鹿にされることなんか、慣れてるよ。奏さんは悪くない。俺が普通じゃないのがいけないんだ」


何度も何度も自分の脚を殴る。全然、こんな痛みじゃ足りない。


「京、自分を殴るのはよくないよ」


彼にそう言われて、殴るのをやめた。少し泣いた後、ふと思い出したかのようにキッチンへ行き、包丁を取り出した。


包丁を左手にあてる。


「痛みでしかストレスはなくならない」


その考えが何度も頭の中をループする。


「京、それやったら俺悲しいよ!?」


奏さんの苦しそうな顔が見える。けど、俺には俺の苦しさがある。他人の気持ちなどわかんない。自己中心的に俺は腕を切った。


「奏さん、ごめんね。包丁汚した」


きっとこれが悲しくて、彼は泣いているんだろう。満足するまで腕を切った後、ふわふわとした感覚の中で、彼を慰めた。


「そんなことはどうでもいい。京って俺といると楽しくないの?」


「た、楽しいよ!野菜炒めが、美味しいし!」


「何で今だけ、そんな下手な嘘つくの?俺のこと、嫌いになった?」


「……嫌い、じゃない」


「そう。俺、京がすごく可愛いから調子に乗りすぎたんだ。感情が抑えられなかった。嫌だったでしょ?キスされんのも」


「嫌いじゃない、言ってんじゃん!!」


わからず屋の奏さんにキスしてやった。これでわかるだろって。


「京、そんなんされたらまた俺、勘違いしちゃうじゃん……」


「ううん。好きだよ」


と俺の方から抱きしめた。


「あーめっちゃ幸せ。京のこと、抱きたい」


「それは、堪忍なぁ」


あー、奏さんに俺の血がつきそうだ。すぐに抱きしめるのをやめて離れると


「えー、もう終わり?」


と奏さんが甘えてくる。


「血ぃ、ついちゃう」


「気にしないよ」


と俺の血まみれの腕を掴んで、自分の肩にのせる。高そうな部屋着が、最悪だ。


「俺が、気にする。脱げ」


「ははっ、そこまで言われたらな」


とさらっと上裸になった奏さん。肉体美が凄まじい。まるで絵に描いたような完璧な筋肉だ。


「え……抱かれたいかも」


「ヤる?」


「いやいやいや、冗談やし!」


「俺、優しくするよ?」


「ええて。もう虚しくなるわあ」


「何が?」


「俺ってほんま、何も持っとらんってこと」


「俺だって持ってないよ。彼氏とか。募集中だけど」


「俺が女やったら付き合うてたな」


「女じゃなくても付き合うよ」


「遠回しに断っとんの察してくれ」


「ふふっ、そうだよね」


俺のことを抱きしめる力が強くなる。


「そやけど、友達としては一緒にいたいから」


と照れながらも本心を伝えた。


「京、ほんとに大好き」


「今度、飯奢ってな」


「はいはい、わかったよ」

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