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jerk_off_bad_mouth

俺は悪だ。けれど、正論パンチで夜も眠れなくなるほどの悪だ。

正義は弱いものを守るためにあるかのように描かれるが、この世での正義は全うに他人を貶せる免罪符だ。

自己犠牲はなく、ただ一方的に悪を叩いて貶して、最終的には死に追いやる。

全人類が聖人を求めているかのように、その枠からはみだした途端、悪人だとレッテルを貼られる。


「俺は、きっと生きているだけで、誰かにとっての悪人だ」


他人の目なんか気にしなければいいものをまた他人に批判されて、


「僕のとっては天使ですよ」


と言ってくれる君に癒されている。


「俺さあ、路上喫煙しちゃったんだ。もちろん悪いことだとは思ってる。だけどさ『ここは喫煙所じゃねぇぞカス』って暴言吐かれるまでのことなのかなって思っちゃって、そいつのこと殴っちゃった……」


「え、殴ったんですか?」


「うん、殴っちゃった。けど、ゆっくり煙草吸いたくて、蹴っちゃった」


「け、蹴りもしたんですか!?」


「そう、のびちゃった」


「のびちゃった、って置いてきちゃったんですか?」


「うん、だって捕まりたくないし!」


「それはそうですけど!……はぁ、京一さんが無事でなによりです」


何か不満を言いたげな顔してから、諦めたようにとりあえずの言葉を言った。


「湊、他に言いたいことあるの?」


「僕達が平穏に生きていくための大前提として、他人に簡単に暴力を振るわないでください」


目を合わせない、湊は冷たい。


「俺、やっぱ悪人だね」


「そーゆー話じゃないです!貴方のいいところは僕がたくさん知ってます!ただ問題になって離れ離れになっちゃうのが嫌なだけですよ!」


「湊を悲しませるような悪人には一番なりたくなかったのに、ごめんね」


君の頬を撫でようとして、表面を掠めてやめた。俺の手が真っ黒だったから。


「京一さんには暴力で解決できたという成功体験があるんです。だから、感情的になると暴力をふるっちゃうんです」


「じゃあ、どうすればいいの?」


「他の対処法を身に付けましょう。まず暴言を吐かれても、普通ならば大人な対応で無視します」


「むかついても?」


「むかついてもです」


「できないよ」


「それならいま練習しませんか?」


「……やってみる」


「京一さんのバーカ!少しは自制できるようになりなよ」


「ふっ、イラッとくるね!」


痛がゆくて笑っちゃう。ストレスを笑いに変換して、発散する。大丈夫、大丈夫、手は出さない、手は出さない。


「働きもしないくせに、酒と煙草はやめないし」


「あー、ふふふっ、あははははっ!!」


馬鹿、笑いが止まらない。刃物で皮膚を撫でられてるような気分だ。いっそ殺して俺を黙らせて欲しい。


「死にたがって気ぃ引くのもやめたら?どーせ死ぬわけじゃないんだし」


これを言われた瞬間、笑い声がピタッと消えて、脳内でプツンと何かが切れた。気が付いたら、湊を蹴り倒していた。


「お前それ本気で言ってんのかよ!!」


湊の胸ぐら掴んで、怒鳴り散らかした。湊は身を縮こませて泣いていて、


「ごめんなさいごめんなさい……」


と小さな声で怯えながら何度も言っていた。やらかした。きっとこれは本心じゃなくて湊も言われて傷ついた言葉を俺に向かって言っていただけだった。


「ごめん、つい俺もカッとなって」


「カッとなって脚が出たら、その時点で終わりなんですよ!わかってるんですか?」


湊は泣きながら正論を言ってきた。俺にわかってもらえなくて泣いてるみたいだった。


「ごめんね湊、もっとちゃんとするから」


「いつもそうやって、謝るのだけは立派ですね」


と嫌味ったらしく言うので、


「うっざ!もういいよ、犯罪者でいいよもう。いっそ誰かを殺して死刑にでもなればいいじゃん」


と悪態をついた。


「何でそんなこと言うんですか!」


「俺、向いてないよ。生きるのに向いてない。人間性が終わってんだもん。さっさと死んだ方がいいだろ?」


「もう、京一さん!何でわかってくれないんですか本当にもう!!」


泣き叫ぶような声。床を殴った拳が赤くなっている。湊は頭をかきむしりながら言葉にならない奇声を発していた。あーこれ、どうしようもならないなって思って、一旦、煙草を吸った。


「は?何でこのタイミングで煙草すうの??」


驚愕した顔の湊と目が合った。


「お前がギャーギャーうるせぇからだろ」


「意味わかんない!捨てて!」


と言われたので、めんどくさいからそのまま床に捨てた。


「はい、捨てました」


両手をあげてにっこり笑顔で煽りながら主張した。慌てて火を消す彼が可笑しかった。


「あーーー、まじでイラつく!これどーするんですか?焼け跡くっきりと残りましたけど」


「知らねー」


「『知らねー』じゃねぇよ。ふざけんのもいい加減にしてください!!貴方、大人ですよね??子供じゃないんだから、自分がやったことぐらいの責任はちゃんと取れよ」


苦虫を噛み潰したような表情で俺に説教してくるから、あの湊が?冗談だろって思っちゃって、


「あはっ、何だよその口の利き方!可愛くねー!」


って笑い飛ばそうとした。けど、


「可愛い可愛くないどうでもいいです。何で貴方のこと好きなのか、わからなくなってきました。もう帰ります」


とマジトーンで返されてしまって、さすがの俺も焦って、


「ごめんごめん!俺が悪かったって!ね?」


ってご機嫌うかがい。


「もういいです。帰らせてください」


失敗。


「湊、本当に帰っちゃうの?」


次、名残惜しそうに湊の袖口を引いて、同情を誘う作戦。


「可愛く引き止めても無駄ですよ。騙されませんから」


失敗失敗。


「あーもういいよ、そんなに帰りたきゃ帰れば?」


次、逆に突き放して寂しく思って貰おう作戦。


「はい、帰りますね。さようなら」


失敗失敗失敗!湊にこーゆーの効かないんだった。


バタンっ!そうこうしているうちに扉がしまってしまった。


「湊!」


名前を呼んだとて、もう返事する人は誰もいない。こんな汚い部屋に一人。やってられねー。涙を流すために酒を飲んだ。


次の日。昼まで酔いつぶれていた。湊はまだ来ていない。てか、来るのかな?見捨てられた?もう会えないとか、なしだよな?……めんどくせぇ。死にてぇ。


玄関ドアあけて、目の前の手すり飛び越えて、二階から飛び降りた。脚から落ちて、着地の瞬間、上半身まで電流が流れたように痛みが走った。


「い〜っ、はぁはぁ、いった……」


絶対に脚折れた。脚動かせない。痛みしかない。こんな痛い思いして苦しみながら死ぬのは嫌だ。


「ちょっと、大丈夫ですか!??」


俺を見かけた一人の女性が声をかけてくれた。


「ふふっ、右脚やっちゃいましたあ」


俺はこの助けなくてもいい人間に声をかけてくれたことが嬉しくて笑ってしまった。


「とりあえず、救急車を……」


「いらないです。死ぬためにやりました」


「し、死ねないですよ??」


「あははっ、そうだろうね!でも、医療費も払えないほど金がないんだ」


「それでも、救急車呼びますからね!」


きっぱりと断言されてしまって、生かすための治療をまた受けるのかと思うと馬鹿馬鹿しくてため息が出た。


「えー」


「とりあえず、保険証!ありますか?」


一通り電話をし終えた彼女はそんな質問をしてきた。


「二階のドア開いてる部屋。俺のだから、そこのどっかに俺の財布があると思う」


「わかりました。安静にしててくださいね」


「あーあと、煙草も持ってきて」


「え?」


「お願い、一本だけ吸いたい!」


「いや、安静にしとかないと」


「煙草で痛みを忘れられると思うんだ」


「はぁ、わかりました。待っててください」


と言われた数分後、煙草と財布と氷の入ったビニール袋を渡された。


「ありがと!天使だね!」


「ふふっ、どういたしまして!」


救急車を待っている数分間、空に向かって煙を吐いた。彼女は俺の脚に氷を当ててくれていた。何だか自分が惨めになって、煙草は早めに捨てた。


「ごめんなさい、どこか行く途中でした?」


「友達と会う約束してたんですけど、事情を話したら友達もわかってくれて、『偉いね』って言われました」


それ、皮肉じゃないのかな?普通だったら助けずに見過ごすのに、私との約束破ってまでわざわざ助けるなんて、偉いね。


「そう、悪いことしたね」


「いいえ!あ、救急車きましたよ!」


担架で運ばれる瞬間、彼女が俺に向かって手を振ってるのが見えた。一緒にきてくれないんだ、っていう気持ちを押し殺して、


「またね」


と笑顔で手を振り返した。連絡先くらい交換しとけば良かった。

救急隊の人達に囲まれて、病院へと運ばれていく。棺桶にいるみたいだ。


「氷野 京一郎、23歳。大学生。死にたくてアパートの二階から飛び降りました」


「どうして死のうと思ったの?」


「俺は加害者側の人間なんですよ。誰かを傷つけてばかりで嫌になりました」


「生きていれば多少なりとも誰かを傷つけることがあるよ」


というフォローの声も聞こえないくらい、俺は俺が嫌いだった。


「そんなんじゃないです。加害行為がストレス発散なんですよ」


「それで挙句の果ての自傷行為ということか」


「生きててストレスを感じる、俺が悪いんです。もう生きていくのがしんどいです」


と一人でにやにやと笑って話していた。


「精神科に入院を……」


「入院?嫌だよ。金ないもん」


「でもこのままじゃ、」


「治んなくていいよ。治す気ないもん。死ねたらそれでいい」


「とりあえず、病院ついたから降りるよ」


精神がおかしい。何言ってるかわかんない。そんなの当たり前。みんなと違って当たり前。俺は氷野 京一郎だから。


「脚、いらないです。切断してください」


「しないですよ、ちゃんと治しますから」


「心臓も、いらないです。医者ってさあ、人間殺せるんでしょ?殺してよ」


「医者は人間を治すんだよ。殺さない」


「人間ってさあ、玩具みたいですね。社会に壊されて、医者に治されて……で、社会にも捨てられた。そんな玩具が俺です」


「氷野さん、ご家族とは連絡とれますか?」


「え?家族??俺のこと迷惑がってるよ。この前もさあ、ビルの屋上から飛び降りたんだけどさ……」


と陽気に話すと、


「はあ、もう二度とやらないでくださいね」


ってため息つかれた。


「はーい」


空返事してレントゲン撮って、ばっちりと折れてるのを確認した。俺が負傷してることがちょっぴり嬉しくなった。


「結局、死ねてないけどな。この死に損ないめ」


と幻聴は言っていたが、That's Life!痛みと苦しみを感じるだけの人生が、俺の人生だ。

診察料を払って、松葉杖生活がスタートした。まず病院から家に帰るのが、とてもじゃないけどしんどかった。バスや電車ですらスムーズに降りられないし、他人の邪魔になる。アパートの階段は狭くて、松葉杖を担いで一歩一歩ゆっくり上った。家に着くと自宅の玄関で倒れ込んだまま動けなくなった。やることなすこと全てが大変で億劫だ。ご飯も食べられないトイレも行けない。ただ天井を見つめていた。そして、死にたいとずっと思っている。


湊の連絡先がふと目に入る。湊には、頼りたくない。と思い、スマホを閉じる。


そのまま俺は寝ていた。目を開けると、ベッドの上にいた。辺りを見渡すと、酒の空き缶一つない綺麗な部屋になっていた。


「誰の仕業だ?」


「僕以外いるわけないじゃないですか。おはようございます、京一さん」


「あぁ、湊か。おはよ」


「脚、怪我したんですね」


「そこから飛び降りたら怪我した」


俺は玄関の先を指さした。


「何で?」


「飛び降りの予行練習をしたかったんだ」


「予行練習なんて必要ありません。本番は一生きませんから」


そんな言葉を聞かずに俺は自分の気持ちを伝えたくて


「でも次は死ねそうな気がするんだ」


と何も考えずに言ってしまった。


「だからぁ、必要ないって言ってるじゃないですかあ!」


湊に怒鳴られてビクッてして、はじめて目が覚めた。


「……ごめんなさい」


「別に謝って欲しいわけじゃないんですよ」


「じゃあ何?死んで欲しい??」


と微笑んだ。


「ほんっと!!、もう!貴方って人は……!!」


「なーに?言いたいことあるならはっきり言って」


「貴方は重度の死にたがりです。それが僕を腹立たせます。何で僕がいるのに貴方は死にたいんですか?」


湊がムカついてる時、それは苦しそうな表情をするんだ。怒鳴れもしない、殴れもしない、そんな湊がストレスを我慢して苦しんでいる顔だ。


「んー、湊がいてもいなくても俺は普通に死にたいよ。ただ湊といるとたまーに死にたいって感情を忘れられる。だから一緒にいたい」


恥を忍んであけすけにすると、言い終わってからの後悔がどっと押し寄せてきて、


「京一さん……」


「でも湊は俺といると腹立つんだもんね!ごめん、俺のことは見捨てていいよ」


俺が俺自身のことを切り捨てたくて切り殺したくて、こんなことを言っていた。


「そうやって、自ら孤独になって、貴方は死なないで生きていけますか?僕は貴方が一人で生きていけるとは到底思えません」


「俺も生きていけるとは思わない。でもそれで良いと思ってるよ」

「それは僕がダメなんです!!」


「あのさ、どっちか我慢しろよ。死にたがりな俺か、俺が死ぬことか」


二者択一を湊にゆだねて、俺の人生には湊が必要不可欠だと言っているようなもんだ。


「じゃあ、京一さんが死にたいと言った時、僕は何て言えばいいですか?」


「それは、それは……俺の死にたい気持ちを誤魔化してくれれば何だっていいよ」


何も用意してなくて、何だか恥ずかしくなっちゃった。素直、ってことかな?キモイね。


「それならば、セックスしましょう」


「そう言うと思ったよ」


「それが一番わかりやすいじゃないですか」


「ほんと、自分ルールが大好きなんだから」


とうんざりしているとキスされた。


「あ、さっきの分です。あと、死にたがりな貴方にはセックスで治療します」


「あーはいはい。好きにしろよ」


何度も何度もキスされて、服を脱がされて扱かれて、思わず腰が動く。


「ふふっ、したいんじゃん」


「ここまでお膳立てされればな」


俺からもキスをして、後はもう身を流れにゆだねた。


「ふふっ、気持ちいい」


湊が俺にしがみつく。


「俺のこと、まだ好き?」


離さないだろうと見込んでこのタイミングでこれを聞く卑怯な奴。


「好きに、決まってるじゃあ、ないですか……」


照れて弱っている湊に


「それが聴きたかったんだよ。俺も好き」


と安心しきった表情で緩んだ頬で愛を語りあって、キスをした。



「京一さん、ごめんなさい。この前は冷たい態度を取ってしまって」


「俺こそ、大人げなかったよね。あの後、感情のコントロールしようと思ってさ、色々と調べてみたんだけど、どれも俺に合わなくて……」


「そうだったんですか。でも調べる努力して偉いです!」


僕は僕で京一さんへの教育方法を模索していた。


「まあ、何かね、怒りをレベル分けするとか六秒数えるとかあったんだけど、俺何してんだろって逆にイライラしてきて無理だったの。それで俺は煙草吸うのが一番だと思ったよ」


「僕もリスカが一番だと思います」


「お互いに感情コントロールが苦手だね」


と微笑んだ京一さんは徐ろに僕の左手をとる。昨日、切りたての傷。


「あまり見ないでください」


「湊、たくさん甘えちゃってごめんね」


って言いつつ、僕に抱きついてくる京一さんのなんと可愛らしいことか。幼児か。


「甘えてきてくれるのは嬉しいですよ。でも、やっていいこととやってはいけないことの区別はつけましょうね」


「湊からそんな言葉が聴けるとは思わなかった……」


驚いたような失望したような表情。


「僕は常識という薬を飲まされたんです」


「そっか。副作用はある?」


「非常識が怖くなって、自分がどうしたいのかわからなくなります」


「例えば?」


「例えば、学校で友達とテストの点数を見せあって、僕の方が点数が高かったとして、僕は『やった!僕の勝ち!』って優越感に浸りたいんですけど、相手を思いやって『惜しかったね』とか『ここの問題難しいよね』とかって言わないといけないんです」


素直に喜んだら妬まれるから。


「何が楽しいのそれ」


「楽しいとかじゃないです。嫌われないようにするためです」


「俺はそんな湊だったら、嫌いだけど?」


とか言いつつ、頬を撫でてくるこの人。きっと僕のこと嫌いになれないでしょ。


「え?何でですか?」


「だって、思ってもないこと言われてヘラヘラ笑ってやり過ごされるなんて、つまんないじゃん」


「つまんない、ですか?」


「そりゃあ、つまんないよ!言いたいこと言い合えるようじゃなきゃ、こっちも怖くて何にも言えなくなっちゃうよ」


ちょっぴり不満気な表情も可愛いな。


「何が怖いんですか?」


「腹ん奥で何考えてるのかわかんないとこ!」


がち幼児か。可愛すぎる。ぶりっ子してるでしょ。ぶりっ子して拗ねてるでしょ。


「僕の脳内は京一さん可愛いでいっぱいですよ〜♡」


「はあ?」


「もう、京一さんが可愛すぎてどうにかなっちゃいそうです!僕が何を考えてるかがわからないから怖いんですよね?僕が京一さんの前で京一さん以外のことを考えられるわけないじゃないですかあ。だから、安心してください!」


「じゃ、じゃあ……俺の前では素直でいてくれる?」


可愛い可愛い可愛い可愛い結婚結婚結婚結婚。


「はい勿論、京一さんがそれをお望みならば!」


「俺がウザいとかキモいとか、消えろとか死ねとか、ちゃんと言ってね?」


あー本当にこの人は、可哀想で可愛いな。


「京一さんに対してそう思う瞬間は一秒たりともないので言えません。京一さんは僕から溺愛されていると自覚してください」


「でも……」


「僕の愛情が足りないですか?僕はこれ以上、何をすればいいですか?」


「ううん、何もしなくていいの。俺が愛されているっていう事象を俺自身で認めるのが気持ち悪いだけだから」


「何で?僕は裏切らないのに??」


「それはわかってるよ。湊は裏切らない。でも、今までまともに愛されたことなかったから、俺は何も返せない害獣だから、湊と一緒にいていいのか、わかんなくなるんだよ」


泣きそうで、でも泣けないって顔してる。ストレスをうまく吐き出せない貴方らしい。


「何も返せなくないです。一緒にいるだけで、ただそれだけで」


「湊はいつもそう言ってくれるね!」


泣けないのを笑って、明朗にそう伝えてくれる。


「ダメですか?」


「うん!ダメだよ!与えるのばっかりが、愛情じゃないんだよ!」


あーまじで幼児だ。世の中の全てを知ってるんじゃないかって子供らしからぬ発言をたまにするのも含めて。


「好きな人には何でもしたくなっちゃう、これが僕の気持ち悪いほどの愛情です。それを否定するんですか?」


「ううん、否定しないよ。けど、好きな人をダメにさせないように敢えて冷たい態度をとるような気持ちの悪い愛情が、今は欲しいんだ。ふふっ、キモいね」


「キモくなんかないですよ!何処が気持ち悪いんですか?」


僕は京一さんが言った愛し方も、貴方が欲しいのならば、あげたいと思うし、気持ち悪いだなんて考えは一切ない。


「ブスで何事においてもダメな俺が、一人前に愛して欲しいだなんて傲慢にも程があるよ。笑っちゃうね、本気でそんなこと思ってんの?って。現実見ろよってさ」


「だからぁ、先程も言いましたけど、僕が貴方を溺愛してるのほんとにわかってる??」


「ごめんね、物わかりが悪くて。わかってるよ、湊が言いたいこと。でもさ、俺のことも、少しはわかってよ」


「なっ!僕、京一さんのことはちゃんとわかってますよ!?」


「ううん、全然わかってない!俺の顔になってからそれ言えよ」


「京一さんの顔?なれるもんなら喜んでなりますよ!この顔は僕が世界で一番愛してやまない顔です」


と貴方の頬に両手を添えると、それを振り払うように貴方は首を横に振る。


「あーーーー、うぜぇ。煙草、離れろ」


「京一さんってさあ、僕にかまって欲しくてわざと僕のことを拒絶しますよね」


煙草を咥えたまま、ライターのオイル切れか火が付けられていない。そのライターをこっちに投げてきた。危なっ!


「あははっ!ああ、そうだよ!!わかってんじゃんクソが!」


咥えてた煙草を指で取って折り、狂ったように馬鹿笑いしてその煙草も投げてきた。


「だから、貴方のことはちゃんとわかってるって言ってるじゃないですか」


「あーーーーーーー、もうどうしたらいいかわかんないよ……」


自分の負傷している脚を思いっきり殴ってから、痛みでしゃがみ込んだ貴方は、本心の弱音を吐いた。


「大丈夫です、僕がいます」


「湊に当たっちゃうのは良くないよ……」


か、可愛いなあ!!


「ふふっ、京一さんのストレス発散にぜひ僕を使ってください」


「嫌だ。湊のストレスになりたくない」


「ストレスになんかならないですよ」


「嘘つき。我慢してるくせに」


この言葉を聞いて、ハッとした。僕だって京一さんにイラついてしまうことがある。けど心の底から愛している。京一さんと喧嘩した日は眠れなくなるほど、京一さんのことを考えてしまう。日常に支障をきたす程、愛しているんだ。それがもしストレスになっていたとして、僕はその地獄でも京一さんを愛していたいんだ。


「我慢の一つや二つ、どうってことないです。永遠に貴方を愛していたい、それが僕の気持ちです」


貴方の髪を撫でる、貴方の肩が震える。


「……あははっ、笑えてきちゃうね!」


って可愛らしい笑顔を僕に向けてくれる。


「僕の気持ちに応えてくれますか?」


不安そうに僕が聞くと、その返事はキスだった。


「ふふっ、ダメだ俺。愛されるはずないのに愛されてるって思っちゃった」


「愛されてますよ、京一さん」


「今はすごく生きたいよ、湊」

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