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人生イージーモードな顔面

「青柳は私立併願だよな?」


「はい、第一志望は慶王附属で第二志望は青海学院で第三希望は……」


「ああもういい、書いてあるから」


中三のこの季節、二者面談というものが始まった。でも、特に話し合うことはない。あとは僕が頑張るだけだから。


「第一志望合格に向けて頑張ります!それじゃあ!」


「待て待て待て!青柳、面接練習してないよな?」


「え?何ですかそれ」


「お前、入試内容も調べてもないの?二次試験に面接あるって書いてあるじゃん」


「……面接なんて、絶対に落ちるに決まってるじゃないですか!?この僕ですよ??第一印象は最悪という定評があるぐらいなのに!!」


今になって僕に難関附属高校のさらなる大きな壁が立ちはだかった。志望動機なんて行きたいから以外にあるのかよ。


「だからあ、面接対策するんだろ?青柳はさ、演劇もやってんだよな??」


「はい……」


「じゃあ、そのスキル生かして面接官に好かれる好青年を演じればいい」


「そんな簡単に言わないでくださいよ」


「あと、青柳はアピールポイントが少ない」


「えー」


「英検でも漢検でもコンテストでも取れるもん何でも取れ」


「それは、頑張ります」


「それと、高校の説明会申し込んでないだろ?」


「少し忙しくて、」


「これから通うかもしれない高校なんだぞ?雰囲気やそこの教育方針を知っておくことでモチベーションや入試対策にも繋がる。忙しくても行くべきだよ」


「わかりました……」


意外と話すことあったし、やらなきゃいけないことが増えた。入試への焦りがまた募る。

最近は週五で家庭教師の人に見てもらって、週三で演劇をしている。家庭教師は夫もいる綺麗なおばさんだ。そうじゃなきゃ、母と京一さんの双方から詰められる。別に難関高校に受かる学力にしてくれれば誰でもいいのに。


「青柳くん、こんばんは!」


「こんばんはです、先生」


「宿題、見せてもらおうかな?」


「難しすぎてできませんでした」


嘘。昨日は京一さんと喧嘩して勉強に手が付かなかったのだ。


「あれ?これ、一昨日教えたところだよ。覚えてる?」


あーーー、わかっちゃった。どうしようできないフリする?でもそしたら、同じ説明また聞く羽目になるし、


「あ!あれかぁ!この公式使うやつですよね?」


と思い出した風に演技した。


「青柳くんすごいわね〜!でもこの宿題一人でできそうじゃないかしら?時間がなかった?」


「まあ、少しプライベートで色々あって」


「そっかぁ、青柳くんは受験生にしては勉強してない方なのよね〜」


少し肝が冷えた。とはいえ演劇とか京一さんとの時間とかは僕には大事な時間だから、削れない。


「それは、頑張ります!」


「他の受験生は1日16時間は勉強してるわよ」


「ううっ、それは不可能です……」


「だから、青柳くんの苦手を効率よく克服できるようにプリントを持ってきましたぁ!」


僕の苦手な国語の分量が多くない?選択問題だとしても無理だし、解説読んだところで僕は納得できないんだよね。そんなの出題者の勝手な読み取りじゃん。


「何か見るのも嫌になりそう、」


「これ、一週間以内に終わらせてもらいます!」


「は?広辞苑並にあるのに??そんなの不可能じゃないですか??」


「不可能を可能にするのが受験生!」


「そんな根性論言わないでください!えーー?まず睡眠時間を、」


「ダメよ、睡眠時間は8時間!これは約束よね?」


「はい……」


じゃあ、京一さんとの時間?ダメダメ!京一さんは僕の生きがいだから!じゃあ、演劇?でも、定期的に練習しないと能力落ちちゃうし。第一、僕の夢だからダメ!


「んー!食事とトイレと寝る前のスマホ、登下校中と休み時間は変わらず、英数国以外の教科は捨てて、土日は16時間やれば何とか……!」


「いいじゃん!分からない問題や間違えた意味が分からない問題は私と一緒に解き直そうね!一週間、これを頑張っていこ!」


「これやったご褒美は?」


「苦手ができるようになってる!」


「ふぇ〜、僕は勉強がつらいですよ」


力が抜けて変な声が出た。


「でもいま頑張ったら、高校では演劇に集中できるよ?」


「よし!頑張ろう!!」


高校で演劇をするため、俳優になるため、京一さんとずっと一緒にいるため、いま頑張ろう!


勉強強化週間1日目。食事もトイレもお風呂も全部、単語帳片手に過ごした。京一さんとキスする時も単語帳を持っていたら、投げ捨てられた。

勉強強化週間2日目。今日は演劇のレッスン。始まる前や終わった後にもプリント課題を解いていたら、今宮さんに「受験生ですね」と微笑まれた。今の僕はそんなに微笑ましい形相じゃないと思う。

勉強強化週間3日目。最近、国数英以外の教科担当の視線が痛い。ずっとプリント課題を解いていたら、「副教科もしっかりやってないと落ちるぞ」と脅された。でもそれどころじゃないんだ。

勉強強化週間4日目。演劇のレッスンをして、京一さんに会って、家庭教師の先生と勉強というハードスケジュールの日。京一さんは僕と少ししか会えないってわかっているからか、玄関からがっついてきてそのままセックスした。京一さんに抱かれている途中、覚えたての英単語が反芻されて、その単語を見るとちょっぴりエロく感じてしまう最悪なパブロフの犬になってしまった。

勉強強化週間5日目。今日は朝のアラームを英単語のCDにしてみた。英語漬けの毎日で母国語が怪しくなってきた。けれど、机に向かって取り組むのは大抵は国語で、設問を読んで問題文を読んで要約、選択肢へと進む。をタイマーかけて素早くできるよう鍛えていく。午前中なのにもう脳が疲労困憊だ。「湊、今日来ないの?」起きた瞬間、僕がいないから心配で連絡をくれた京一さん、可愛い!「今日の課題が終わったら、行きます」と心を律して、課題を終わらせたのは夜の10時。京一さんの家に訪問すると、「遅い!」と拗ね気味の京一がいて、それもそれで可愛かった。

勉強強化週間6日目。京一さんの布団で目が覚めた。京一さんの匂い、京一さん……「はっ!!」課題スタート予定時刻から2時間も過ぎている。やばい、と焦って課題プリントを取り出すと、「湊、キスしよ?」と京一さんが可愛く邪魔してくる。「ちょっと、僕それどころじゃなくて……」「湊ぉ、かまって!」ああああ、可愛すぎ!無理!かまってあげたい!けど課題が……。「ああ、後で!後でかまってあげますから!」そう僕が言うと京一さんはそっぽ向いて、スマホをいじり始めた。その数時間後、京一さんは煙草を吸ってから、延長コードを取り出して自分の首を絞め始めた。


「ちょっ、ちょっと、京一さん!??」


「ん?何??湊ぉ」


と微笑む彼は虚ろな目だった。


「とりあえず、延長コード!離してください!!」


「嫌だ、離さない」


ぎゅっとさらに延長コードを強く握って、自身の首を絞める。


「何で!?」


僕はずっと困惑状態で、その延長コードと貴方の首の間に指をねじ込もうとしていた。


「だって、これ離しちゃったら、もう湊はかまってくれないでしょ?」


京一さんは寂しがり屋だ。そして、泣き虫だ。うるうるとした瞳で僕に訴えかけてくる。けど、かまってあげることが今の僕にはできない。


「お願いです。死なないでください。あとでかまってあげますから!」


「……俺って、やっぱ面倒くさいね!普通に死にたいかも」


「京一さん!!」


僕は京一さんにどうしてあげればいいのか全くわからなくて、僕の方こそ救いを求めるような目で彼を見つめてしまった。


「ふふっ、ここまでしてやっと目が合った。それすらも嬉しいよ」


「京一さん、ダメです……死んじゃダメです。たくさんかまってあげますから、ね?」


彼を優しく抱きしめて、僕はもう勉強を捨てた。京一さんが首を絞めているんだ、勉強している場合ではないだろう。


「ふふふっ、湊ぉ♡♡」


京一さんも延長コードを捨てて、僕を抱き返してくる。何回もチューして、僕の身体に頬擦りする姿は甘えたがりの猫のようだ。


「京一さん、すごく可愛いっ!」


膝枕なんてしちゃって、京一さんのキラキラしている金髪を撫でる。柔らかくてまるで木漏れ日を浴びてるみたいだ。


「みにゃとぉ……はぁ、ぐすっ……」


彼が僕の名前を呼んで、甘えてきたと思いきや、突然ぐずりだした。


「どうしたんですか?」


「湊に甘えないって決めてたのに、湊に迷惑かけないって決めてたのにぃ」


大粒の涙が僕の脚を濡らす。


「京一さん、良いんですよ。我慢の限界だったんですよね。僕は京一さんが甘えてきてくれて嬉しいですよ」


「みにゃとぉ……すきぃ、だいちゅき♡」


と僕の方を見て、僕に向かってにこにこ笑顔で両手を広げる。


「ぎゃんっかわ!!」


可愛さの過剰摂取で心臓が痛くなってきた。この可愛さに耐えきれなくて、自身の顔面を両手で覆ってしまった。顔ない。


「みーにゃと?」


なんだこのばぶ、可愛すぎんだよ。いい加減にしろ。ひねり潰したい。その頬っぺたをつまんで引っ張った。


「あーあっ!痛い痛い痛い!」


「あ、すみません。可愛すぎてつい、」


「んー!仕返しするっ!」


僕は両頬つねられた。ブルドッグだー!と遊ばれた。痛さには慣れているからなんてことなかった。ただひたすらに京一さんが可愛い。


「がおーっ!食べちゃうぞ!」


「んっ、食べていいよ?」


え、!?自ら服まくってお腹見せてきたんだけど!??えっろ!!ああ、やば、勃起しちゃった。


「ふふっ、誘ってんだ。えっろ」


冷静を装って格好付けたけど、


「あはっ、目つき変わったね!そんなに俺とヤリたいんだぁ♡」


血走った目は生理現象だ。抑えきれない。はやく京一さん食いたい。


「それは貴方もじゃないですか、京一さん」


「あーはいはい、わかったよ。湊、服脱いで。それとも、脱がして欲しい?」


京一さんに抱きしめられ、服の中をまさぐられる。


「んっ!」


身体がビクッと反応する。思わず声が出る。


「ふふ、やらしいね」


と僕はこのまま京一さんとめちゃくちゃセッ……した。あー、天井が白い。チカチカする。


「勉強、したくない……」


今度は僕が京一さんに甘えてしまって、べったりと貴方の背にくっついた。


「頑張りすぎはよくないよ。まあ、頑張らなさすぎもよくないけど」


「京一さん、僕はどっちですか?」


「俺から見たら、みんな頑張りすぎだよ。俺が頑張らなさすぎだからね」


「京一さんは頑張れないを頑張って治してるじゃないですか」


「でも俺のはただの甘えな気がするんだ」


「そんなことないです」


「そんなことあるんだよ。このままじゃ家賃も光熱費も滞納しちゃう。はあ、死にた」


「そんな、」


「でもこの腐った身体は性欲以外じゃ動かない。自分がキモくてキモくてしょうがない。もう死んだ方がマシなんだよ」


「そんな悲しい言葉、貴方の口から聞きたくないです」


「はあ、ごめんね。湊はいつも優しいね」


京一さんは僕の髪を優しく撫でるが、あまり浮かない顔していた。


「僕、勉強しますね。我儘言ってられないです」


「偉いね」


「ありがとうございます。頑張ります」


京一さんは煙草を吸って、シャワーを浴びた後、ちょっとコンビニ行ってくると出かけて行った。そして、酒を買ったのか飲みながら帰ってきた。


「あはっ、自己嫌悪が止まらなーい!」


僕は思わず目を回してしまった。京一さんはもう本当にダメ人間なんじゃないかってそんな気がして、そう思ってしまう自分に嫌気がさした。京一さんは鬱なだけ、鬱が治ればもっとまともに、まともに?まともに、なって欲しいんだっけ?

僕が勝手に貴方に一目惚れをして、僕が勝手に愛を伝えるような行動をして、それを受け入れてくれるのは貴方の優しさで、僕は勝手に死にたがりの京一さんを生きながらせているんだ。僕の理想の京一さんは今この僕の目の前にいる。このもう人生どうでもいいやって感じの京一さんが好きなんだ。何で僕はその理想を壊そうとしているのだろう。きっと普通というものさしで貴方を見てしまっているからだろう。貴方とずっと一緒にいるには貴方が普通でないとダメだと感じているからだろう。そう思うと、僕も普通を叩き込む側の人間になってしまいそうで怖くなった。

僕の全部をあげたところで、貴方は生きていけない。僕が空っぽすぎるから。僕は好きな人一人も守れない非力な人間なんだと、心底情けなくなった。だから、誰よりも力をつけて貴方一人くらいは幸せにできる人間になりたい。泣きながらペンを走らせた。

勉強強化週間7日目。睡眠時間は取っていない。取ってると課題が終わらないから。僕の強迫観念で課題を次々と捌いていく。途中、こんなのもう辞めたい。寝たい。等々の感情が出てきたが、全ては京一さんのためなので、叩き潰した。


「青柳くん、よく全部終わらせてきたね!」


「これくらいできないと僕の将来が詰みますから」


「いやぁ、正直終わらないかと思ったよ」


「僕も途中で投げ出そうかと何度も思いました」


「さすがだね青柳くん」


と褒められて、


「ありがとうございます」


喜んだのも束の間、


「じゃあ、もう一周しよっか」


と言われ、見事に僕は横転した。


「えー、本気で言ってます?」


「本気だよ?だって、解けてない問題あるよね?」


「まあ、それはそうとして、」


「ダメダメ!解けるようにならなきゃ!」


「はあ、勉強つらい……」


と少し落ち込んだふりして上目遣いで見つめても、


「そんな可愛い顔しても、課題の量は変わらないわよ」


とばっさり切られて、僕はしぶしぶ課題を受け取った。



「ミサトくん、最近勉強で忙しいですか?」


マネージャーの今宮さんに心配された。


「まあ、僕の目標が高すぎるのがいけないんです。大学附属の高校に行きたくて」


「何でですか?他にも高校はたくさん……」


「そしたら高校生で演劇を頑張れるじゃないですか」


と僕が言うと、今宮さんは唇を噛みしめてから、


「ミサトくんがこのお仕事のことを大事に思ってくれてて嬉しいです」


って、僕は初めて彼の満面の笑みを見た。僕が演劇をするのを彼が望んでいる、それを感じ取れて練習に精がでた。



「京一さん、学校説明会行ってきますね」


志望校の学校説明会、僕は一人で行くことにした。京一さんはあんなの寝た記憶しかないって言ってたから連れていかなかった。


「湊、気をつけてね。乗り換え間違えんなよ?」


「大丈夫です、ちゃんと二本前の電車で行きますから」


「お金は?」


「入ってますよ」


「上履きと手帳と筆記用具と……あっ、あとスマホ!」


「ちゃんとあります」


「あーもう、心配だよ。やっぱ学校前まで一緒に行く?」


京一さんは玄関で靴を履いた僕の肩を撫でて、心配から離れられないでいるようだ。


「もう、京一さん!僕がこれから毎日通うかもしれない高校なんですよ?一人で通えなくてどうするんですか!」


「ああ、そうだよね。わかったよ。湊のこと信じてる。無事に帰っておいでね」


「はい!もちろんです!」


「じゃあ、いってらっしゃい」


京一さんは僕の背中を押して、手を振ってくれた。


「いってきます!」


僕は元気よく京一さんにそう言ってから手を振り返した。玄関ドアが閉まるとちょっぴり寂しくなったが、そんなのは振り払って、前を向いて進んだ。


結局、心配していた乗り換えもスムーズで、到着予定時刻よりも三十分も早く着いてしまった。まあ、遅れるよりかはいっか。と思い、暇つぶしにカフェに入って、勉強をする意識高い系になってしまった。通学路までお洒落で人がいっぱいで都心ってすごい。


「君、勉強中ごめんね」


「?」


「私はこういうものなんだけど、君、芸能界に興味ないかな?」


僕はフラペチーノを飲みながら、突然声をかけてきたその人をまじまじと見つめてしまって、理解するのが遅れた。


「……あっ、すみません。他の事務所に入ってて、」


「じゃあ、今の事務所よりもギャラは多く払うからさ」


「いえ、結構です。今の事務所が気に入ってるので」


「君、いま中学生?お母さんは?」


「え、何でそんなこと聞くの?」


「是非とも君のお母さんとも話がしたいな!君、住まいはここの近所?」


「やめてください、結構ですから!」


嫌そうな顔を見せて、キッパリと断った。でもそのスカウトマンはしつこくて、


「今からどこに行くの?事務所この近くだから少し寄ってってよ」


なんて呑気に言ってくる。僕の気持ちがわからないみたいに。


「あまりにもしつこいんで警察呼びますよ?」


「君の顔、覚えたよ。君、俳優目指してるの?だったら、僕に逆らわない方がいいよ。弱小事務所はすべてウチの力で潰してきた。スターフィッシュプロダクション、芸能界を目指す者なら一度は聞いたことあるだろう?」


その男は余裕たっぷりな表情で、大手芸能事務所の名前を出して、僕を脅してきた。


「そう言った強引なスカウトはやめた方が良いですよ。人を物みたいに扱うって社風がバレバレですから」


僕はフラペチーノを飲んで、冷静を装っていたが、内心は恐怖で震えていた。


「あははっ、言ってくれるね!まあ、君が芸能界に出てくるの楽しみにしてるよ!出てこれないだろうけどね!」


そう吐き捨ててカフェを出ていった男のせいで気が滅入った。これから学校説明会なのに。


校長先生の挨拶も高校生活の流れ、イベント行事も全部聞いていたはずなのに、あまり頭に残っていない。ずっと親子で来ている人達ばかり目に入り、心細くなっていた。自由な校風って、どこまでが自由なんだろう。自由に伴う責任の重さって誰がどう決めるんだろう。そんなことも思っていた。


講堂での説明会が終わり、校内見学の時間がやってきた。今の時間はここの生徒さん達は部活動をやっているらしくて、グラウンドや体育館で部活をしている姿が見えた。みんなで施設案内をされて、校内を見て回っていると、ある教室で演劇をやっている人達の姿が廊下から見えた。僕はそこで立ち止まってしまった。あ、演技してた人と目が合った。こっちに来る!!

ドアが開いた。逃げ場なくうずくまってる滑稽な僕を見られた。


「君、学校説明会にきてた子?」


「あ、はい……」


「親御さんは?」


「僕一人で、来てて」


「そっか。あー、みんなとはぐれちゃったね!」


「……やらかしました」


「ふふっ、君、演劇に興味あるの?」


「あ、はい!」


僕が元気よく返事をすると、その人は僕の手を取って、教室内へと入れてくれた。


「ここは演劇部がよく使ってる教室。ここで発声練習や筋トレ、エチュードなどをやってるんだ。けど、見た通り部員が四人しかいなくて……」


辺りを見渡すと、一人の部員さんが僕に手を振ってくれた。本当に四人しかいない。


「え、演劇になるんですかそれ」


「友達に頼んでやっとって感じかなぁ」


「そうなんですか、」


「あ!でもそんなに落ち込まないで!!演劇にはみんな真剣だし、試行錯誤してより良いものを作ろうって思ってるし。それに君がもし合格してここに来てくれたら、絶対に君は主役になれるよ!」


と両肩を叩かれて、その迫力に気圧された。


「僕が、主役……!?」


「そうだよ!君みたいにポテンシャルが高い子、滅多にいないもん!」


「僕が主役かぁ。ふふっ、やりたいです!絶対に合格します!!」


と堂々と宣言して、固い握手を交わした。そして、演劇の練習も少しさせてくれるようで、即興劇をやった。テーマはシンデレラ。


「君、僕と一緒に踊ってくれないか?」


「嫌よ、私はここにご飯を食べにきたもの」


「じゃあ、シンデレラ!僕と一緒に高級フレンチなんてどうかい?」


部員の人達がシンデレラを口説き落とそうとする演技をし始めた。


「ほら、湊くんも見てないで」


と背中を押された。


「ねぇ、シンデレラ。パンとハンバーグで美味しいハンバーガーを作ったんだ。そこのテラスで一緒に食べない?」


ハンバーガーを二つ持つ演技でシンデレラ役の人を誘った。


「ハンバーガー!?私の大好物なのよ!あーでも待って。ここにチーズを挟んでっと。ほら、チーズバーガーになったわ!」


「あはっ、とっても美味しそうだね!あの綺麗な夜景を見ながら二人で食べよう」


とシンデレラ役の人と腕を組んで歩いていると、


「ちょっと待ったー!シンデレラ、照り焼きバーガーはどうだい?」


「いやいや、フィレオフィッシュだろ!」


って他の部員の人達が目に見えないハンバーガーを持って割り込んでくる。シンデレラが困惑してる。


「シンデレラ、二人で作ったチーズバーガーがきっと一番美味しいよ」


と僕は余裕ある表情で微笑んだ。


「そうよ!あんなのほっときましょ!」


シンデレラがそういうと、二人の部員の人が床に泣き崩れた。


「はい、カット!面白かったね〜!」


「監督!こんなイケメンずるいよ!」


「そーだそーだ!シンデレラも虜になってたじゃん!」


「だって、誘い方も含めて超イケメンだったしぃ、こんな機会めったにないしぃ」


「あいつ劇越えて楽しんでるぞ!!」


「許せん!!」


と王子役二人がシンデレラ役の子に筋トレさせてる。


「どう?演劇部は」


「純粋に楽しいです。僕、同年代の人と演劇するの初めてで、ワクワクしました!」


「そっか。じゃあ、合格したらまたやろうね!」


「はい、合格してみせます!」


演劇部の人達に下駄箱まで見送ってもらって、帰路に着いた。


「ただいまです」


「湊、おかえり!どうだった?怖い目にあってない?」


京一さんはすぐに僕に抱きついて、不安げに聞いてきた。


「ふふっ、大丈夫ですよ。とっても楽しかったです!」


「良かったあ。じゃあ、たくさんお話聞かせてね!」


と可愛く言ってからキスをしてきた。そして、僕のためにオレンジジュースを入れてくれた。

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