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醜形恐怖と宿題

何で俺の顔はこんな何だろう。

奥二重で目付きが悪くて、簡単に人を殺してそうな顔してる。おまけに不摂生で髪も肌もボロボロだ。骸骨みたいだし。気持ち悪くて嫌い。湊は俺のことを格好良いと褒めてくれるけど、素直に喜べない。それは湊の顔が整ってるから、俺に向かってそんなこと平気で言えるんだとか変にひねくれて、自分で嫌になる。湊は触りたくなるようなすべすべの白い肌に、艶のある黒髪、涙袋まで取り揃えたぱっちりとした二重。非の打ち所がない綺麗な顔をしている。俺もああなりたい。鏡と何時間と向き合っては、結局、変わらない醜い俺がいる。手の施しようがないという現実を突きつけられるだけで、馬鹿みたいに病むんだ。この顔を切り裂いてしまいたい。それぐらい、自分の顔が嫌い。黒いスマホ画面に自分の顔が写る度にスマホを投げ捨て割ってしまいたくなる。もう病気かもしれない。


「京一さん、夏休みですよ。通知表もらいました。」


と嬉しそうに湊が帰ってきた。


「見てください」


ニコニコの笑顔で渡してきたから、さぞかし良い成績なのかと思えば、


「二と三ばっかじゃん」


思わず、冷静に突っ込んでしまった。


「凄くないですか?」


と笑顔で褒めてくれるのを待っている様子。


「ああ、凄い凄い」


適当に褒めると、本当に思ってますか?って疑われてしまった。


「湊は凄いよ。ちゃんと学校に行って、ちゃんと通知表をもらってくるんだから。」


「ふふっ、ありがとうございます。」


成績の話から少し逸らしたけど、凄いと思っているのは本心だ。


「京一さん、布団に包まって暑くないんですか?」


「むしろ快適。」


この守られている感が安心する。

湊が布団の中に手を入れてくる。


「暑いじゃないですか。」


「これが良いの。」


そう答えると、湊は布団の中に身体を入れてきた。


「やっぱり暑いですね。」


と言いながら、俺に抱きついてきた。

そして、俺から掛け布団を奪った。


「あーあ、返せよ。」


「京一さん、ちゃんと水飲んでますか?」


「ん?飲んでないけど。」


「飲まなきゃですよ。」


と俺から離れて立ち上がって、コップに注いだ水を持ってきた。それから、俺の上体を起こさせて、水を飲ませてくれた。何だか、介護されてる気分。


「塩分タブレットも。」


これは薬か。


「熱中症には気をつけないと。」


「熱中症?」


「京一さん、ただでさえ弱いのにこのままでは暑さで死んじゃいます。」


「馬鹿にしてんなあ。」


「体調はどうですか?怠くないですか?」


「毎日、だりぃよ。」


「なるほど、正常が分かりにくいのか。」


「まじで馬鹿にしてんだろ。」


「体温調節機能はバグってるけど、受け応えはしっかりしてる。だから」


冷蔵庫から保冷剤を出してきて、タオルに包んで首の後ろに当ててきた。

さらに熱さまシートをおでこに貼られた。


「寒い」


「熱が三十八度もあるのにですか?」


「まじ?」


鳥肌が立つのは寒さからじゃなくて体調不良からだったのか。その事実に鳥肌が立つ。


「安静にしててください。」


「でも、寒い。」


そういうとタオルケットを一枚かけられた。


「湊、夏休み何処へ行きたい?」


「お家でゆっくりじゃないんですか?」


「せっかくの休み、一日くらいは何処か行こうぜ。」


「ふふっ、やった。じゃあ、現代美術館に行きませんか?」


「謎チョイス。」


「行けば分かりますよ。」


湊は俺につきっきりで看病してくれるからご褒美をやりたくなった。いや、お礼をしたくなったんだ。美術館ならいっか。


「京一さん、体調は良くなりましたか?」


「ああ、だいぶ。楽になった。」


頭痛、怠さ、寒気、感覚の歪みが収まった。


「良かった、ごめんなさい。つらい思いをさせてしまって。」


「はあ?何で謝んの?」


「僕の気が回らなかったから。危うく殺すところだった。」


「そんなの俺の自己管理能力の無さが悪いだろ。」


「けど、死んじゃったらお終いなんですよ。僕にも管理させてください。」


死んだら自己管理能力の無さを後悔する時間もないよな。


「…心配かけて悪い。」


「いいですよ、生きてるじゃないですか。」



朝起きて顔を洗うと醜い顔の俺がいる。死にてえ、なんて気持ちを捨てて一日が始まる。


「今日は趣向を変えて、朝ご飯、じゃなくて、朝パンにしてみました。」


と食パンとジャムを持ってきた夏休み中の湊は今日はずっとこの家にいるつもりらしい。


「パンならほら、つまめるじゃないですか。だから、食べさせやすいです。」


と小さくちぎったジャムを塗ったパンを食べさせてくれる。

ほとんど開いてない目でパンを見て口に入れるが、口に入れる回数が増える度に罪悪感も増えていく。


「ごちそうさん」


ともういらねえと、スパッと食べるのを止める。


「パンは嫌いですか?」


湊からしたら俺はあまり食べていないのだろう。


「いいや、美味かったよ。」


美味しい美味しくないの話とは別で、特に何もないときはこう伝えている。


「京一さん、食べてすぐに寝ないでください。」


その言葉がベッドに向かう俺に立ちはだかり、俺の足を止める。


「何で?」


「ちょっとしたリハビリです。人間、横よりも縦でいる時間の方が長いですから。」


「わかった」


とまたテーブルの前に座って、テレビを見る。芸能人って顔良いよな、なんて思いながら。


「好きな芸能人でもいるんですか?」


テレビをじっと見てる俺は湊には新鮮に写るのだろう。


「いや、全然わかんねえ。」


そもそも、芸能人の顔と名前が覚えられない。ただ顔が良いと思うだけで、何をしているかなどはどうでもいい。


「僕はいますよ、好きな芸能人。」


「誰?」


「あっ、ほら。この人です。」


とコマーシャルに出ている人を指さした。

今人気のイケメン俳優、らしい。


「何処が良いの?」


「んー、表情が豊かなところ、ですかね。」


と笑顔で少し照れながら好きなところを述べられると、聞いたのは俺だけど何だか聞きたくなかった。

顔立ちがすっきりとしていて、中性的な柔らかさがありながら、格好良くしたときは男らしくて超格好良い感じ。確かにイケメンだと思う。いいなあ、俺もああなりたい。


「へえ」


俺とは違う、理想を見せられたみたいで、一人で虚しくなる。検索かけたスマホの電源を切るとさらに。ため息が出る。

俺もあれぐらいイケメンだったら、自信が持てたんだろうに。

横になって、壁を見つめる。この白い壁は残酷に現実も理想も写さない。



いつものように、京一さん、と話しかける。


「僕が京一さんの代わりにゴロゴロするんで、京一さんは僕の代わりに宿題やってくれませんか?」


「誰が引き受けるかよ、デメリットしかないじゃん。」


「やりませんか?」


「自分でやれ。」


わかりましたあ、と言っても一向にやる気は出てこない。

せっかく京一さんと一緒にいれるのに、何故、僕は宿題なんかやらないといけないのか?について考える方がやる気が出る。

みんなやってるから。それが普通だから。

結論は案外サクッと出てしまって、他にやることがなくなってしまった。

三ページ目から問題が始まる。問題文を読むのもかったるい。


「電卓使えばいいじゃん。」


「え?」


「宿題、面倒なんでしょ?」


「はい。」


「それなら、効率的にやらなきゃ。」


「そうですね。けど、まだ計算するところまで辿り着いてないです。」


「おっそ」


なんて三ページ目で足止めを食らっている僕を笑ってきた。


「わかんないの?」


「わかりません」


と堂々と答えると、馬鹿だなあって嬉しそうに頭を撫でられた。


たけるくんが2000円でチョコレートを10枚、イチゴを3パック買うと、お釣りは250円でした。みきさんが800円でチョコレート3枚、イチゴを2パック買うと、お釣りはありませんでした。チョコレート1枚とイチゴ1パックの値段はそれぞれいくらでしょう。


「この二人、買い物するときに値段を見ないんでしょうか?」


「それ言ったら、文章題にならないよ。」


「しかも、イチゴをチョコレートにフォンデュして食べるつもりですって、贅沢に。」


「ほら、くだらないこと言ってないの。」


式を書けって言われても、書けないでいると


「チョコレートをX、イチゴをYに置き換える。」


とやり方を教えてくれたので、

チョコレート=X、イチゴ=Y、と書いた。


「何で、XとYなんですか?」


「別に何でも良いんだけど、いちいちチョコレートとイチゴって式に書くのは面倒じゃん?」


「確かに、それでこいつらをどうすれば良いんですか?」


と隣で教えてくれている京一さんに話しかける。


「そのまんまだよ。」


と僕のことを突き放してきても、僕がわからなければ教えてくれる。それが京一さんの良いところ。

丁寧に解説してくれて、


10X+3Y=2000-250

3X+2Y=800


という式で表せるようになった。

計算の仕方も三パターンあって、それぞれのパターンの使い時やメリットデメリットまで教えてくれた。


「答えは、X=100、Y=250。できたあああ」


答えが出せた嬉しさで、京一さんに抱きつく。なんなら、キスもしたかったが、まだ一問目だろって、拒否された。この問題集が終わったら、キスしても良いのかな?



湊はできが悪いほうではない。ただ授業で学べなかったからできないだけで、しっかりと教えればできるようになる。しかも、わからないところはきちんとわからないと言ってくれるから、ただ言われたことをやるのではなく、何故そうなるのか理解してできているのが頭の良いところだ。


「京一さん、また正解できましたよ。」


「さすが、俺の湊だわ。」


と勉強してテンションが上がったのか、湊を抱きしめて頭を撫でる。湊ができるようになると不思議と俺まで嬉しくなってくるみたいだ。


「ふふっ、京一さんが天才だから。」


「湊がもともと頭良いんだよ。」


「あははっ、勉強って楽しいですね。」


「それは良かった。」


俺は高校の夏休み、勉強が死ぬほど嫌いになった。夏休み前に出された問題集の山を潰そうと毎日勉強して、でも全然進まなくて、無駄に焦って、精神的に追いつめられて、こんなこともできない俺は社会出てもゴミなんだろうなって自己嫌悪を抱いて、夜は寝れなくなった。結局はゴミになってるし、あの時の俺は正しかったんだと思う。

あのまま、死ぬのが正解だった。

九月一日、電車が人身事故で遅延した。

俺よりも早くに誰かが死んでいた。

周囲の人間のイラつき具合、駅のホームの混み具合を見て、さらに遅延はさせられなかったんだ。逆にこのまま学校行かなくて済むかもラッキーなんて俺は呑気に思ってた。思わなかったら、俺も死んじゃうと思ったから。

電車に乗るのは二本電車を見送ってからにした。どうせ学校には行かなくてはならなかった。心が重くてあまり前に足が出なかった。

教室ではクラスメイトの半分はあの量の宿題を平然とこなしていた。夏休み、全く遊んだ記憶がないのに関わらず、俺は宿題が終わっていない。虚無感で涙が出そうだった。努力と才能の差、みたいなものをまざまざと見せつけられた気がした。

この問題集、すべて燃やしてしまおうか、なんて思ったりもした。そして、そんなことを思う残虐的な自分がつくづく嫌になった。今でも嫌い。勉強の楽しさを知る前に心をズタズタに引き裂かれた。できない子、って刻まれた。それを忘れるために、勉強中は狂ったようにハイテンションになった。自分は天才だと言い聞かせた。けれど、勉強してるとよく涙がこぼれてきた。頭痛がした。心の何処かで意味無いって思っているから。あいつらには敵わないって実感してるから。けれど、大学生にはならないといけなかった。母親もそれを望んでいた。大学生にならないと、それこそ人生詰むと思っていた。担任からそこそこの大学を勧められ、二つ返事で承諾した。かなり自暴自棄だった。どうでもいいと思っていながら、勉強ができないと取り乱して泣いて、問題集を破り捨てた。今思うと精神的に参っていたんだとよくわかる。受験が終わってから、大学生になっても勉強は変わらず嫌いだった。寝れないから、体調悪いから、どうせ死ぬから、薬を覚えた。それだけが俺の人生最大の幸福だった。

やっぱり、俺はただのゴミじゃん。クズ。


「京一さん?」


湊が俺の目の前で手を振っている。


「大丈夫ですか?」


大丈夫って言いたかったけど、勝手に涙が流れてしまった。心が苦しくて痛い。


「ごめん、湊。ごめん。」


「何を謝ってるんですか?」


「ごめん、ごめん。」


迷惑かけて、勉強教えられなくて、精神的に不安定で、みっともなくて、ゴミクズで。


「謝らないでくださいよ。」


「ごめん」


謝ることをやめられなくて。


「謝らないでって言ってるじゃないですか。」


湊が怒ってるのか、笑ってるのかもわからない。


「…ごめんなさい」


謝ることしかできない俺の口を覆うようにキスをされた。


「一謝罪一キス、です。」


と面白がるように笑われた。


「そんなの、おかしいよ。」


「謝ってる京一さんのがおかしいです。」


「ふふっ、わかってた。」


「それで、何を謝ってたんですか?僕のアイス食べたとかですか?」


「そんなことで泣かねえよ、普通。」


「思いつくことがそれぐらいしかなくて。」


「湊には、迷惑ばっかかけてるじゃん?俺が、ゴミだから。」


「何言ってるんですか?理解不能なんですけど。」


「嘘だ、理解できてるくせに。」


「そもそも、迷惑だなんて一度も思ったことないです。」


「……そういう言葉、嫌いだね。」


絶対に迷惑かけてるじゃん。めんどくさいやつじゃん。それなのにそうやって嘘を付く言葉。


「そうですか。」


と困りがちに笑って、何が嫌いなんだろうって考え始めてんだろう。


「湊、きらーい。」


と冗談っぽく笑ってみたが本音も混じっていそうで自分がちょっと怖い。


「ふふっ、流石にそれは傷つきますよ。」


湊はずっと笑ってるから傷ついてるのが分かりにくい。


「じゃあ、もっと俺を嫌って。」


「何でですか?」


「俺のこと、見捨てて欲しいから。」


「何で?」


「湊の時間を俺が奪いたくない。もっと幸せに生きれるよ、俺がいなければ。」


「そんなの、京一さんの思い込みですよね?僕は京一さんといられて幸せですよ。僕の心を見せつけたいくらいです。」


「うわべだけで言ってんなよ。結局、見せられてないじゃん。」


「ああ、もう、僕のこと、そうやって、何もわかってくれないじゃないですか。僕が、僕がどれだけ貴方のことを好きか、貴方は考えたこともないでしょうね。」


湊の上っ面の仮面を剥いで、笑顔じゃない湊のが安心して、笑みがこぼれる。


「ああ、ないわ。」


「…僕だって、京一さんなんて。き、好きじゃない、こともないです。」


とだんだん声が小さくなっていった。


「ん、どっち?」


「んんんんん、ああああ、もう、言ってやりますよ。」


しゃがみこんで頭を少しかきむしったあとに、床を弱そうに叩きながらそう言っている。


「何?」


「京一さんはずっと寝てばっかだし、何にもしないし、ご飯も食べないし、暴言吐くし、暴力的だし、情緒不安定だし、心身ともに不健康だし、すぐ死にそうだし、本当に人間失格みたいな、どうしようもない人間なんだけど、そのくせして、無駄に格好良いし、無駄に可愛いし、何か頭良いし、たまーに優しいし、唇はエロいし、見た目は大人だし、何だかんだ世話焼きだし、ずっと僕に構ってくれるし、笑顔が素敵で、見てるだけでキュンキュンして、すごい胸が痛くて苦して死にそうになるくらい、、、僕の心を喰った怪物。」


「怪物?」


「はい、人間みたいな怪物です。」


「はあ?」


「だって、恐ろしいほどドキドキするから。」


「よくわかんねえんだけど。」


「それぐらい好きってことですよ。」


「あっそ。」


「京一さん、可愛いですね。」


「うぜえ。」


顔をベタベタと触ってきて、いじってくる。


「笑顔だとさらに、可愛い。」


と口角を強制的にあげさせられる。


「やめろ。」


と湊の手を掴み、顔から離させる。

しんどい。身体が怠くて、何もできそうにない。精神的にも身体的にも不安定。正解。


「大丈夫ですか?」


湊の手を掴んで、俯いたままの俺を湊は声色を変えて心配してくれる。


「…俺が大丈夫そうに見えんの?」


真っ白な顔で、死にそうになりながら、笑顔だけは心がけて、湊に面と向かって問いかけた。


「いいえ、つらそうですね。」


なんて抱きしめられた。


「正解、しんどいよ。」


心の底から何かが溢れてしまった。


「僕がそのつらさを奪ってあげたい。」


背中をさすられて、また涙がこぼれてくる。


頭の中は死にたいでいっぱいで、それ以外考えられない。脳内で何回も何回も自分を殺しまくった。

早く早くこの日々が終わって欲しくて、まだまだ生きていることが絶望になっていく。

一日一日を繰り返すのがしんどくて、何も変化しない自分に負債が積もっていく。

鏡を見て、客観的にゴミだってわかるんだ。

生きている価値がゼロだって理解できるんだ。いや、マイナスだって。


「過去はみんな捨てて、中身も全部吐き出して、涙で綺麗に流して、まともな人間になってみたい。」


「その気持ち、よく分かります。」


「なら、死なせて。」


死ぬか生きるかの狭間から抜け出せずに無駄に生きている。結論をすぐにでも出したいけれど、何にも決められないままだ。運良くスパッと死ねたらいいのに。


湊を泣きながら抱きしめて、そのまま力尽きて動けなくなった。布団に運ばれて、顔に残った涙を拭かれた。


「僕は、世の中の人間、みんな平等に、死にたいって絶望して、自殺しそうなところまで病んでから、生きたらいいのにって思ってますよ。」


と寝ている俺に話しかけてきた。

湊は、生きるために頑張ってるよな。

死にたい気持ちを悪にして、生きることだけを考えている。そんな湊を俺が引きずり下ろしてはいけないのに。あんなこと言っちゃった。


「京一さんも例外なく。」


そう言われると、何だか少し笑ってしまった。隠せてるかな?


「僕は病んでる京一さんが好きです。少しでも触れたら壊れてしまいそうな、そんな脆さと儚さが好きです。」


と言いながら、頬っぺたをつんつんと容赦なく触ってくるのは何なんだろうか。


「死にたい人間の気持ちは死にたい人間にしか分からないじゃないですか。だから、好きです。」


と笑いながら、今度は手を握りしめてくる。


「けれど、幸せそうな笑顔の京一さんはもっと好きです。京一さんには、心から幸せになって欲しいです。生きて…。」


湊が俺に死なないでって願うのは、それと同時に、俺の幸せも願っているからなんだ。


「さて、僕は宿題をやります。よく寝ててくださいね、起きたら驚かせますから。」


と言って、机に向かった。




「もう、起きちゃいましたか?」


一時間くらいしか経ってないから、そんなに宿題が終わっていない。驚かせようと思ったのに。


「湊。」


「何ですか?」


「俺は笑顔じゃない湊が好きだよ。仮面をつけてない、感情が抑えられないって顔の湊が好き。」


「そうですか。」


突然、そんなことを言われたから、唖然としてしまって、こんな返ししかできなかった。


「だけど、心から笑ってる湊はもっと好きだよ。言ってる意味、分かる?」


「…笑ってるは笑顔じゃないんですか?」


「ふふっ、確かにそうだね。」


と笑って、共感された。


「どんな顔すればいいのか、分からなくなりました。」


迷走して真顔を心がけて言ってみた。


「湊はもっと感情をそのまま表現していいと思うよ。」


「何ですかそれ。コンポタ缶のコーンを残さず食べるくらい難しいです。」


「喩えが独特なんだけど、わかっちゃうんだよなあ。」


おおっ、伝わった。比喩表現できた。国語のワーク、案外役立つ。


「勉強してたの?」


と国語のワークを見ていた僕の近くに来て、質問をしてきた。


「はい」


いきなり、距離をつめられて僕は緊張していたが、追い討ちをかけるように京一さんにチュ、っと短く頬にキスをされた。


「よく頑張ってるね。偉い偉い。」


ドキドキして顔が熱くなるのを感じる。


「そうそう、そうやって、可愛い顔してる湊が好きだよ。」


なんてさらに僕を苦しめるから罪な人だとつくづく思った。


京一さんは最近、よく鏡を見るようになった。

一緒にいる時間が増えたからそう感じるようになったのかもしれないけど、普通の人よりも頻繁に自分の顔を見ている気がする。


「京一さん、自分の顔が好きなんですか?」


「はあ?んなわけないじゃん。嫌いだよ。」


と見ていたスマホ画面を下に布団に置いた。


「僕は好きですよ。」


「だから、なに?」


「いや、何でそんなに鏡を見てるんだろうなあって思って。」


「俺も何でだろうって思ってるよ。全然見たくないのに。見たら見たでどうせ病むのにね。何か見ちゃうんだ。」


「それなら、鏡を隠しましょうか?」


「それはそれで怖い。」


「何が怖いんですか?」


「他人からどう見えてるのか、自分がどれだけ醜いのか、分からないのって怖くない?」


「考えたことなかったです。」


「湊はそうだろうね。イケメンくんだから。」


「おかしいですよ。京一さんこそ、イケメンくんじゃないですか。」


「嘘はいいって。」


「嘘じゃないです。」


「じゃあ、目付き悪くて、黒いクマもあって、痩せ痩けてて、超不健康そうで、血色も悪くて、もろ薬中みたいな、気持ちの悪い顔してる俺の、何処がイケメンなの?」


「ああ、もう、そこが良いんじゃないですか。その目とか、めっちゃ格好良い。」


思わず顔を近づけて、京一さんの目を間近で凝視しながら、テンションの高さに任せて、反論する。


「良さがわかんねえよ。」


僕とのテンションが明らかに違う。


「僕にはわかります。」


「何?」


と顔に触れると少し怒られたが、そのまま続けた。


「ふふっ、格好良いですね。」


笑ってしまうくらい格好良くて困った。何だか絵になってしまいそう。

鼻が高くて、切れ長の目に、少しぷっくりしてる下唇。とても理想的。


「何なんだよ。」


「リップ塗りますか?」


鞄の小さなポケットの中から色付きリップを取り出して、返事をあまり聞かずに京一さんの唇に塗った。

ほんのり赤く染まって血色が良くなったように見える。おまけに艶めいて色っぽい。

笑いが止まらない。顔面国宝だ。


「何笑ってんの?」


「あはっ、間接キスしちゃいました。」


自分のリップを京一さんに塗る背徳感が僕の笑うわけだ。あとは、こんな格好良い人と恋人関係だという優越感。


「いつも直接してんじゃん。」


そんなことを平然と笑顔で言われる。イケメンすぎて心臓への負担が大きい。


「シャッター切っていいですか?というより、否応なしに切ります。」


心臓の負担を軽くするためも併せて距離をとって、シャッターを切りまくる。うわっ、モデルだ。と感嘆の言葉を漏らしてしまう。家で部屋着でリップだけでこんなイケメン、この世にいることが奇跡だ。


「楽しい?」


ただぼーっとして、カメラを見つめられて、やっぱり僕とのテンションの差は埋まらないまま、首を傾げられた。


「はい、好きな人を撮っているんですから。」


「じゃあ、俺も撮る。」


とスマホを構えられて、カシャってカメラとは違うシャッター音が聞こえた。


「どうですか?」


「ふふっ、可愛い。待ち受けにしよーっと。」


感動した。やることまで可愛くて好き。

その瞬間の笑顔をカメラに収めて、僕の秘密の宝箱にしまって大切にしようと決めた。


「俺の写真、誰にも見せないでね。湊だけのものだから。」


その一言で、顕示欲よりも独占欲が圧倒的に勝った。


「勿論、僕だけの宝物ですから。」

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