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過保護と過干渉

「自分可哀想アピールしてる人って、正直うざいですよね。不登校です、虐められてます、社会不適合者です、病気です、病んでます、だから何?って話で。わざわざ言うことじゃないって思っちゃうんですよ。ただの主観的意見じゃないですか。評価レベルを下げるための布石。それは理解できますよ。けど、できないできないって赤ん坊のように喚かれてもどうしようもなくて。喚いたところで何も変わらないし。人生、やらなきゃならないことってあるじゃないですか。そこから逃げているだけに感じて、そういう人って惨めですよね。誰かがやってくれるとでも思ってるんですかね?すごい馬鹿だと思います。まあ、すべて僕のことですが。」


「あはははっ、笑った。自分のこと恨みすぎだろ。」


「あとたまに、成功してからそういう話を持ち出す人がいますよね。昔はああだったけど、今はこうだ。昔はああだったのに、今はこうだ。みたいに。相対的に評価を上げたいんだと思うんですが、僕から言わせれば、そんなのくそどうでもいいです。社会はその人の功績を評価してるのであって、その人自身を評価してるわけじゃないと思うんです。だから、その人の過去がどうであれ、くそどうでもいい。だって、そうでしょ?可哀想だからと、同情を誘って、攻撃されるのを避けているんだから。オタサーの姫みたいなポジで。まあ、損得勘定で計れば得するんでしょうけど、僕は嫌いですよ。不当に評価を受ける人が。」


「んー?何かあったの?」


「見てくださいよ、これ。」


スマホ画面には、登校拒否して年収一千万。という記事。不登校で引きこもりだったけど、インフルエンサーとして活躍、みたいな。


「ふーん、人生イージーモードって感じだな。」


「でも、この人はインフルエンサーとしての素質があるとしか言いようがないです。不登校の大半は社会難民ですよ。成功したから言えるだけ。不登校でも大丈夫だなんて。」


不登校っていうレッテルで注目されているのがきっと鼻につくんだろう。


「湊、おいで。」


両手を広げて、湊を呼ぶ。

そうすると、湊は俺に抱きついてきて、嬉しそうに笑うんだ。


「そんな難しいこと考えないの。」


「考えてませんよ、難しいことなんて。」


「将来が不安なの?」


「はい、とても。」


「偉いなあ、湊は。そんな不安がらなくても大丈夫なのに。」


「どうしてですか?どうしてそう言えるんですか?」


「俺が大学卒業したら働くから。まあ、そんな贅沢はさせてあげられないけど。」


「京一さん、大学卒業できるんですか?」


「馬鹿にしてんなあ、俺だってお家でちゃーんと勉強してんだよ。知らなかった?」


「若干、気づいてはいました。勉強道具が散らばってたので。」


「やる気になったの。だから、安心して。」


「でも、京一さんに頼りっぱなしも嫌ですよ。僕も高卒で働きます。」


「高校なんて行けるの?絶対に落単するでしょ?」


「ふふっ、馬鹿にしてますね。通信制高校で何とか頑張るつもりです。」


「へえ、こんなに将来が決まってるのにその何が不安なんだよ。」


「不安なんて消えましたよ。僕は成功者だから。」


「あーあ、調子乗りやがって。」


「だって、好きな人に抱きしめられてるんですよ?成功者でしょ?」


「まあ、言えなくもない。」


「ふふふっ、好きです。大好きです。」


「好きのバーゲンセールかよ。」


「あはははっ、何円で買いますか?」


「そういうのは金で買えるもんじゃねえの。」


「そうなんですか。なのに、セール中って。…ぷふっ、可笑しいですね。」


「わざとだから。」


「あははっ、可笑しいです。」


「ああもう笑えばいいよ。たくさん笑え。」


「ふふふっ、もう笑ってますよ。」


こいつめ、馬鹿にしやがって。

抱きしめるついでに、押し倒して、


「やあや、やめえ、いひひっ。」


俺の下に組み敷かれている。


「喜んでんじゃん。」


「ふふふっ、喜んでないですよお。」


「じゃあ、やめて欲しい?」


「あははっ、何て言うのが正解ですか?」


「湊の、本当の気持ちを教えて。」


「…続けてください。」


と顔を隠されて、照れながらに言われた。


「変態。」


そういうとまた笑う。


「いひひっ。ねえ、殴って。」


笑いながら俺の手を掴んで頬擦りをしてきた。


「それは、できない。」


「何で?僕のこと、殴り殺してよ。」


笑顔を添えて、疑問をぶつけてくる。


「わかんない?やりたくないって言ってんの。」


語気を強めて、萎縮させられれば


「んん、何で?」


唸り声、不機嫌、失敗。


「本当に、やりたくないの。」


湊の横に並んで床に寝っ転がる。


「わかんない。何でやりたくないの?」


と俺に手を乗せてくる。


「殴られたら痛いでしょ。」


「うん、痛いのは好き。」


「俺は痛いのは嫌いだから、湊にやりたくない。」


「ふふっ、殴られるのは僕ですよ?」


「殴る拳が痛いの。」


本当は心が痛い。


「そうなんですか、分かりました。」


きっと脳内で自分を傷つけている。俺がやるか、自分でやるか、なんだろうな。


「代替案。」


寝っ転がってる湊の首筋を甘噛みする。

噛んだ瞬間、痛さで少し身体が力んだのか、俺を掴む手の握力がきゅっと強くなった。


「ふふふっ、ありがとうございます。」


そう可愛らしく微笑まれたら次もやってしまいそうになる。中毒者。



暑い夏、日差しが強く、心臓までも溶けてしまいそうだ。目の前には大量の水が涼しげに漂っているが、僕はその水には触れられない。


「青柳くんも見学なんだ。」


プールサイドで変わりもののクラスメイトの真城さんに話しかけられた。


「プールの授業となると、どうしても体調悪くなっちゃって。」


あははっ、笑えてくる。


「入りたくないだけでしょ?」


と笑いながら突っ込まれる。


「いいや、本当はそうじゃなくて。肌を露出したくないから、授業に参加できないだけ。」


たくさんの傷跡、見せたら不快にさせる。


「何それ、女の子みたい。」


その言葉はよく分からなかった。

僕は長袖の水着みたいなのを買った方が良いかもしれないと考え始めた。


「私も、入りたかったなあ。」


プールを見つめている。


「入れば?」


君には傷跡なんてありそうにないし。


「えー、無理だよ。」


「何で?」


と聞くと、少々返答までに間が空いた。


「察して。」


「それが一番無理。」


「ふふっ、そうだね。君はそうっぽい。」


なんて笑われて、答えは教えてくれなかった。


プール後の教室は湿気と濡れた髪の毛とタオルがたくさん。疲れで寝ている人も。

僕は今すぐにここから出たい気分。

どうしようもなく落ち着かなくて、教科書の文字すら読めないし、先生の声はうるさい。

頭を伏せて、一人の場所へ逃げようとする。

全て、消えろ。

そう願っていても、雑音は消えることを知らない。


「おい、青柳」


コンコンコンコン、机を何回も叩かれる。


「何?」


「グループワーク、机動かして」


「僕、何も聞いてないんだけど」


「それでもいいから早く動かせよ」


グループワークには参加してるようで参加してない。僕の意見なんか聞かないし、聞かれたところで答えようもない。

椅子を傾けて、揺りかごのように揺らした。

みんなの話す声がノイズだけの壊れたラジオのように不快だった。


ガタンッ、辺りは静かになった。

そして、僕は天井を向いていた。


「青柳くん、何やってるんですか?」


先生は怒っているのか?声だけでは分からない。


「椅子を傾けて遊んでたら倒れました。」


「なんで?グループワークは?」


「してません。」


そういうと、グループの人達が僕と先生に向かって次々に何か言っている。

起き上がって、その光景を見て、怖くなって、気づけば教室から走って逃げていた。


僕は何をやっているんだろう。授業中はみんなと同じところにいなくちゃいけないのに。何処かへ向かっている。色んな教室から違った先生の声。どれも聞きたくない。


「あれ、どうしたの?」


僕が入り込んだ部屋は図書室だった。静かな場所。司書さんが僕を不思議そうに見つめる。カウンターに背をつけてしゃがみ、その視線からも逃げた。


「見えてるって。」


司書さんは上から覗き込むように僕を見た。


「ここには逃げ場所がないですね。」


諦めて立ち上がり、他の場所を探そうとすると、


「あるよ。教えてあげよっか?」


と司書さんは笑う。


「教えてください、何処ですか?」


「ここ。」


机の上の物を指さした。本。


「え?」


「ほん、本の中だよ。」


「本の中に逃げ場所があるんですか?」


「もちろん、色んな世界が広がっているよ。」


「あの…精神的にじゃなくて物質的に逃げたいんですけど。」


「信じてないね、本当に行けるんだって。」


そう言って、司書さんは本を広げて僕へ見せる。その中には絵ではない、ミニチュアの世界が広がっていた。


「何これ、見たことない。」


「逃げていいよ。」


手でその本に触れると、一瞬で辺りの景色が変わった。



「湊、おっせえなあ。何処寄り道してんだよ。」


こっちは空かない腹空かせて待ってるっていうのに。あーあ、このままじゃ埒が明かない。湊に電話をかけてみた。


「…出ない?」


は?あいつが?俺からの電話に出ないとか、あるわけ?ないよな?

結局、通話ボタンを何度押しても出なかった。

きっと、充電切れか、壊れたか、死んだか。

この中で、死んだ説が一番濃厚なの恐怖だ。

とりあえず、学校に…って学校に電話したところで関係性を説明できないし、そもそも自宅にいたらどうしよう。俺の電話に出たくないとかで。待って、それはそれでイラつく。

湊の自宅マンションに来た。ポストの表札がありがたい。マンションの階を数えて、部屋番号から場所を特定する。


「電気は付いてない。やっぱ、帰ってないか。」


だとしたら、学校かその帰り道で何かあったんだろう。心配で学校に電話をかけた。


「すいません、青柳 湊ってまだ学校にいますか?」


繋がった瞬間、単刀直入に聞いてしまった。


「え、ああ、青柳くんですか。少々お待ち下さい、担任に変わりますね。」


折角聞いたのにまた同じことを聞かなくてはならないのかと思うと憂鬱になるし、待たされてるし、さっきは急ぎすぎたし。ていうか、湊って学校にさぞかし迷惑かけてるんだろうな。


「はい、お電話口変わりました。」


と担任らしき人物と繋がった。


「えーと、今はもう学校は閉まってますか?」


先程の反省を生かし、極力遠回しに聞いてみた。学校が閉まってたら、生徒はいないはず。


「あ、湊くんの忘れものの件ですか?」


合点がいったという様子。


「ああ、はい。」


何となく話を合わせておいた。


「やっぱりそうでしたか。鞄ごと忘れていったので、困ってないか心配だったんですよ。」


鞄ごと忘れるってそんなことあるか?


「本当、馬鹿ですいません。」


「いえいえ、学校側は二十一時頃まで開いているのでそれまでに取りに来てもらえれば助かります。」


「分かりました、取り行きます。」


はあ。だから、携帯が繋がらないわけだ。

でも、じゃあ、何処にいるの?


中学校なんて久しぶりに来た。そして、久しぶりにスーツに腕を通して、俺は湊の世話係を演じる。


「失礼します、青柳 湊の忘れものを取りに来ました。」


職員室への入り方、中学生かよ。と自分で突っ込みを入れたくなる。担任がそれを聞いて、鞄を持って駆け寄ってくる。


「わざわざ、ありがとうございます。」


「いえ、こちらこそ。夜分遅くにすいません。いつもお世話になっております。」


うろ覚えの社交辞令を並べる。


「お兄さん?ですか?」


「まあ、そんなところです。それで、湊は迷惑かけてませんか?」


と聞くと乾いた笑顔を見せられて、言葉を濁しながら、大丈夫ですよ、と言われた。


「今日は?どんな感じでしたか?」


「今日は四時間目の授業中、途中で抜け出して帰っちゃったみたいですが、それまではちゃんと真面目に授業を受けてましたよ。」


暗かったとか元気がなかったとか考え込んでたとか何か変わったことはないのか。わかったのは、四時間目から行方不明ってこと。


「…ありがとうございました。」


例え、湊が授業中に抜け出したとしても、あいつがこの大事なものが入った鞄を置いていくわけがない。とすると、学校内で閉じ込められた。これが一番可能性がある。

帰る素振りを見せてから、違う門から校内にまた忍び込んだ。

教室もトイレも用具入れも、すべて見て回っている間に、一つだけ明かりがついている部屋を見つけた。

…図書室。

こんな時間まで図書室が開いているのか?


「誰ですか?」


司書らしき人が、本に視線を落としたまま、質問した。

俺が図書室に入ったのはドアが開く音で明らかだった。


「…探し物を探してる人です。」


自分がどんな人物かと聞かれたら、多少変な感じがするが、こうとしか言いようがない。俺の答えに満足したのか、興味が無いのか、言葉が返ってこなかった。


「こんな時間まで仕事なんて熱心ですね。」


司書なんてすぐに帰れそうだから不思議だった。辺りを見回して、湊が入れそうなところを探す。


「探し物って?」


「何だと思いますか?」


「質問を質問で返さないでください。」


「予想を裏切れる気がしたんで。」


静かな図書室を歩き回りながら、何もねえなあ、と思う。湊はここにはいなさそうだ。


「人間ですか?」


「は?」


「違いましたか。」


そう言って、クイズに外れたみたいに笑って、読んでる本のページをめくる。俺は探し物ってちゃんと言った。普通なら物、静止している物体を思い浮かべるはずだ。まさか、人物を言うとは。


「ふふっ、予想を裏切られましたよ。」


カウンター越しにその司書に近づく。


「どうしたんですか?」


「お前だろ、湊を閉じ込めてんのは。」


「はい?何のことですか?」


「うわぁ、趣味悪ぃ。」


嫌な想像が出来てしまう。閉じ込められて喜んでるんだろうな湊は。そういう奴だ。


「読書って、趣味悪いですか?」


こいつ、俺の言っていることが分かって、こういう返ししてくるわけだから、さらに悪趣味だと確信する。


「いいや、仕事じゃないんですね。」


「趣味が仕事になったんですよ。」


「帰らないんですか?」


「そのうち帰りますよ。」


「じゃあ、おすすめの本を教えてください。」


そういうとカウンターから出てきて、一冊の絵本を渡された。はらぺこあおむし?


「ぜひ、読んでみて。」


そう言ってまた定位置に戻る司書。

絵本なんて、子供扱いされている気分だ。

カウンターの前にあるテーブルで読み始めた。


あおむしがたくさんの食べものを食べていく。食べものには穴が空いていて、本当にあおむしが通ったみたいだ。土曜日は食べ過ぎでお腹を痛くする。そして、太っちょになって蛹になって、最後には美しい蝶になる。

この絵本いっぱいに描かれた美しい蝶の絵を見て、心が晴れやかになった。

感動というものだろうか。分からないけど。何とも言えない。

シンプルに食べて大きくなって成長する。ただそれだけで、でも、良かったと思える話。

何度も読み返して、最後には頬が緩む。


「理想だ。」


食べられない俺とは対照的。


「そう、本の世界は理想だよ。」


司書は隣りに座ってきて、俺の空間に割り込んできた。


「食べてないの?」


一目瞭然、と言ったところ。


「土曜日と日曜日を繰り返してます。」


過食して、吐いて、食べられなくなる。

延々と休んでいるから、蛹にはなれそうにない。


「ふとっちょ、可愛いよ。」


「そうですね。」


「なりたい?」


「いや、なりたくはないです。」


「なんで?」


「俺じゃなくなるから、変化って怖いんですよ。」


「美しい蝶になるとしても怖い?」


「それは、どうでしょうね。なりたいとは思いますが。やっぱり、怖いかも。」


「なってみようよ。なってみなくちゃわからないよ。」


いきなり、俺の手を掴んでくる。


「ちょっと、何なんですか。」


そう言った次の瞬間、俺は葉っぱの上に乗っていた。


「え、どうゆうこと?危なっ。」


太陽が俺に食べものを探すように伝えてくる。


「確かに腹は減ってるけど。」


目の前に出てきたのは一つのりんご。

そのりんごをかじった。

太陽が沈んで、また昇ると、火曜日。

二つのなしをかじった。

水曜日、三つのすもも。

木曜日、四つのいちご。

金曜日、五つのオレンジ。

土曜日、目の前にはチョコレートケーキ、アイスクリーム、ピクルス、チーズ、サラミ、キャンディー、チェリーパイ、ソーセージ、カップケーキ、スイカ。


「全部、食えない。」


身体が拒絶反応を示した。俺にはこれらがゲテモノ料理と同じに見える。

太陽が睨んでくる。きっと俺が食べないからだ。はらぺこだけど。

しょうがなく、過食するのと同じように、食べものを詰め込んだ。けれど、全部吐いた。

太陽にはため息をつかれたが、お月様は優しく微笑んでくれた。

日曜日、サラダをかじった。

俺は、はらぺこあおむしじゃない。

きっと、蝶にはなれない。

ふとっちょにもなれないのだから。


「お月様、この物語はもう終わりました。俺は、駄目でした。美しい蝶にはなれません。」


そう言っても、お月様は変わらない表情を見せるだけだった。


ふと、一匹のふとっちょあおむしが現れた。

そいつは蛹になって、二週間以上じっとしていた。

それを俺は葉っぱの上から眺めていた。

ある日、その蛹の中から出てきて、目の前でそいつは美しい蝶になった。

やっぱ、主人公は俺じゃない。

ただ羨むことしかできない俺はその場で息絶えてしまいたかった。

努力は否定され、劣等感だけ埋め込まれて、何が理想だ。

俺は未だにあおむしのまま、葉っぱの上で寝っ転がっている。

俺は蝶になんかなりたくないね。

そう言って、見ないようにしても心の中では憧れているのを隠せない。

ここは理想なんだ、だから食える。

自分に言い聞かせて、食べものを詰め込んだ。

結局、腹痛になった。

つらくて動けなかった。死ぬかと思った。

草を食って、消化を良くした。

その次は、ふとっちょになった。

腹痛よりも恐怖だった。

みんなに笑われる。笑い声が聞こえる。

自分が信じられなくなった。自分じゃなくなった。

ずっと動かなかった。塞ぎ込んだ。自分の殻の中にいた。

このまま死ぬんだと悟った。


一筋の光が見えた。それに導かれるままに追いかけた。また、外の世界が見えた。

恐怖と不安に包まれた。あのときの記憶が脳裏に浮かぶ。

けれど、俺を嘲笑う声は聞こえてこない。

みんな、俺を讃えるように拍手をして微笑んでいた。

俺は蝶になっていた。

自分の美しさ、変貌ぶりに涙が出た。

憧れだった。理想になれたんだ。

自分で自分を褒めたのはいつぶりだろうか。


目の前には、はらぺこあおむしの絵本。

…寝てた?


「もう二十二時だよ。」


カウンターで本をめくりながら司書が言う。

君が起きるまで待ってたんだと。


「俺は何して、そうだ、湊を」


「京一さん、おはようございます。」


隣りから声が聞こえた。いつの間にか、隣りに湊が座っていた。吃驚して、一瞬言葉が出なかった。


「…お前、今まで何処行ってたんだよ。俺がどれだけ探したと思って、」


と湊の肩を掴んで現実に実物としてあることを確認した。


「すいません、つい現実逃避が楽しくて。」


と湊がニッと笑った。


「怪我は?してないか?」


「はい、大丈夫です。」


「それで、あいつに何された?」


「ちょっと、変なこと疑わないでくださいよ。何にもしてませんよ。」


と笑顔の司書が口を挟んでくるが信用はしない。


「本を勧められて、その中の世界へ入ってました。」


湊のおかしな証言。俺と同じように、本の中の夢を見たってことか?


「どんな話?」


「ライオンにたくさんのリボンを付けたり、ワニを橋にして渡ったりする話です。」


「何それ、危なっ。」


「エルマーのぼうけんだよ。知らないの?」


「知らない。というか、貴方は何なんですか?」


ずっと本を読んでいる、不思議な人物。


「眼目さんって読んでよ。」


「はあ?」


「私の苗字、眼目(さっか)なんだよ。それで、私のが君より歳上だから。眼目さん。」


「はいはい、眼目さんは湊に何をしたんですか?」


「彼が言った、そのまんまだよ。」


「本の中の世界へ?」


「そうだよ、はらぺこあおむしくん。」


「俺は氷野 京一郎ですけど。」


本当に趣味が悪い。人をイラつかせる天才か。


「わかったよ、はらぺこ京一郎くん。」


「くっそ、意味わかんねえ。」


「ふふっ、はらぺこ京一郎さん。」


と湊まで笑い始める。


「ああ、もう、腹減った。帰ろ。」


湊の手を引いて、出口へ向かう。


「また会おうね、京一郎くん。」


カウンターをすれ違うときに眼目さんに言われた。


「もう二度と会うか。」


と小さく呟いて図書室の扉をバタンッと音を立てて閉めた。


「京一さん、迎えに来てくれてありがとうございます。それと、僕の鞄も。」


「お前がいなきゃ、飯も食えねえからしかたなくだ。」


「僕がいなくて寂しかったんじゃないですか?」


「そんなことない、けど。」


「けど、何ですか?」


「心配はした。死んだかと思った。」


「僕はそんな簡単には死にませんよ。」


と歩いてる後ろから抱きしめてきた。

やけに自信ありげだ。



もう晩御飯というより、夜食になってしまった。


「家に父と母がいました。」


「なのに、またここへ来たの?」


「はい。だって、はらぺこ京一郎さんがいるじゃないですか。」


「もうやめろよ、その話。」


可愛いですね、と俺を馬鹿にしてくる。

もうはらぺこは通りすぎたのに。


「京一さん、女の子が水泳の授業を見学する理由って何ですか?」


「そんなの、アレに決まってんじゃん。」


「何ですか?」


「生理」


「ああ、やっと理解できました。」


「何かあったの?」


「水泳の授業中、隣りの女の子に見学理由を聞いたら、察してって言われちゃったんで、ずっと考えてたんですよ。でも、僕の脳みそでは僕と同じ理由しか思いつかなくて、本当にそうなんじゃないかとか、色々と考えちゃって。」


「へえ、湊は見学したんだ。」


「はい、理由は察してください。」


「言わなくとも分かりきってる。」


「ふふふっ、そうですか。僕のことよく知ってますね。」


「よく教えてくれるから。」


「僕にも京一さんのことよく教えて欲しいなあ。」


と湊がテレビチャンネルを変えている。内容がよく分からない洋画を流した。


「洋画って大抵、セックスシーンがあるんですよ。しかも結構、激しめのやつ。」


と楽しそうに笑って、俺の腰に手を回して密着してくる。


「距離が近い、食いにくい。」


「もう殆ど食べてないじゃないですか。それにほら、普通ですよ。」


と映画の中の女性の腰に手を回す男性を指さして主張してくる。

これは映画の影響か。異常な距離の近さは。


「誰にでもそんなことすんのか?」


「いいや、セックスしたい人にしかしませんよ。」


とキスしてこようとする。映画の中では、その二人は早急に男女の仲になる。荒い息遣いとベッドが軋む音、リップ音などが聞こえてきて、心惹かれてしまう。


「こうゆうの見ると、そうゆう気分になっちゃわないですか?」


そう言う湊の方を見ると、湊は俺の顔を見て笑い、テレビの電源を切って、見つめ合ったまま、肩に手を置かれ、キスを。


「何で逃げるんですかあ。そうゆう雰囲気だったじゃないですかあ。」


目を逸らしてそっぽ向いた俺を咎めるように笑いながら言う。


「…焦らされた方が好きかなって。」


「んっ、キュンキュンしちゃいますね。」


頬にキスされて、耳元で声が聞こえる。そのまま食ってしまいそうでゾクゾクする。


ビクッ、身体が一瞬強ばった。

耳を咄嗟に押さえて、湊の方をバッと見る。舐められたんだ。


「可愛い。弱点ですか?」


「ああ、参った。」


中学生男子とはやりたくないんだが。

こいつ自体が俺の弱点みたいなもん。

可愛くてしょうがない。

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