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とりま、ご飯食べよ

は??待って、まじだるい。何もできねえ。仕事??何それ、行けない。今何時??スマホ何処??うるせえよ馬鹿。あーーーー、気持ち悪ぃ。死にてえ。何してんだ俺。何で生きてんの??えっと、まず何したっけ??泣き疲れた。寝た。何で??湊、湊に会った。湊は何処??あれ、ここ俺ん家のアパートじゃん。わあ、良かった。で、こんな廊下で何してんだっけ?あ、赤い。腕が赤い。切ってる。いつ切ったっけ??覚えてねえ。さみぃ。


「うわ……え?氷野さん??……死んでんの??」


階段登る音。誰?俺のこと、知ってる??あ、腕引っ張られた。痛えよ。


「あ……あかり?」


「うわあ、生きてるううう!!」


死んでる?って疑ってる時よりも酷いリアクション取るなよ。そんなに生きてちゃマズイか??


「ごめん、死ねてねえ」


「はあ?何馬鹿なこと言ってんですか??アレ本気にするとかまじ頭沸いてんじゃないですか??」


「ふはっ、沸いてたらこんな寒きゃねえよ」


「……意味わかんない。酒買ってきたんで飲みますか?」


あーーー、それは欲しいかも。四つん這いになって、頑張ってつかまり立ちして、フラフラしながら鍵でドアをツンツンしたけど、開かねえ。


「ああもう、無理ぃ……」


とまた玄関ドア前の廊下にしゃがみ込んだ。


「ふふっ、何やってんですか。ほら、開きましたよ?」


あかりは難なく鍵穴に鍵を入れて、玄関ドアを開けた。それすらもできねえ俺が嫌んなるわ。


「んわあ、もお、あかりぃ、何で開けんだよお」


酔ってもないのに酔っ払いのだる絡み。八つ当たり。


「開けちゃダメでした?」


「ふふふ、あんがとぉ♡」


「何なんですか?さっきからあ」


あかりが開けてくれた玄関を通って、また四つん這いで家の中まで入っていった。そして、フローリングの上で力尽きたゴキブリのようにひっくり返った。


「あははっ、にゃんにゃーん、何処ぉ?へるぷみー」


と言っても返事はない。そりゃあそうだ。湊はここにはいない。俺はもう疲れたよ。


「氷野さんは、普段そうやって湊くんに甘えてるんですね」


「あ、あかりじゃーん!何でいんの??」


とくるっと回転、ゴキブリ復活。


「は??お酒持ってきたんですよ」


「え〜っ♡めっちゃ気ぃ利くやんけぇ」


と冷蔵庫まで今度はよろけながら立ち上がって駆けて行くと、勢い余ってあかりとぶっついた。何これ、俺がめっちゃあかりに密着しながら両手で壁ドンしてるみたいじゃん。


「何、するんですか?いきなり……」


「キスとか、しちゃう?」


女の子とこんなに密着しちゃったらそりゃあもう理性なんていらなくて、本能に従って全身が操り人形のように動く。


「キモい、無理」


と腹パン、一発。


「え〜っ!俺、優しくするのになあ♡♡」


腹抱えてうずくまって、上目遣いで媚びた。


「貴方が私に優しいことなんて、今までで一瞬たりともあった??」


「あははっ、ねぇな!!」


と今度は腹抱えて笑った。


「まじで、この男は……酒ぶっかけられたいの??」


プシュ、と開けて、あかりはアルコールを一口摂取すると、怒りを鎮めて、冷徹に、うずくまってる俺に聞いてきた。


「えー、嫌だ嫌だ!お酒が勿体ないよぉ??」


と俺が半笑いで拒んでいるのに、あかりはその缶を傾けてきて、俺の顔面に酒がぶっかかる。あー、滲みる。


「その汚い顔、消毒してやるよ」


「えへへっ、綺麗になったあ??」


濡れた前髪をかきあげてから、滲みて開けないニコニコお目目のままで、あかりにそう聞いた。


「氷野さん、大丈夫ですか?」


あかりはいつの間にか、タオルで俺の顔を拭いてくれている。あれ?頭ん中がこんがらがってる。


「あかりぃ、お酒……」


「何で自分自身にかけたんですか?」


何か、怒られてる?俺。


「え?、えーっと、あかりが俺にかけたんじゃ……」


「は?する訳ないじゃん。貴方が私のお酒奪って自分でかけたんですよ。本当に大丈夫ですか??」


確かに、あの声はあかりの声にしては低すぎた。視界が歪む。さっきのあれ、自傷行為みたいじゃん。


「あーーー、やっちゃったあ。ふふっ、ごめんなさい。ゴミ捨ててくだしゃい☆」


ヤケクソで不自然に口角だけ上げて、降格は誤魔化せてなくて、頭ん中クソ詰まって鈍化して、俺は死にたいが口癖で、死にたい。


「あー、ガチで心配になるタイプだあ……」


あかりに引かれた。轢き殺してくれればいいのに。その冷ややかな眼光で、刺し殺してくれればいいのに。でも、あかりは湊に援助を求めようとしたから、そのスマホを取り上げようとして、赤ちゃんのような引っ張り合いっこ。大炎上。


「やだやだやだ!!湊は赤の他人なの!!!俺はもう用済みなの!!!」


「湊くんがそんなことしっこない!!『別れた』って湊くんの口から聞くまでは、私信じないから!!」


「何でそんな、俺の傷口を抉るようなことするの??湊はめちゃくちゃ優しいから、たぶん来てくれるだろうけど、そうやって、俺が湊のお荷物になってんのが、最低で最悪で嫌なんだよ!!」


俺はあかりの前で弱々しくボロボロと泣いてしまって、今日は何一つ格好が付かない最悪な日。他人に迷惑ばかりかけている俺が、生きている意味も存在を肯定する理由も、何一つ見当たらないから、トラックに轢かれそうな野良猫一匹助けて死にたい。


「じゃあ、死なないで。その感情を一人で何とかできますか?」


「何で、死んじゃダメなの?俺がこの世にいるメリットって、何?害悪でしかないのに、殺さないなんて選択肢あるの?それにお前、ゴキブリ殺すじゃん……」


「今それ関係ありますか?」


彼女に拍子抜けしたって顔で笑われた。俺は至って真剣です。俺だって、ゴキブリは殺すけど。


「関係あるよ。世の中から忌み嫌われている無意味な存在って部分が俺とゴキブリの共通点なんだ」


「知ってますか?ゴキブリって自然界では枯葉や生物の死骸を分解して、森や林の生態系を守ってるんですよ?」


「なーんだ、ゴキブリのが俺より何倍も凄いじゃん!人間って、馬鹿だね。そんなゴキブリを殺しておいて、俺を殺さないなんてさあ」


「でも、ゴキブリには人間の言語は喋れないし、人間みたいに二足歩行だって、コンビニのレジ打ちだって、きっとできませんよ?だから、貴方も十分凄いんじゃないですか?」


「ふっ、ゴキブリと比較されても嬉しかねぇよ。俺より凄い奴なんか世の中にごまんといるのに、俺より惨めな奴なんか一人も見たことねぇし。だけど俺も、『生きてていい』って、そう言われたい……」


うわあ、何言ってもメンヘラで嫌気が刺す前にリスカしよ。そこら辺の床に置いてある包丁を手に取って、左手首にあてる。


「ああああ、氷野さん氷野さん!!そんなことしないで聞いてくださいよぉ」


あかりに右手を両手でがっしりと抑えられた。でも、左手動かせば、手首は切れる。


「何?」


「あーあ。今日美優ちゃんに氷野さん告白したじゃないですかあ。あの後、ほんっっっとに大変だったんですけど、超面白くて……」


俺が手首を切ると、あかりは残念そうな顔をして、ため息をついた。だから、その後の話が話半分になって、頭ん中ふわふわで


「俺そんなことしたっけ?」


と聞いてみた。


「ふふっ、覚えてないんですかあ?まじでクズですね。何度か美優ちゃんにぶっ叩かれればいいと思います」


「うん、そうだね」


と素っ気なく返すと、またあかりに怒られる。


「だからあ、それやめてくださいよお。私はいつもみたいな、楽しくてくだらないお喋りをしに来たんですから、ね?」


と包丁の背の部分を摘まれて、俺がリスカするのを拒んでいる。それもそうか。こんな気持ち悪いの見たかない。


「……そいで、時給は発生すんの?」


「は?それって、私とは仕事場でしか話したくないってことですか?」


って、眉を顰められる。と、笑っちゃう。


「んなわけねぇじゃん、何冗談を真に受けちゃってんの?」


と俺が二枚舌で嘲笑うと、あかりはいつもみたいにごちゃごちゃな言い訳で返してくると思ったのに


「ウッザ!!でも、京一郎はそっちのが良いよ」


って、こんな俺を赦してくれるみたいに微笑むから、性悪な俺は何だか居心地が悪くて、酒へ逃げた。


「あかりぃ、こんな俺の傍にいてくれて、ありがとう」


キッチンで俺の血が付いた包丁を洗ってくれているあかりを、後ろからぎゅっと抱いて感謝を述べた。


「うわあ、何なんですか?絶対に酔ってますよね?最初っから」


身震いされた。あははっ、可笑しいな。


「んーん、酔ってないよ??」


と彼女の肩に顎をのせて、彼女の顔を覗き込んだ。あ、耳まで真っ赤。お前こそ、酔ってんじゃん。


「……それじゃあ一人で立てますよね。離れてください」


包丁を洗い終わった彼女に尚、くっ付いていく俺。嫌な顔される。邪魔そー。


「え〜っ、冷たいなぁ。離れると寒ぃんだよ」


「私は湯たんぽじゃないんですけど」


「おねがーい、俺の湯たんぽになって??」


「嫌です」


ときっぱりと断られて振り払われてしまったから、俺は布団にくるまって、テレビでも見てた。その間にあかりは俺の台所を使って、何やら美味しそうなものを作っていて、またあかりに俺は引き寄せられた。


「何作ってんの?」


「たまご雑炊です。どーせ、何にも食べてないんでしょう?だから、これくらいは食べてくださいね」


鍋の中にあるたまご雑炊のビジュとその匂いでお腹が空いてきて、俺は直接、火のかかっている鍋の中にスプーンを入れて、たまご雑炊をつまみ食いした。


「……美味っ!!あかり、お前、天才か?」


「そんなに驚くものじゃないですよ?」


あかりは謙遜するが、空腹な俺にはそれが特段美味かった。だからその後も何口も食べようとしたら、あかりに止められて、ネギをトッピングされると、彩りが良くなって、さらに食欲を刺激された。


「このままっ!鍋のまま食う!!」


「はいはい、ちょっと向こうのテーブル片付けてください」


と言われて俺は、勉強道具とか空き缶とか空の弁当とか千鳥足でドタバタとすぐさま片付けた。そういや、ゴミ箱がいっぱいになってる。体重をかけてゴミを潰した。


「あかり、足元気を付けてね」


「湊くんがいないと、ここゴミ屋敷になるんじゃないですか?」


「やっぱり?俺もそう思ってる」


って笑って共感して、でもどうしようもないから、席に着いた。綺麗なスプーン二つ持って。


「それじゃあ、いただきましょうか」


「「いただきます」」


二人で一つの鍋で雑炊を食べながら、お酒を飲んでお喋りを楽しむ。美味い、美味いって。俺はキスとかセックスとか云々じゃなくて、湊とこういった時間を共に長く過ごしたかった。だけど、湊はそうじゃなかった。俺達がすれ違ってたのは、たぶん最初からなんだ。


「あーーー、今頃、湊は他の男と仲良くやってんのかなあ?」


「そんな未練タラタラなのに、何で別れたんですか?」


「俺だって、できれば別れたくなかったけどぉ、何て言うの?性の不一致??湊の身体を満足させてあげられなかった。それで簡単に浮気されて、喧嘩別れしちゃったね……」


「え、湊くんが浮気したの??氷野さんじゃなくて?」


「心外だなあ。俺は付き合ってる間は一途だよ?」


「でも信じらんない。あの子が浮気するなんて」


「あんな真面目な人が殺しをするなんて、とかよくあるじゃん?それと一緒。湊はたぶんメンヘラビッチになるね。満たしてくれれば誰でもいい的な。……はあ、何にも知らない純粋無垢な湊ちゃんが、世界で一番可愛かったなあ♡♡」


息を呑む。涙が、音もなくこぼれていた。まだ、この身体は湊のことが大好きで、いなくなるショックに耐えられないようだ。頭ではどうしようもないって分かっているのに、何で。


「……湊くん、呼びますか?今なら上出来のたまご雑炊で釣れますよ?」


「ふふっ、ご馳走してやるかあ」


酔った勢いでテレビ電話しちゃおうかな?嫌なら切るだろ。もう恋人じゃないし。プルルルル……あ、出た。


「きょ、うぐっ……京一さぁん、ううっ……うわあーん!!」


「ぷっ、あはははっ!!ギャン泣きしてんじゃん!!どうしたどうした??……え?言ってみ??」


いきなり湊の産声のようなギャン泣きが聴けて、思わず吹き出してしまった。画面録画しとこ、ってスマホを操作してると、あかりに性格悪っ、と軽率な行為を笑われた。


「京一さぁん、ううっ……京一さぁん、大好きぃ!!うえーん、ああああ、大好きなのにぃ……」


「うんうん、大好きなのは分かったよ」


「ごめんなさい……ごめんなさい!!うわーん、いやあ、いやああああだ、嫌わないで!!ごめんなさい、赦してなんて、んんっ、都合が、良すぎるけど……うううっ、京一さぁん!!!」


「なぁに?湊」


「はあはあ……わあ、京一さんだあ♡♡えへへっ、京一さん京一さん♡♡」


「だから何だよぉ、もぉ♡」


湊がスマホを持って歩き出すと、今まで暗い部屋だったからよく見えなかった湊の顔がよく見えるようになったけど、その湊の姿を見て、俺は絶句した。顔の左半分が血だらけだった。壁に頭打ち付けたのか?


「え、氷野さん!??何処行くの??」


「何処って、湊んとこ以外ねぇだろ!!」


よろけて壁や物に何度もぶつかって、階段で足踏み外して、それでも湊のところへと死に物狂いで駆けて行って、やっと湊ん家に着いた。


「何この高級マンション、やば!!私、たまご雑炊なんか持ってきちゃったんだけど……」


「良いじゃん、食ったらアイツも元気出るよ」


オートロックの玄関が内側から開けられる。血だらけで痛々しい湊の姿。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。


「京一、さん……ふふっ、夢みたいだ……」


死にそうになりながら、幸せそうに微笑む湊。


「湊、お願いだから、自分のことをもっと大切にして?」


俺は、湊を包み込むようにそっと抱きしめた。


「京一さんだって、こんなに、ボロボロじゃないですか……」


湊は俺の汚れまみれのコンビニの制服を見て、涙腺を刺激されたようで、またわんわん泣いている。


「ふふっ、絆創膏、可愛いのいっぱい貼ろうね♡」


湊がリスカしたとき用に俺は可愛い絆創膏を物色するのがちょっとした習慣になっていた。いつも買ったら家のキッチン棚の一番下に閉まってあるのを、今さっきビニール袋に大量に詰め込んで持ってきた。


「あ〜っ、これ僕が好きなキャラクターじゃないですかあ♡可愛いいいい♡♡」


湊の赤い左腕は可愛い絆創膏達で埋め尽くされてひしめき合っている。そして、顔に付いていた血は全部、リスカの血で、涙を拭く際に付いてしまっていただけであって、一安心した。


「みーなとっ♡」


「何ですか?」


「やっぱり湊は可愛いね♡♡俺の超どタイプだわ♡」


って言って、湊がごめんなさいを言った分、口付けをした。あーーー、物足んねえ。


「ふふっ、京一さんが尽くしてくれるなら、後はもう何もいらないです」


「ごめんね、湊。俺が傲慢だったよね?湊を思い通りにしようとして。湊の心を弄んでばっかで、本当に最低なことをしたって、分かってる」


「ううん、僕が我儘だったんです。京一さんが僕のことを考えて、京一さんなりに僕のことを大切にしようとしてくれてるのに、それを裏切るようなことをして、本当に、ごめんなさい……」


「俺、湊に負担かけさせてるのが嫌だったんだ。生活能力高めて自立した大人になりかった。だから、湊に甘えすぎないように、月一で会うことにしようと思ったの。それで逆に、湊を苦しめてることも知らずに、俺は馬鹿だ。一発、殴ってくれ」


「いいえ、そんなことできません。僕のが重罪です。性欲に狂わされて、貴方が傷付くと知っていながら、他の男に抱かれた上、心にもない貴方が傷付くことを言いました。一発、蹴ってください」


ソファに隣同士で座って、そうやってイチャイチャしていると、あかりに間を割って入られ、水を差された。


「なーに、走れメロスの終盤みたいなことしてんですか?たまご雑炊、温め直したんで、さっさと食べてください」


「走れメロスの終盤じゃあ、俺は一糸まとわぬ姿かなあ♡」


「京一さん、何想像してんですかあ?はい、あーん♡」


と湊にたまご雑炊を一口食わせてもらう。うめえ、格別にうめえ!!


「ああああ、このバカップルは……見てるだけで恥ずかしいいい……」


と、あかりは赤面した。


「湊も。ほら、あーーー、んっ♡」


って、湊に食わせるフリして自分で食うと、湊は雑炊を口に含んだ直後の俺に舌入れてキスしてきて、色々と奪われた、気がする。


「とっても、美味しいですね!それも、貴方のこの表情も♡」


あーーー、頭がぽわぽわしてくる。快楽に溺れたい。


「湊ぉ、みにゃとぉ、みにゃあ……」


俺は湊を抱き寄せながら、そのままソファで寝てしまった。湊に撫でられる。心地良い。



京一さんの髪の毛、少し傷んでる。爪だって、伸びっぱなしで、でも、指輪はちゃんと嵌めてくれてる。


「ふふっ、可愛いなあ♡♡僕達は、永遠に一緒にいましょうね?大人になんか、ならなくていいよ」


弱くて脆くて可愛らしい貴方を、ずっと僕が支えてあげる。だから、貴方にもっと頼られたい。求められたい。愛されたい。貴方が僕に性的魅力を感じるなら、こんなことにはならなかったのかな?


「あの、言いづらいこと聞くけどさ……湊くん、本当に浮気したの?」


「あー、しちゃいましたね。向こうから襲ってきたから、性処理に丁度良いや、って思って」


「へえ、そうなんだね」


「でも、キスされてないし、コンドーム付けてたし、ほぼディルドと同じじゃないですかあ」


「ぶっ……可愛い顔してなんてこと……」


飄々として下ネタを僕が言ったから、吉岡さんは吹き出して笑って、その口元を上品に手で覆った。


「だって、そうじゃないですかあ。なのに京一さん、めちゃくちゃ怒るしぃ。僕の心は、貴方から一ミリと動いてないのに」


「湊くんは氷野さんが女の子を抱いてたら、嫌じゃないの?」


「そりゃあ、嫌に決まってますよ」


「ほら、そういう……」


と知ったかぶったように吉岡さんにも説教されそうになったので、僕はさらに反論した。


「京一さんは愛がなくても、愛があるような気持ちいいセックスができるんです。僕の性処理を目的とした機械的なセックスとは違います」


「だけど氷野さんは、湊くんの愛があるセックスしか知らないんじゃない?」


「……あ、そっか。それをはやく言わないとか」


僕と家庭教師の人のセックス見たら、たぶんこの人は笑うだろう。もうしないけど。


「ヤケクソになって氷野さん、美優ちゃんに告白してたよ?」


「え?……ああ、そうですか……お似合いですね、とっても」


「それ絶対に思ってないやつぅ!だから私もさ『死ねばいいのに』って言っちゃった」


とても申し訳なさそうに彼女が言うから、信じられないことでも信憑性が増してしまって、僕は驚くことしかできなかった。


「京一さんに、ですか?そんな、突き放すようなこと、言ったんですか??」


「うん。氷野さん、引きずるかなあ??」


あー、後悔してる僕と、今の彼女は似ている。どうしようもない自己嫌悪を手に余らせているから、手を切りたくなる感じ。


「この人のねちっこさ、甘く見ない方が良いですよ。その都度その都度で弄ってきますからね。それと、もうそんなことは言わないでください。嘘だとしても、京一さんは人一倍悲しみます。あとは……罪の償いでも、京一さんを気にかけてくれて、ありがとうございました」


「ううん。こちらこそ、ありがとう。その言葉が聞けて、心が少し軽くなったよ。じゃ、私は帰るからさ、くれぐれも"末永く"お幸せに!」


「勿論です♡」

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