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風船ガムで幸せになれるお年頃

「湊、どの男が好みなの!??」


帰って早々、僕はママに家庭教師のホームページを合コンサイトのように見せられていた。ママは京一さんと僕を強引に引き剥がすのが無理なら、僕の方を違う男に引っ掛けたいみたいだ。


「僕は京一さん以外好みじゃないよ」


って、学歴はすごいけど、どれも平凡以下、ってそのホームページから興味無さげに目を逸らすと、


「貴方、あの俳優好きって言ってたわよね?……この人なんてどう?」


と僕の好きな俳優さんに似た雰囲気の人を見せられて、不覚にもちょっと会ってみたいって興味をそそられた。僕の良いところは好奇心旺盛なところで、僕の悪いところは好奇心旺盛すぎるところだ。


「そんなに言うなら……お試し一回だけ……」


ピンポーン。スーツ姿で髪型もバッチリ決めた僕の好きな俳優さん似の爽やかイケメンは、筋トレしててガタイが良くて、京一さんよりも高身長。ううっ、男女共に愛されるパーフェクトな人間に見えた。


「こんにちは、本日からお世話になります。長嶋と申します。よろしくお願い致します」


彼は社交辞令も完璧で、いちゃもんの付けようがない。ママはどうぞどうぞと僕の部屋に彼を誘導して、早速ワンツーマンのレッスンを始めようとする。どうしよう、ああ、何緊張してんだ僕は。僕には京一さんという心に決めた相手がいるじゃないか。


「どうぞ、ごゆっくり♡」


と部屋に二人っきりにしてドアを閉めるママが嫌味ったらしかった。僕は京一さん以外にはときめかないって!!


「湊くん、今日はこのプリントやって……」


と云々説明されたけど、そんなのは耳に入ってなくてただ聞きたいのは


「先生、質問いいですか?」


「何?」


「……彼女とか、いますか?」


という失礼極まりない質問だった。なんかこれだけは聞いておきたくて、別にいたとしても「ふーん」で終わるし、ママに先生彼女持ちだったよ、って悔しがらせる他ないのだが。


「いないよ」


「何で?すごい愛されそうな人柄してるのに」


「何でだろうね、僕もわからないよ」


って早くこの話題を終わらしたさそうに微笑んでる。何か謎がありそうで、初対面なのにとても気になってしまった。


「終わりました」


プリントは簡単な問題から難しい問題まで幅広く取り扱っていて、僕の学力を測るために使ったんだろうと思った。


「おお、英語すごいね!全問正解してる」


「前の家庭教師の人が英語が得意で、僕にいっぱい教えてくれてたんです。だけどママに嫌われて、クビになりました」


僕は京一さんじゃないとモチベが上がらなくて、一人で洋画も見る気がおきなくて、最近は英語にはそんなに触れてない。


「そうなんだ……」


苦い顔してる。僕がクビになった、なんて言ったからだろう。でも、この人は僕と色恋になっても絶対にクビにはならないだろう。


「先生、スーツ暑くないんですか?」


「仕事だから、一応」


「ネクタイも?しなきゃダメなんですか?」


僕は男の人のスーツ姿には目がなくて、特に腕まくりやネクタイやベルトを緩める動作がとても好きだ。だから、意図的にそうしてくれるように誘導していく。ネクタイの結び目、詰まってる首元に指を入れた。


「えっ……ふふっ、そうだね。あまり引っ張らないで欲しいな」


先生は一瞬、戸惑った表情を見せた。もはや僕がセクハラしてるみたいで嫌になった。当たり障りのない言葉で返す彼はチャットGPTみたいだ。


「そっか、大変なんですね。家庭教師も」


「前の家庭教師の方はどんな方だったの?」


「普通に私服で来てたし、参考書とかワークとか適当で放任主義だったし、突然好きな音楽流し始めるし……」


「えっ、それは……やばいね……」


すご、引かれてる。当たり障りのない言葉を探しても、やばいしか言葉が出なかったんだろう。それが面白くなって、


「でも、頑張ったらご褒美にキスしてくれたんだ♡」


と試しに惚気けて言ってみると、


「あー、まあ、それやったらクビだよね」


と、これにはありきたりなリアクションを取られて少し萎えた。漫画とか小説とかでよくあるシュチュだからか。つまんない。


「先生は、したことないんですか?」


「ないよ。あったらここにいないよ」


まあ、そうだろうけど。ママに何て言おうかな。落とそうとしたけど、真面目すぎて無理だった、とか?


「そうですよね……はあ……」


そうなってくると、ただ勉強を教える人と勉強するという酷くつまらない時間になってしまって、隣りにどんなイケメンがいようと、手出しも色恋もできないんじゃ何のモチベにもならない。まあ、モチベは京一さんから貰うから良いけど。


「何?つまらない??」


「あっ!いや、そうじゃないですけど……まあ、そうですね……」


一旦、否定してみたけど、本心じゃないことを広げるのが苦手で、結局は本心を言ってしまう。いや、京一さんがいるから大丈夫だし、勉強だってそんな苦痛じゃないし。


「生徒からよく言われるよ」


「ふふっ、リア恋が多そうなビジュしてますもんね!」


「湊くんだって、学校でモテそうなビジュしてるじゃん。好きな子とか彼女とかいないの?」


「んー、いますよ。彼氏がいます」


「え?彼氏??」


やっぱ、想定内のリアクションで驚かれた。たぶん、薬中煙吸い酒クズ死にたがりまで言えば予想外のリアクションで驚いてくれるだろう。


「はい、僕は男が好きなんですよ。でもその彼氏に少し問題があって、最近ママから別れろって、執拗く言われてるんですよね」


「……まさかその彼氏って、前の家庭教師の方?」


「あはっ、やっぱ先生は頭良いですね!その知恵を使って、ママを説得して欲しいくらい……」


「ああ、んー、ちょっと厳しい、かな?ご家庭の問題だし……」


先生は渋い顔をする。まだ薬中煙吸い酒クズ死にたがりまで言ってないのに。あっ、良いこと思い付いた!


「先生、僕の偽彼氏になってくれませんか?」


「え?どうして……」


「ママが僕と彼氏を別れさせたくて、僕の好みのイケメン、つまり先生を用意したんですよ。だから、僕が先生に靡くストーリーは不思議ではない。よって、先生が僕のことを受け入れてくれたフリでもしてくれれば、ママは安心して口煩く言ってこなくなるんです。どうですか?」


僕は思い付いた妄想で嬉しくなって、意気揚々と先生に長ったらしく話していた。先生はそれをうんうんと頷いて聞いてくれていて、これはいけると思ったが、


「それで、俺が協力するメリットは何処にあるの?」


と鋭く現実問題を突きつけてきた。


「僕が……先生のをフェラするよ」


「え?いや、それは……ダメだよ、絶対に」


先生は照れてそっぽを向いてしまった。でも僕はこの作戦しかもう思い付かないから、先生のネクタイを掴んで縋った。


「それじゃあ僕は、何をすれば良いですか?」


って上目遣いをして、僕の持てる力を最大限使って、媚びた。


「えっ……んん、良い成績を頑張って取ってくれれば、それで良いよ。俺の給料も上がるから」


先生は咳払いをして、そう言ってくれた。そんなことで良いのかと僕は嬉しくて堪らなかった。勉強のモチベが格段に上がった。


「先生、連絡先交換しても良いですか?」


「これ、違反だから誰にも言わないでね」


「はい、ママにしか言いませんよ」


「それが一番嫌なんだって……」


と先生にはとても嫌がられたが、


「きっとママはすごい喜んで、僕達のことを応援してくれますから、たぶん大丈夫ですよ。あっ、あと、定期的にデートに誘うと思いますが、それっぽい返事して無視してくださいね」


と僕はトーク履歴も偽装して、ママに聞かれた時に、堂々と見せつけられると嬉しく思った。


「何か詐欺師になった気分。でも、初日に付き合うのは、時期尚早な気がしない?」


「じゃあ、授業の三回目ってことで。僕はママに先生のこと気に入ったって、後で言っておきます」


「わかった、本当に勉強頑張るんだよ?」


「当たり前じゃないですか。先生には勉強を何時間やって何処まで終わったか、毎日送りますね」


って契約成立。僕は一仕事終えた気分だったが、勉強はまだまだこれからだった。



学校から帰ってきた湊に自慰行為をしているところを見られてしまった。湊はカバンを置くと、座って抜いている俺の横に座ってきて、俺の顔を両手で掴んで、自分の方へと向かせるとディープキスをしてくる。


「湊、いいって」


俺は湊に遠慮して、でも、気持ち良さでやられていて、全く強く抵抗できないでいた。


「こんなホラー映画で抜いてたんですか?」


湊が女の人の叫び声が聞こえてくるテレビを一瞥、それで呆れたようにそう聞いてきた。殺人鬼が閑静な住宅街を血塗れにしていく。


「この前に濡れ場があったんだよ」


と俺が言うと、つまらないホラー映画を巻き戻して、その濡れ場を確認する。教育に悪い。そのシーン見て俺は、これまじでやってんなって思って、ちょっぴりリビドーを刺激された。B級映画じゃなくて、これはAビデオだと思う。


「うわ、まじでやってる……」


湊がテレビに夢中になっている内に俺はパンツだけ履いて、トイレへとそそくさと行こうとすると、湊に捕まった。「逃げないでください」って。怖っ!!!こっちのがホラーだよ。


「えーっ、トイレ行きたいんだけど」


「そうですよね、京一さんは僕なんかよりもあの綺麗な女優さんのアヘ顔のが好きなんですよね。だったらここで繰り返し見て抜けば良いじゃないですか」


やば、ヒスって拷問されてる。


「そんなことないよ、ただ恥ずかしいからさ」


「恥ずかしいって、何ですか?僕達、恋人ですよね?それとも、僕に何か後ろめたい感情があるからやりにくいんですか?」


どうした、めっちゃヒスってる。


「湊、何かあったの?」


「京一さん、僕には欲情しないくせに綺麗な女優には簡単に腰振るじゃないですか。そんなの初めから分かりきってたことなのに、貴方に近付けば近づくほどつらいんです……我儘で、すみません」


テレビとか映画とか見てて、この女優めっちゃ可愛いって湊に言う度に湊は顰めっ面で「そうですね」ってぶっきらぼうに言う。俺が湊に格好良い俳優を教えてもらった時と同じ、相容れずに分かり合えないところなんだろう。


「湊、お前のことも勿論、好きだよ」


俺は彼の頬を撫でたかったが、自分の手が汚れているので、控えておいた。


「お前のこと"も"?"も"って何ですか?"も"って」


「いや、だから、そうゆう性的な目で見れないわけじゃないって。だけど……」


「だけど、何ですか?だからって、僕がいるのに他の女性におったてていい理由になりますか?」


湊はイライラした様子で僕が恋人なんだと、強く主張してくる。自己肯定感が上がったのか、俺への敬いが無くなったのか。


「はあ……最近お前、ストレス溜まってんじゃねーの?せっかく一緒にいるのに、やたらイライラしてるし、俺への態度だって冷たいし、そんなんじゃ俺……湊の恋人でいられる自信が無いよ」


って俺は情けなく言うと、湊はごめんなさいを言ってからキスをして、俺のパンツの中に手を入れてくる。


「僕の手で気持ち良くなってください」


そう言われると、膝がガクンと落ちてしまって、湊に腰を支えられながら、床に下半身を露出したまま座り込んだ。身体が熱くなっている分、床が冷たく感じられた。


湊は、俺を性処理の相手としか見ていないように、熱狂の後はすぐさま汚れた手を洗って、勉強を始める。俺は賢者タイムに魘されて、一時的な満足感が恒常的に続けばいいのにって、床に這いつくばいながら願っている。退院の時に湊からもらった花は、俺がいくら水を変えても枯れていくのは免れなくて、花びらが全て落ちてしまう前に俺が花瓶ごと床に落として、煙草と共に焚べた。湊にはすげー怒られたけど、枯れていく様を優雅に眺められるほど、俺の心は安定してなかった。今だって、味がなくなったガムを噛み続けているみたいに、湊は俺を味わう。こんな未来があるんだったら、死んどきゃあ良かったなんて今さらながらに後悔し始めた。


「ウィリーウォンカ ウィリーウォンカ 天才ショコラティエ ウィー!」


「京一さん、少しだけ静かにしてくれませんか?」


「は?ここ俺ん家、だけど?」


「そんなのは知ってますよ」


それを知った上でさも自分家であるような傲慢な態度を取る湊に俺は堪忍袋が爆発して、子供っぽく空き缶を次々に彼に投げつけて家出した。帰る家なんか俺にはそこしかないのに。世界はこんなにも広いのに俺の居場所は何処にもない。


「ルイルーイ、家泊めて?」


「ごめん、今グアムいるから無理」


ブチッ。ワンコールで出て、ワンレスで切られた。グアムとか、最高だろうなぁ。どんちゃん騒ぎが電話越しに聞こえてきた。


「10円ガムってさ、消費税発生しないから良いよね。税金対策できんじゃん」


「そんなところでケチっても他で色々と持ってかれてますよ?酒税とかタバコ税とか住民税、所得税……」


なんか、段々とあかりの表情が曇ってきたから、たぶん前世は税金に殺されたんだと思う。俺は税金なんて消費税くらいしか意識してこなかったからあんまピンとこない。


「しかもさぁ、迷路におみくじまで入ってんだぜ?エンタメ性高けぇよな。見てて、膨らますからさ」


とレジカウンターに腰掛けながらガムを膨らませた。


「こっちだって暇じゃないんです。たかがガム一つで喜ぶような、そんなお気楽な脳してないんですよ」


この言葉は理解できたから、あかりが怒ってるのが分かったから、風船ガムは破裂して唇に纏わりつく。


「だよなぁ。あーあ、大きな子供も受け入れてくれる保育所って何処にあんだろ?」


味のしなくなったガムをアルコールで体内へと流し込んで、コンビニを出た。そしてまたコール。


「今日、泊まらしてくれないですか?」



お気楽に何もかも得られた奴に他人の痛みの何が分かる?説得力ねぇんだよ、作画の無駄。チートじゃなくてチー牛なのは顔だけにしとけよ。他人のフィクションの恋愛ごっこに、フィクションの権力争いから、何を得て何を学んでる?主人公ですらも武力行使、汚ぇ口喧嘩って品性ねぇよ。それだったら人間性も何もかも売った悪役のが一貫性あって格好良いじゃねぇか。偽善は善行をしているから善と宣う奴がいるが、それ釣られた魚の立場になってから言ってみろ。餌に食い付いたんだから食べられても仕方ないよね?詐欺罪だろ。要は美味いラーメン屋に入って、その味を堪能した後に殺されて、骨だしスープになってんだよ。きめぇだろ。世の中には稀に優しい奴がいるから惑わされちゃうね。でもお前のそれは優しさじゃなくて、自分がイキリたいだけだからただただ醜い。イキって大して格好良くもない主人公に憧れて、俺に説教たれるなんか百年早ぇから、そのシラケる長ゼリフ検閲してさっさと頭を垂れろ。チョロインに夢見て、ちょっと優しくされただけで恋だと勘違いするそのお前の恋愛脳のがちょろいんだよ。何もしないで何もかも得て、ご都合主義は痛いと虚しいと憐れの三つ巴。お前ができる恋愛なんか売れ残り、最大級のバーゲンセールでやっと中出しできんだろ。うっすいイラストの美少女レベルの女の子が現実にお前に落ちるわけねぇから、身の程を弁えて犯罪に手染める前に、その身なりをどうにかしろ。そもそも口ごもらせるロゴボでまともに喋れねぇ奴が、気持ち悪く自分のエゴを正義と勘違いして擦り付けようとすんじゃねぇよ気持ちが悪い。痴漢です。


「電車内でお酒飲んで、イキっちゃってんのかな?」「マナー違反、マナー違反」「これだから最近の若い者は……」「酒くせぇと思ったら現在進行形で飲んで酔ってる奴いてワロタ、ちなここ電車」「底辺のクズ」「違う車両行こっと」


あぁ、じゃあ、どうすればいいんですか?俺はただ酒飲んで奇声も奇行もせずに、椅子一つ分に収まってるんだけど。誰にも迷惑かけてなくないですか?その見てくれが嫌いでも、お前らは睡眠とスマホに夢中だろうし、その匂いが嫌いでも、他人の加齢臭と汗臭さよりかは檸檬フレーバーでいい匂いすんだろ。って、独り善がりな思考回路はお粗末なものね。


「京一郎さん、相当に酔ってますね」


とインターホンを押した、その部屋の借主は俺を一目見た瞬間、苦笑いで呆れている。目の下から鼻の先まで真っ赤になった俺の顔。酒とつまみを適当に買って、三分の二は俺が消費したゴミの土産。それなのに優しく迎え入れてくれた彼に俺はハグをして、その落ち着いた心拍数につられて落ち着きを取り戻していった。


「何かぁ、俺がチャーリーとチョコレート工場見てたら、「うるさい」って恋人に言われて、まじありえないじゃないっすか、俺の部屋なのに。何でお前の言う事聞かなきゃいけねぇんだ、って蹴り飛ばす寸前だったから、イラついて逃げてきましたぁ。もうあんな奴知らねぇ、泣いて詫びるまで許さねぇ」


「そんなことで喧嘩したんですか?」


「俺にとったらそんなことで済まないんすよ!!前までは溺愛してくれて可愛かったのに、今はつんけんして素っ気ないんです。それでも俺は好きなんだけど、アイツが俺に対して冷めてる言動をする度に嫌になんですよ。これってもしかして、俺はアイツのことが好きなんじゃなくて、俺のことを溺愛してくれる人が好きだっただけなんですかね?」


自分で無意識のうちに隠していた核心に触れてしまったみたいで、震えた。もしそうだとしたら、そうだったら俺は最低で最悪なクズの男のまま、醜悪に悪臭放って死のうと思う。本音言っちゃえば、今すぐ死にたい。


「んー、思い出は綺麗に見えますけど、その輝きで目を眩ませて、現在の自分が持っているものまで見失うのは愚かですよ。でも、過去にいつまでもしがみついてるのも良くないですね」


「ああもう、過去も現在もどうでもいい。俺の人生はクソだ。金、レッテル、恋人、全部亡くしたい。この世のしがらみ一遍に一変して死にたい。俺はこれ以上、生きて傷付くのは疲れたんだよ。ノトーリアスに生きてみたい」


何言ってんのか理解できねぇ、頭回んねぇ、痛ぇ、死にてぇ、死にてぇ、死ね。俺の人生の八割は蛇足で、人生ゲームの要領で定期的にゲームをやり直しては元々低スペすぎて詰んでいる。人生が、というか人格が変わった瞬間は、おそらく初めて「何で生きているんだろう?」と自分の人生に疑問を持ち始めたこと。それがこれらの鬱や死にたがりを構成している要因だと思う。第1章は「何故、俺は生きているのか?」第2章は「生きる意味はなんですか?見つけにくいものですか?哲学書からも自己啓発も、探すだけでは見つからないのよ」最終章「よし、死のう!」もうエピローグも終わって同然なほど生きているのに、何故、俺は死んでないの?強迫観念、もっと仕事しろ。


「京一郎さん、そんなところで寝……」


息が、苦しい。ゲロ、ごめん、吐いた。まじで、死ぬかも、しれない。死ねばいいや。ゲロまみれで。ゾンビのように彼の腕を必死で掴んで


「遥斗、助けて」


と、あーあ、まじで、ごめんなさい。


「冷たっ!!とりあえず、お水、持ってきますからね!」


あ、俺の保育士さんみたい。うん、わかった。パタパタと俺の周りを忙しなく動き回って、ああだこうだと手を焼いてお世話してくれる。


「おえ……っ、ごめん、なさい……」


「謝らなくていいですよ。深呼吸して」


指示に従っていると最悪から一歩抜け出したところで安定した。まだ最悪ちょっと手前だから、勿論、体調は悪いけど。酸素ボンベ、家に置きっぱだ。


「京一さん……何で帰ってこないんですか……?今何処で誰と何してるんですか?……僕といるよりも楽しいことですか?僕は死んだ方が良いですか?……ううっ、京一さん、帰ってきてよ……何で僕を一人にするの?僕のことはもう、嫌いなんですか?」


俺が飲みすぎで悶え苦しんでいる間、湊からの留守電が何十件も入っていた。可愛い可愛い可愛いよ。やっぱ湊はこうじゃなくちゃ。俺が折り返し電話をすると、ワンコールもせずに繋がった。


「湊、俺のことまだ、好きなの?」


「好きです!!好き好き、大好きです!!」


湊が鼻を啜っているのがわかる。腕も切ってるんじゃないだろうか?血液が流れるほど愛の重さが伝わって、俺は大好きだ。


「ふふっ、じゃあ最近、何で冷たいの?」


「それは、勉強が忙しくて……」


「それって、俺の命よりも大事?」


勉強のが大事に決まってんだろバーカと思いながらも、酔ってんだろうなあ。気持ち悪い。


「京一さんの命のが大事に決まってますよ」


「だったら、俺のこと無視しないで。俺のそばにいて。この自殺衝動を止めて」


情けなっ!!!あーまじで死にてぇ。


「分かりました。京一さん」「京一郎さん、ゲロ塗れの服洗っときましたよ」


「まじでありがと」


「京一さん!!今の声、誰ですか?それに服脱がされたんですか!?」


「ああ、そんなキャンキャン言うなよ。頭痛ぇ」


と項垂れた瞬間に間違って、通話終了ボタン押しちゃった。やっば、怒ってるよな。でも、またかけなおすんのもめんどくせぇし、湊なら分かってくれるよな。


「誰?彼女ですか??」


「んー、めっちゃヘラってて可愛い♡♡」


ってスマホの電源を切った。


「というか、その傷跡は……?」


パンツ一丁で遥斗のベッドに潜り込んで寝ていた、その布団を剥がされて、傷跡のことを興味ありげに聞いてくる。


「あはは、バイクで事故っちゃってさ……」


「そっか、とりあえず生きてて良かった、です」


とその布団の中に入ってきて、狭いってのに一緒にくっ付いて寝ようとしてくる。まあ、ここは俺が遠慮しなきゃなんだろうけど、それは遥斗が許さない。許さないくせにこの布団でしか寝れないとか拗らせてるな。


「まあ、別に死んでも良かったんだけどね」


「どうしてそう思うの?」


「人生さ、死にたいって思うことばかりじゃん?」


「例えば?」


「例えばね、今日みたいにゲロまみれで遥斗に、遥斗さんにすげぇ迷惑かけて、本当に、ごめんなさい。死ぬから許してって、罪悪感いっぱいで、死にたくなるの」


「そんなことで死なれたら『僕、助けなきゃよかったのかな』ってずっと後悔しちゃいますよ?」


「そんなことない、助けてくれて嬉しい!!けど、どうやって償ったらいいのか分かんなくて、恩を仇で返すようだけど逃げ出したくなる……」


自分がクズなのは最初から分かってたけどこうやって再認識するとつらくなってしまった。ごめんなさい、俺にできることなんか人を不愉快にすることくらいだ。


「何も償うことなんてないですよ。それよりも、この部屋に友達入れるの初めてなんで、今もちょっとワクワクしてます」


と隣りでモゾモゾして、微笑みを見せてきた。


「ごめん、最初からゲロで汚して」


「あ、また謝った。謝りすぎですよ。彼女から何も言われないんですか?」


「言われるよ。謝ったらキスされる」


「それじゃあ、たくさんキスされちゃいますね」


「うん、俺もヘラってるから愛されてる実感ないと死にたくなる。共依存してるんです」


「愛されてる実感かぁ。高校生までは純愛を信じられてたけど、大学生になってからは不信感しかないなぁ」


「尻軽な女でもいたんですか?」


「ふふっ、そうですね。遊ばれて捨てられて、あんなに好き好き言っといてコレか、って虚しくなりました」


「遥斗さん、格好良いのになあ」


そのセットされていない黒髪を撫でた。彼を捨てる女、見る目ねぇな。こんなにも誠実で真面目で世話焼きで、愛してくれそうな男。俺が女だったら結婚したい。


「京一郎に言われても、僕よりもモテてるでしょ?」


「ワンナイト限定で。今の恋人は、メンヘラのヤンデレで酔狂な変態だから、たぶん一緒にいられてる」


「そんなに言ったら彼女さん、可哀想ですよ?」


「別に良いんすよ」


だってアイツは変態って言われて、ちゃんと喜ぶ変態なんだから。可愛い。


「へえ、冷めてんね」


「あは、意外と熱いもんですね。抱き合ってると」



ああああ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。心底気持ち悪い。死んだ方がマシってくらい自分がストーカー気質で気持ち悪い。電話一本で駅まで駆けて、終電を無くした電車に呆れて徒歩で線路を辿っている。京一さんの居場所は分かっている。マンションの一部屋の何処か。通話履歴からおそらく野嶋 遥斗さんの家だ。足が痺れそう。ルイルイさんはトーク履歴でグアムの楽しそうな写真を京一さんに送り付けてるから無し。ああ、部屋番号だけで良いから教えて欲しい。マンションのポストに野嶋さんらしき名前はない。比較的小さなマンションだから片っ端から調べていっても直ぐに見つかるだろう。手紙を漁って部屋を割り出した。午前五時。そして、警察の家宅捜索のようにインターホンを壊すかのように連打して、玄関をドンドンと手の跡が残りそうなほど叩いた。いっそ蹴り飛ばして足跡残して、ドアノブ引っ張って鍵をねじ曲げてしまおうか。とまで考えていたが、京一さんに嫌われると思ったからやめた。この自分の行動、思想、全てが気持ち悪くてストレスで禿げそうだ。京一さんのためを思って引きずってきた酸素ボンベは最早、過呼吸になりそうなほど貴方のことを心配している僕が使った方が良いんじゃないかと思えてきた。ガチャッ、鍵が開けられる音がして、家主が開ける前に玄関を開いた。


「京一さんを迎えに来ました」


遥斗さんは寝ぼけ眼をパチクリさせながら、「あぁ」と目を擦る。そして、僕が家の中に入ろうとするとやっと目が覚めたようで


「ちょっ、え、何?やめてください……」


と通せんぼしながらめっちゃ引いてた。死にたい。僕も僕みたいな奴が部屋に入ってきたら引くどころか通報してる。でも、そんなのお構いなしに僕は京一さんに一言言ってやりたかった。「何で電話切ったの?」って。ベッドの中で気持ち良さそうに寝ている貴方に殺意が湧いたのは初めてだった。この重たい酸素ボンベでその頭蓋骨を叩き割って、その脳汁ジュースでも味わいたい。そんな深夜テンションで、貴方が最も目覚めが悪い目覚め方をさせようと決めて、勝手に他人のベッドに潜り込んで、貴方の身体を触る。……は?


「何で全裸なんですか?僕の可愛い京一さんに何したんですか?貴方のその両手とその生殖器、切り落として差し上げたいです」


僕は遥斗さんと京一さんがワンナイト過ごしたと思うといてもたってもいられなくなって、ベッドから飛び起きて、遥斗さんに問い詰めた。その手首をグッと掴んで。


「ねぇ君は誰なの?何なの?お願いだから、出ていって」


「僕は京一さんの彼氏です。京一さんを迎えに来ました。貴方はこんな可愛い京一さんのこと襲ったんですか?」


僕が淡々と詰め寄ると、彼は冷や汗をかいてきて、僕は油汗をかいている。気持ち悪い、気持ち悪い。


「京一郎のメンヘラ彼女……?」


彼は目を細めて、僕が女の子に見えないか試しているようだった。僕はそれよりも京一さんに手出し、いや、中出ししたのかどうかが気になって気が気じゃない。


「はりゅと、何処?ん、何してんの?」


ゆっくりと目を覚ました京一さんが、剥がされた布団を手繰り寄せて、寒さから身を守るように裸体を隠した。そして僕に向けて「何してんの?」って、夢見心地のような現実だと認識していない声で、せせら笑う。


「京一さん、貴方を迎えに来ました。こんなところいないで、僕と一緒に帰りましょう」


「気持ち悪い」


と貴方は寝返りを打って、僕に背を向けた。僕は貴方のその言葉が深く突き刺さってしまって、出血多量で死ぬまでまだこの痛みを感じざるを得ない後味の悪い死に方をしてる。


「ううっ、京一さん。何で僕を拒絶するんですか?」


「遥斗、何処にいるの?早く俺の傍にきて」


僕の最愛の人は違う男の名前を呼んで、僕の目の前で彼と同じベッドに入って、仲睦まじそうに抱き合ってる。ああそうか、そうならそれで、良いからもう。僕はキッチンからあまり使われていないような包丁を取り出して、刃先を彼らに向けた。


「死ね!!人類みんな死ね!!!」


こんなに人に刃物を向けただけで手が震えると思わなかった。涙が出ると思わなかった。それが可笑しくて、僕は笑っていたと思う。


「あはっ、湊、不安にさせてごめんね!ほら良いよ、刺して。お前が最初に殺すのは俺からだろ?」


京一さんは起き上がって、遥斗さんを跨いでベッドを降りる。そして両手を広げて刃物を向けている僕を追い込んできた。京一さんの細い身体に痛々しい傷跡、これ以上彼を傷付けられるわけないのに。僕は後退りして、嫌だ嫌だって顔を横に振って、包丁を床に落とした。そしたら京一さんが僕を包み込むように抱きしめてくれて、何も言わずに頭を撫でてくれた。


「やめて、離してください。僕はもう罪人です。貴方とは一緒にいられません。こんな僕に優しくしないで……」


「嫌だよ、幻覚じゃないんでね」


僕は京一さんの優しさに感涙しながら、京一さんのパンツの中に手を入れて、入口か出口か分からないけど穴を探った。京一さんのお尻、僕の前以外はポムポムプリンのおしりになっちゃえばいいのに。「湊、ちょっ、やめ……」って僕の両肩掴んで腰を揺らしながら恥ずかしがってる京一さん。きゃわ♡♡遥斗さん、よく見てますか?これが恋人の意地です。


「ふふっ、まだ処女膜ありますね」


「ああもう、やめてよ。大体、俺がヤラれる側なの?」


「もう、こんな可愛いのにネコじゃないわけないじゃないですかぁ♡♡」


「……どうしよ遥斗、俺が彼女側だったみたい」


「そんなのはどうでもいいけど、朝っぱらから他人の家でおっぱじめるのだけは勘弁して」


彼の愚案を僕は名案だと思ってしまって、僕は遥斗さんの目を盗んで京一さんにディープキスを何度できるかで遊んでいた。

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