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ハンマーで頭蓋骨叩き割って脳味噌ジュースを召し上がれ

新品のスマホのアラームで目を覚ます。夜中、京次郎さんから連絡が入っていた。


「京一郎が目を覚ましたって」


それを見た途端、死体だった僕の心が復活の呪文によって生き返らされぺぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺぺ。明日、学校終わりに二人でお見舞い行こうと誘ってくれたが、僕はもう学校へ行かずとも今すぐに行きたい。



「青柳、ちょっと話があるんだけど、良いか?」


と昼休みに空き教室に連れてかれて何だか深刻そうな顔をする高橋。それを見て僕はこれから何が起こるんだろうと少しワクワクしてしまって、ニヤけが止まらない。


「ふふふっ、何?」


「……何でお前そんな嬉しそうなの?」


「え?うーんと、そうだなぁ、高橋と喋れて嬉しい?」


「ああ、ごめん。それなんだけど」


「どれ?」


「俺、アリスと付き合うことなったから」


って単刀直入に言われた。その瞬間、バッと聞きたいことが次々に湧いてきて、僕は微妙にあたふたしたが、とりあえずこれは言わねば。


「えーっ!?おめでとう!!!」


テンション高くお祝いの言葉を述べたが、高橋はあまり嬉しそうじゃなく、「あ、ありがとう」と気まずそうにしていた。


「今まで隠してて、ごめん。それと……」


「あっ!!そうゆうことか、僕が二人の邪魔しちゃいけないもんね」


もう話しかけてくんなって、仲良し三人組じゃないんだって。そういう最後通告だったんだ。だから、僕がはしゃいでるのは、変なんだ。


「ごめん、本当に」


「でも、嬉しいよ。高橋が好きな人と結ばれて。真城さんとならきっと、良いカップルになれるんじゃないかな?」


「お気遣いどうも。それでさ、これずっと言いたかったんだけど、夏祭りの日のこと……」


「ああ、そういや何で?」


何で来てくれなかったの?


「あの日、俺もアリスも集合場所に時間通りに来てたんだよ。それで青柳のこと探してたんだけど、お前、奥谷と楽しそうに話してたじゃん。だから俺、咄嗟にアリスに嘘ついたんだ。『青柳は用事があって来れなくなった』って」


「何で僕がメアちゃんと話してると、高橋が真城さんに嘘つくの?」


「ああ、それだよそれ。鈍感だよな、青柳は。正直に言うと、アリスはお前のことが好きなんだよ。奥谷と付き合ってたんだろ?元カノと話してるお前なんか見たくもないだろうから嘘ついたんだ」


つまり僕が真城さんだとすると、京一さんが元カノと楽しそうに話している場面に遭遇してしまう僕の気持ちと一緒だ。不安になるし、嫉妬するし、何あの女、一度捨てられたくせにって怒っちゃうだろうし。だから、高橋がそれを避けられる嘘ついた。


「高橋、なんて君は良い奴なんだ!!」


と抱きつくと、「は?やめろ離せ!」って嫌がられた。


「ていうか、怒らないの?」


高橋が怒らない僕が奇妙だという表情で聞いてきた。


「何で僕が怒るの?」


「ドタキャンしたからさ」


「ああ、確かにそれは寂しかったけど、薄々勘づいてはいたし、そのおかげでタダでアイス食べれたし、ビルの屋上で……ふふっ、僕は僕で楽しかったんだ!」


と思い出したら涙が出そうだったけど無理やり飲み込んで笑顔を貼り付けた。


「どういう事??」


「色々とあったんだよ」


言葉を濁して、これ以上聞かないでって、思ってた。高橋はそれを汲み取ったのか


「そっか、お互いにこれが最善解だったのかもな」


って言われた。が、僕はこれに頷くことができなかった。あの時、僕が京一さんとあの場所で会っていなかったら、京一さんは僕を庇ってビルから飛び降りることなんてなかったんだろう。お酒を飲んで飛び降りようとすることなんて今まで何度かあったけど、本当に飛び降りることは一度もなかった。飛び降りたとすれば、全部僕が原因だ。だから、あの状況で会ってはいけなかったのかもしれないって、ずっと後悔してる。



放課後、京次郎さんとコンビニで京一さんへのお土産に漫画とアイスを買ってから、病院へ向かった。コンビニで吉岡さんに「氷野さんの弟?似てんね〜!」って言われたけど、僕は全然違うと思った。強いて似てるところをあげるとするならば、笑ったときの雰囲気くらい。あと服は京一さんのを着ているから、それもある気がする。病院に着くと、僕はまた門前払いされてしまうんじゃないかと焦ったが、京次郎さんと一緒だったから、難なく入れた。そして、いざ京一さんのいる病室へ入る。


「京一さん、会いたかったです……」


彼を一目見た瞬間、今までのつらくて苦しかった想いが一気にぶわっと溢れてきて、ベッドに横たわっている彼を強く抱きしめた。


「……誰?」


「え?……京一さん、僕で」「ほな、俺は!?京一郎!!」


京一さんから僕を引き剥がすように、グイっと肩を後方へと京次郎さんに引っ張られた。僕はこの事象が信じられなくて、ただ笑うことしかできなかった。


「んー……」


「京次郎!!覚えてへんの!?」


「はあ??京次郎はまだ、小学生……」


と言いながら、頭が痛むのか額に手置いている。


「それいつの話やねん」


記憶喪失か、幼い頃の記憶しか覚えていない。それって言い換えれば、僕との記憶、丸っきり、忘れてる。ああ、つらい。泣けてくる。


「京一さん、これを忘れたなんて言わせません」


僕の感情はストレスで麻痺して、怒りや悲しみを通り越して、平穏なところにいた。そして、赴くままに彼の酸素マスクを外して、顔を近付ける。彼は焦りと恐怖を見せたが、僕のことを思い出したらきっと、その顔は笑っているだろうから。


「ちょっと、待って、みな……っ」


「んんっ……くちゅっ……んっ……ああっ」


僕の舌が彼のに絡みついて、もはや交尾してるのと同じくらい、お互いのタイミングや相性が良くって、僕はすぐ終わりにしようと思ってたんだけど、気持ちよさに流され、つい長めにキスしてしまった。その間、京次郎さんは日光東照宮の三猿のように、身体を丸く縮こませて、手で耳を塞いでいた。

僕が京一さんの顔を再び見ると、京一さんは初キスのように顔を真っ赤にしていて、とろんとした目をしていた。ピッピッピッという心電図の心拍数も上がってる。可愛い。


「はぁ、っはぁ……やば……」


「湊くん、やばいって!!」


京次郎さんはすぐさま僕を退かすと、京一さんに酸素マスクを取り付けた。呼吸困難でアラームがなって看護師さんが駆けつけてきた。


「どうされました??」


「ははっ、見え、張っちゃった……」


「え?」


「これ、なくても、いけるかなぁ、って」


「ダメですよ!ちゃんと付けてなきゃ!!」


「ふふっ、すんません」


と看護師さんに怒られても、京一さんは嬉しそうに笑って、僕のことを庇ってくれた。看護師さんが帰っていくと、僕の方を見つめて、「俺のこと、殺したいの?」って半笑いで聞いてくる。


「いや、そうゆうことじゃなくて……本当に、申し訳ございませんでした……」


僕は言い訳を並べるのは違う気がして、彼に直角で頭を下げて謝罪した。僕の印象、最悪だ。


「ふふっ、じゃあ何で、俺にキスしたの?」


「それは僕たちが恋び……んんんっ」


突然、後ろから京次郎さんに口を塞がれた。


「湊くん、京一郎に遊ばれてんよ?」


京次郎さんが僕の耳元でそう囁いた。どうゆうこと?


「京一さん」「兄ちゃん」


僕の肩に腕を回している京次郎さんと声がかぶった。僕は京次郎さんにお先にどうぞを手のひらを向けた。


「今付き合ってる女の子の名前、さゆきちゃん、やなかったっけ?」


「え、何言うてんの?」


え、そんな元カノ情報とか知らないんだけど。京一さんはそれに惚けた様子で首を傾げる。


「あれー?でも彼女おるよな??中学生の京一郎には」


「……うん、いるよ」


「せやね〜、ほな俺の彼氏、紹介したるわ。この子、青柳 ミナミくん、よろしゅうな!」


両肩をポンと軽く叩かれた。は?


「は?彼氏??」


待って、何その設定。僕は京一さんの彼氏であって、京次郎さんの彼氏では……てゆーか、青柳 ミナミって誰!?何でそんな嘘ついてんの!?


「せやで?可愛いやろ??もうキスもセックスもしてんねんで」


って京次郎さんは京一さんの前で僕の頬にキスしようとしてくる。え……やっ、浮気じゃん!!?


「やめて」


京一さんが低く重く一言、そう言った。


「何で?」


「やめて、湊は俺のもの」


と少しイジけながら言われた。湊って言ってくれた。


「じゃあ嘘つくなよ」


「澪さんに言われた、湊と関わらないでって。だから、知らないフリしようかと思った」


「誰?」「僕のママです」


「でも、やっぱ無理。好き」


と京一さんが涙を流した。僕はその言葉に救われた。


「京一さん……」


僕が感涙してると、その隣りで京次郎さんが馬鹿笑いしてる。


「あははっ、クソおもろいわぁ!!京一郎って何でいつもそうなん??」


「何がぁ?」


「これでやめる、もうやらない、最後にする、全部こっちは聞き飽きてんねん!どーせやめられへんのにやめるフリすんのやめろやぁ!こっちの気持ち、弄ぶんのがそんな楽しいのか?」


「その時は本気でやめるって思ってるもん!」


「お前は依存症患者なんだよ。それで周りに迷惑かけてるってこと、もっと自覚せぇよ?」


京次郎さん、次こそは京一さんにあったら優しくするって決めてきたのに、またイラついて罵倒してる。


「ああ、分かってるよ。死に損ないで、ごめんね?」


ああもうこの兄弟は、お互い傷つき合うくせに、何でこうゆうことしちゃうかな!?


「ちょっと一旦、ストップです!!」


と二人の間に僕が割り込んだ。


「「何?」」


「まず京一さん、嘘でも僕のこと忘れたフリしないでください。普通に傷付きました」


「……ごめん、なさい」


「それと京次郎さん、今日は京一さんに優しくするって僕と約束したじゃないですか」


「……せやけど、コレがあ」


「京一さんのこと、コレって言わないでください」


「……はいはい、ごめんね」


「そうだ!アイス食べないと溶けちゃいますよ?」


僕はこの暗い空気を変えようと無理やりアイスを勧めた。京一さんは病院食以外食べられないらしく、僕たちが食べていところを見るしかなかった。


「はあ、俺、澪さんから完璧に嫌われたぁ」


とスマホを見ては嘆いている。


「それは僕のママがおかしいんですよ!僕は好きにしていいよって言われてきたのに、この期に及んで、いきなりダメだなんていちゃもんつけてきて……」


「いや、俺は澪さんが言ってることも分かんだよ。だから、何てゆーか、俺なんかが湊といていいのか、分かんなくなる……」


「そんな自信ないなら付き合うなよ、それかもっと真っ当な人間になれ」


京次郎さんが恋人の僕の横で、そんな言葉を京一さんにかけた。僕の心配センサーが感知して、二人の顔を交互に見てしまう。


「あはっ、その通りだな!」


と京一さんは情けなさそうに笑った。確かに、自信も真っ当さも彼には欠けていると思うけど、彼と僕は自尊心を補填し合うカップルだから、今すぐに自信があるべきだとは思わない。


「湊くん、アイス落っこちるよ」


僕が物思いに耽っていると棒付きアイスは僕が舐めた部分から溶けてきていて、その溶けた汁が僕の手を伝う。


「あ、やば」


慌ててジャリジャリと豪快に食べて、アイスが棒から落っこちるのは防げたが、手にアイスの汁が伝ってんのは免れなかった。僕が手に付いたアイスを舐めていると、京一さんに


「湊、行儀悪いよ」


と注意された。何か口周りも手もベタベタする。僕はトイレに行って、顔と手を洗うことにした。それで、数分ほどでトイレから帰ってくると、京一さんと京次郎さんが取っ組み合いをしてた。何だかトムと○ェリーみたいだと勝手に思った。その場合、京一さんはトムだろう。


「何でまた喧嘩してんですか?」


「京次郎が湊と別れろ別れろ五月蝿いから」


「ああ"?お前が別れた方がいいよなあ?って聞いてきたからやろ!?」


「何で兄の恋愛を応援できねぇんだよ」


「そんなんできんわぁ、こんな体たらくな兄、恋人のが可哀想やもん」


ああだこうだ言って、兄弟喧嘩は止まらない。僕は頭ん中で、トムと○ェリーの主題歌が流れてしまって、「京一と京次郎、仲良く喧嘩しなっ♪」なんて一節が頭をよぎる。仲良く喧嘩なんてできるか!!


「とりあえず、離れてください」


取っ組み合いをしていた二人を引き剥がす。すると、京一さんの病衣がはだけている。やば、目が釘付けになる。


「湊くん、ホンマに他の奴と付き合うた方が良えで?」


「湊、お前の中では俺が一番だよな?」


僕は気持ちが揺らいでしまっていて、どちらにも返事ができなかった。僕は、京一さん以外でもちゃんと感じる。その事実が憎い。



「京一さん、退院おめでとうございます!!」


京一さんの部屋に育てていた花束を花瓶ごと持ってきた。その他にはバルーンなんか飾って、パーティメガネなんかかけて、部屋で一人盛り上がっていた。けど、京一さんが玄関を開けたと思って、僕はクラッカーを玄関に向けて鳴らすと、そこには京一さんのお母さんがいた。京一さんのお母さんとは、まだ微妙な空気の知り合いで、京次郎さんが吹き出していた。


「ああ、京一郎の……ありがとうね……」


「この度は僕のせいで、京一さんに重傷を負わせてしまい、本当に申し訳ございませんでした!!」


僕はクラッカーの紙テープが散らばる玄関で土下座をして謝罪した。次会った時に必ず言おうとずっとスタンバってたから、僕はすぐに床に膝が付けれた。


「いいえ、そんな、違うのよ。頭を下げるべきなのはこっちの方なの。だから、頭を上げて?」


お母さんはその場にしゃがみこんで、僕に頭をあげるよう肩に軽く触れた。僕は顔を上げると、柔らかく微笑んだお母さんの顔が印象に残る。


「いえ、僕が足を踏み外したせいで……」


「京一郎は貴方がいたから今まで生きてこられたのよ

?それに、貴方とならこれからも生きていけるはずだわ」


京一さんのお母さんに両腕掴まれて、力説された。京次郎さんが荷物を床に起きながら、母さん、やめてよって、その様子を恥ずかしがってる。


「ありがとうございます。僕が誠心誠意、京一さんのことを支えていきます」


「こんなちっちゃい子に何負担かけてんの?俺らがアイツを孤独にさせたのが悪いんだよ。母さんがどうしても大学に……」


京次郎さんが横から口出しして、色々と愚痴ってる。


「京次郎、少し黙って!!」


それにお母さんは怒鳴って、京次郎さんが呆れた顔でため息をついた。ああ、こんな関係なんだ。近くにいても愛されない、愛を感じない。京一さんだけ大事にされて、ってこういう時に彼は思うんだろう。だけど結局、何処にいたって同じじゃないか。寧ろ、愛を感じないを感じない場所のが、心地良かったりして。


「京一さんは、孤独じゃないです。京一さんは想像よりも強い人です。『死にたい』って僕に最大限に甘えてきてくれるんですよ。だから、僕がいれば京一さんは大丈夫です」


京一さんは家族の中で感じた孤独を、友達とトリップして発散させた。もっと危ないのは京次郎さんの方だと思う。誰も信用できなくて、自分だけを信じて守って、孤独でつまらないと感じながらも、愛を切り裂いて生きている。

玄関が激しい音を立てて閉まる。京次郎さんが不機嫌を丸出しにして、出ていった。お母さんが「ごめんね」って僕に謝るけど、僕は京次郎さんに謝った方がいいと思った。また、玄関が開く。今度は京一さんが京次郎さんの肩に支えられながら来た。その京一さんを床に置くと、京次郎さんは


「京一郎も湊くんも、もうこれっきりだな」


って意味深な言葉を吐いて、出ていった。京一さんが京次郎さんに向けて手を伸ばすけど、彼は咄嗟に動くことも走ることもできなくて、ただ哀愁が漂っていた。僕はそんな京一さんの思いを汲んで、京次郎さんの後を追う。


「何でそんなこと言うんですか!?」


僕は彼の手を掴んで、京一さんのアパートの駐車場で彼を引き止める。


「俺とこんなことしてていいの?湊くんはさ、京一郎の心まで、深い苦しみに溺れさせたいの?」


「そんなことない」


「じゃあ、早く帰んなよ。もう京一郎の代役はいらねぇだろ?」


だからって、このまま京次郎さんを見捨てることなんかできなくて、僕は徐に彼を抱きしめた。


「死んじゃダメです。死にたくなったら、僕や京一さんに連絡してきてください。約束です」


「お前ら、人の心ねぇし、とにかく鈍いから、何の助けにもならへんわ!」


京次郎さんは意地悪言って笑って、その場をやり過ごそうとしていた。だけど、それは僕が許せなくて、


「こっちは本気で、貴方のことを救いたいんですよ?分かってますか?」


と怒りを買うようなことを言ってしまった。


「じゃあ一度でいいから、俺のことが好きで俺にキスしたことがあったかよ」


「それくらい、ずっと……ありますよ」


僕はそういうと、やっぱり浮気してるんだって、身体全体で認識してしまって、自己嫌悪。京次郎さんは自ら僕に口付けしてくれて、その純粋な軽いキスと初々しい反応は、京一さんにはないものだから、特段に良く思えてしまう。


「じゃあね」


って僕の頭を撫でて、彼は車に乗り込んだ。これからどの面下げて、京一さんとそのお母様に会えば良いんだろう。どっちつかずの優柔不断は罪人の気分だ。


「京次郎は?」


「……車に乗ってますよ」


弟想いのお兄ちゃんなら恋人が浮気者でも弟のためなら許してくれるかな?でもわざわざ言う必要がない場合は積極的に言うのは控えておこうと思った。


「母さん、これで京次郎と何か好きなもの買いなよ。受け取って、俺からの感謝の気持ちだから」


京一さんはお母さんに三万円渡そうとしていた。


「良いのよ、お金なんか……」


それを見てお母さんは渋る。


「ううん、本当はもっと渡したいくらいなんだけど。ごめんね、お金があんまりなくて」


京一さんはお母さんの手にそれを握らせて、情けなさそうに微笑む。お母さんはそれを受け取ると


「全然。本当にこれ貰っちゃっていいの?……そう、何か悪いわね」


って、財布の中にその三万円を閉まって、「もう行かなきゃ」と帰って行った。


「あの人、本当に京次郎のために使ってくれるかな?」


京一さんは玄関までお見送りした後、布団に寝っ転がって、せせら笑う。自分の部屋、落ち着くって、僕はパーティする気満々だったのに、もう主役は眠たそうだ。


「京一さん、退院おめでとうございます。ずっと貴方とこうやってイチャイチャできるのを楽しみにしてました」


と寝っ転がってる京一さんに覆いかぶさって、僕は襲いかかろうとすると、唇を手のひらで塞がれて、阻止された。


「医者から、酒と煙草と激しい運動は禁止だとよ」


「そんな、全部京一さんのアイデンティティじゃないですか……それらを禁止されて、これから生きていけるんですか……?」


「あはっ、わかんねぇ!」


と京一さんはヤケになって笑った。京一さんのが不安だろうに、僕のが不安を見せてどうするんだ。


「でも、激しくしなきゃいいってことですよね?」


と愛おしい彼の頬を撫でた。


「んー、脳内に酸素まわんなくなって、言うなれば、ずっと、首絞められてんの」


「やばっ♡♡セックスしましょ??」


「お前、俺を殺す気か?」


僕を言葉巧みに誘っといて、誘いに断る彼の何とイジらしいことだろう。僕はもう脳内が性欲でいっぱいで、彼の下を脱がした。


「京一さんはお人形さんしててください」


彼の腰に自分のを動かして擦り付けて、自己中で変態すぎるプレイをしてるのだけど、彼は優しいからジトっとした目で僕をただ見つめて、僕の気持ちを昂らせてくれる。彼の細い身体をまさぐると、事故による大きな傷跡がいくつか残っていて、一瞬、興醒めして申し訳ない気持ちになった。


「やんなくていいの?」


艶っぽく彼は僕を煽った。その流し目から唇から、全てが艶やかで愛おしい。


「ごめんなさい、僕のせいで……」


「ううん、この傷跡は俺の勲章だよ。初めて好きな奴を守れたんだから」


京一さんは自分の上着を捲って、細いお腹にできた手術痕を自慢げに見せてきた。だから僕はその傷跡にありがとうを言うようにキスをした。


「ふふっ、大好きです♡♡」


僕は彼に惚れまくってしまって、どっぷり底なし沼にハマってしまって、もう逃げられないような鎖を巻かれたような気がした。それでもいい、それがいい。僕は彼のに自分のを重ねて、犬みたいに激しく腰を振った。京一さんの感じてる表情、久しぶりに見た。いつ見ても可愛いけど、今日見たのは特段に可愛かった。僕と京一さんの濃厚な白濁液が僕の手の中で混ざり合う。エモい、と虚構な満足感に浸っていると、京一さんは横を向いていて、呼吸が苦しそうにしていた。僕はやらかしたって、本能的に気が付いて、裸のまま慌てて京一さんに酸素を与えた。京一さんはその酸素マスクを両手で抱えて、浅い呼吸を何回も繰り返す。彼の背骨がよく見えるのが痛々しくて、嫌だった。


「はあ、ありがとう、湊。もう大丈夫だから……」


彼は僕に心配かけまいと、酸素をしばらく吸うと落ち着いて、意識を朦朧とさせながらそう無理して笑った。その頃には、僕は自分の欲のせいで彼を傷付けたのが自分自身で許せなくて、カッターで自分の腕を切っていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


「湊、ストップ。俺の話を聞いて?」


京一さんにカッターを持った手を掴まれた。


「何ですか?」


「……ぷっ!!あははっ、めっちゃ溜まってたからスッキリしたよ。ありがとね♡」


と陽気に僕の頭を引き寄せて軽く額にキスしてくる。そっか、入院中できなかったんだ。僕は、腕切って頭ふわふわしてて、京一さんにただベタベタしてたくて、長いべろちゅーをした。京一さんの頬に僕の血液がつく。舌の上で蕩けるアイスのようなキスは、ずっと味わっていたかったが、京一さんが窒息死してしまうので、し終わったらすぐに酸素マスクを渡した。


「おかえりなさい、京一さん」

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