花と共に散りばめられた死体
駅、待ち合わせ、17時。僕は胸を躍らせながら浴衣を着ていた。
「京一郎くん、貴方の分の浴衣も用意しといたから」
僕のママ、気が利く最高のママなんだけど、僕の彼氏は、気を遣える最高の彼氏なんだ。だから、
「わあ、わざわざありがとうございます!」
なんて言ってニコニコしながら浴衣を着るんだ。僕とのデートでは着なかったのに。澪さんの機嫌を損ねないために着たんだろう。
「京一郎くん、細いから帯が余っちゃうわね〜!」
やっぱり、ママは着せ替え人形が好きみたい。最近、あれこれと京一さんに着せたがる。ママがショッピングに出かけた後はいつもそうだ。これ京一郎くんに似合うと思って……って色んな洋服を買ってくる。京一さんも京一さんで、ありがとうございます!って素直に喜んで着ちゃうからママがまた買ってきちゃうんだ。
「湊、どう?ちょっとは格好良い?」
いや、ちょっとどころじゃない、超絶格好良い?の聴き間違いかな?元々、スタイルが良いし細いし、顔が良いし、鎖骨ぅうううう!!!!無理、浴衣越しの鎖骨はキツい。エロすぎて無理。その浴衣剥ぎたい。
「僕に浴衣姿を見せるために着てくれたんですか?」
望み薄い願望を冗談っぽく微笑んで言うと、貴方はすぐさまそれを心なく否定する。
「ううん。折角だし、表でも歩くよ」
「ダメ、僕以外には見せないで」
貴方の袖口を引っ張った。白くて細い身体がさらに露わになってしまいそう。
「あはっ、お友達との夏祭りで浴衣姿の奴に言われたくないね!」
悪魔的に貴方は笑う。
「意地悪」
と僕が悪態つくと貴方は僕の後ろに回り込んで、グイッと僕の背中に膝を押し当て体重をかけながら、帯をキツく締め上げた、食べたもの吐きそう。
「浴衣、はだけないように気を付けて」
何この暴力的な優しさ……好き。
「大丈夫です、貴方以外には滅多に見せませんから」
駅、待ち合わせ、17時、5分。二人とも遅いなあ。
京一さんは僕と一緒に家を出て、人混みを見て引き返して行った。あ、あの子、うちの学校にいたような、気が……。
「メアちゃん?」
一際目立つフリル付きの派手な浴衣にツインテール。
「あ、青柳氏……ななな、何しているの?」
「んーっ、待ち合わせ?真城さんと、」
「真城きゅん!!!お付き合いなされたのですか!??」
早とちりで驚かれても。
「いや、真城さんと高橋と三人で祭り回ろうって。メアちゃんは?」
「お、俺は……彼氏と……」
「え!?彼氏できたの!??誰!?」
「シーっ、声がデカいですぞ。相手は、び、美術部の部長。青柳氏はおそらく知らない人」
「確かに、知らないね。で、その人に告白されたんだ」
「お、おん、まだ手を繋いだこともないけど」
「じゃ、僕のが一枚上手だね!」
って、何マウント取ってんだか。最低じゃん。
「……あ、青柳氏は、その、京湊は、まだ健在なの?」
「健在だよ、健全ではないけど」
「え、え、えっ!?じゃ、じゃあ、もう、致したって……え??」
「あははっ、致す一歩手前かな?擬似交尾、してる」
きっしょ!!!これを言ってる自分がキショすぎてドン引きしてる。もう今後一切メアちゃんと会いたくない。何幸せそうに照れ笑いして顔隠してんだよ僕。まあ、幸せだけどさあ!!!!
「……うっ、無理……尊い……全エピ有料配信して欲しい……」
ってしゃがみ込んで頭抱えるメアちゃん、こんな人混みの中、目立つよ??
「動画?あるにはあるけど、可愛い京一さんは僕だけのものにしたいから、ごめんね!」
「いや、良い!!それが良い!!独占欲眩しい!!」
そう絶賛されてしまうと、僕にはない自信が虚偽のものだろうとついてしまう。僕の行動は間違ってなかったんだって。
「メアちゃんは優しいね。僕のこと、『気持ち悪い』って正直に言っても良いんだよ?」
「へ?青柳氏は、気持ち悪いくなんか……俺!!俺のが気持ち悪いから!みんなみんな、気持ち悪いところは多少なりともあるから!だから……青柳氏だけが気持ち悪いなんて絶対にない!!」
「ふふっ、それ遠回しに僕のこと気持ち悪いって言ってない?」
「え、いや、そんなこと言いたいんじゃ……」
「でも、ありがと。僕の気持ち悪さも捉え方次第では僕の個性だって、ちょっぴり自信ついたかな?」
って僕が照れると、メアちゃんも照れたみたいに顔を赤らめて、「それじゃあ」ってお互いにぎこちなく別れた。五時十二分。高橋に電話をかけても、繋がらなかった。僕にさっきまであった自信は虚偽のものだった、ドタキャンされたと分かったら一瞬で消え失せた。こんな、浴衣まで着て、本当、京一さんの言う通り、馬鹿みたい……。
「なぁ、花火って何処から見える?」
って暇つぶしにコンビニ寄って、あかりに相談すると、
「ここら辺はビルとかが多いから、駅超えた河川敷のところまで行かないと綺麗に見れないかもですね」
という無難な返しをされて、人混みという問題に頭を抱えた。せっかくなら綺麗な花火をストレスフリーで楽しみたいのに、他人なんかいたらストレスフルで死ぬ。
「じゃあさ、あかりが綺麗な花火が見えるスポットに行って、俺にライブ中継してくんない?」
「嫌ですよ。何でわざわざ私がやらないとなんですか」
「んーーー、暇ぁ」
「湊くんは?」
「友達と回るって」
「なのに浴衣着たんですか?」
「色々と、あったんだよ」
「喧嘩?」
「そーゆーわけじゃない。とゆーかさ、美優ちゃんは午前で帰ったの?」
「うん、あの子も花火大会見に行くみたいですよ?」
ってニヤニヤして聞いてくる。
「は?興味ねぇし。それに花火見に行くって、もう彼氏でもできたんじゃね?」
「あっ、そっか」
「鈍っ!!」
「万年恋愛脳とは違うもんね〜っ!」
って意味わからない煽りをされたから、ノーダメ。
「何それ。でも良かったぁ、これで気兼ねなく話せる」
「え、話すの?」
「話しちゃダメ?」
「湊くん、また嫉妬するんじゃないですか?」
「でも可能性ほぼゼロだぜ?」
「ああもう、疑わしきは排除です!!」
って、一刀両断。湊は美優ちゃんよりも今はお前に嫉妬しそうだけど。イートインスペースで、「花火 見るには」「花火 おすすめスポット」などと検索して、遠っ!!って思って重い腰があがらなかった。ビール飲んで、クッソ、何もねぇわ。って。
「もしもしルイルイ?今何してんの?」
「ごめんなぁ、京ちゃん。今フィリピンやねん」
「フィリピンかぁ、そりゃしゃーないな」
「しゃーないね」
って一瞬で通話を終了した。
「もしもし遥斗さん?今暇ですか?」
「暇ですけど、何ですか?」
「今日、家の近所で花火大会があって、もし良かったら一緒に行けないかなぁ、って」
「花火大会……人混みが嫌いなので遠慮します」
「だよなぁ、じゃまた!」
ってまたダメか。その後も手当り次第電話したが、ことごとく断られて、そんなみんな俺といたくない?ってところまで勘ぐってしまった。
「京一郎さん、お酒はもう控えたら?」
レジを通そうともあかりに若干止められた。
「あははっ、呑んでないとやってられない奴の気持ちがわかんねぇから平気でそんなことが言えるんだよな。良い人生、おめでとう」
「そんなんじゃないです、もう良いです」
と年齢確認ボタンを押して、お酒を買った。また一歩、クズになった気分だ。
「あかりぃ、怒んなよぉ」
「怒ってないです」
「あっ、良いこと思い付いた!屋上ならさあ、綺麗な花火見れるかな?」
「屋上なんてそもそも入れないですよ」
「んんん、湊ん家なら余裕で見れるんだろうけどなあ」
「そっちのが難易度高いじゃないですか」
調べてみたところ、屋上テラスというのが近くのデパートにあって、絶対にカップルとかその他大勢の人の群れがいそうだけど、ここで酒飲んでるのも癪だし、嫌だったら一瞬だけ入って出れば良いし、って御託を並べながら酒を入れて、追加でツマミも酒も買って、その屋上テラスまで階段を上っていった。やはり人間というのは考えることはある程度同じで、広い屋上のはずなのに、人でごった返していた。その隅っこの何か階段みたいな段差の一番高いところに俺は座って、ツマミと酒を開けた。どーせ、このうるせぇ奴らも花火の音でかき消されんだろ。って不満を募らせながら。
「京一さん、今何処にいますか?」
って京一さんにメッセージを送ろうか迷って消した。京一さんは僕が友達同士で楽しく仲良くやっていることを望んでいるから今日こうやって、デートせずに僕を送り出してくれたんだ。きっと、そうだから。……でも僕は、ダメだね。駅構内でしゃがみ込んで動けなくなってる。もう、約束の時間から一時間以上経った。お祭り会場で会えると思って少し覗いてみたけど、人の波が酷くて全く分からなかった。京一さんが行きたがらないわけだよな。どうしよ。
「君、大丈夫?体調悪い??」
と女の人が僕に話しかけてくれた。今の僕にはその優しさが沁みて、訳も話さず泣いてしまった。そのお姉さんは僕にハンカチを貸してくれて、僕はそのハンカチで涙を拭いて、とりあえず呼吸を整えた。
「ごめんなさい、突然、泣いちゃって」
「ううん、スッキリした?」
「あー……はい」
「どうしたの〜?」
って僕がずっと暗いままでいると、僕の二の腕辺りをさすられて励まされた。彼女の笑顔は安心をくれるみたい。
「僕、友達と花火大会、行く予定だったんです。けど、いつまで経っても来なくて、電話も繋がらなくって……楽しみにしてたのに……」
また涙が溢れてきそうで、情けなくて下を向いた。
「そっか、んー。それじゃあ、お姉さんが君の好きなもの買ってあげる」
と手のひらを向けられて、「おいで」というように僕を誘ってきた。
「それ、誘拐の決まり文句じゃないですか」
「誘拐!?あははっ、しないよ〜!」
僕が変なこと言っても彼女は楽しそうに笑ってくれる。だから何かもう、この人なら良いやって、
「僕は、別に、されても良いですけどね」
と口走った。
「ダメだよ、君の家族が心配する。……じゃ、私が買ってくるから何か好きなものある?」
彼女は僕のために真剣に叱ってくれた。その後で、仲直りをするように、優しく微笑んだ。
「……アイスクリーム」
「味は?」
「アイスクリームなら何でも好きです」
「分かった、行って……」
と去ろうとする彼女の手を掴んで、引き留めて
「僕も行きます」
って立ち上がった。少しは元気が出てきたから。「言っとくけど、これ誘拐じゃないからね」と彼女からは釘を刺された。
デパートのアイスクリームが売っている一角に来た。こういうアイスクリームは市販のアイスとはまた違った味わいを楽しめて好きだ。僕は王道のバニラを頼んで、彼女はキャラメルを頼んでいた。バニラの濃厚な風味が初めにグッときて、その後でほんのりと甘さが広がり、でもそれほどくどくなくて、溶けてなくなった後味はあっさりとしていた。ワッフルコーンもサクサクで美味しい。
「美味しい?」
「はい、すごく美味しいです」
「君、しっかりしてるね!中学生?」
何処がしっかりしているのか全くよく分からないけど、彼女が僕のことをそう思うなら僕はそのように見せないとと思って、
「中学二年生です」
って真面目みを増して答えた。
「へえ、お友達もそう?」
「はい。でも、思ったんですよ」
「何?」
「僕、邪魔者だったんだなって」
「えー、そんなこと」
「そんなことあるんですよ。まず僕と太郎と花子の三人で今回の花火大会に行こうと約束したとします。だけど、約束の時間になっても太郎と花子は僕のところへは来ません。何故ならば、太郎は花子のことが好きで、花子と二人で花火大会を回りたかったからです。だから、僕からの電話にも太郎は出ません。今更、二人に会ったところで僕は邪魔者ですよ」
説明を終えたところで、虚しくなった。それならそうと言ってくれれば良かったのに。お前は仮病で休め、って。
「そうなんだ……何か、ごめんね」
「そんな、謝らないでください。何かで謝られたくないですから」
「そっか」
会話が途切れてしまった。この瞬間が怖くて、あまり仲良くない人と一対一で話したくなくなる。
「はあ、浴衣まで着てきたのに」
とアイスクリームを食べながら、自分の境遇を嘆くと、
「あのさ、屋上行かない?」
と提案された。
「屋上って、行けるんですか?」
「うん、花火見られるんじゃないかな?」
ザグリ、とワッフルコーンにかぶりついて、僕はアイスクリームを急いで食べた。
エレベーターで屋上には楽々行けたが、人でいっぱいになっていて、花火が見られるかどうかは苦々だった。
「あっ、花火始まった」
心臓まで届く巨大な音に心が自然と動かされる。僕は花火は視覚的よりも聴覚的、いや感覚的に楽しむタイプだ。せっかくの花火なのに、人達がざわめいている。何かあったのか?
「ああ言う馬鹿、いるのよね」
と言うお姉さんの目線の先を見てみると、浴衣を着た京一さんが落下防止フェンスに上っていた。
「馬ッ鹿!!!」
僕はその人だまりの中に飛び込んでいって、人をかき分けて、京一さんの元へと走ったが、京一さんはもう既にフェンスの向こう側へと行ってしまっていた。そしてビルの縁に座って、お酒を飲んでいた。危ないって。
「死ぬとか何とか言ってたよね?」
と誰かが言った。自殺志願者だということがこの人だかりにも伝わっていて、彼が自暴自棄になってることがよく分かった。その分、恐怖が増した。僕もフェンスを上ろうとしたが、運動音痴な僕は京一さんのように軽やかに乗り越えられないし、京一さんみたいに酔ってもないから、純粋に恐怖があった。
「君、何してんの!??」
と僕の場合、いや、京一さんも止められたのかな?人ごみの一人に肩を掴まれた。
「あの人を助けたいんです。邪魔しないでください」
「それで君の身に何かあったら、どうするの!??」
何かって、この状況でありそうなのは、京一さんに突き飛ばされて屋上から落ちるくらい?
「死ぬしかないんじゃないですか?」
その後でどうこうってのはできないよ。簡単な話。
「え?」
聞いてきた人がぽかんと口を開けていた。
「ん?違いますか?」
「……死にたいの?」
「いや、今は彼を助けたいです。だから、離してください」
やっと説得させることができて、手を離してくれた。僕は不格好にもフェンスを上っていき、裏面に恐る恐る足を入れて、フェンスを越え、下っていった。
「警察呼んだ?」
という声が聞こえてきて、これは大事になる、と思ってため息が出た。本当に馬鹿。
「京一さん、帰りますよ」
「嫌だ、こんなに良いロケーションなのに帰れるわけないじゃん」
って言ってから貴方は驚いたようにバッと振り向いて、僕の方を見つめた。湊がいる、って。
「貴方が死んじゃいそうなので、来ちゃいましたあ♡」
と僕が微笑むと、貴方は苦しそうに笑って、
「ここが気持ち良いんだ」
って夜風にくすぐられる貴方の髪が綺麗だった。生と死の境界線で僕達は生きているから、生と死の境界線上にいると、一周まわって落ち着くんだろう。心臓が痛む。
「落ちないでくださいね」
勇気を出して貴方の隣りに座って、震える声で冗談にもできてない言葉を発した。ビルの縁を持つ手がガタガタと震えている。
「そう言われると落ちたくなる」
貴方はそんな場所でも陽気に笑っていられて、お酒で恐怖を奥へと流し込んでいるみたい。意地悪で狡猾な魅力的な人だ。
「ここで一緒に死にますか?」
死ぬ時は一緒だと、何度貴方と確認し合ったことか。相手の死体を見て、悲しむことなんてあってはならない。幸せに、二人で死にたい。
「湊は死ぬ準備できてる?」
「できてるわけないじゃないですか。突然すぎます。死後、僕の恥ずかしいものがたくさん出てきますね」
「何?恥ずかしいものって」
そりゃあ、京一さんとのキス動画とか、京一さんを盗撮、盗聴していたものとか、自作ポエムとか。
「……自作ポエム、とか?」
「あははっ、そんなの作ってたの??」
僕の弱点を得られてご満悦。
「あー、だから言いたくなかったのにぃ」
からかわれるって、わかってたから。
「一つ聞かせてよ」
「笑うじゃないですかぁ」
「もう笑わないから、ね?」
とその可愛い顔を向けられると断るにも断りきれなくて、断ったら寧ろ後悔しそうになるから、本当に貴方は僕の弱点だ。
「んー、僕がどんなに格好付けようとしても、貴方の前では情けない顔ばかりしてしまう僕を、どうか、愛してください……」
言ってて途中から恥ずかしくなってきて、終わり方がこれしか思い付かなくて、死にたくなった。
「愛してるよ」
貴方は約束通りにそのポエムに笑うことなく、僕のことを軽く抱き締めては耳元近くでそう囁いてくれる。
花火の音よりも貴方の言葉が僕の心臓を大きく揺らした。死んでしまいそうになるくないに。
「あ……あはは、熱いですね」
酔った貴方の手や顔が赤くなっていて、体温が僕よりも高くなってて、でも、それは僕のせいであって欲しくて、
「夏だから」
という単純な言葉で誤魔化して欲しくなかった。貴方の欲望の矛先は僕でありたい。欲望というのはそれだけで弱みのようで、恥ずかしいもののようで、誰もが持っているはずなのに、誰も口にしなくなっていく。それが良い、聞き分けの良い、良い子ちゃんだからだ。赤ちゃんのように、あれ欲しいこれ欲しいと駄々こねないように教育をされた。
「僕のせいじゃないんですか?」
なんて鎌をかけると
「湊のバカ」
と照れて言いながらもずっと僕のことを抱きしめてくれている。バカという言葉の発音ですら貴方が言ってくれるとそれもまた、愛おしく感じてしまって、僕はバカだ。
満開の花火が何発も打ち上がっては煌めいて散っていく。その繰り返しに人々は盛り上がり、心を震わせる。けど、僕はとっくに花火は飽きている。
京一さんなんて、足元の赤と青のサイレンを見て、喜んで笑っている。「やべぇ、どうやって逃げよっか?」って。パトカーに追われる罪人の貴方は、痺れるくらい格好良い。
「でも今はまだ、花火が終わるまでは、こうしていたいです」
興味をなくした花火を口実に使って、京一さんとビルの縁に座っているという非日常を楽しんでいた。震えていた手もいつの間にか、震えが止まっていて、それは貴方と一緒だからだと、そう思うことにした。貴方はそれを聞くと、煙草を取り出して、それに火をつける。貴方がそれを吸う度に、線香花火のように赤く染まって、闇夜に消える煙が快楽の痕跡ようで虚しかった。その煙を浴びて、僕が噎せると、
「ごめん、俺と一緒だと毒されちゃうね」
って、貴方が冷たい目で笑う。ごめん、って言った。僕は京一さんの首に手を回して、顔を引き寄せた。京一さんが煙草を吸わなくても良いように僕で満たせたら良いなって願いながら。
「毒されても良いですよ、貴方と一緒ならば」
貴方は困ったような顔をする。その後で、「本当、危ないって」と今更ながらこの状況を怖がって笑った。だから、僕にここから離れて欲しいんだとわかった。一人になりたくて煙草を吸った。
「どうしよう、たぶんもう痛いだけで死ねないね」
地上には保護するためのエアマットが敷かれている。貴方はそれを怖れている。死ぬのを失敗することを恐れている。一緒に死のうとして、僕がだけ死ぬ虞があるのを惧れている。
「じゃあもう、生きるしかないですね」
「そうなんだけど、俺、酔っちゃった♡」
こんな生と死の極限状態で、酔ったフリして気になる異性を落とそうとする女の子みたいな可愛いことされても……可愛い〜♡ってなっちゃうじゃん!!
「とりあえず、立てますか?」
「ううん、できない。ふふっ、よろけて死ぬのが怖い……」
どうしようもできない状況に陥ると、貴方は苦しさに苦しめられているのが可笑しくて笑う人だ。その後はこの状況で笑ってる自分が可笑しくて笑って、最後はもうどうでも良いやって、飛び降りてしまうような人だ。
「おーい」
と拡声器を持った警察官の声が足元からする。後ろを振り向けば、フェンス越しにスマホを向ける人や関係ない素振りで花火を楽しむ人ばかりだ。「助けて」なんて言えない。誰も、信用できない。
そうだ!僕が立ち上がって、京一さんを内側へと引きずれば良いんだ。何でこんな簡単なことも思い付かなかったんだろう。また手が震え出す。京一さんの言う通り、よろけて死んだらどうしよう。最悪の事態に備えたくて最悪の事態を想像してしまうけれど、その想像に苦しめられた。片方の足ずつゆっくりと持ち上げていって、遂には両足でビルの縁に立つことができた。後は京一さんを内側へと引きずってゆっくり回収し……突如、強風が僕の身体を煽る。片足をずらして踏み留まろうとしたが、足を出したそこは空中で、体重を片足では支えきれなくて、そのまま落ちてった。
「え?」
体感二秒、何が何だか分からなかったが、僕が落ちた瞬間、京一さんもビルの壁を蹴って落ちた気がした。目の前が明るい。眩しい。何だこれ。天獄??
「大丈夫ですかー?大丈夫ですかー?」
「キョウ、イチ、サン?」
「少年と青年が同時にビルから落下」
という誰かの声が聞こえてきて、ああ、これ現実だって。どんどん現実に引き戻されていった。僕の額に置かれた京一さんの手。状況が飲み込めてくると同時に恐怖に飲み込まれていく。
「青年が少年を庇うように下敷きになっている」
「は?」
僕は起き上がらせてもらって、自分がいた場所を客観的に見ると、京一さんが僕を抱きしめながら飛び降りてくれたんだと分かった。抱えきれないストレスが一気に溢れ出たような怒りと悲しみとやり切れなさと複雑な感情が涙として流れ出て、泣きたくないのに泣いている。僕を庇うだなんて……
「少年は意識あり」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!!!……何庇ってんだよ。最期は一緒に死ぬって言ったじゃん!!これで死んだら死んでも許さないからな!!!」
警察の人に京一さんに近付こうとすると取り押さえられて、京一さんは担架に乗せられ運ばれていく。僕も病院に行って検査してもらったが、無傷だった。精神鑑定は引っかかって、数日だけ入院させられることになったけど。でもずっと京一さんのことばかり気になって気になって、早く会いたくて仕方ない。警察の人には恋人と言ったが、ママが知らない人だと嘘ついていた。何でそんな嘘つくの?ってママに聞いても無視された。ニュースでは、自殺願望のある男が説得をしようとした少年ととも飛び降り、意識不明の重体。少年は奇跡的に無傷だったがまともに証言できる状態ではないという、と報じられていた。ああ、僕がまともではないって思われてるんだ。恋人だって、思い込んでるんだって。そうだ、スマホがあれば、って。スマホがない。
「ママ、僕のスマホは?」
「修理屋さん。スマホ、浴衣の中に入れてたでしょ?だから、壊れちゃったのよ」
「え、嘘……最悪っ!!」
あの中には京一さんとの楽しい思い出がたくさん入っているのに。それを修理と言えども修理屋さんに見られたらしんどい。というか、その写真達を毎日、日課として見ていたからそれが見られないとなると落ち着かない。
「そんな泣かないの」
「京一さんは?生きてるよね?」
「……はあ、湊、何でそんなにあの男が好きなわけ!!?貴方、死にそうになったのよ!??」
ママは京一さんを嫌うように語気を強めた。京一さんは悪くない。僕が死にそうになったのは、僕の落ち度だ。なのに、何でみんな京一さんを責めるんだろう。あのニュースコメンテーターだって、「自殺するなとは言いませんが、人に迷惑をかけちゃいけないですよね。ましてや、未来ある少年の命を……」なんて、勝手な憶測で僕が迷惑がってるみたいに言いやがって。勿論、警察の方々には迷惑をおかけしたけど、それぐらい京一さんは毎日毎日、苦しんで苦しめられてきたんだよ。他人を攻撃することで自尊心を保ってる傲慢な奴よりも自己顕示欲が強い人殺しよりも全然良いじゃないか。それに、僕のことを未来ある少年って、馬鹿みたいだ。僕に未来なんて、京一さんのいない未来なんてあるわけないのに。
「好きに理由なんてない。僕は死にたくなるほど、あの人のことが好きなんだよ。どうしようもないくらい好きになってるの。僕の命なんかより、あの人が傷付いてないかのが僕には重要だから、僕のママでも、ううん寧ろ、僕のママなら、京一さんにそんなこと言わないで」
「貴方、殴られもしてたわよね?」
ってママは含みのある言い方をしながら、額に手をやって、僕に呆れた様子でため息をつく。
「それが何?」
「はっきり言うわ。もうあの男とは別れなさい!!」
女優はすごいなって、迫力のある演技だと自己解釈して、絶対に本心ではそんなことないんでしょ??なんてふざけて、僕の本気度を確かめてるんだって曲解した。
「は?意味わかんないんだけど。ママが決めることじゃないよね?」
「それはそうよ。だけど、私が貴方を心配する気持ちも分かってよ……」
ママの気持ちは京一さんの気持ちと一緒だ。京一さんもよく、俺と一緒だと不幸になるよって、僕を遠ざけようとする。
「……ごめんなさい、だけど、ごめんなさい。澪さんのことはとても好きです。言っていることもよく分かります。だけど、言うことは聞けません」
僕のエゴとママからの心配が重力と垂直抗力みたいだ。複雑な事情が絡み合って、一歩、間違えれば、僕はもうここにはいられないのに、何生意気言ってんだか。謝罪で僕の誠心誠意を見せた。
「どうして?」
「京一さんに『愛してる』って言われたんです。こんな僕に、『愛してる』って、言ってくれたんです」
何だか思い出しては嬉しくなって、虚しくなって、泣けてきた。僕らは愛を誓い合ったのに、何で隣りに京一さんがいないの?
「湊、よく聞いて。湊を愛してくれる人はたくさんいるわ。今は京一郎くんばかり、京一郎くんしかいないって、貴方は思い込んでるんだろうけど、そんなことないの。貴方はもっと、貴方を大切にしてくれる人と付き合いなさい!!」
とママに両肩を掴まれて、泣いている僕に追い打ちをかけるように、京一さんとは別れろを強調して、ゆすられた。
「ううっ、京一さんが良い……キスするのも、セックスするのも、『愛してる』と言うのも、ううっ、全部全部……京一さんが良い、京一さんじゃなきゃ嫌だ……」
号泣しながら訴えた。涙が止まらないのは、僕の身体が京一さん以外を受け付けないからだ。
「はあ……ごめんなさい、貴方もつらいのよね」
ママが僕を抱きしめてくれる。僕が最初にママに会った時みたいに。頭を撫でてくれながら。
「貴方はもっと幸せになるべきよ」
って、僕を慰めてくれる。




