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馬鹿ばっか

周囲の人間は、僕なんかよりも馬鹿なんじゃないかと時々思う。

苦しみも痛みも知らないような阿呆面晒して、のうのうと生きているんだから。

そんな人生がイージーゲームみたいな感覚。ぜひとも僕に教えて欲しい。

僕もこのつらさを教えてあげるから。

痛みが鎮痛剤になるって知らないだろ?

僕よりも使ってない脳味噌で僕よりも簡単に生きている奴らばっか。

狂ってんだ。世の中。全部。

人生に価値なんて無いんだよ。

でも、誰よりも幸せに生きてみたいんだ。

それだけなのに、なんでこんなにもうまくいかないの。

自己啓発本の綺麗事の羅列にはもう見飽きた。

表面上でしか物事が見れないから、表面上のおとぎ話で感動して涙するんだ。

なにがハッピーエンドだ。そのうち、バッドエンドになるくせに。

馬鹿じゃねーの。みんなみんな、馬鹿みたい。

その笑顔もすっごく憎いよ。

だって、阿呆みたいじゃん。無意味なことで騒いで、笑って、最終的には泣いて。

だけど、その阿呆に本当は僕もなりたいんだ。正直なところ。

羨ましいから憎いんだって本で読んだよ。

僕には無理とわかってることに関しては特にね。妬ましい。

例えば、僕も普通に学校に通えたら、僕の人生はどれだけ違っただろうか。

そんなことを考えては、よく泣いちゃうんだ。

そして、そんな弱い自分が嫌になる。

なんで僕だけ。なんでって。理由を聞いても、誰も答えてくれる人はいない。

もともと、聞いてくれる人もいないんだけど。

もし僕が死んでしまったら、喜んではくれるだろうね。

食費が浮いて、教育費も浮く、その分、豪華なディナーを楽しんで。

両親には、迷惑をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

親孝行は僕が早く死ぬこと以外には思いつかないや。

そのためにも、痛みの曲線を死の漸近線に近づかせなければならない。

生と死の境界線がぼやけてしまえばいいんだから。狂ってしまえ。

人間なんて嫌いだ。恋愛なんてできるわけがない。反吐が出る。

愛している?、なんて気持ち悪い。

ただエゴじゃん。離さないための罠。

疑心暗鬼の心では愛は捉えられないんだと。

可笑しいね。


「湊、良い顔するじゃん。」


「もっと深く、傷跡。」


「駄目、タバコないの。」


そうやって、彼は柔らかく笑う。


「この傷、消えちゃう。」


「消えそうになったら、また付けてやるよ。」


「僕、愛されてますね。」


「勝手にそう思っとけ。」


「大好きですよ。」


「気持ち悪ぃ。」


傷跡を、明かりに照らして、角度を変えて、見つめ続ける。


「そんなに喜ぶものか?それ。」


おかしいと言わんばかりに笑ってる。


「だって、初めての根性焼き。京一さんが付けてくれた傷跡。完璧じゃないですか?」


得意気に傷跡を見せながら僕が話すと、


「じゃあ、カッター出して。」


と彼は僕に指示を出した。指示通り、筆箱からいつも使っているカッターを取り出す。


「切って。」


左手首を見せられて、僕を試すような笑顔で命令される。

命令には従いたいけど、京一さんの手首に傷を付けるのはあまり好まない。


「何を躊躇ってんだよ。俺のこと、嫌いなの?」


「そんなの、ありえません。」


力を込めて、傷を付ける。


「痛っ、めっちゃ痛え。」


手首を抑えてる右手から血が滴る。


「ごめんなさい、つい。力が入っちゃいました。」


ティッシュで傷口を覆い、止血する。


「まあ、これでお互い様だ。」


「何でこんなことさせたんですか?」


「怒ってるの?」


「いいえ、ただ理由が聞きたいだけですよ。」


「んー、この時間を刻んで置きたかったからかな。」


「何故ですか?」


「え、何故って?最高に幸せな時間だから。忘れたくないじゃん。違う?」


「違くないです。僕もこの時間を忘れたくありません。」


「幸せ?」


「はい、とても。」


「俺も。」


「ふふっ、可笑しいですね。」


純粋な笑顔ができない。


「何?」


「最高に幸せなのに、もう死んでしまいたい。」


涙が頬を伝って流れ落ちる。


「違う、それは最高に幸せだからだよ。」


彼は僕を抱きしめてくれる。


「僕は幸せだけを考えていたいのに。」


皮肉にも、幸せが災いを呼んでしまう。


「僕は、馬鹿だ、愚か者だ。もう嫌だ。嫌い。死んでしまえ。」


「愚か者のまま、死にたいの?」


「…それも嫌だ。」


「俺も薬物中毒者のまま、死にたくない。」


「けれど、もう生きたくもない。」


「二つ目の理由、話してあげる。」


「何?」


「薬物をやめる決意表明のため。この傷跡は。」


「…決意表明を僕にやらせたんですか?」


「あははっ、おかしい?」


「さあ。」


「この傷跡を見れば、薬物をやめる決意も、湊のことも、思い出せるでしょ?効果二倍。」


「そんなこと、考えてたんですね。」


「いや、さっき適当に決めただけ。」


「あはっ、なんなんですか。」


「でも、本当にやめたいとは思ってるから。期待してて。」


「…凄いですね、尊敬します。余計に好きになりそうです。どうしてくれるんですか?」


「八つ当たり?」


「だって、僕は、何を治せばいいの?どうしたらいいの?全然、わかんないよ。ずっとずっと、死にたいしか考えられないから。」


そう、八つ当たり。僕は自分の悪いところが見えてこないから。京一さんのシャツを掴んで、顔を合わせられずに泣いている。


「あーあ、子供みたいに泣きじゃくって。」


彼はしゃがみこんで、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの僕の顔をティッシュで拭いてくる。


「やめてください。」


その優しさすら受け入れられない。


「湊、こっち見て。」


人差し指で合図される。


「…なんですか?」


反抗的な態度のまま、京一さんを睨みつけてしまった。本当はこんなことしたくないのに。


「幸せってのは、一時的な状態なんだよ。薬でハイになってるみたいなもん。その瞬間に死にたいって思うのは、最期の記憶を幸せな記憶にしたいから。違う?」


「そうですね。きっとそうなんでしょう。」


真剣に考えている京一さんに、僕は適当な返事をする。


「じゃあ、それをどうして嫌がるの?」


「…死にたいって思うのは、悪いことだから。」


「悪いことじゃない。悪いことじゃないよ。」


似合わない優しい口調で語りかけてくれる。


「嘘。死のうとしたら、止めるくせに。」


「それ、お前が言う?」


とからかうように笑われる。


「自分は死にたいけど、俺には生きて欲しいんだろ?」


首を縦に一回。同意を表す。


「馬鹿言うな。死んだら、俺が生きてるかどうかすら確認できないくせに。」


「本当、馬鹿ですね。つくづく嫌になる。」


笑っているが笑いごとじゃない。


「けど、その馬鹿が俺は好きだよ。」


救世主。


「ふふっ、見る目ないですね。」


「馬鹿にすんなしぃ。」


「でも、なんで死ぬのはいけないんでしょうか?」


「俺が死ぬからじゃねーの?」


「もうそれで良いですね。考えるのはやめにします。」


「湊、知ってるかあ?」


と得意顔で僕の顔に触れながら、何かを企んでいる様子。


「幸せの絶頂では死が入り込む余地がないってこと。」


僕を抱きしめたまま、口付けをする。

それも何回も何回も。

快楽を求め探るように、深く長く、頭の中がふわふわと白い霧がかかったように働かなくなる。


「どう?」


「気持ち良い、もっと。」


と僕がせがむと、


「また今度のお楽しみ。」


なんてお預けされてしまった。


「死ななければ、また今度が来るからね。」


と上機嫌で付け足されて。


「嫌だ、お願い。」


我儘を言っても、彼を困らせるだけだとはわかっている。

だけど、彼のシャツをギュッと掴んで離したくなかった。


「安心して、俺は湊のものだから。」


彼はそう言うと左手首のリスカ跡にキスをした。


「ふふっ、大切にします。」


「そうじゃなきゃ困る。」


「確かに。」


死の誘いは幸福を俯瞰した瞬間にふとやってくる。

そのノスタルジックな感情から死にたくなるのだ。空虚感とも似ている。

幸福に一番近かったはずなのに、一番遠くに感じてしまう。

幸福というのは続かない。

そんな事実が僕を殺すのだ。




「夜の街を徘徊。って、なんもねえな。」


所在なげに自分の腕を軽くつまむ。


「もし警察に会えたら、職質してもらえますよ?」


「それは望まない展開。」


「お巡りさん、苦手ですか?」


「いいや、好きだよ。」


なんて嘘をついたんだろう。一般人に近づきたかったかもしれない。

まあ、この静かな夜を騒がしくされるのは御免だ。


「京一さんは、殺したい人とかいますか?」


そういう好きな人を聞くようなトーンで聞いてくる。恋バナとは全然違うけど。


「いない。」


「薬中なのに?」


「偏見。ダメ。ゼッタイ。」


「ふふっ、じゃあ、殺さないで痛めつけたい人は?」


「お前。」


「え、僕ですか?」


そんな驚くことか?逆にこっちが吃驚する。


「だって、喜びそうじゃん。」


「あははっ、偏見ダメゼッタイですよ?」


弄られるのでさえ、喜んでいるように見えるけど。


「違うの?」


「全然、違くない。」


「ふふっ、何なんだよ。」


「そうじゃなくて、何だろう。憎くて恨んでて呪い殺したい人ってことですね。殺さないけど。」


「んー、いない。」


考えても出てこない。過去を振り返っても、全く。


「本当に?」


「強いて言うなら、自分かな?」


「優しいですね。」


「そんなんじゃないって。湊は?」


「…いますよ、沢山。復讐して馬鹿にしたい奴らが。」


なんて爽やかな笑顔付きで言われる。


「なんで?」


「え?これって僕が間違ってますか?」


「いや、俺にはそういうの無いから。気になってんの。」


「馬鹿にされたら、馬鹿にしたくなるじゃないですか。」


「まあ、そうだな。」


「だから。」


「ふーん。で、なんでしないの?」


「え?」


「俺だったら、殴られたら、殴り返すし、暴言吐かれたら、吐き返すよ。簡単に死ねとも殺すとも言う。まあ、誇ることじゃねえか。」


今はどうかはわからないけど。過去の自分はそうだった。虚勢を張って、威嚇して、弱いところを隠してた。


「それで負けたらどうするんですか?」


「勝ち負けじゃねーの。そういうのは。自分を如何に守るかが重要なの。」


「へえ。」


「でも、幻聴には気をつけた方が良いよ。消えないから。」


なんてダークなジョークでもなんでもないことを言う。ただの経験か。好奇な目で見られ、言われもないことを言われるんだ。幻聴かどうかもわからないけど。


「解決策は?」


「受け入れるんだよ。ああ、言葉じゃなくて、幻聴そのものだけをね。それはもう、しょうがないじゃん。ついてくるんだもん。」


「執拗い?」


「もはや、マブダチ。」


そう見栄張って言っても、結局は俺は俺だ。怖がりで弱虫な俺。馬鹿なんだな。

仮面との擦り合わせができてない。


「可笑しいですね、嫌いなのに友達なんて。」


「愛と憎しみは表裏一体なんて言うでしょ?」


「そんなの嘘ですよ。」


「どうして?」


「僕が京一さんを憎んだことが無いから。」


「ふふっ、人生経験が浅いね。そのうち分かる日が来るよ、生きてれば。」


「京一さんは分かるんですか?」


「もちろん分かるよ?大人だから。」


「じゃあ、僕を憎んだことはありますか?」


「んー、ちょっとだけ。」


「いつ?」


「俺に食べさせようとしてるとき。」


「でも、それは。」


「分かってるよ。だから、すげえイライラしてんの?あのとき。分かってた?」


「まあ、ずっと嫌そうな顔してますから。」


「そりゃあね。楽しさが分かんないもん。」


「僕の料理、不味いですか?」


「たぶん、そういうことじゃない。何が美味いのか、何が不味いのか、区別が付かないだけ。味は分かるんだけど。」


「先入観じゃないですか?」


「先入観?」


「美味しい美味しいって言われてるものは僕も美味しいって言わないといけない。例え、それが美味しくなくとも。人間ってそんなもんですよ。」


「あはっ、笑った。」


「だから、美味しさなんて僕も知らないです。」


「なのに、食べれんの?」


「口に含んで、噛み砕いて、飲み込めば、食べれますよ。この砂だって。」


と砂を掴んで、食べるふりを見せて、にっこりと笑う。


「俺は食べられない。」


というと、湊は砂を口に含み始めた。


「は?なにしてんの?」


吃驚した。人が食べるものでは無い。


「ジャリジャリする。」


というありきたりな感想。砂を捨てて、手をはらう。


「美味しい?」


「もう、この世のものとは思えないくらい美味いですよ。」


にやにやして楽しんでる。


「嘘?」


「さあ、美味しいと言われれば美味しいですし、美味しくないと言われれば美味しくないです。無味無臭。」


「へえ。」


「そもそも、食べるものじゃなかったですね。」


「いまさら?」


「何がしたかったんだろ。」


虚無った。


「なにそれ、深刻じゃん。」


「…京一さんの気持ちを知りたかった?」


心の声と会話しだした?


「そうなの?」


「そうだ、きっとそう。美味しいと感じないものを食べてくれてるから。」


「やめて、体調崩すよ?」


「体調崩してるじゃないですか。」


「俺は良いの、いつものこと。」


「うっ…吐きそう。」


涙目になっている。


「ほらあ。」


公園で水を飲ませて、吐きやすくする。


「京一さん、ありがとうございます。吐いたらスッキリしました。」


俺が吐くの慣れてて良かった。砂は紛れもない異物だろう。


「もう砂なんか食うなよ。」


「はい、気をつけます。それで、京一さん。


「何?」


「無理させてませんか?」


「え?」


「僕、馬鹿だから。他人の気持ちとかよく考えられなくて。こうして自分で経験しないと分からなくて。それで、僕は砂を食べて、吐いて、つらくて。」


「そんなこと、考えなくていいよ。」


どーせ、食べなきゃ死ぬんだ。で、死んだら死んだで後悔する。死ぬ前に悪あがきでもしたいんだ。


「余計にストレスになってたら、僕はお節介で迷惑なウザい奴。」


「死にてえか?」


「そんなの、いつもそう。」


「一緒に死ぬ?」


ゲームオーバーじゃなくて、ゲームを破壊したいのか。それとも、


「なんで?」


「孤独死は悲しいじゃん。」


「よくわかんないです。」


「そーか。」


死んでから後悔も悲しいもない。

わかってるよ、そんなんは。


「それで、生きるために努力しないといけないわけですが。」


「くそめんどくせえ。」


人生諦めたいけど、諦めたら後悔する。

そう言い聞かせなきゃ、簡単にゲームを破壊しかけない。


「改善できることがあれば言ってください。」


再トライ。


「湊が食わせてくれるなら美味しい。一人で食う飯は不味い。野菜は嫌い。脂っこいものも嫌い。食欲は皆無。たまに過食はする。」


「過食は気持ち悪くならないですか?」


「気持ち悪くなるよ。けど、吐きたいから。」


「吐くために食べてるんですか?」


「そういうこと。」


「いつから?」


「一人暮らし始めてから。飯食うのがめんどくさくて食わないでいたら、親が心配して食費くれるようになってさ、余計に太りたくなくなって。吐いて。っていう悪循環。」


「そのときは食欲は?」


「あったよ、めっちゃ食べたいって。薬切れたときは特に。それで、過食して吐いて。愉悦を覚えたんだ。」


「今でも太りたくないですか?」


「できれば。」


「そうですか、考慮しますね。」


「そういえばさあ。湊ってさ、誰を恨んでるの?」


「その話しますか?」


「気になる。」


「僕が最も恨んでるのは僕の母親です。」


「どうして?」


「生まれてすぐの僕を海辺に捨てたんですよ。満潮で溺死するように。」


「え、理解できないんだけど。」


「もちろん、父親も恨んでます。孕ませておいて、逃げたらしいですから。」


「どういうこと?」


「捨て子なんですよ、僕。」


「はあ、意味わかんねえ。」


「今は里親の人と一緒に暮らしています。」


「何だよそれ、じゃあ、何で俺となんかいるんだよ。」


「そんなの、好きだからに決まって」


「もっとやることあるでしょ。」


「何ですか?」


「家で息子の役を演じること。家族団欒の場にお前がいなくてどうすんだよ。」


「は?よく分かんないんですが。」


「里親がお前に何を期待してるか、本当に分かんないの?」


「もう期待には応えましたよ?」


「は?」


「慈善活動ですよ。僕の里親がしたいのは。」


「もっと分かりやすく。」


「僕の里親は、僕を育てたいわけでも、僕と家族になりたいわけでも無いらしいです。ただ孤児を引き取った。その事実が好きなんですよ。」


「何で?」


「好感度のため。テレビをつければ僕の義父が出てますから。」


「…ごめん、俺は良くないね。事情も知らずに。湊の気持ち、全然考えられてない。」


「他人の気持ちを読み取るほど難しいことは無いです。」


「湊の方が上手。」


「んなわけない。僕は、人間はみんなだいたい馬鹿に見えますよ。好きな人以外。」


「どうして?」


「興味が皆無だから、表面上で判断しちゃうんです。ああ、馬鹿だって。」


「俺は馬鹿?」


「好きな人以外ってちゃんと言いましたよ。」


「その上で、聞いてるの。」


「その下で、答えてます。」


「狂いそう。」


「そしたら、馬鹿になりますよ。」


「笑った。ただの主観じゃん。」


「客観的に物事を見るのに長けてないので。」


「わかってた。」


「待って、やっぱり馬鹿ですかね?」


「うわっ、俺のこと虐めるの?」


「違いますよ。もしもの話です、京一さんが順風満帆に生きてたら僕は貴方を馬鹿だと思うし、好きになんかならない。」


「それ、ただ嫌いなだけ。幸せそうな奴らが。」


「そうですね、嫉妬してます。」


「へえ、そんな感情あったんだ。」


「ふふっ、馬鹿にしてませんか?」


「ん。馬鹿にはするけど、馬鹿だとは思わないよ。」


「京一さんは頭が良いですね。悪い意味で。」


「褒め言葉として受け取っておくわ。」


「馬鹿と天才は紙一重って言いますが、どっちになりたいですか?」


「湊は?」


「せーの、で言いましょうか。せーの。」


「「馬鹿」」


「合いましたね。」


「合っちゃったね。」


「何で馬鹿になりたいんですか?」


「無駄に期待されないじゃん。楽で良い。」


「元天才は言うことが違いますね。」


「馬鹿にしてるでしょ、それ。」


「あはっ、してませんよ。」


「湊は?馬鹿は嫌いそうなのに。」


「好きですよ、馬鹿。羨望から嫉妬が生まれる。そういうものです。」


「俺は嫌悪もあると思うけど。」


「これが、愛憎…?」


「あははっ、生きてたね。」


「きっと、種類が違いますよ。僕は僕が愛する馬鹿になりたい。」


「湊、天才じゃん。悪い意味で。」


優劣でなく、死を知らない馬鹿でありたい。


「嬉しくないですよ。」


「あーあ、せっかく褒めたのに。貶してやろーか?」


「そっちの方が気分良いです。」


「悪趣味。」


「人のこと言えないですよ。」


「あれ、学校でいじめられてんだっけ?なのに、学校が嫌いなの?」


「あははっ、くっそつまんないんですよ。学校の奴ら。直接的に攻撃してこないんで。」


「じゃあ、その傷は全部自分で?」


「いや、これは京一さんが付けてくれたじゃないですか。」


「痛そ。」


「でも、この痛みは、耐えられます。というより、鎮痛剤ですよ。」


「耐えられない痛みは?」


「愛別離苦、ですかね?」


「その歳で、そんなことある?」


「ありますよ、ハムスターのタバスコが死んじゃったときはだいぶ病みました。」


「ふふっ、タバスコって、ネーミングセンス。」


「おかしいですか?」


「何でそんな名前にしたの?」


「目が真っ赤だったので、タバスコです。」


「へえ、可愛がってた?」


「はい。けど、僕のせいで死にました。」


「何で?」


さっきまでは笑ってたけど、これには流石に笑えない。


「カラスに食われたんですよ。公園で散歩してたら。」


「カラスってハムスター食うんだ。」


「カラスは雑食だから何でも食べます。」


「グロかった?」


「首掴まれて、飛んでいきました。」


「じゃあ、死体も無いんだ。」


「はい、追いかけたんですけどね。小学生の僕ではどうにもならなかったです。」


「それは、御愁傷様。」


「だから、カラスは大嫌いです。見ると悲しくなっちゃうんで。」


「たくさん泣いた?」


「泣きましたよ、一晩中。自己嫌悪に溺れました。ああ、思い返せばそのときからですね。痛みを痛みで和らげてるのは。」


「何か言われないの?両親とかにこの傷のこと。」


「見せてないです。というより、僕への興味がそもそも無いですね。」


興味が無い奴をわざわざ引き取ろうとはしないだろ。普通。


「それは湊の主観?」


「僕の主観、だと思います。」


「じゃあ、両親の興味が無いってどうして分かるの?」


「ずっと独りぼっちですから。家にいてもつまんないです。だから、外に出て誰かと遊んでるのが楽しいんですよ。」


「それが俺といる理由?」


「理由の一つではあります。」


「そうなんだ。」


「きっと、寂しいんでしょうね。よく分からないですけど。世間ではこういうのを寂しいって言うらしいです。」


「誰かと一緒にいたいか?」


「はい、僕にかまってくれる誰かと。」


「それなら、俺じゃなくてもいいじゃん。誰でも。」


「僕は人間が嫌いなんですよ。」


「だから何だよ。」


「人間をやめている貴方が好き。」


「それは、貶してるでしょ?確実に。」


「好きって言ってるのに?」


「まあ、お前も人間やめてるようなもんか。」


「こんな傷だらけの人間、希少性高いですからね。」


人間の形をした怪物と人間の中の欠陥品。

傷の舐め合いか、傷口に塩を塗るか。


「お揃い。」


左腕。傷口がまだ痛む。


「嬉しいです。」

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