彼氏が僕を指さして"にゃんにゃん"と呼んできました
「あははっ、にゃんにゃん♡♡」
彼氏が僕を指さして"にゃんにゃん"と呼んできました。……ヤホー知恵袋に書こうかな??
「にゃんにゃん!にゃんにゃん!」
無理っ……可愛いいいいい♡♡♡♡
なにこのサービス!!猫耳付けたい!!何かずっと僕に「にゃんにゃん」言いながら素敵な笑顔を見せてくる。可愛い、バブちゃんなのかなあ??
「にゃんにゃん、キョウイチロー、んーんっ!!」
唇尖らせて「んーんっ!!」と主張してくる。何だろう、可愛い、何なんだろうう??
「何ですか??」
と近くでしゃがみ込むと、えへへっ、とふにゃって笑う。なにそれ、可愛い。
「にゃんにゃん、しよぉ??」
小首傾げるのでさえ可愛い。
「ふふっ、何をするんですか??」
「むううう、にゃんにゃん!!」
あっ、拗ねちゃった。僕が理解できなかったからだ。
「ごめんなさい、まだまだ力不足で……」
「かったいなあ、にゃんにゃんするんだよ」
京一さんが僕の首に腕を回して引き寄せて、耳元でそう、いつもの低い声で囁く。何処かで聞いたことがある。思い出した。にゃんにゃんするって、いちゃいちゃするってことだ。顔がボッと熱くなった。
「ね、にゃーんにゃん??」
「はい!!」
威勢のいい返事をするとそのお返しにか頬にキスしてくれた。嬉しい、幸せ、嬉しい、頑張って良かった。
「にゃんにゃん、んーんっ!!」
唇を尖らせてんのはキスして欲しいってことか、はあああ、可愛すぎかああああ。好き、大好き。
「ふふん、よくできましたあ」
とキスすると京一さんが頭を撫でてくれる。まじで幸せすぎて頭が多幸感でパンクしそう。
「京一さん、ご機嫌ですね」
「んー、受かったの」
「凄いじゃないですかあ!!わああ、今日はお祝いですね!!」
「んー、だからあ、甘えさせて??」
好き好き好き好き好き好きっ!!!!!
「たっぷり甘やかしますよ♡♡」
抱きしめられんのも抱きしめんのもキスされんのもキスすんのも全部全部全部、ああ、好きだ。
「にゃんにゃん、あいちてるぅ」
「ありがとう、でも名前で呼んでくれるともっと嬉しいかなあ??」
今だけは京一さんのことを幼稚園児と同等に扱うことを許される。夢のような時間だ。
「……湊、愛してるよ」
「ああああっ、もう、やばっ……破壊力が……」
ここで地声に戻すとか狡すぎじゃない??ギャップがもう、ギャップ萌えしすぎて。
「にゃんにゃんは??キョウイチローのこと、」
そう制服を掴んでせがんでくる。かわちいね♡♡
「うんうん、愛しているよ♡♡」
「ふふふっ、名前も!!名前ゆって!!」
「京一郎、愛してる」
なんかすっごい照れくさいなあ。
「あははっ、わぁーい!!俺も愛してるう♡♡」
っていきなり体重かけて抱きついてくるから、僕は床に倒れ込んで重なり合った。ずっと胸がドキドキしてる。
「京一さん??」
「にゃんにゃん、あったかあ。気持ちぃ♡♡」
ギューっとされてお互いの体温を感じ取れるゼロ距離。そんな可愛いこと言われちゃうと、もっと胸の奥から熱くなってくる。京一さんの重さを感じて体温を感じて動きを感じて、彼が生きてるって感じて、幸せ。
「生きてるからね」
と言うと京一さんが起き上がって、僕を潰さないように、四つん這いで上から見下ろしてきた。
「重かったね、ごめんね」
大人の京一さんが微笑む。
「いえ、全然」
またキュンときた。今度は唇、舌先だけで触れ合う。意地らしいけどこれもまた気持ちが昂る。貴方といると楽しいが尽きないなあ。
「はあ、熱っつい」
って、わざと上着を脱ぐところ、本当に僕を誘ってるでしょ??僕だって冬なのに汗ばむほど熱い。
「にゃんにゃんも、あちゅい??」
「うん、脱がせてくれる??」
息切れしながら床に寝っ転がって京一さんにそんなことを頼む背徳感ったらもう……最高っ!!ネクタイを緩めて、シャツのボタンを下から外していく。そして冷たい指先がシャツの下に潜り込んで僕の身体をまさぐるんだ。手元が見えないのが逆に萌える。
「ふふっ、何処が弱点かなあ??」
「いや、あっ、そこ、んんっ……」
京一さんに触られるところ全部弱点なんですが??何かすごい乳首開発されてる。やば、乳首でイキそう。いや、本当、こんなの漫画の過剰表現かと思ってたのに、だんだん気持ち良くなって……きた。
「はあ、はあ、あははっ、やば……♡♡」
「あはっ、服邪魔」
と若干サイコみの強い京一さんにネクタイ剥ぎ取られて投げ捨てられてシャツのボタン全開にさせられて僕の立ってる乳首を舌で刺激させられる。また違った感触。唾液で濡れてさらに、やばい。
「にゃんにゃん、気持ちぃ??」
「んっ、それ以上はやば……んんんっ……」
快感に耐えるのが精一杯。京一さんが僕にご奉仕してくれている、その事実だけでイキそうなのに。今度は、ちゅぱちゅぱと赤ちゃんのように吸われる。何故か母性本能が、発現した。可愛いと愛おしいが混ざりに混ざった感情でいっぱいになりながら、片方だけそんなに攻めないでって思っていた。ら、グッと甘噛みされる。痛っ!!ってなって身体がビクついた。
「ふふふっ、楽しいね?にゃんにゃん」
「意地悪っ……」
またキスされたり乳首で遊んだりと甘えられて、庇護欲と性欲の狭間を行ったり来たりしている。と思えば疲れたのか僕の胸を枕にして寝た。自由だなあ。僕は煮え切らない性欲を自分で処理しなければならない。
「にゃんにゃん、俺頑張った??」
「よく頑張りましたよ。とっても偉いです。貴方を好きでいて良かった。誇らしい気持ちでいっぱいです」
「……ごめんね、湊を裏切るようなこと今まで沢山してきたよね」
「良いんですよ、そんなの終わったことじゃないですか」
「これからは期待に応えられるよう頑張るからさ、俺のことを見捨てないで」
「見捨てるわけない、ずっと貴方を想っています」
その返事をするように、貴方は居心地のいい場所を探って、僕の胸の上で頭を動かしたそこで、僕にキスをする。可愛いなあ、愛おしい。狂おしい。その情動に任せて情欲を満たすために吐精する。
「舐めてあげよっか??」
静かに動かしていたつもりでも貴方にはバレてしまうようで、妖艶に僕を惑わしてくる。眠たそうな眼でムクリとこちらに目を合わせながら。
「いいですよ、いらないです」
「どっち??」
そっか、いいですよって遠慮の言葉でもあるけど肯定の言葉でもあるよね。
「いらな……やらなくていいですよ」
危ない、いらないは語気が強すぎる。語弊が生じる。僕は舐めてもらいたくもあるけど、京一さんにそんな真似させられないとも思っているから。
「そう言われると、なんかやっちゃいたくなるね。いらないって、そう切り捨ててくれれば諦めついたのに」
「じゃあ、いらないです」
「今後一生??」
「何なんですかあ、諦めついてないじゃないですかあ」
「だって湊の謙遜を削ぎ落として、本物の願望を見てみたいからさあ」
「僕には二つの相反する気持ちがあって、一つは純粋にして欲しい気持ちと、もう一つは京一さんにさせるのは申し訳ない気持ちです」
「何が申し訳ないの??俺が提案したんだよ??」
「それでも、」
得体の知れない何かが僕にブレーキをかけている。自分でも言葉にできない何か。
「嫌い??俺にされんのは」
「いえいえいえ、嫌いじゃないです。寧ろ、好きなんですけど」
「何??」
「今回は僕が京一さんの願いを叶える番じゃないですか。京一さんにご奉仕されんのは、何処か罪悪感があって、純粋に喜べない気がしてしまって」
「あのさ、俺は、湊とは対等な関係でいたいんだ。どっちがどっちを支配すんのも服従させんのも無しで、お互いにお互いを喜ばせるような、高めあえるような、そんな関係でそんなカップルでいたいんだよね」
「あははっ、京一さん、最っ高にイケメンですね!!」
「そお?だからさあ、湊を喜ばせようとして俺がする行為に罪悪感なんて抱いて欲しくないし、嫌なら嫌ってはっきり言って欲しいし……ぶっちゃけ、湊に尽くしてみたいんだよ俺は」
「ちょっ、ちょっと待ってください、心の準備が……」
「ふふっ、怖い??俺は怖いよ」
「そう、なんですか……」
しばらくの沈黙の間、僕の心音を何回貴方に聞かれただろうか。貴方はそのまま瞼を閉じてしまった。
自分が進もうとする方向と逆方向に脳みそが持っていかれる。足がうまく運べない。歩く度に吐いた。吐いても吐いても胃液しか出ない。視界がぐらつく。見えているのにはっきりと認識しない。気持ち悪い気持ち悪い、どうかこの地獄から救ってはくれないか。そんな気持ちでいっぱいで気持ち悪さでいっぱい。ものすごく怠くて締め付けられるように頭が痛くて、泣き喚いても何も変わりはしないけれど、赤ん坊のように泣きじゃくった。ごめんなさいごめんなさいと何度も懺悔した。
「はっ……夢かよ……」
随分とトラウマを蘇らせてくれる夢だった。湊のお腹を枕に寝てしまっていた。湊は俺が起きると優しさを纏った微笑みを見せてくれた。
「おはようございます」
「おは……うっわ、ベッタベタじゃん!!」
異様な匂いを察して、湊の下半身の方に目をやると制服のズボンが見てわかるほどにベッタベタになっていた。
「何度もやめようと思ったんですけど、これで最後って決めても、貴方の寝顔を拝むと、また何かが湧き上がってきちゃって……」
申し訳なさそうにしょげながらそう話す。何かって、何だ??
「ああ、依存性のあれだ。ってか、俺にこんなにも依存してくれてんの??えー??可愛っ♡♡、あ、違う、忘れて。何??妄想した??俺の寝顔で??強姦とか??性癖なの??」
と問い詰めると一気に顔を赤らめる。性癖だな、これは。ってことは??俺やられる側じゃね??
「寝顔が、可愛いなあ、と思っただけですよ」
その胡散臭い微笑みは、もう見破ることができる。何かを隠そうとしている戸惑いの笑み。「やめてくんない??安心して寝れなくなるんだけど」そう言ってしまうことは簡単だ。けれど、湊をそうゆう性欲に駆られる野蛮な生き物だとは認めたくなくて口にできなかった。精子ひとつ俺には付いてないし。
「まあ危害無いからいいけどさ。お前、制服のズボンどうすんの??」
「あ」
「あ、じゃねーよ。火曜日だぞまだ」
「でも学校の人達に"男娼"って言われてるんで全然、大丈夫です」
「はぁ?それの何処が大丈夫、大丈夫じゃねえだろ!!ざけんなっ!!ああもう、じゃあそいつらに俺からの伝言だ。侮辱と冗談の違いも分からねえ奴は口開いて笑うな。いいな?」
湊に怒りに任せて怒鳴るのはお門違いなのに。そんなことを言ってしまってから、後悔した。
「はい、伝えておきますね」
湊はコンシェルジュのような笑顔を見せてくれるのに。
「湊さぁ、俺がとやかく言っちゃったけどさ、男娼って言われて嬉しいの?」
「いいえ、嬉しいわけないじゃないですか」
ああ、その笑顔がさらに俺を苦しめる。
「"湊"って名前を呼ばれた方が嬉しいよね?」
湊は、こくっと頷く。
「俺は何度も呼ぶよ、湊の脳内でその蔑称を覆い隠すくらい、何度だって"湊"の名を呼ぶよ」
「ありがとうございます。京一さんが僕の名前を呼ぶ、その声が僕は好きです」
「じゃあ、俺の声が届く範囲にいないとだ」
「勿論、ずっとそのつもりです」
この日から、俺はバイトで湊は学校の日々が始まった。週二でバイトに入ると六万円ほど稼げることを知った。
「京一郎さん、初任給何に使うんですか?」
初めて本名知ったのだが、彼女は吉岡 あかりと言うらしい。ただ今お暇で機嫌がいい。
「え?そんなん決まってんじゃん!」
「何々??」
「LoveDrug」
「聞いた私が馬鹿でした。はい記憶デリート」
トーンが急降下した。頭を叩いてブラウン管テレビと同じ要領で荒治療してる。
「嘘々、湊に参考書とアイス買ってやんの」
「参考書なんて欲しがったんですか?湊くん」
「あーね、欲しいんだってさ」
「勉強熱心なんですね」
「まあ、そのうち飽きんじゃね?今だけで」
「何で、応援してあげないんですか?」
「だって、勉強なんて好きな奴いねえだろ」
「えー、大学生がそれ言っちゃいますぅ?」
「俺が好きなのは勉強じゃなくて名誉なの」
「名門大の名が廃りますよ」
「はああ、学費の無駄だよなあ。俺も勉強しなきゃって思ってはいるんだけど」
口を歪ませると
「そんなに嫌なら辞めちゃえば?」
と無責任な軽口を言われた。
「それは絶対に嫌だ。俺は絶対に卒業証書が欲しい。そうじゃなきゃ、さらに自分が嫌いになるだろ?」
「んー、富や名声で自分のことが好きになれるもんですかね?」
富や名声、給料と卒業証書か。まあ手に入れば嬉しいけど、自分のことを好きになれるかって言ったら、んー、それはその達成感によるかな?自分はこんなに頑張って、それを認めてもらって、やっと手に入れられるものだから。自分のことを褒めてあげたいんだ。
「お前は?自分のこと好きか?」
「好きかどうかなんてあまり考えたことないです。他人を羨むことはあっても、よそはよそうちはうちって感じで。自分らしくをやってます」
「自分らしくって何?」
「自分が居心地良くいることです」
自分が居心地良くいること。他人とは比べないで、自分のできることを着々とやっている彼女はとても強いと思った。
「京一さん京一さん、僕、京一さんの言ってたこと分かっちゃいましたよ」
学校から帰ってきた湊が「ただいま」も言わずに長年の研究結果を発表するみたいな期待を胸にてんてこ舞いを踊っていた。
「何?」
「首の短いキリンの話です」
「え?」
「前に言ってたじゃないですか。僕達は首の短いキリンなんですね」
「は?」
「ふふっ、どこまで分かってんのか僕を試してるんですね?良いですよ、とことん説明しましょう」
「随分と楽しそうだな」
早口で捲し立てられて、その内容は何も受け取れなかったが、雰囲気で湊が楽しそうなのは十分わかった。
「元々、キリンは首が短かったらしいです。その証拠に頸椎は人間と同じ七個。それで何故、頸椎が伸びたかと言うと、首が短いキリンの中に突然変異で首がちょっとだけ長いキリンが産まれたんですね。そしたら、なんと、こっちのが木の葉などが食べやすく生存しやすかったんですよ。それからどんどんどんどん首が伸びてきて、今のキリンになります」
紙に下手くそなキリンの絵を描きながら、何度も何度も頭が霧に包まれている俺のために説明してくれた。
「じゃあお前が言いたいのは、俺らは突然変異で劣化版として産まれてきた。なあ、そうだろ?」
「いや、そうじゃなくて、その、この生きづらさにも、何か意味があると思って」
「意味なんてない、俺らは人間の劣化版として産まれてきたんだ。だから、刹那的にしか人生を見られない。あははっ、死ぬしかないんじゃね?」
「……僕はただ、希望的なことを言いたかったんですよ。あのガリレオガリレイだって、みんなから地動説を否定された。でも、今は天動説を唱える奴のが馬鹿にされる。だから、僕達だって、胸を張って、僕らが正解だって、進化の最先端だと言ってやりましょうよ!!!ね、京一さん?」
「俺らが進化の最先端だとしたら、何になる。何のメリットがある。天動説も地動説も分かったことろで、だからどうした。俺のこの死にたがりが金にでもなんのかよ」
俺の中にある地雷を踏まれたかのように不満と憤怒と虚無が一気に荒波で霧を呑み込んで、脳内がパニックになる。湊にこんな、クソみたいな思考、言いたくないのに。希望を見させてくれようとした湊に。
「じゃあ、死ぬ前にその答えを一緒に探しませんか?」
「…………うん、湊と一緒なら、やる」
「ありがとうございます、京一さん大好」
「でも苦しいから、後一年だけね」
と言うと何故か抱きしめられた。苦しい。胸が苦しくなる。息苦しいとはまた別の苦しさ。
「ありがとうございます……ありがとう……」
湊が鼻水を啜る音。俺が簡単に死を口にすると湊はそれだけで泣いてしまう泣き虫。でも湊はそこら辺で野垂れ死にするような虫とは違って、勇敢で逞しく、俺を盲愛する猛者だ。彼も生きるのが上手くないけれど。湊を見守る為に俺は生きているのかもしれない。わかんないわかんない、ただ怠くて気分が上がんない。だから湊を泣かせたんだ。京一郎のクズが。酒で喉を潤してから、仕切り直しだ。
「にゃんにゃーん、バイト疲れたやめたーい」
クソクソクソクソ、自制心を失っただけじゃねーか。まだ一ヶ月なのに、弱音を吐いてしまった。湊の前で。気持ち悪い。甘ったれだ。
「お疲れ様です、京一さんはよく頑張っていますよ」
「うっざ」
二本目を開けるとともに発した言葉。プシュという軽快な音にかき消されろ。
「え?」
「いや、何でもないよ。湊もよく頑張っているよね、勉強」
「ふふん、はい!将来、お医者さんになりたいんです!」
鼻を鳴らして元気いっぱいな返事。理想的。
「良いなあ、湊が医者だったら。俺のこと治してよ。ぐちゃぐちゃに掻き乱して正常にして」
「そんな、魔法使いじゃないんですからあ」
「俺にとって湊は魔法使いだよ。湊といると疲れが不思議と癒えていくんだもん」
頭痛い頭痛い、ストレスからくる頭痛だ。それか酒のせいか。おだて上手褒め上戸。
「京一さんって、不意に可愛いこと言いますよね。本当、あはは、可愛い♡」
心臓に悪いってクレームつけられんのかと思った。それとも湊が言葉選んだの?
「もっと可愛がってよ。……寂しい」
なんて湊の横に座る。頭を撫でられる。子犬になった気分だ。寂しい寂しい寂しい。
「京一さんはいつ寂しくなりますか?」
「湊が離れた時、俺が弱ってる時」
何故か即答できて自分でも驚いた。
「わかりました、うまく対処します」
「対処しなくていいよお。その代わり、俺が寂しいと感じた分……」
素面じゃなくても言えないってよっぽどだな。しかもこんな、湊に。俺の気持ち悪さをよく知っている湊相手に。いまだに自分の欲望を晒けだすのが下手くそ。
「僕が愛させていただきますね」
「……ん!?」
俺の気持ちが通じたのか読まれたのか、湊は俺の肩を抱く。湊の少し低めの肩枕に頭を乗せる。格好つけたいんだな、なんかのテンプレートみたいで笑いがこぼれそうになったけど。微笑みで耐えた。
「心の隙間をお埋めいたします」
「あははっ、セールスマンかよ」
「セールスマン?!?」
このネタも通じないか。ジェネギャかな。
「膝枕が良い、正確には大腿筋枕ぁ、はは」
許可なく肩から滑り落ちて大腿筋に着地する俺の馬鹿な頭。寝返りを打って、仰向けで寝る。湊の顎が見える。あと鼻の穴も。
「この角度からの僕ってイケメンですか?」
「えーブサイクぅ、って言ったら?」
「貴方はそうやって、僕の心を惑わせるのが上手いですね」
苦笑いされた。そっか、ブサイクって言われたら誰だって落ち込むよな、湊みたいな愛らしい顔立ちでも、落ち込むんだ。
「ふふっ、湊の顔は何処から見てもイケメンだよぉ。鼻くそが見えてても」
「あっ、ちょっ、見ないでください、恥ずかしいです」
咄嗟に鼻を手で隠した。
「イケメンだっつってんのにぃ」
「僕の美意識的にノーなんですよ」
「じゃあ俺は、湊の美意識的にゴミだな」
「何でそうゆうこと言うんですかあ、そんなことあるわけないじゃないですかあ」
見下ろしてくる湊が俺の頬を撫でてくる。だって、美意識を付けたいとは思うけどそこまで意識が回る余裕がないんだ。いつもダル着で酷い時は何日も風呂に入んねえし、ゴミはそこら辺に置いて寝たきりになるし、髪の毛ぐちゃぐちゃのベタベタでおまけに気色悪い顔してんだ。美意識があっても意味ねえってぐらい根本がゴミでどうしようもならない。
「ごめんな、穢して」
「怪我?してませんけど?」
って、あからさまなきょとんしてから、俺の顔を両手でがっしりホールドして、縦と横でクロスしてキスしてきた。
「ドブの味だろ」
俺はそんな気分じゃなかったから自虐的に笑った。なんなら、もう湊の前から消えたかった。
「もう一回、味わってもいいですか?」
って、また俺の顔を掴む。
「何でだよ……恥ずいじゃん」
目を泳がせることしかできない。改まって考えると、不安で押し潰されそうだ。本当にドブの味だったら、俺死ぬしかないな。嫌、死んでも死にきれねえ。
なのに、問答無用でキスしてくるコイツは何なんだ。俺を殺したいのか?
「チュッ、苦味のあるレモンです」
「……腹立つううう!!」
ふつふつと湧いてきた何かがぷつぷつと脳内細胞を殺していく。湊の枕から降りた。
「何で!?」
「研究員かよ、何実験してんだバカ!!」
何が"苦味のあるレモンです"だ、何食わぬ顔で言いやがって。もっと、もっと何かこう、俺だけかよ!!ドキドキしたのは!!
「僕は貴方のことを隅から隅まで解剖して実験して分析して考察して何から何まで理解りたいのですが、ダメですか?」
この潔の良い変態宣言は何だ。ここまで潔くて誠実そうに見せられては良いよって、つい。
「その苦いレモンは酒の味だ。残念だったなあ、甘酸っぱいキスの味じゃなくて」
レモンチューハイ、俺のお気に。レモンと聞いてピンときた。ファーストキスの味だって、誰かさんは言っただろうが。
「やはりキスは飲食物に依りますね。京一さんを最も味わえるのは何処ですか?」
そんなの、アレしかないじゃん。わかってて聞いてんの?この変態野郎め。
「……わかんない」
「なら僕が探し出してみせます」
四つん這いで俺に迫ってくる。蛇みたいに舌をチラつかせながら。何を探し、出すの??
「ちょっ、ちょっと待って、全身舐めるの?」
「はい、足の指の爪の垢まで」
「流石にぃ、汚いよ??」
もう笑うことしかできねえ。この狂気。
「あはっ、京一さんが汚いわけないじゃないですかあ、あ、僕の舌のが不衛生だ。殺菌してきます」
そーゆーことじゃないんだよなあ。ああああ、どうしよう。俺だってネトサしてる時に目に入るエロ広告で湊とのことを考えたりもするけどさあ、何かしんどいんだよ怖いんだよ。身体の繋がりが心の繋がりではない。わかってんだよ。でも幸せな物語を読むとそれを模倣してみたくなる。愛されている自覚が欲しい。どっちにも転べなくて、転んだ時の傷に怯えてしゃがみこんでいる。爪を噛んだ。赤ん坊のように指をしゃぶった。血液が溢れればいいのに。
「にゃーにゃ」
「どうしたんですか?」
歯磨きしている湊が俺の顔を伺いにくる。赤ちゃんのような唸り声一つで。それが嬉しくもあり、鬱陶しくもあるのだから、俺はどんな高級スイートルームで暮らしていてもクレームを付けられるだろう。
「あーあ、死にたい」
俺の心中にはゲロ泥グロ醜い感情が数多とあるのにアウトプットできるのは死にたいという言葉のみ。わかんねえ、この苦しさの正体がわかんねえ。
こうやって涙こらえた苦笑いの顔を拝むのは、好きじゃないんだがな。失言ばかりだ。




