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素面は素直で素点

「メアちゃん、お待たせ!!」


「青柳氏、遅いでありますよ!もう少しで遅刻してしまいまする!もう約束を忘れて先に行っているのかと……」


「ごめんごめん、こっちのが都合いいからさ」


と彼女の手を握って、一緒に学校まで歩く。京一さんは大丈夫だろうか?ずっとそばにいてあげたい。はあ、でも、朝から幸せな気分だった。


「ちょっ、ちょっと、青柳氏!!!」


メアちゃんが柄にもなく真剣に叫ぶ。


「ん?」


「血が、、血が、、」


僕の左腕から流れる血が白いワイシャツを汚して、手のひらの方に伝ってきていた。あともう少しで、メアちゃんの手を汚してしまうところだった。


「あ、ごめん。大丈夫?ついてない?」


「そんなことどうでもいい!!なんで怪我してるの??」


動揺で訳わかんなくなってきた。メアちゃんがこんなに怒るなんて、思ってもいなかった。


「え!?えーと、それは、腕、切ったから」


うまい嘘もうまい言い訳もできそうになくて、心の内の醜さを醜くも晒してしまった。


「なんで腕切っちゃうの、?」


「気分が上がんないから、本当は、学校、行きたくない、嫌い」


「……んー」


「ま、そんなこと言ったって、行かなきゃダメなものはダメだからね!ほら、行こ!」


今までの醜さを覆い隠すように貼り付けた笑顔に明るい台詞で自分を守った。


「俺も嫌いだったけど、青柳氏みてると、嫌いな学校も、少しは楽しめるから、これは俺の我儘かもしれないけど、学校、なるべく来てほしいとか言って……」


僕の右手に引っ張られながら歩くメアちゃんは相変わらずぶつぶつとなにか呟いてて、面白いなあ。


「そういやさあ、何で学校転校してきたの?」


「えっと、それは、し、仕事のせい??」


「仕事??親御さんの??」


「いや俺の、かな?」


「メアちゃん、仕事してるの??」


「まあ、一応……」


「すごっ!!どんな仕事??」


「読者モデル、やらせてもらってます」


「へえ、で、なんで転校してきたの??」


読者モデルって名前だけは聞いたことあるけど何なのかよくわからなかったから話題を戻した。


「それは、あの、俺が住んでたとこ、超田舎だったから、スタジオまで遠くて、何より、出る杭は打たれるって感じで、お洒落なんて、できなかった、から」


「お洒落??」


「可愛い洋服とか可愛いコスメとか、全然なくてね、唯一あったのが、その今の事務所の雑誌で、だから、東京って凄いなって、行ってみたくて、読モ応募した」


「え??東京に行きたくて読モになったの??」


僕にはよく分からない感覚だった。お洒落なんてあまり気に止めてなかったからかな。東京の凄さ、みたいなもの、よく分からない。


「もちろん、受かるとは思ってもみなかったけど、一回、東京に行く口実が欲しかったの、色々と見たくてね」


「東京どう?楽しい?」


「た、楽しいけど、ちょっ、ちょっとやかましくも、ある、かもしれない……」


「言えてるね。雑踏に紛れて、大切なものを見失う気がする」


京一さんが道端でうずくまってても、見向きもしないされない、そんな雑踏の中を生きる人間、そのようにはなりたくないと思いながら、その雑踏の一部になっている。


「……厨二病っぽい、?」


「え、なんて??」


聞き返しても笑って返された。



「すいません、遅れました」


って悪びれずにおそらく計画的に、青柳くんはこの教室全員に注目されるように、教室のドアを開ける。その背後には青柳くんと付き合っているメアちゃん、手を繋いで、結ばれていて、何だか、胸が締め付けられるように苦しい。


「青柳、‎お前、奥谷と付き合ってんの?」


という高橋の声がこっちまで聞こえてくる。シーっと人差し指を立てて、シークレットだという仕草、青柳くんは今日も魅惑的だ。ふと、こちらに目をやる、私が凝視していたことがバレてしまったのか。恥ずかしさから教科書を盾にしてしまった。


「ねえアリス、青柳って奥谷と付き合ってんのかな?」


「そうでしょ、なんで私に聞くの?」


「だってお前、青柳のこと好きじゃん」


「なっ、!!別に好きとかそうゆうんじゃないし、ただ面白いかなあってだけで」


「俺はあいつのこと、嫌いだよ」


「そうだろうね。だからって、いじめちゃダメだよ」


「いじめてないよ、俺じゃない」


「じゃあ、誰なの??」


「鈴木。あいつ、青柳のこと好きだから、いじめてる、気を引きたくて」


「え??」


「俺はそれに手を貸してやろうと思って、あいつの中で嫌な奴を演じた。そしたら、アリスがその成果を横取りした」


「私のせい!?」


「いや、お前も好きなのはわかってたから、結局は、どっちでも、いや、俺的には鈴木と、なんて、望み、薄いよな??そしたら、何かいつの間にか、奥谷とくっ付いてて、あは、どうしよっか??」


おどけたように笑いかけられても、私だって、この感情をどうしたらいいのかまだわからない。


「案外裏で奔走してたんだね、高橋って」


「そうだろ?結構頑張ったんだから」


「高橋は好きな人いないの?」


「え、いやあ、いるけどさ」


「誰??」


「お前には言わない、絶対に」


ぷいっと私を避けるような態度をいきなり見せられて、逆に興味が湧いた。


「なんでよ〜、私口硬いのに」


と私に言うことへのデメリットを下げて、まあ、メリットなんてそもそもないんだけど。


「そっか、それじゃあ、絶対は言い過ぎた。その時がきたら、ちゃんと言うよ」


「何?その時って?」


「その時はその時だよ、約束する」


「わかった、約束ね!もし振られた時は、私が慰めてあげる!」


「ふふっ、なんだよそれ」


高橋って、良い奴なのかもしれない。



「ねえ、湊ちゃん、君は奥谷の前ではジャージを脱ぐの?」


体育の時間、高橋じゃなくて、鈴木に声をかけられた。何だかとっても悲しそうな顔で。


「うーん、たぶんもう脱げると思う」


今朝、腕の傷のことを知られた。別に個人的な理由で隠しているつもりじゃない。ただ不愉快だという情報を耳にしただけだ。


「何で?何で?俺には見せてくんないの?」


「え、それは、何だろう、恥ずかしい」


今朝だって、あのメアちゃんに怒られた。そんなことなもうごめんだ懲り懲りだ。だから、僕のことをわかってくれている、京一さんだけが知っていればいいこと。


「今さら何を恥ずかしがるんだよ、湊ちゃんのパンツもチンコも俺は見たことあるのに」


耳元でそう囁かれて、もっと恥ずかしくなってしまった。何気なく連れションしてたのに、鈴木はそんなとこ見てたのか。


「ううっ、それじゃあ、次の休み時間、トイレの個室で」


「湊ちゃん、ありがと。俺を受け入れてくれて」


と抱きしめられたが、よく分からなかった。

次の休み時間、鈴木に連れさられて、トイレに行くことになったが、その前に高橋に呼び止められた。


「何処に行くの?連れション?」


「ああ、うん」


「俺も行っていい?」


「いい「ごめん、空気読んで」


と鈴木が僕の同意を遮って拒否をした。


「へえ、何かするつもりなの?風紀を乱すようなことはいけないよ?」


「は?何言って」


「動揺すんなよ、ただ、他人が嫌がることはもうやめろよな」


高橋は手を振って、その場をあとにした。何だったんだ、一体。なにかドラマのワンシーンを見たようだった。


鈴木は少し遠めのトイレに僕を何故か連れていく。僕はちょっと、周囲から隔離された場所があればいいのだが。誰もいない技術室の横のトイレ、もちろん、誰一人いないし、誰かがここに入ってくることも見込めない。


「湊、ここならもう安心だ」


「そんなに、慎重にならなくてもいいのに」


「嫌だよ、俺が嫌なの」


「そう、それじゃあ、見せるけど、あんま、怒ったり哀れんだりしないでね」


「うん、しないよ」


唾を飲む、また、怒られるだろうか、可哀想にと、哀れまれるだろうか、僕は何もいらない、ただこれが僕だと認めて欲しい。ごめんなさい。他人の感情をコントロールなんてできっこないのに、


ジャージを脱ぐと何だか艶めかしい気分になった。左腕をさする、鈴木は何も言わない。それがさらに緊張してしまって、息が詰まる。


「この傷跡を、隠したかったんだ」


「ごめん、湊」


「何が?」


「今まで、酷いこと、してきて、その傷、ごめん」


なんかいきなり畏まったようにそんなこと言うから、驚いた。おかしいな。


「鈴木が謝っても、どうにもなんないよ」


だって、鈴木は僕に酷いことしてないでしょ??


「……ああ、だよね」


「僕を苦しめた奴らに、この傷跡よりも深い、抉るような傷を負わせて、生きづらくしないと、平等じゃないじゃん」


常日頃からそんなことを考えては、脳内でぐっちゃぐちゃに傷つけて、でも僕の理想的に他人を傷つけて生きるよりも、自分を傷つけて死にたい人間だから、現実問題でそんなことはできない。腑抜けって呼ばれるかな?もうどうでもいいよ。見せちゃったし。


「湊、俺……」


「ああ、何だか言っちゃったらとっても気持ちが良いなあ」


健常者にこんなこと言うなんて、共感も同情もされたいわけないのに、ただ否定されて終わりなのに、僕の泥沼の糞の一部を投げつけたようで気持ちよかった。


「え?」


「ありがと、鈴木。聞いてくれて」


「お、おう、それで、あのさ、俺……」


「何?」


「俺、お前のことが、え??」


「ん??」


「なんで下脱ごうとしてんの?」


ベルトを緩める手が止まる。


「ダメ?」


「ダメじゃないけど……マジなの?」


「マジって何が?」


「その、セッする人にしか、見せない、ってゆう……」


「え??」


「だから、俺と!!……セックスすんの?」


そんな大真面目にそんなこと、真剣に言うなんて、ほんと、笑っちゃう。


「あははっ、したいの?」


「あ、いや、それは、まだ、心の準備が……」


あんなこと言っといて、今更戸惑う。変な奴。


「僕はピーしたいだけだよ、トイレだし」


「え、?」


「嫌なら出てって」


「い、いや、嫌じゃないよ」


露骨に何か隠してるような顔して。


「そう、何か恥ずかしいね」


「あ、おお、うん」


「ねえ、もう一つ、秘密を言ってもいい??」


ベルトをまごついた手で外して、ズボンを下ろす。鈴木は何処か左斜め上を向いて、目のやり場に困っている。なら、出ればいいのに。


「うん、聞きたい」


「僕がさ、メアちゃんと付き合ってるって思った?思ってる?」


太ももに肘ついて、ぶりっ子ポーズみたいに顔を支えた。トイレの時間って何気にちょっと暇だから、こんな話し相手がいるのは良いな、なんて冷静を装う。


「思ってるけど」


「あはっ、あれ嘘だよ。真城さんの誤解を解くための嘘なんだ」


小便の音の照れ隠しと普通に騙せた嬉しさとが入り交じって、もうずっと変な感じ。


「どんな誤解??」


「僕とメアちゃんが付き合ってるって誤解。なんかメアちゃん曰く、真城さんに直接的に真実を言っちゃダメみたいで、だから、一芝居打ってるの」


終わって綺麗さっぱり流して、切り替えたように、今は外に出たいよ。


「それ、奥谷に利用されてないか?」


「え?どうゆうこと?」


社会の窓を閉めて、ベルトの穴にバックルを通そうとして、不器用だからできない。


「だから、湊と付き合う演技でも良いからしたいってことだよ」


「んー、そうなのかな?」


意味がわかんない。何もかも諦めて出させてくれなさそうだから不貞腐れて便座カバーの上に腰掛けた。


「俺だって、できれば……」


「どうしたの?こんなに膨らませて、あははっ、そんなに興奮した?」


と、風船のようなそれをでこぴんで弾いた。社会の窓が歪んでる。


「い、これは違っ!」


「ごっめん、目の前にあったからつい、気になっちゃった♡」


「湊ちゃんも、エロいこと考えたりすんの?」


「するよ、自慰行為だってする。ちゃんと、男の子でしょ?」


僕のことを"湊ちゃん"と呼ぶ鈴木に、僕のありったけの男らしさというものを、誇示しようとして、自分でもよく分からなくなってしまった。男らしさとか分かんない。


「そうだな、オカズは?グラドルとか?」


「いや、大体、頭ん中で妄想して、やる」


「へえ、そうゆうのは買わないの」


「好みじゃないし、あんま興奮しない」


「じゃあ、好きなのは?」


「……痛いのは好き、首絞めとか蹴られるのとか」


自分の性癖暴露して、何が楽しいのか照れまくって、自責の念で痛がって笑ってる。


「ちょっと上向いて」


顎をくいっと簡単に持ち上げられて、ジャージである程度隠れていた、首の跡。それが露となる。


「んっ」


「可哀想に」


「そんなことな……」


京一さん、好きな人にされるのは、ご褒美なんだよ。ご褒美なのに、わかってないよ。


「俺ならもっと可愛がれるのに……」


独り言のようにぼそっと、そんな愚かなこと、ふざけんなという怒りの感情しか湧かない、煽るように言ったよ。


「どうやって?」


「ねえ、二人で楽しいことしようよ」


「僕が楽しくなかったら?」


「俺が絶対に楽しませるから」


無理だよ、無理。僕は楽しいことも楽しいはずのことも、楽しくないと真っ黒に塗りつぶしちゃうんだ。


「京一さんに電話していい?」


「誰?」


「この跡を付けた人」


「良いよ」


京一さんは僕の中で絶対的な存在で、分からないときはこの人に従っていれば、これが正しいと感じられる。このおかしな状態の解を彼は持っている気がした。



「京一さん、Can I ask you something?」


「What?」


気だるげに、欠伸混じりに、でも会話できるのはちょっぴり嬉しくて、惚気けるようにニヤついて寝転んだ。


「今、トイレにいるんです」


「あ?便秘が酷くて出られないのか?」


「あははっ、違いますよぉ。僕は快便です」


「じゃあアレか?抜きたくて堪んないとか?」


「えへへ」


「図星かよ、手伝わないから」


ますます変態度が増してくる湊に手を焼いて、妬いて。


「やっ、やめ……ねえ、痛いんだけど……」


スマホがどこかに置かれたような音。スピーカーモードにされたまま。湊以外に誰かがいる、湊を傷つける誰か。


「は?湊??」


心配で気が気でなくて、意味もないのに起き上がって、嫌な憶測で脳内をパンクさせる。ああ、頭が重い。


「ごめん、でも君がそんな奴と楽しそうにしているのは見ていられなくて」


誰の声だ?湊を傷つけるのは誰だ?やりようがないのにイラついてウザったくて、己の無力感がとてつもなく嫌になる。


「はは、京一さん、どうしたらいい?」


「とりま殺せ、死体処理は後で考える」


「殺せるようなもの、持ってないよ」


力なく泣くような、俺に縋るような弱ってる困ってる声で、ああ、無理だよ。俺にはどうしようもないよ。


「俺が湊ちゃんを楽しませるから、そんな酷い奴とは手を切って」


「嫌だ」


「手を切って」


「リスカはするけどさ」


「ああ、違っ、そうゆうことじゃなくて」


「んっ……」


という息を飲む音、息遣い、最後のリップ音。全てが俺に見せつける行為で、屈辱感を味あわせる。トイレの個室で二人きりで、恋人の俺に電話をかけて、リップ音を聞かせる。犯される姿を見せつける。その背徳感を味わいたいがために。ふふっ、もういい、死んで欲しい。


「ああもう良いよ、好きにすれば?湊はそいつと楽しんでろよ。俺なんかよりもずっとお似合いなんじゃねえか?変態同士で」


捨て台詞のように心ないことをべらべらと喋って、最期に唇を噛んだ。鉄の味がする。


「どう?」


「鯉に食われてるのかと思った、キスの仕方知らないの?」


「え?」


「べろべろすれば良いってもんじゃないよ、教えてあげよっか?」


うっわ、湊、怖っ!!!!わざとじゃないんだろうけど、湊なりの優しさなんだろうけど、自覚がない故にさらに相手の自尊心を粉砕している。これ言われたら一生キスなんかできねえってくらいに。


「い、いや、」


「あっ、京一さんのがお手本になるから──「いいって言ってるだろ」


バタンという大きな音が聞こえる。そのあとに呆然とした静けさ。退場した??あーあ、ありゃ、泣いてるな。まあ、どうでもいいけど。


「湊」


「何ですか?これでもお似合いだと思いますか?」


「気にした?」


俺の言ったこと、拗ねるように聞き返して。


「するに決まってるじゃないですか、僕には、僕には貴方しかいないのに」


「何でそんなに俺が良いの?」


「貴方しか見えないくらい貴方のことが好きだからです」


「変なの」


意味がわかんない。俺の代わり、いや、俺よりも良い奴、俺よりも有能な奴は埋もれるほどいる。お前の価値は俺よりも高い、お前が望むなら付き合う奴なんていくらでもいる。


「へ、へん……?ですか?」


「うん、視野が狭いよ」


「でもどんなあらゆる人間を見ても、僕は京一さんよりも惹かれることはありません。運命の人です」


「はは、胡散くせえ」


こいつの運命の出会いは俺に水ぶっかけるところから始まるのか。笑えるな。


「京一さんには僕よりも惹かれる人間がいるんですか?」


「お前に言ったら、そいつ殺されかねないから言わねえよ」


「……へえ、いるんですね」


と電話越しでもわかる哀愁。


「いちゃダメか?」


「いや、良いです、いて良いと思いますけど、どんな人なのかだけ、教えてくれませんか?」


「んあー、可愛くて、優しくて、面倒みが良くて、一緒にいて楽しくて、俺のこと大切にしてくれて、死にたくなっても必死に引き止めてくれて、毎日毎日よくもまあやるよ、って感じで、迷惑かけてんのはわかってんだけど、俺、離れられなくて、依存してる奴が身近に、すぐそばにいるんだよ」


「何でそんな人を僕が把握できてないんですか?意味わかんないじゃないですか、京一さんのこと僕が一番、最上級に見ていると、それだけは自負して生きているのに……」


こんなわっかりやすいヒント出してんのに、怒っているのが、悲しんでんのが、可笑しくって、せせら笑いながら答えを口にする。


「そいつ、青柳 湊くんって言うんだけどさあ」


「はああ?え、それは、はあ、もう、知りません!!」


「えー……ねえ、怒った?」


「怒るも何も、だって、僕よりも惹かれる人間って質問したじゃないですか、何で、そんな、嘘みたいなこと」


「そう、俺が悪いんだね」


俺は喜んでくれると思ってたのに、湊は不機嫌なままで、何だか、もう、俺の恥晒しもただ痛々しいものとなってしまう。


「そんな、どっちが良い悪いの話してないじゃないですか」


「素直じゃない俺が、悪かった。恥知らずのお前とは違って、言えない俺が悪いんだよ」


「何なんですか、それ。僕だって恥ずかしいことは恥ずかしいですけど」


「じゃあ何で、恋人でもない違う男と個室トイレに入れたりするんだよ。恋人の俺にその状況で電話かけたりできんだよ。意味わかんねえから!!」


自分の中の根本的な怒りがここで、さっきまでの馴れ合いの言葉は、それを覆い隠して見て見ぬふりをするものだったと思えてくる。


「それは、貴方に、助けて欲しかったからに、決まってるじゃないですか……僕だって、怖かったですよ、しんどかったですよ……」


「……ごめ」


「貴方には僕があの状況を楽しんでいるように思えたんですか?貴方に電話してこれから犯されますからどうぞ楽しんでくださいとでも言うと思ったんですか?」


「そんなわけないじゃん、ないけどさあ、湊は俺という存在がありながら、他人をそこまで近づかせてお前の唇に触れさせた、怒らないでそれを平然と受け流せってゆう方が無理あんだろ」


「結局、何が言いたいんですか?」


「お前に嫉妬して欲しかった。俺が受けた屈辱感を味わって、怒り狂って、お前を失ってしまいそうで、不安になって欲しかった」


「……毎日が不安でいっぱいですよ。貴方を失うかもしれない、貴方に嫌われるかもしれない、僕の将来だって、もう無いのかもしれない、生きることが毎日毎日、つらくて不安で……」


そう泣き出してしまう湊の心の痛みが、俺の内臓の奥底を押し潰してしまいそうだった。


「ごめん」


「ごめんなさい、僕の方こそ」


「……湊、どんな状況でも、俺以外の奴と密室で二人きりなんかになっちゃダメだからね、わかった?」


「……はぃ」


「湊が俺以外の奴とキスするところなんて、見たくもないし聞きたくもないし考えたくもない」


「はは、わかりましたよ」


「恋愛感情とか、その、性的感情とかも、一切、持っちゃダメだよ?わかってるね?」


「……んっ、可愛い、人、ですね」


「湊も、何か言ってよ」


「え?……何を、ですか?」


「湊??」


「はぁ、はは……何ですか?」


「お前さあ、俺が叱ってる時にシコってるとか、良い度胸してるよね」


「ふふ、ありがとうございます。もう少しで、イキ、そう……」


「はあ、目閉じて。俺の指示に従って」


「はぃ」


「ふふっ、君は悪い子だから、イかせてあげないよ?」


「え?」


「手離した?離したよね?」


「ぅん」


「疼いてる?イキたくてたまんない?」


「ん……」


「じゃあ、ダッシュで帰ってきて」


「ふぁい?」


「俺も、準備しとくから」


最後の文字にならない戸惑いの声、超笑う。

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