不眠症には楽しい朝を
「…寝れねえ。」
あいつが帰ってから、しばらく布団の中でジッとしていたが、全くといっていいほど寝れそうない。
寝れないから、暇つぶしにと、スマホにもテレビにも頼った。
余計寝れなくなるだろうと思いながら見続けている。
テレビからの笑い声。
「これの何処がおもろいねん。」
関西人みたいなツッコミが思考の中を割り込んできた。
まあ、笑えないのは事実だ。
「あいつはもう寝たかな?」
自分のことばかり考えていたせいか、思考が外に向いていることに違和感がある。
「寝たやろなあ、もう夜中の二時やで。」
自分じゃない自分がそう答えてきた。
脳内が高速で動いて、オーバーヒートしている。
暑い。全身に湯たんぽ並の熱が籠っていて、逃げていかない。保温力は抜群だ。
チカチカする。脳味噌が働きすぎなのに思考が止められない。
うるさい。黙って、お願いだから。やめて。
発狂して虎になる如く、発狂して自我を忘れてしまいそう。
そんな恐怖はさらに声を大きくされた。青菜に塩。
「もう死んでしまえよ。楽になろう。」
死の勧誘には罰印だ。今までは漠然とした恐怖と洗脳がそうさせたが、今は
「湊との約束がある。」
これで理由は明白だ。
「生産性のゼロの上に、消費は無駄にする救いようがない人間。」
次にくるのは、自己人格否定のフルコース。食べ尽くしては、吐きそうだ。
生きる価値がない人間は、厚かましく生きろ。
価値なんて、命よりも心に付くものだ。
命を投げ出したところで変わりはしない。
詭弁を綴った本を見返して、馬鹿だと笑う。
こんなのは気休めにもならねえよ。
「あの時の俺、死ねてたよな。あのまま。」
死にたいと思っても、線路には入れなかった。
死体がグロいから、好きじゃない。なんて表面上の言い訳をしてた。
「損した。死んどきゃよかった。」
嘘。あんなに迷惑をかけられない。
生きてるだけで迷惑なのに死んでからも迷惑をかけるなんて。
死んだ後で後悔しそう。
家族みんなに迷惑だ。特に弟には怨まれる。俺のこと、大嫌いだから。
母親は優しくて、心配性で、こんな俺に金くれて。
それが気に食わないんだろう。弟にとっては。
ろくに働かずに、貯金崩して、薬買って、大学は留年、病院には通ってない。
俺も嫌になるこんな兄。
医者が言うには、鬱病と摂食障害ってやつだとさ。
違うよ、薬打ったから狂ったんだって。
今でも、あの快楽が忘れられない。
でも、打つ回数が増えるほど、その快楽からは遠ざかっていく。
もういらないと決心しても、またあの瞬間に唆されて、ああ、今も欲しがってる。クズいな。
この心は何があれば満たされるんだろう。
朝日が差し込む、鳥がうるさい。
もう朝が来たのか。寝れないまま。
ガチャ、ドアの施錠が解除された。
一気に不安に飲み込まれる。
「京一さん、おはようございます。」
「ああ、湊か。」
心臓に悪い。安心してまたベッドに寝転んだ。
「朝ごはん、持ってきました。一緒に食べませんか?」
「ごめん、いらない。」
ただただ怠くて、食べる気力もない。
昨日のトンカツだって、まだいる気がする。
「でも、これだけは食べてください。」
頭の横にゼリー飲料が置かれた。
「ん」
手に取って、目視すると、また、横に置いて、寝る。
「ほら、起きて。」
肩を掴まれ、上体を無理矢理に起こされる。前よりはまだ親切か。
「眠。」
夢の中に浸かりたい。
「食べたらまた寝ていいですから。少し付き合ってください。」
こいつは俺のために何でこんなに一生懸命なんだろう。
弁当箱をふたつも持って、ひとつは俺に渡す。
ちょっとした弁当を開けるワクワク感がある。
「野菜に、ふやかした米、この肉は?」
「ささみです。脂っこくなくて、食べやすいですよ。」
「へえ。」
「それに、今日は味噌汁も持ってきました。」
魔法瓶に入った温かい味噌汁も追加された。
「豪華だな。」
「そんなことないです。京一さんのためならこれくらい余裕ですよ。」
「おえ、何なんだよ。お前のそういうの。」
冗談なのか、本気なのか。
俺は冗談にしたいからツッコミをいれる。
「ん、何ですか?」
今度は、とぼけてきた。
「その、俺に対して、そうやって。」
なんて説明すればいいんだ?説明しようとした途端に難しくなるの何?
たどたどしい俺の言葉を湊はちゃんと聞いてくれてる。
「そうやって、恋人みたいに言うの。」
これしか出てこなかった。すげー恥ずかしい。
言い終わったあとに、少し頭を抱えた。
「恋人みたいって、僕達は恋人じゃないですか。」
と笑われた。
待って、これって俺が間違ってんの?
さらに頭を抱える問題が浮上した。
いや、俺は距離の近い友達ぐらいにしか思ってなかったんだけど。いつから?
「そうだけど、その、恥ずかしいじゃん。そういうのって。」
言ってて自分でも思った。絶対にそういうのこいつ気にしないわ。
「すいません、どういうのですか?」
ああ、そっか。抽象的すぎて伝わんないか。
「なあ、お前って初対面で俺にキスしたよな?」
「はい、しましたね。」
野菜を食べて、軽くそう言った。
「誰にでもすんの?」
「え?するわけないじゃないですか。」
「待って。」
するわけない、じゃない、ですか?
否定の否定?それとも、考えすぎ?
「ストレートに言って。する?しない?」
「しません。」
「じゃあ、何で俺にはすんの?」
「好きだから。」
「出た、それ。そういうの。」
「ん?」
「そうやって、好き、って言ったり、好意を伝えたりするのは恥ずかしくないのか?」
今度こそ具体的に言えた。
「もちろん、恥ずかしいですよ。今だってずっとドキドキしてます。正直、心臓に悪いです。」
それ、お前が言うか。
「だけど、恥ずかしくて消極的になってたら、それこそつまんない奴です。」
「確かに、それは言えてる。」
「僕は京一さんからの愛情が欲しいんですよ?」
えええ、これどうやって返すのが正解?
いや、正解は何となくわかるけど、言える気がしない。
「ふふっ、恋人って認めてくれましたよね?」
「え、待って。怖いんだけど。」
「何がですか?」
「俺達って、いつから恋人?」
「んー、さっきまでの僕達は恋人じゃなかったです。恋人っぽかったですけど。僕が一方的に愛してただけでしたから。」
「で、いつから?」
「僕が恋人だって言って、京一さんがそうだって認めたところから。」
「うーん、記憶にない。恋人だって言われて、そうだって俺が認めた?そこから、恋人?おい、騙してねーか?」
「ふふっ、あははっ。」
「笑うなよ。」
「こんな恋人の作り方、面白くないですか?」
「断じて、面白くない。」
わけがない。言うことと思うことが逆で笑ってしまう。
「笑ってますけど?」
「ふふっ、面白かったよ。綺麗に騙された。」
「ああ、本当に可愛いです。」
と手を伸ばして、近づいてくる。
「何だよ、やめろ。離れろ。」
俺の肩を抱きしめてから、こんな暑いのに、隣りにピッタリとくっついて座る。
「僕達、恋人同士で良いですよね?」
「うーん、でもこれは、お前がキスとかするから俺だって混乱して認めてしまっただけで。」
「本当は嫌ですか?」
「嫌ってわけじゃないけど。」
「何ですか?」
「俺達が恋人関係になったとして、俺はお前に愛情を与えられない。それをお前は恋人と呼べんの?」
「…何で僕に愛情をくれないんですか?」
曇りがかった表情。
「自分のことすらまともに愛せない奴が他人を愛せると思うか?」
俺もそんな顔をしてるだろう。
「逆ですよ。自分のことを認めるのは他人を認めるよりも難しいです。だから、愛してください。僕もたくさん愛しますから。」
と抱きしめられた。
「お前が俺を好きなのって愛されたいから?」
「違う、格好良いから。」
「ああ、わかんね。」
「あと、笑顔が素敵だから。」
湊の方がお手本のような笑顔。
「でも、まじで恋愛対象外なんだよなあ。」
つい、口を滑らせてしまった。まあ、伝えたかったけど。
「…そうですよね。ごめんなさい。」
わかりやすくて笑ってしまいそう。今、明らかに落ち込んだ。
そして、俺からすぐに離れていく。
「待て、湊。俺はお前の人格を否定したわけじゃない。人間としては、その、好きだから。」
「え、何ですか?」
笑ってない。まじで聞き取れてないの?
ああ、もう言い慣れるまで言ってやる。
「好きだって言ってんの。」
沈黙。
一気に恥ずかしさが込み上げてくる。
湊は静かに自分の顔を手で覆った。
そして、しゃがみこんで、
「ああ、心臓に悪い。すごく痛いですよ。」
とシャツの胸元を掴んでいる。
目元を手で押さえて、涙ぐんでいる声だった。
こんなにも、恋愛感情を抱えていたのかと驚いた。
「ごめん、湊。」
もう何で謝ったのか分からない。
「でも、死ぬほど嬉しいです。このまま心臓が止まっても良いくらいに。」
近づいた俺の手を握って、下から目線の可愛い満点の笑顔。
「それは俺が困る。」
「殺人犯になっちゃいますからね。そしたら、僕も困ります。」
と俺の手を使って立ち上がる。
「まあ、とにかくあれだ。恋愛対象になる可能性も無きにしも非ずで。」
「僕、京一さんのためなら、女の子にでもなりますよ?」
「…まじで?」
「はい」
「いや、そうじゃなくて。俺なんかに勿体無い。というか、湊はそのままで、もう特別だから。」
と考えながら言っているともう十分だと言いたそうに口元を覆われた。
「僕を殺す気ですか?」
「ふふっ、ごめんね。」
そんなに俺のことが好きだとは思わなかった。だって、普通にキスとかするし。
「でもそのうち、貴方の恋愛対象になってみせますよ。」
こういうことサラッと言っちゃうし。
「京一さん、もう僕は学校に行かなきゃなんで。」
だからか、何か違和感あると思った。制服着てたし、時間も気にしてたし。
まあ、色々と遊んでくれて、弁当も食べさせてくれて、実際には遅刻だろうが、俺の相手をしてくれた。
「そうなの?頑張って。」
きっと行きたくないんだろう。でも、行かなかったら行かなかったで、罪悪感に苛まれる。学校はそんなものだ。
「ありがとうございます。あと、あの、頻繁に連絡してきて欲しいです。寂しいので。」
「わかったよ。…湊、忘れ物。それとも、しなくていいの?」
と自分の唇を指差して挑発じみたことをする。
「いってきますのキスですか?」
「うん、俺からしたら、いってらっしゃいの…」
人が喋ってる途中で、一回。キスされた。
軽い冗談くらい言わせろ。
「何考えてんの?」
見つめ合って、俺から手を離さずにいる。
「ふふっ、やめときます。収拾がつかなくなるので。」
離れていく。
もう一度キスしたいって欲しがりの顔してんのに。
「おもしれっ。」
玄関が閉まる音とともに虚しさがやってくる。
今日はどうやって生きようか。
まあ、吐くのはやめておこう。
せっかく作って食べさせてくれたんだから。
だいぶ残しちゃったけど。
とにかくだるい。寝よ。
京一さんは今、何をしているんだろう。
昨日の疲れがまだ癒えていないらしい。
寝てるのかな?
「青柳、今日はスマホとにらめっこでもしてんのか?」
授業中、スマホを見続けていると、先生に取り上げられた。
授業後、返してもらっても通知は来てない。
「何見てたの?」
クラスメイトが僕に話しかけてきた。
「画面」
見てたスマホを見せる。
「え、真っ黒の画面?」
理解し難いと言った顔。
「そう」
「それって、楽しい?」
「いいや、楽しくない。」
連絡が来ないんだもの。
「じゃあ、何で見てるの?」
「暇つぶし。みんな、スマホで暇つぶしてるから。」
「ああ、違うよ。みんな、画面を見てるけど、みんなは画面上の内容を楽しんでるんだよ。ゲームしたり、アニメ見たり。」
「へえ、君は何を楽しんでるの?」
「私?私は、むやみやたらにスマホを使わない主義だから、そういうのは無いかな。お喋りの方が好き。」
「変わってるね。」
「青柳くんの方が変わってる。」
「そう?」
「え、自覚無いの?」
「あるよ。みんなから、頭おかしいって言われてるから。それって変わってるってことでしょ?」
「…うん、そうだね。」
僕はよく変わってると言われてるから、変わってると思う。けど、どこが変わっているかと言われれば、どこも変わっててはっきりと答えが出ない。
僕が君を変わってると思うのは、この集団とは違う行動をとっていると僕が認識したからだ。それはとても限定的で明確だ。
僕の場合、集団にも所属できないような区別がなされている。どこかで線引きをされているんだ。僕はどの集団には入れないと。
コミュニケーション、なんて難しいんだ。
もっと喋ってみたいのに、きっともう離れてしまう。教師は僕がふざければ、うざいくらいにくどく話してくれるのに。クラスメイトはそうはいかない。
「君は何で僕に話しかけたの?」
「変わってるから。」
「変わってるから話しかけたの?」
「そう。」
「何で?」
「私が青柳くんを変わってると感じるのは、私とは違う考えを青柳くんが持ってるからで。私は私とは違う考えを持つ人に興味があるから。」
「どうして興味を持つの?」
「だって、面白いじゃん。ただただ共感されるより。」
「へえ、そうなんだ。」
僕は共感されたい。
「青柳くんはお喋りは嫌い?」
「ううん、好きだよ。よく間違えるみたいだけど。」
「え、間違えるって何?」
「そのうち、わかるよ。僕と喋ってればだけど。」
「楽しみにしとく。」
何を楽しみにしてるんだろう。
不思議な人だ。
「死にたい。」
そう思っても、どーせ死ねないのは、何でなんだろう。
きっとこの行動力の無さのせい。
家から出るのも億劫。学校も面倒くさい。働くなんてもってのほか。
今を生きるので精一杯で、未来のことなんか全然わかんない。というか、未来も生きてるか?生きてるかどうかわかんない未来を考える意味なんかないだろ。
ならば、今、楽しいことをしたい。一気にパッと明るくなれるような。
この生活を変えてくれるような。
何か。
その何かは薬では無いのはもう証明済み。
だけど、何かに頼ってないと死ねないくせに生きていけない。
意味わかんねえ。
「薬買ってきて。」
中学生におつかい頼むか。
いや、クズすぎて泣けてくるわ。
自分で行こ。
「京ちゃん、久しぶりぃ。まーた痩せたんじゃん?」
「まあ、夏バテ?」
「すぐに死んじゃいそう。」
「ああ、確かに。」
俺の腕も脚も、すぐに折れそう。
「そいで?何で連絡してきたん?」
「薬、買いに来た。」
「無理。渡せんわあ。」
「何で?」
「だって、死ぬもん。」
「死なないから。」
「信用できんて。もう窶れすぎて薬中みたいじゃん。楽しく薬使えん奴には渡さんよ?」
「これで最後。」
「その台詞、何回目?」
「お願い。まじで、やめるから。」
「今回はどしたん?何が原因なん?」
「原因。んー、何だろう。」
思い浮かぶのはあるが、それを原因にはしたくない。
「仕事、学校、遊び、病気、人間関係、色々と原因がありすぎて見失ってるん、ちゃう?」
「たぶん。」
「あははっ、自尊心低い気苦労人タイプぅ。」
「うぜえ。」
「でも、そろそろ幻覚より現実見ぃや。逃げれるところまで逃げて、落ちれるところまで落ちたろ?」
「ああ、もう笑えないくらいに。」
「そう言いながら、笑ってんじゃん。」
「まじ?やばいな。」
自分、笑ってないつもりだったのに。
あいつの病気、うつったかな?
「はい、ラスト。金は受け取らんから。」
「さんきゅ、愛してんぜ。」
「おえ、きっしょ。薬よりもハイになってね?」
「あははっ、かもな。」
狂って狂って狂いまくって、むしろ正常じゃないか。
おもちゃで喜ぶ子供とよく似ている。
結局は飽きる。そんな気すらしてきた。
この薬もやめられるだろう。
ああ、何で今こんなにも前向きなんだ?
「今なら死んでも後悔すら残らなそうだ。」
道路の真ん中でクラクションと怒号が混じり合った音楽で踊り狂う。
さぞかし、楽しいだろう。
そんな妄想、できやしないのに。
赤信号で脚は止まった。暑さで、ぶっ倒れて、轢かれてしまいたい。こんなにも弱い自分が憎くて、泣くことすら許せない。
死んでしまえよ。死んで全部全部償え。
気持ち悪い。
俺の世界から一歩、別世界に踏み込んでみると、そこには俺への嫌悪が溢れんばかりに詰まっていて、俺はゴミなのだと気づかされる。
生きててごめんなさい、もはや口癖だ。
楽しそうな笑い声、怪物達が笑ってる。
人間の形をしている怪物達ばかり。
俺を殺そうと企んでいる。
誰でもいいから早く殺してくれ。生き地獄はうんざりだ。その願いは望まぬ形で返されてしまう。
このゲームの首謀者は俺をわざと生かしている。苦しむ姿が大好きなんだ。
死にたい奴には死を、だなんて贅沢だ。
「楽になろう、薬を使って。」
「湊、おかえり。お疲れ様。」
玄関を開けると、京一さんが抱きしめてきた。
嬉しさよりもまず、違和感が勝ってしまって、素直に喜べない。
「だいぶ、機嫌が良いんですか?」
「ん?恋人なら普通だろ?」
…慣れない。まだ恋人じゃないし。
冷凍庫の中からアイスなんて取り出してるし。
「長袖シャツ、暑くないのかよ。」
とこの期に及んで僕の格好を指摘される。
京一さんだって、長袖着てるくせに。
ついでに、アイスを渡された。
「暑いですよ。」
「何で着てんの?」
「京一さんとお揃いだから。」
「馬鹿、つくならもっと違う嘘つけよ。」
と換気扇近くで煙草を吸いながら、笑ってる。
僕の脳内で異常事態だとサイレンが鳴る。
「嘘じゃないですよ。」
「腕、見ぃして。」
こっちに来いと手招き。
渋々、近づいて腕まくりをする。
「うわ、ひでえな。これ、切ってんの?」
「はい、カッターで。」
「へえ、痛い?」
「さほど痛くないですよ。」
「見た目は痛々しいけど?」
「痛くないです。」
「痛さに強いんだ。」
「いや、ありえないですね。」
「何で切っちゃうの?」
「自分を罰するためです。」
「ふふっ、罰する必要が何処にあるんだよ。罪でも犯したの?」
「はい。普通じゃないこと、それが僕の罪です。」
「そんなん、罪でも何でもねえよ。自分に厳しいんじゃないのか?」
「そうですかね?」
厳しくなんかない。嫌になるんだ。
生きているのが、罪なんだ。
死ぬべきなのに死ねないのが、罪なんだ。
「京一さんこそ、痛くないんですか?」
「何が?」
「注射。」
「痛くねえよ。痛さより快楽が勝つから。」
「なんか似てますね。リスカと薬物。」
「そうか?」
「身体に痕付けて、快楽を得るところとか。そっくりじゃないですか。」
「やっぱ、気持ち良いんだ。リスカって。」
「ええ、まあ、おすすめはしませんけど。」
「ふふん、やっちゃおっかなあ。」
「やめといた方が良いですよ。僕の腕がその根拠です。」
「ああ、確かに。見栄えは良くないね。」
「地味に傷つきますね、それ。」
「痛い?」
と傷口を軽く触ってくる。
「全然、痛くないです。」
「じゃあ、これは?」
煙草を腕に当ててきて、皮膚が焼ける匂いがする。リスカとは違う痛み。
歯を食いしばって痛さに耐えた。
そのうち、頭の中がぼんやりとしてきて心地良くなっていく。
「あはっ、楽しい。」
彼の期待に添えたようだ。