病は特殊加工済み
「俺ね、眩しい光を見ると、そのまわりに虹が見える特殊能力があるんだよね」
「え?」
京一さんが夜道を散歩しているときにそんなことを言い出した。あのライトもこのライトも、でも、あれには見えない。なんて言いながら。
「だからなのか、俺にはお前が虹色に輝いてみえる」
と得意気に僕の頭を撫でてくれた。
「京一さん、それ虹視症じゃないですか?」
「ぷはっ、ロマンの欠片もねえな」
なんて言われても、よくわかんないけど、虹視症はストレスや眼精疲労からくるものだから、彼の健康が僕はとても心配だ。
「あれも見えるよ、飛蚊症だっけ?」
「黒いシミや糸くずみたいなのが見えるやつですよね?一度眼科行った方がいいんじゃないですか?」
「医者嫌いだし、別に良くない?」
おちゃらけたように笑う彼は、医者を信用していない。それに自分の健康を気にも留めていない様子だ。
「それで、もし失明なんかしたらどうするんですか?」
「んー、そうだなぁ。でも湊さえいてくれれば、俺は生きていけるよ」
あぁ、これがロマンだ。ロマンティックだ。そうやって僕の心を意図せずとも惹きつける。貴方は罪人だ。
「ふふっ、ふ、ふふふ、あははっ」
「何?」
「いや、だって、京一さんがもし失明したら、僕、京一さんのこと触り放題じゃないですか。考えただけで楽しすぎて」
「失明して欲しいの?」
「んー、それは、どっちでもいいですね」
だって、貴方が視覚的に僕を捉えることができなくなるのは、それはそれで悲しいから。貴方の方から僕に触ることが出来なくなるんじゃないかな?よく分かんないけど。
「俺は嫌だけど」
「何でですか?」
と聞くと、少しだけ考えたような横顔を見せてから、
「湊の可愛い顔が見れなくなるのは嫌じゃん」
って僕の方を見て、目線を合わせて言ってくる。確かに、こうやって、貴方が僕と目線を合わせることができるのは、目が見えているからなんだなと実感する。
「湊、寝れない」
「薬は?」
「飲んだ」
夜のお散歩もして、睡眠薬も飲んだのにも関わらず、寝れなかった。寝る前にスマホもいじってないし、ちゃんと風呂にも入って、身体を温めたのにだ。その理由は、やっぱり、部屋の焼け焦げた跡が人の顔に見えるからだろう。あの場所から人が出てきて、俺を殺しに来そうだ。その頃合いを見るために、じっと見つめてきている。
「そうですか」
湊は眠そうに俺の事情を聞くと大きな欠伸をした。狭い布団なのに、二人で入っていると、横向きででしか寝れない。湊は俺を抱き枕代わりにしている。家に帰ればいいのに。けど、湊がいないともっと眠れそうにないとは思う。湊がいるから、精神が保たれている。安心できている。
「寝た?」
「寝てないですよ」
半寝状態でそう言われても、何だかなあ。まあ、湊に先に寝られたら、イラつく。性格悪い。
「幻覚が見える」
「それじゃあ、見なければいいじゃないですかぁ」
そう言って、湊は俺を抱きしめている手を動かして、俺の首の下に手を突っ込んで、顔をベタベタ触ってから、目を見つけて覆った。
「暗くて怖いんだけど」
「しょうがないですね」
やれやれだ、と言っているように、ため息を付いてから、俺のズボンの中に手を入れてきた。
「はあ?ちょっ、何して」
後ろを振り向こうとしても、背中に湊がベッタリとくっ付いている。
「京一さん、抜けば疲れて眠れるんじゃないですか?」
あぁ、確かに。サクッと一回でも抜いちゃえば、疲れるもんね。それで寝れた試しないけど。とゆーか、
「なにそれ、馬鹿にしてんの?」
俺の不眠症の手強さをそんな簡単に言って。それに、体温が上がって逆に眠りにくくなりそうなんだけど。
「違いますよぉ。オーガニズムで睡眠の質が向上するって、ちゃんと研究結果があるんですぅ」
「へえ、何でそんなこと知ってんの?」
「いつかぁ、やるときの口実にしようと思って」
今すぐにでも眠りに落ちそうな湊のゆったりとした声が、耳元で響く。そのねっとりとした声が何だかそうゆう気分にさせた。
湊の手が俺のアレに触れて、アレをああすると、ちょっと鼓動が速くなって、息遣いが荒くなる。それが何だか気持ち悪いなぁ、って集中できなくて、たぶんイケないなぁ、なんて思った。雰囲気もないし。
「湊、やめて」
「気持ち良くないですか?」
少し残念がるような声が可愛くて、本当は違うんだけど、「気持ち良いよ」って気持ち悪いことを言ってしまった。
「けど、物足んない」
湊の腕の上で半回転、寝返り打った。狭い布団の中なので、何回も身体を微妙に動かして移動させないといけなかったから、それだけでちょっと疲れた。
「向き合ってやるんですか?」
と決まりが悪そうに、目線を俺からわざと外している。
「ううん、キスしながら」
その顎を掴んで、強引にキスした。これで寝れるってんなら、とことんやってやるよ。
湊の止まってる手を掴んで、俺のナニに掴ませて、アレさせる。ああ、かなり変態極めてんな。気持ち悪ぃ、なんて思いながらも、そのシュチュに何も言わずに従ってくれる、まあ、キスで口塞いでんだけど、そんな湊が可愛くて、萌えた。周りが何も見えなくなるくらい燃えた。
「ふふっ、楽しいですね」
と唇を少しだけ離すと湊がそう呟いて微笑んだ。ああ、すんげえ可愛い。またキスして、それがもう止まらない。
あともうちょっとというところで湊が手を止めて、ぎゅっとアレを握る。こいつ、俺のこと焦らして遊んでやがる。だから、楽しいって。きつくてつらいところで寸止め。俺の人生と同じようなことすんなよなぁ。
「湊、苦しい……」
全身が火照っていて、あと少しで解放されるのに、生半可に殺されてるみたいだ。活き造りの魚みたい。息が苦しい。
「可哀想に」
そう哀れんだような目で少しだけ口角を上げると、今度は湊の方からキスしてきて、イカしてくれる。
「んんっ」
身体が意に反してビクついて、おかしくなって、誰かに操られるように動く。ヌルッした白い液体が湊の手を汚した。どっと疲れに襲われる。何も考えられない。
「気持ち良かったですか?」
「うん」
「可愛いですね」
とまたキスしようとしてくる湊を拒んだ。
「無理」
「さっきまであんなに愛し合っていたのに」
その証拠にと湊の手に付いた白濁色の粘液を見せつけて意地悪く笑う。けど、無理なもんは無理。
「さっきの俺は死んだ」
「そうですか」
というと、湊はその粘液の付いた手を使って、自分の身体を慰め始めた。気持ち悪ぃ。
「俺に見せんなよ」
「僕だって、あんな顔見せられたら、やりたくもなりますよ」
「だから、見せんなって」
「見られながらのが、興奮します」
俺の死んだ目で見つめていると、湊の息遣いが荒くなる。こいつ、思ってたんだけど、喘ぎ声出すタイプなんだよなぁ。いちいち、「あっ」とか「んっ」とか言ってる。馬鹿みたい。それでいて、摩っては手を離して、また摩っては手を離す。焦らしプレイが超大好き。狭い布団の中で腰を振っていて、何か寝づらいなぁ、なんて思った。
「布団、汚すなよ?」
「ふふっ、分かりましたぁ」
それからというもの、つらそうで楽しそうな湊を、ずーっと見てるけど、全然終わんない。体力お化けなのか、絶倫なのか、わかんないけど、まじで永遠とやってんじゃないか?
「あのさぁ、さっさとイったら?」
痺れを切らしてそう言うと、
「ふっ、ふふっ、あぁ、気持ち良い」
と恍惚とした顔で謎の報告をされて、あっ、良いことを思い付いた。言葉責めすれば良いんじゃん。
「湊、あと十秒以内にイけ」
「えー?できますかね?」
「できるかどうか聞いてんじゃねぇよ。やれ、つってんの」
というと、湊が満面の笑みを見せてくる。さすが。俺がカウントダウンを始めると、喘ぎ声が多くなる。やっぱうるせぇ。
「あっ、やば、もうイッちゃう」
さっさとイケよ、と思いながら、
「3、2」
と死んだ目でカウントダウンをして、湊の絶頂を見守る。腰の振りが収まる。荒い息遣いだけが残る。
肩を揺らして呼吸している湊に、ご褒美のチューをしてやった。これでやっと寝れる。
「京一さん、もう一回」
「は?」
「気持ち良かった、もう一回」
と懇願するように、潤んだ目をこちらに向けてくる。まじか、おい賢者タイム、湊にも機能しろよ。
「バカじゃん」
「えへへっ、もっとぉ」
やば、罵倒しても快楽へと変えられる。キリがないから、罵倒から砂糖へと切り替えた。
「湊、アイス食べたい」
「え?」
「ア・イ・ス・が・食・べ・た・い」
と強調すると
「それは聞こえてますよ」
なんてサラッと言うからムカついた。
「だから、冷蔵庫から持ってこい」
「はい」
素直に指示に従って、でも下半身はパンツのまま布団から出た。布団の中をまさぐって、粘液が付いてないか確認したら、普通に付いてて腹立った。
「湊、付いてんじゃん」
「ごめんなさい、つい」
とアイスを二本出した湊に、悪びれる様子もなく謝られた。だから、アイスを受け取るとすぐに湊の股間へと押し当ててやった。冷たっ、て逃げられた。
「まじで、俺、湊のベッド借りよかな?」
「そこで、第二回戦ですか???」
なんてアイスを舐めながら呑気に言う。まじで頭沸いてるだろ。
「お前はこのベッタベタの布団で反省してろ」
「えー、嫌ですよ。京一さんと一緒にいれないと意味ないじゃないですかぁ」
と今更何を言わせるんだ、とでも言うように笑われた。刑罰なんだから嫌がることやらせないとでしょ。
「何の意味がないって?」
反省の意味はあるよ。
「僕の生きてる意味ですよ」
本当に、そういうことを、何でもないように言う。弱ったなぁ、こっちが強く出れなくなんじゃん。
「湊、手出して」
差し出された手は、洗われていたけれど、まだ俺と湊の精液の匂いが残ってて、変なことしたなぁ、と思わせる。その手を掴んで、立ち上がって、俺も手を流水で洗った。
「ここの下水道、僕達の精液でいっぱいですね」
「そんなことない、流れてる」
「僕は京一さんのナカをいっぱいにしたいですけどね」
楽しそうに覚えたての単語を試しで使うような感じで言われた。
「はぁ、何処で覚えたの?そんな台詞」
「眼目さんから教えてもらった漫画です」
「あの野郎、今度会ったら中指立ててやろ」
「この中指で犯してやるぞ、って意味ですか?」
頭ん中が性欲に満たされている湊は、本当に、真面目な顔してそんなことを聞いてくる。そんなわけないじゃん。
「湊もやられたい?」
「そうゆう意味ならば、はい」
「嫌だね、絶対にヤッてやんねぇから」
と湊のことを嘲笑うと、湊が俺に堂々と中指を立ててきた。はあ?お前、まじで脳みそ回ってる?……蹴り飛ばそうかな。なんて、思ってると、湊が俺の胸倉を掴んで、キスしてくる。
「そうゆう意味だから」
「待って待って待って、意味わかんない!」
湊の肩を力いっぱい押して、引き離した。
「この中指で犯してやるぞ、って意味ですよ」
あぁ、ちゃんと説明するんだ。
「それはわかってる、けど、わかんない!」
犯される前に、俺の頭がおかしくなりそう。
「何がわかんないですか?」
「湊が何で俺にそんな酷いことすんのか、わかんないよ」
湊はもっと、もっと俺の中では、可愛くて、輝いてて、純粋で、子供っぽくて、バカで、俺のことが大好きで、俺のことを一番に考えてくれる。
「……ごめんなさい、傷付けるつもりはなかったんです。ただ一緒に楽しくなりたくて」
「俺は全然楽しくない!嫌いだもん、そうゆうの」
「ごめんなさい」
これ以上、湊を傷付けたら、もっと俺が傷付けられる。湊の謝る態度を見て、そう感じた。手持ち無沙汰になって、手に持っていたアイスを差し出した。
「……アイスあげる」
「はい」
素直に受け取ってくれた。それに少し安心して、
「もう寝るわ、おやすみ」
と布団に入り込んだ。湊の匂いがする。だけど湊は入ってきてくんないのかな?嫌だ、寂しい。
京一さんは起きてくると、座り込んでいる僕のところへと歩いてきて、顔を覗き込もうと、僕の髪を引っ張って、顔をあげさせられて、「おはよ」って言って、その手を離す。顎がガクンとして、頭が自重で落ちる。
「すげー、朝飯作ってあんじゃん!」
食べるのは嫌そうなのに、僕が料理をすると京一さんは喜ぶのが何かおかしくて、笑っちゃう。今日は僕を喜ばすためか、いつもよりもテンション高めに喜んでくれている。
「湊、一緒に食べよ?」
と僕の腕を掴んで、引っ張る。こんな可愛いこと今までなかったよな?僕が弱ってると、京一さんが可愛いことをして、僕を甘やかしてくれるから、もうずっと僕は病んだままでいいかもなんて、病んだ時は思うけど、こんなことじゃ、京一さんに捨てられると思うから、頑張んなきゃ。
「ごめんなさい、目が覚めました」
と京一さんと手を繋いだまま立ち上がる。
「おはよう」
「おはようございます」
「昨日のこと、気にしなくていいよ。お互いに疲れてたんだから」
そんな気遣いの言葉で、僕が昨日京一さんに何をしたかを遡させる。京一さんを僕が犯そうとしたのか。性欲って怖いな。夢かと思ってたけど、現実なのか。
「でも、とっても気持ち良かったですよ」
京一さんに責められながら、見つめられながら、京一さんの精液を使って、匂いを嗅いで、イッた。
「そりゃあ、何よりで」
「うつ病が治ったのかと思いました。脳内が一気に明晰になって、ほわほわって満ち足りたように幸せを感じてたのに、今はなくなってしまって、何かさらに鬱っぽいです」
端に寄せられた狭いテーブルでテレビも付けずに、二人で向き合って、ご飯を箸でつつく。今日の朝ご飯は、冷しゃぶ丼。ただしゃぶしゃぶした肉を野菜とともにご飯に乗っけて、タレをかけただけのお手軽料理。
「だから、幸せなんて感じない方がいい」
確信を持ったように、幸せになるのを断念したみたいに、平坦な口調で言われる。
「それは嫌です」
「何で?」
「今が幸せだからに決まってるじゃないですか」
と貴方に見蕩れてしまって、溶けだしそうな目で目線をおくる。けれど、貴方はそれを気付かないのか、気に食わないのか、一向に目を合わせてくれない。
「鬱っぽいってさっき言ってたじゃん」
「僕は京一さんといれば幸せなんですよ、鬱だろうが何だろうが」
「……あぁ、歯が浮いちゃって食べられんわあ」
と京一さんが笑うから、「大丈夫ですか」とその口端を指で触ると、「冗談だ」と拗ねたように指摘を受ける。
「どんな冗談ですか?」
「何だろうな、お前のその台詞をまともに受け取りたくなかったのかもね」
「何で?」
「俺にはもったいないだろ?」
「ああ、そうゆう冗談」
「ふふっ、そうゆうことにしといて」
貴方は僕にとってもったいないくらい、理想的な存在なのに、僕の傍で生きていてくれてありがとう。大好き。
「いってらっしゃいのチューくれませんか?」
と制服に着替えて準備が整って、玄関前でそういうと、チューされてから
「俺も行く」
と言われた。本っ当、可愛いことするから心臓が朝からもちそうにない。京一さんもパジャマからラフな普段着へと着替えていて、大学へと人間慣れのために行くらしい。
「京一さん、何かあったらすぐに僕に電話してくださいね」
これからは映画館でも何処でもスマホの電源は切らずに、すぐに京一さんのところへ駆けつけられるようにする。そう決めた。
「うん」
「絶対に出ますから」
「わかった」
「つらくなったら苦しくなったら嫌になったら、すぐに僕に」
「するよ、電話する」
耳にタコができそうなほど釘をさしてしまって、京一さんのやさぐれた顔が見れた。
「一人じゃないですから、一人にしないでください」
「わかってる、最期は一緒に死のうね」
と小指を絡められる。その言葉で僕はまた、貴方に心を奪われる。だから、公衆の面前とかクソどうでもいいから、キスした。
「大好きです」
「恥ずかしい」
「良いじゃないですか、僕達の幸せっぷりを他人に見せ付けてやりましょうよ」
「それじゃあね」
とそっけなく改札を通っていく京一さんを見えなくなるまで見送って、幸せをたっぷりと感じた。




