恋の骨折り損
「何で?一万円で足りんでしょ?」
「ええと、その、レシートを出されても」
「これがあ、レシートに見えんの?」
目を細めて、その紙切れをよく見ると、目眩がしそうになりながら、レシートだと認識した。
「本当だ、要らね」
とその紙切れを投げ捨てて、一万円を財布の中から探そうとしたが、どれもこれも紙切れで分からなくなってくる。
「ちょっと、床に」
「ああもうコレやるよ」
手にしている財布をカウンターに投げて、支払いを済ませる。
「え?」
「それじゃ」
買い物カゴに大量に入ったアイスをそのまま持ち帰ろうとすると
「ちょっ、ちょっと待ってください」
「何?まだ足りない?キスでもする?」
「その逆、こんなに貰えないです」
「どーせ、言ってるだけでしょ?体裁を守るために。でも、こんな俺に対しても自己を繕うなんて、君って馬鹿、おっと、失言!これだから、生きるのって嫌なんだよね」
「いや、そんなこと言われても。とにかく、財布は返すので、あとちょっと待ってください」
と店員がレジを打って、レシートとお釣りを財布に入れると、買い物カゴの中の大量のアイスの上に置かれた。
「あっ、クレカの番号教えよっか?」
「いらないです。それよりも買い物カゴ、返してくださいね」
「え、めんどくさ」
「レジ袋代を取らないだけ優しいでしょ」
「レジ袋に入れんのが面倒なだけでしょ」
「私、環境にも優しいので」
「はは、それなら俺にも優しくしてくんないかなあ?」
「十分、優しすぎるくらいです。この前だって、商品散らかして、誰が片付けたと思いますか?」
「湊?」
「違、私ですぅ」
「暇してんだから良いじゃん、このコンビニ客入ってんの?俺がカショオで散財しなきゃ潰れるんじゃね?」
「はあ?ありえないんだけど。貴方の他にもたーくさんのお客様がいらっしゃいますぅ」
「あっそ、じゃあ俺が死んでも大丈夫だね」
「何言ってるんですか」
「忘れてた、ビニール紐も買わなきゃじゃん」
「聞きたくないけど、何に使うんですか?」
「首吊るんだよ」
「なら売りませんよ?」
「じゃあ盗む、あとラキストちょーだい」
「はーい、年齢確認お願いしまーす」
このボタン、何か押すのが怖い時がある。
「年齢確認してもいいですよ確認ボタンもあれば良いのに」
「それ、二度手間じゃないですか?」
「心の準備できてないと怖いんだよ」
「そういうものですか?それじゃあ、年齢確認してもいいですよ確認ボタン使用カードの提示をお願いします」
「かなりめんどくせえ」
「でしょ?」
俺って、かなりめんどくせえ奴で笑った。ああ、死にたいな。煙草とか酒とか薬とか買いたくないのに誘惑に負けて買っちゃう自分が嫌だからそんな確認ボタンがあるのが、最悪、自己嫌悪。
「バイト何時終わり?」
「20時です、もうすぐで休憩ですけど」
「ちょうど良かった、俺と一緒に来てよ」
「いやあ、それは」
「で、ガソリン運ぶの手伝って」
「は?」
「死んだら燃やさないとじゃん、ね?」
「そもそも、死ななきゃ良いでしょう?」
「それもそうなんだけど、生きてると必ず誰かを傷つけるし、必ず誰かに迷惑かけるからさあ、もうつらいんだ。死んで、楽にさせてやりたい」
「誰を、ですか?」
「湊、俺の保護者みたいなちっちゃい子」
「ああ、あのアイスが好きな子」
「これが、せめてもの償い」
大量のアイスの理由はそれだ。
「私には?」
「お前に?」
「私も貴方には相当迷惑かけられましたよ?」
「あー」
「十個の弁当温めたりとか、店内で商品食い出したりとか、今だって」
「だから、財布やるって」
「いらないですぅ」
「は?何なん?」
「わかってないです、全然」
「俺が死んだら楽になるんじゃねえの?こんな迷惑客の相手、面倒だもんなあ?」
「そうですけど、暇つぶしくらいにはなってますよ」
「うっわ、腹立つぅ」
「店長、休憩いただきまーす」
とその定員はパーカーを羽織って、俺の買い物カゴに手をかけると
「家まで持ちますよ、このカゴ返してもらえないと困るんで」
「ガソリンは?」
「それは断ります」
「あっそ」
「色々と事情はあると思うんですけど、死なないでくださいね」
ビニール紐は棚に戻された。
「嫌だなあ、どーせ、他人なんだし。一ヶ月もすれば死んだことすら忘れるんじゃない?」
「やけに薄情っすね」
「それが現実だろ」
「私は数ヶ月前に貴方がキスされてたことすら覚えてるのにぃ?」
「な!!!え、待っ、はあ?ちょっ、待って、しんど、やばい、死にたい!!!」
「コンビニで突然キスしないでくださいよぉ」
と揶揄い、楽しんでいる。
「あれは、その湊が」
「かなり好かれてますよね、可愛い子に。それでいて死にたいとか、どうゆう神経してんすか?」
「湊がすげえ良い子だから、俺が一緒にいんのが違和感とゆーか、悪影響とゆーか、可哀想になってきて、でも俺がかなり依存してて、離れるにも離れられなくて、気持ち悪いから、自分を殺したい。そうゆう神経してんの」
「ごめんなさい、すっごく羨ましいです。私、恋愛なんてしたことないから、誰かに依存したり、その人のことをずっと考えたりできるなんて、ああ、良いなあ。最高でしょ」
「まあ……あれ?湊?」
学校にいるはずの湊が俺の胸ぐらを掴んで、顔をはたかれた。
「いって、ちょっとまじにやばいのかなあ?湊にはたかれたような幻覚を見たんだけど。誰?」
顔を見ても湊にしか見えないから焦るう。
「僕です、青柳 湊。幻覚じゃないですよ、京一さん」
ああ、声が完璧に湊だ。やっば、何したっけ?
「ああ、ちょうど良かった、これアイス。このカゴは返してね。じゃ、死なないようによく言い付けといて、それじゃ」
とその場からそそくさと逃げ出したコンビニ店員。二人になったら、それはもう、まさに修羅場じゃん。
「何ですか?この大量のアイス」
「ええと、それは、日頃の感謝的な?」
「薬入れた後ろめたさからじゃなくて?」
あっ、薬!確かにぃ、それは怒るわあ
「ごめーんねっ」
と、かなり客観的に見ると気持ち悪いが可愛子ぶって抱きつくと
「ああ、死んでなくて良かったあ」
とアイスを手放した湊に安堵の表情で抱きしめられた。こうゆうところ、本当に俺をダメにさせる。
「とりあえず、帰ろっか」
と言って、二人で重たいカゴを持ちながら帰る。平衡感覚が分からなくなって、倒れてしまいそうになりながら。
「今日、学校から帰るの早かったね」
「帰りの会に参加せずに帰ってきましたから」
「そっか」
「京一さんがこんな写真を送ってきてくれたからですよ?」
敬愛っぽくも嫌味っぽくも聞こえるけど、湊からすると、これはただ俺が写真を送ったという事実を話しているだけだ。可愛い、スマホ見して
「うわっ、俺ってこんなことしてた?きもっ」
何か自分の黒歴史を晒されたみたいな気分。スマホを奪って、削除しようとすると
「やめてくださいいい、ふふふ」
とシャツの中に隠されて、スマホが落ちないように手で押さえながら、背中を丸くしている。
「ほら、貸して?」
俺が湊の腹を手で探ると、こしょばゆいのかずっと笑って、「ダメですよお」と言いながら楽しんでいた。
「京一さんが写真くれることも、連絡くれることも、滅多にないじゃないですか」
「だからって、ああ、もういいや。何でもいい。湊には俺の弱いところばっか見られて、情けないったらありゃしないけど。どーでもいい」
「最高にイカしてますね」
「薬飲んでるからじゃん?あはは」
「僕も貴方みたいになりたい」
「はあ?嘘でも殺すよ?」
「お好きにどうぞ」
「あー、何か父親みたいなこと言うけど、"俺みたいにはなるな"絶対に」
「何でですか?最高にイカしてるじゃないですか」
「最高は一人で良いの。それに、俺が俺のこと嫌いだから、湊が俺みたいになったら、湊のことが嫌いになっちゃうかもしれないでしょ?可能性は低いけどあるからさ」
「でも、僕は京一さんみたいに格好良くなりたいですよ」
「俺の何処が良いんだか」
「良いところをあげたら切りがないけど、最も言いたいことは、京一さんは僕が知っている中で、とてつもなく一生懸命に生きてて、最高に格好良いです」
「ひがないちにちじゅう、ずーっとゴロゴロしてる奴が一生懸命に生きてる、だと?考えられんなあ」
「何かゴロゴロって美味しそうな響きですよね、どうでも良いですけど。京一さんは一生懸命に生きてますよ」
「うざっ、否定しろし」
「何でですか?僕の主観です」
「根拠は?」
「僕は京一さんがもがき苦しんでいる様子をすぐ傍で見てきたから」
「……ああああ、やだやだやだ死にたい、死んでしまいたい、もういっそのこと、俺のことを殺してくれ」
「嫌です」
「嫌だ、泣きたい、死にたい」
と潤んだ瞳で訴えかけても
「嫌です」
と冷徹に返されてしまうだけ。
「気持ち悪い、吐きそう」
自分の失態、失言はすべて腐った過去の思い出となって、強制的に脳味噌に食べさせられる。飲み込めなくて咀嚼を繰り返しては、ずっと口ん中に残ってるんだ。気持ち悪くなるくらい鮮明に覚えてるんだ。鳥肌がたった、身体が拒絶反応してる。これ以上、見せてくんなって。無駄だよな、次々とくだらない長編映画よりも続く地獄を見せてくる。
「何を吐くんですか?胃液?」
「悪い記憶」
「それなら、僕に下さい!」
ゴミ収集の人がゴミを集めるのと同じように、それを生業にしてるのかと思うくらいすんなりと愛想良く受け取ろうとしてくる。
「何故?」
困惑気味に若干引き気味に聞くと、
「京一さんの全てが欲しいからに決まってるじゃないですか」
と恍惚とした表情で狂気すらも感じるその愛の重さを俺に乗っけてきた。
「あのさあ、湊。教えてやるけど、吐瀉物ってのは汚いものなんだよ?それを喜んで受け取ろうなんて、はは、正気じゃないわ」
「知ってますよ」
彼も同調するように笑って、今この瞬間が楽しければそれで良いなんて思えた。唾とか排泄物とか、一度体外に出たものは自分の一部とは切り離して考えるから、汚く見えるって教わった。けど、涙とか血液とかは、あんまり汚く見えないから、ただ単に人間は匂いとか見た目とかで毒性を判断してるんでしょ、としか思えなかった。毒物は自分の一部では無いけど、お薬は自分の一部にしたがるんだ。ああ、何とも都合が良い。毒物を飲ませた蛇から血清ができるように、毒物もまたお薬なんだけどね。
「今日はいい天気だな」
雲一つない空に、太陽が輝いて、影がはっきりと見える。ダルくなるくらい、はっきりと。でも、心の奥底まで光は届かないし、脳味噌には雲がかかっている。コントラストが何とも笑えた。
「はい、気持ち良いですね」
「そうか?」
「違いますか?晴れている日はプラス感情で、曇りや雨の日はマイナス感情じゃないですか?」
と生徒が疑問を投げかけてくる。
国語の情景描写かとも思ったが、それが普通の人間ってものなのかもしれないとも考えて
「天気如きで感情が変わるとか、情緒不安定かよ」
とその人間を貶した。
「ふふっ、感情豊かって言ってくださいよ」
って微笑まれる。確かに、情緒不安定はマイナス感情の範囲内で感情の起伏が激しいってイメージだから。頭良いな。
「じゃあ、俺は情緒不安定だ」
そんな粗末な粗探しして、優越感に浸りたいだけのクズだから。馬鹿を晒す羽目になる。それで勝手に拗ねて、その辺の石ころに八つ当たりして蹴り飛ばすんだ。何も変わんねえけど。
「京一さん、知ってましたか?隣りの芝生は青いってよく言いますけど、頭上の空が最も青いんですって」
そう彼は励ましの言葉をくれた。彼が周囲の人間と比べるよりも、自分の真上の理想を見ろ、と言っているようで何だか立派な人に見えた。青二才が。
「ふーん、そんなん誰から教わった?」
「眼目さん」
「へえ、ごくまれに良いこと言うじゃん」
普段なら湊に変なことばっか吹き込んで、湊の好奇心に漬け込んで、湊に変なことばっかさせるんだ。例えば、
「京一さん、農業で使われる土を起こすシャベルみたいな道具は?」
「鋤」
「じゃあ、このドアと壁の間のことは?」
「隙」
「鍋に肉や野菜を入れた日本料理は何焼き?」
「すき」
「僕のことは?」
「好き」
「ふふっ、嬉しいです」
って「好き」と言わせる方法だとか。まあ、これは可愛いんだが。官能小説を渡された日には湊がしつこく付きまとってきた。
「京一さんはどんなことを教えてくれますか?」
「んー、まずは英語?」
と湊の部屋のベッドで寝っ転がりながら、俺の得意科目の英語を選んで、一緒に勉強しようと大学の課題を広げた。
「本当は、もっと楽しいことしたいです」
と言いながらも素直に勉強机に英語の教材を広げている湊に
「俺もだよ」
と微笑んで頭を撫でた。
でも湊の成績を上げないと、お金貰えないし、ここにもいられない。それに頭を使ってないと、人生は面白味に欠けるでしょ?馬鹿の言う愚痴は、学者の言う非難とは違う。馬鹿は物事の一面しか見えてない一つ目と一緒だから、目が二つある理由すら知らないんだろうな。対立も類似も本質も見えてる奴にしかできない遊びってのがきっとあるからさ、ああ、俺も馬鹿だけど、死ぬことしか見えてない馬鹿にはなりたくない。自己コントロールができない奴にも。俺は湊の家庭教師だけど、実践力とか行動力とかにおいては、湊は俺の家庭教師だ。湊が勉強をしようと言わなければ、俺の課題は閉ざされたままだろ。
勉強ってのは基本的に一人でやるものなんだと最近になって気がついた。家庭教師として、京一さんが横に横になってついていてくれているけれども、僕が質問しない限り、僕に構ってくれることはない。質問しなくても解けてしまう簡単な問題を恨みながらページをめくった。あっ、medicine
「京一さん、何で薬入れたんですか?」
この薬はdrugの方で決してremedy的なものではない。こういうニュアンスの違いを表現できると、言葉の正確性が増すから覚えておくと良い。そのために、勉強してるんだけど。
「んー、何となくそこにあったから」
と寝癖を整えるように髪の毛を触りながら誤魔化すような笑顔をされて、さらに、「へへっ」と沈黙の間を埋めるように笑った。
「何か隠してません?理由なしに、なんてありますか?」
少なくとも三ヶ月くらいは使用してなかったのに、なんで、また。と薬物依存は何ヶ月、断薬すれば良いのだろうか、ずっと考えている。
「湊だって、腕切ってるじゃん。お互いさま」
と呟くようにあからさまに拗ねられて、京一さんは自分の注射跡を凝視して掻きむしっている。
「意味わかんないです」
「何で俺は我慢しないといけないのに、湊はリスカして良いの?狡くなーい?」
狡猾な京一さんは僕の見えない溝をうまく攻めてくる。溌剌とした笑顔を添えて。
「薬物乱用は健康を害します」
「リストカットも精神健康上良くないでしょ?」
「それに見映えも」
と僕は白旗宣告。
こういう口論は京一さんの独壇場。その魅力的な言葉と口調で誘導して、相手を頷かせるのが上手いんだ。加えて、僕よりも箔がついている博識。
「湊、おいで」
とベッドの上で座って両手を広げて誘ってる。それに応じて僕は体重をかけて抱きしめてベッドの上に押し倒した。
「何ですか?」
京一さんが潰れないように肘立ちをしながら上機嫌で僕がそう聞くと、
「湊は一人じゃないから、一人でつらくなんないで」
って、京一さんの冷たい手が僕の首の後ろに回ってきてゾクゾクした。それに、この光景、目に焼き付けたいくらい綺麗だ。寝ていて自然にできた髪の毛の広がりまでもが愛おしい。
「それじゃあ、一緒につらくなるんですか?」
「勿論。そして、慰めてあげる」
冷たい手が僕の耳元の髪の毛を撫でて、耳にかけようとして、失敗してる。
「ふふっ、リスカよりも良いですね」
「断然」
と得意気に笑ってから、二人で向かい合って寝て、一息ついて、
「学校は楽しい?」
って僕の心の細部まで見透かせるような目で、聞いてきた。
「そこそこ、楽しくないです」
と自分の本心を言うのがおかしくて笑ってると、
「そっか、良かった」
と安堵したように微笑んで、俺よりも魅力的なものがそこになくて、って、かなり可愛いことを追加で言われた。
やめて欲しい、感情が抑えられなくなる。けど、それを何処か望んでる。
この悶々とした感覚の中で何か明瞭なものを求めてしまって、単純にして、欲望のまま、動いてしまいたい。
その願いはガタッという物音ひとつで次々に崩れ去る。
「ん、誰か帰ってきた?」
京一さんが主人の帰りを察した犬のように顔を上げて、数秒後、ベッドから降りた。
二人で見つめ合っていた幸せな時間にやかましいサイレンでも鳴ったみたいに緊急事態ってのはロマンの欠片もなくて、うんざりする。BGMは静かなクラシックであれ。
「僕が確認してきますね」
自室のドアを開けて、階段を駆け下りていくと、あまり会いたくない人物と顔を合わせてしまった。踵を返して引き返そうとすると、
「湊ぉ、おかえりは?」
と酔っ払ったように無駄に大きな声で子供に躾けるみたいに言ってきた。
「おかえりなさい」
と僕なりの笑顔を見せて言うと
「ちょっとこい」
って指をクイっとさせて、僕のことを呼ぶ。京一さんのとは大違いだ。近づいてみると、案の定、酒臭い。
「父親が帰ってきたんだ。何だ?そのシケた面は?」
少し顰めた顔で、僕の顔を掴んで、口角を無理やり上げさせられる。
「笑顔で」
と口角を矯正させられて笑われて、去り際に肩を叩かれた。
「誰?」
京一さんにもさっきの一部始終を見られていたみたいで、自室に戻るとその話題を振られる。
「僕の義父です、愉快な人ですよ」
と笑って答えると、
「ふーん、湊が笑顔な理由、それ?」
って、さっきの出来事から察して、僕の義父のことを指している。
「まあ、笑ってろって言われるんで」
とまた自虐的に笑い。
「嫌じゃないの?」
心配そうな京一さんに
「何を嫌がるんですか?」
と質問して笑って
「無理に笑うの、疲れない?」
なんて優しい京一さんの言葉に、それだ、と思ってちょっと笑えなかったけど。あまり義父と会いたくない理由が明確になった。嫌いってわけじゃないけど、好きとは言えない。僕とは違う世界に生きていて、考え方もかなり違う、僕の心に寄り添うことができない人だから。
「別に慣れてしまえば」
と言い訳に似た諦めを言う。
「湊、疲れたって、もう嫌だって、言って、聞かせて」
京一さんは僕を抱きしめてくれる。
「何でそんな言葉が聞きたいんですか?」
本当におかしい人だと、つい笑ってしまった。
「俺が湊のことを慰めてやりたいから」
なら、僕は京一さんに慰めてもらいたいから言おうかな。
「京一さん、疲れました、もう嫌です」
と少し甘えて、照れ隠しでまた笑っちゃった。
「お疲れ様」
ってキスされて、腰を手で支えてくれて、ベッドに座らせられると、またキスされて、そのまま横に倒されると、脚を伸ばされて、仰向けで寝た状態になると、京一さんが覆いかぶさってきて、僕の視線を遮ると、またもやキスされた。
「キスしたいだけじゃないですか」
「あっ、バレちゃったあ」
と下から見る京一さんの顔には影がかかっていて、ちょっぴり悪い人に見えた。めっちゃ、格好良い。このまま目を閉じて、この人に身を委ねたい。
「湊、寝てんのか?……あ?誰?」
父親はノックもせずに入ってきて、僕の癒しの時間も空間もすべて、ぶち壊しだ。最悪。




