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15/92

暗号は64されると33しい

9×8のマス目と

───────

ヨコ

氷野京一郎

痛酷

鬱憂

善知鳥 (徒労)

薬 (シャブ)


タテ

ノックアウト (脳震盪)

猟奇的 (舞踏病)

一殺多生

───────

言葉が羅列したメモ

京次郎が残していった置き手紙


その断片が見えている時点でも、恨まれているのは確実に分かった。

パズルのピースを嵌めるように、9×8のマス目に言葉を嵌めていく。8×8ならば、まだ64(無視)できたものの、72(何)と聞かれれば答えるしかない。


ひのきょういちろう

▢っ▢▢▢っ▢▢▢

▢くすり▢せ▢▢▢

▢あ▢ょ▢つうこく

▢うとう▢た▢▢▢

▢と▢き▢し▢▢▢

▢▢▢て▢ょ▢▢▢

▢▢▢き▢うつゆう


「うっわ、めっちゃ恨まれてんじゃん」


このパズルを作って俺を楽しませてくれる弟に感謝。兄貴は笑っているよ。


「京一さん、何かしましたか?」


京次郎の異常の執着心と憎悪みたいなものが湊にも伝わったみたいで、こんなことを聞かれるとはと驚いている。


「いや、何も?」


「初っ端から恨まれてますもんね」


と俺の嘘っぽい何かをサラッと受け流した。

京次郎とキスした、なんて言ったら湊はどんな顔するだろう。殺されるかな?あれが夢なら良かったのに。


「あっ、ケーキあるんだった。食べる?」


「はい、食べます」


「カレーは?」


「食べたいです」


「わかった」



見た目が完璧なカレーライスだ。ホカホカの湯気が立つご飯に、具材がゴロゴロと入っているカレー、ルーには絶妙にとろみがついている。カレーのスパイシーな香りが食欲をかきたてる。何杯でもいけそう、カレーは飲み物である。なのに、


「何でそこに氷を入れちゃうんですか?」


完璧なカレーライスのビジュアルを崩壊させたのは他でもない僕の恋人。


「猫舌、それに美味くなる」


「美味くなるかはさておいて、猫舌なのは知ってます」


現実は理想には敵わないけれど、現実は理想を裏切ることはできる。理想に近づけば近づくほど感動するが、理想の落とし穴を見つけると笑えてくる。想像は現実にはならない。


「人生とは、チーズケーキ。甘ったるくて吐き出しそうな。人生とは、カレーライス。痛みの衝撃(ショック)で死んでしまう」


陽気な雰囲気を纏った、陰気な歌詞を口ずさむ。


「何て歌ですか?」


「知らないの?チーズケーキとカレーライス」


「ふふっ、めっちゃそのまんまじゃないですか」


目の前の景色がその歌と寸分の狂いもなく当てはまる。


「Plz plz help me. これ以上はもう食べられないから。Plz plz kill me rn. 骨の髄まで食べてくれ」


とスプーンとフォークを置いて歌うから、京一さんの心の声のように聞こえる。


「可愛い歌です」


「ありがと」


「お腹いっぱいですか?」


「うん」


「歌詞そのまんまですね」


「勿論」


「骨の髄まで食べてくれ、ってのは」


「わかんない?」


「ああ、いえ、言葉の意味はわかります。何となく」


「そうじゃなくて、俺がその質問に何て答えるのか、この流れからわかんない?」


「まだ質問も終えてないのに」


「そのまんまか、そうじゃないのか、でしょ?」


「はい、よく分かりますね」


「簡単だから、俺も簡単にしたんだけど」


「その質問に京一さんが何て答えるのか、ですか?」


「そ、そのまんまか、そうじゃないか、の二択」


「僕の個人的な願望としては、そのまんま、が良いですけど、京一さんが何を考えているのかなんて僕にはわかんないです」


「湊の願望通りに解釈して」


「じゃあ、骨の髄まで食べ尽くしちゃいますよ?」


「ああ、確認しなくていい」


とにやりと満足そうな顔をしてから、唇を少し舐めた。

だから、黙って京一さんのチーズケーキを食べた。


「湊、英語できないの?」


「平均的な中学生レベルくらいはできます」


「へえ」


「何ですか?」


「いや別に、チーズケーキには骨の髄もクソも無いなあって思って」


「この"骨の髄まで"っていう表現は"まったく残さずに"っていう意味です、よね?」


「うん、俺には骨髄があるけど湊はチーズケーキを食べるんだなあって思って」


「何ですか?何が言いたいんですか?」


「ううん、何も言いたくない」


「じゃあ、僕が言います。京一さん、僕に殺されたいですか?」


「はあ」



サイコパスは、よく他人を殺したい願望を抱いているふうに描かれるけれども、そんなの、サイコパスじゃなくとも思うことがあるから、もう少し表現を考えた方が良いと思う。まあ、言ったところで無駄だけど、んー、このドラマは薄っぺらい。それじゃあ、俺が殺したい奴は誰だって?いくらでもいるよ、すれ違う奴はもれなく全員。

でもまずは、この愛らしい恋人を殺したい。


「京一さん、"すぐに楽にしてやるよ"って敵に言うのおかしくないですか?」


とケラケラと笑っている子。


「ああ、おかしいな。そのまま痛めつけてやればいいのに」


ちょっぴり考え方が偏っている普通の子だ。

嫌いだから殺すんじゃない。きっと、愛がイキすぎて殺すんだよ。

相思相愛を願うほど、他人は操れないという現実との摩擦で火がついて、不安になる。

だから、サイコパスの恋人殺しの第一声は


「"ごめんね"なんて言わないで欲しい」


そう、「ふふっ、これで永遠になれますね」なんて明るい声だろう。

ドラマでは恋人の死体に自称サイコパス主人公が泣いて謝っている。湊はそれに不満な様子だ。


「たぶん死ぬよこいつも」


これからの展開として、主人公も死ぬのが綺麗な落ちだろう。俺はそんなハッピーエンドを望んでいる。


「自殺ですか?他殺ですか?」


と興味津々で聞いてくる。


「んー、自殺???」


こんなの、賭けだ。願望だ。でも、「こいつ強いですもんね」と考察している恋人はかなり可愛い。

もしもの話、恋人を殺すのと恋人に殺されるの、どっちが良い?俺は殺されたい。たぶん、簡単に殺してくれるから。

俺は殺すのに戸惑うタイプの人間だろう。ああ、薬でぶっ飛んでいる場合は別だけど。

あいつは他人を傷つけたことがない、というか、傷つけても自覚がないだろうから、そのタガが外れた瞬間、突発的にグサッと殺っちゃう気がする。

俺はその逆、ある程度、他人を傷つけて生きてきた。その自覚がある。だから、死の境界線が見えるんだ。これ以上はダメだって、理性でも本能みたいに分かる。突然、熱から冷めるように疲れてくるから。そして、蹲っている相手を凝視していると、安堵みたいな満足感が湧き上がってくるんだ。それがとても好き。好きだ。……ああ、クズだ。


「何か、泣きたいのに涙が出ないんだけど」


目の下を擦っても、何もない。


「涙がなくなったら、血を流せば良いですよ。涙と血って同じ成分らしいですから」


ドラマを見ながらポテチを食って、平然とそんなことを言う。


「じゃあ、切って」


シャツをまくって、左手首、跡が薄れているのを、湊に差し出し見せつける。


「え?」


なんて冗談だろ?という顔で苦笑い。


「湊がカッターで俺の手首を切って」


主語も目的語も述語も逃さずに、的確に具体的に言った。俺は本気だ。Are you serious?なんて聞くまでもないくらいに真剣味を帯びている。


「嫌です、自分で切れば良いじゃないですか」


……こいつ、ぶーたれてやがる。


「湊は俺のこと愛してないの?」


「愛してますよ」


「じゃあ、何で俺のお願いを聞いてくれないの?」


「他人を傷つけるのは良くない、って教わりました」


「これは傷じゃないじゃん、記録でしょ?」


「言えてる。でも、何で泣きたいんですか?」


「寂しいから」


「何でですか?僕がいるじゃないですか」


湊がいるから、余計に孤独を感じてるんじゃん。全然、わかってない。


「ううん、愛してるのなら、俺のことをもっと深くまで理解して欲しいの」


「これでも、京一さんのことはかなり理解してるつもりですよ?好きな音楽は浮遊感のある虚しい感じのばかりで、でもビートが激しめのも好きで、気に入ったのは連続で何回もリピートしてることとか、最近の好きな食べものはアスパラガスで、入っているとちょっぴり嬉しそうにしてることとか、あとは、京一さんからは見えないだろうけど首筋にホクロがあって、それがシャツの隙間から見える度に何かエロいなあって、あっ、これは僕の話ですね。京一さんは、ああ、キスしたい時に唇を舌で少し舐めてから僕に抱きついて甘えてき」


「ああああ、もう良いもう良い」


「ね?かなり分かってるでしょ?」


「そんなに俺のことわかってて、何で俺の気持ちはわかんないの?意地悪してる?」


「ごめんなさい、"気持ち"ってかなり難しいじゃないですか。まだまだ研究不足なんです」


「湊、英語教えてあげる」


「かなり唐突ですね」


「killの意味、知っている?」


「"殺す"って意味じゃないですか?」


「一般的にはそうだけど、その他に"食べる"って意味もあるんだよね、知らないと思うけど」


「え、じゃあ、あれは、本当は。ああ、京一さん、ダメじゃないですか、僕がわかるように伝えてくれないと」


と俺の肩を抱いて、にやにやと笑っている。


「伝えたじゃん、いま」


「ふふっ、意地悪ですね」


「もっと勉強して、俺のために」


「わかりました」


と抱き寄せられて、シャツのボタンを一つずつ外している。何とも手先が不器用で時間かかってて、笑っちゃいそうだけど、キスだけだと高を括ってたから、食べるってそういう意味で食べられるのかって、ボタンを一つずつ外される度に、緊張が増していく。


「やっば」


改めて、こう見ると顔が綺麗で可愛くて、背徳感も相まって、気持ちが高ぶる。


「何か笑っちゃいます、ケーキのフィルム剥がしてるみたいで」


湊はケーキのフィルムは舐めずにフォークで綺麗に刮げるタイプだとさっき知った。無駄なく綺麗に品良く食べるから、そうやって食べられるのかなって思って、自滅する。ああ、イライラする。消費期限はそう長くは持たない。不器用な子はキスしながら脱がせることはできないらしい。だから、下のボタンがまだ少し掛かっているシャツを自ら脱いで肩を露出させ腕はいまだに隠している。


「早くしろよ」


と湊の顔を両手で掴んでキスする寸前くらいまでで止めた。


「ああもう、可愛すぎ。そんなに僕の性癖を刺激して、どうするつもりなんですか?」


俺の髪の毛を整えるみたいに手櫛で梳かして撫でてくる。


「食われる、違う?」


「いいえ、いただきます」


と俺をギュッと抱きしめてから、首の後ろに噛み付くようにキスをされた。


「痛」


一口食われて自然と力んでしまった。


「ごめんなさい」


反射的に謝っちゃう湊はまだまだわかってない。


「ああ、やっぱ泣きたいけど泣けない」


「切っちゃいますか?」


「うん、食べやすくして」



京一さんに傷を刻む。ナイフでケーキを切るようにカッターで手首を切った。血が滲んで集まって流れて垂れる。涙が赤い染みをつくり、脳内は鎮痛剤で狂ってしまう。操られているのは僕なのか京一さんなのかは定かではない。ただ、この傷は僕が付けたもので、僕という存在が生きていて、その行動の結果がここに刻まれている。僕の恋人はこの跡を見る度に今日の僕を思い出すと約束してくれた。なんて可愛い恋人なんだ!

何度も何度もキスした後で、疲れて二人で天井を仰ぐ。感情のジェットコースターが急降下、そして死体のように転がる。


「もう何もかも痛くない」


そう言って、僕の恋人は目から透明な血を流して笑う。拭うことはできても止めることはできない僕は絆創膏の代わりに彼の唇に僕の唇を重ね合わせる。このまま凍ってしまえばいいのに、氷河期が終わるまでずっと。死体でも彫刻でも化石でも概念でもいいから、京一さんの苦痛を和らげていたい。



「青柳ぃ、何笑ってんの?」


「ああ、これは思い出し笑いだよ。最近、楽しいことがあってさ」


「それって、これのこと?」


と誰かに派手に落書きされた僕の歴史の教科書を汚いものでも摘むように人差し指と親指で摘んで見せられた。そして、謎にケラケラと笑っている。


「いいや、全然合ってないね。かすりもしてない」


笑っちゃうよ。


「あーあ、可哀想にぃ。誰がこんなことしたんだろう、教科書に落書きなんて。本当、酷いよねぇ」


と僕の机の上に開かれた教科書には大きく「死ね」の文字が書かれている。それを主張したいのか、指で何度もその文字を指している。


「あー、ね」


早く終わらないかなあ、この無駄な会話。


「あれ?傷ついた?傷ついちゃった?」


興味津々に聞いてくる、変な奴。


「いいや、別に」


「死ね」って言われても、「はいそうですか」って思うだけで、特に傷はつかないから


「ああ、そう。でもまじで死にたくなったら、いつでも相談してよ!……すぐに首吊ってあげるからさ」


と最後は少し小声で言われた。


「ふふっ、ありがと」


「じゃあな」


あの人は確か、学級委員だったかな?ああ、だから、こんな僕のことまで気遣ってくれるのか。なんて仕事熱心で優しい人だ。

と思って、京一さんからのメッセージが来てないかスマホを開いて確認していると、肘置きにしていた教科書をテーブルクロス引きみたいに勢いよく奪われて、破かれた。


「あの、真城さん?それ、僕の教科書なんだけど」


「そんなの、わかってる」


彼女は他人の物でも容赦なく破いている、それに驚き


「……何で破いてるの?」


と聞いた。


「こんな教科書、使わなくていいから。私が見せてあげる」


「え、非効率的じゃない?」


「じゃあ、こんな落書きされた教科書を使う気なの?」


と怒り口調でその教科書を乱雑に見せつけてくる。


「文字の隙間からある程度は読めるし」


「そういうことじゃないの!」


教科書通りの怒り方でめっちゃ怒ってる。


「ごめんなさい、どういうこと?」


「ごめん、私の方が気に食わなくて青柳くんにこんなことした人のこと」


「あーーー、なるほど(?)」


「ふふっ、わかってないでしょ?」


「うん、それ、ちょっと貸して」


教科書のページを破いて、丸めて、離れているゴミ箱に向かって投げた。


「ねねね、見た?見てた?」


入るとは思ってなくて、自分でも立ち上がって驚いてしまった。


「見てた、ナイシュ!」


と彼女も一緒に喜んでくれた。

こんな喜びがあるのなら、教科書に落書きされるのも悪くない。


「アリス、何してんの。こんなのさっさと捨てちまえよ」


と彼女の手から教科書を奪って、またあの手で僕らに見せつけるように捨てた。そして、綺麗さっぱりという風に手をはたく。


「高橋くん」


ああ、あの学級委員、高橋って言うんだ。やけに記憶に残らないと思った。


「ゴミで遊んじゃダメだよ」


「確かに」


と納得すると彼女に何故か睨まれた。


「はい、これでおしまい」


一区切りついたと高橋くんが手をたたく。


「おしまいじゃない、誰がこんなことしたのか考えないと」


「別に考えなくても良いんじゃない?青柳くんは傷ついてないみたいだしぃ?」


「確かに、あ」


また彼女に睨まれてる。


「ほら。アリスがクラスメイトを大切に思う気持ちは、俺もよく分かるよ。だけど、そこまでしなくてもさあ」


と高橋くんが彼女の肩を持つ。


「……ん、わかったよ」


彼女が目を逸らす。


「じゃあ」


「でも、わかんない。何で君は教科書に"死ね"って書かれてるのに傷つかないのか?」


これがもしマシュマロテストだったら、ここはマシュマロを食べた瞬間。


「はあ」


高橋くんがため息をついた。たぶん実験失敗したんだろう。


「ナイフで刺されるんじゃないんだから、傷なんてつきようがないでしょ?」


「え、そういうこと?」


「違うの?」


「何ていうか、気持ちの問題として、ない?」


「もう良いだろ」


高橋くんのドクターストップ


「気になるの、教えて。見た瞬間、どう思ったの?」


「もう死んでるよ、って」


「どういうこと?」


「歴史上の人物、みんなもう死んでるでしょ?だから」


と僕が笑うと


「やっば、ちゃーんとイカれてるわ」


やばい、高橋くんがかなり引いてる。


「ふふっ、青柳くんは面白いね」


彼女はそうでもないみたい。


「行こうぜ、アリス」


高橋くんが真城さんを連れて行った。何かのドラマに巻き込まれたみたいだ。あ、


僕には薬物中毒者が格好良くみえる。死にたくなるような絶望を見ている薬物中毒者が。かなりイカしてる、僕の恋人。


「見て、クスリいれた」


と写真付きでメッセージを送ってくるあたり、かなり、か、な、りイカれてる。

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