病と薬
最初の記憶は、ただ泣いていた。
怒りと悲しみと憂いを感じ、それに心を奪われた。
けれど、今となってはその感覚をすっかり忘れてしまったようだ。
ただ笑うことしかできない。
ゴミの数ほど人がいる。
逆に、人の数ほどゴミが出る。
そんなしょうもないことを頭の中に浮かべては沈める。
そして、僕は時間の浪費を楽しんでいるようだ。
あの時計の針が八を刺したら、この拘束は終わる。
けれど、つぎに十を打ったら、また拘束が始まる。
時間で区切られ、統一化された日々。
生きているのは、人生ではなく、繰り返しのようだと錯覚する。
あまりにも危険だ。
目の前にあるのは、紙とペン。
誰かが言った、ペンは剣よりも強し。
では、ペンより強いのは?
僕は銃を掲げて、こう言うんだ。
「静かにしろよ。」
これには誰もが口を紡ぐ。
はい、無様なじゃんけんのできあがり。
脳内完結のつまらないお話。
笑えないが、最期まで読んでくれ。
鞄から銃を取り出した。
気づかないのか?平和ボケした馬鹿に頬が緩む。
目の前にあるのはペン。そんなの、見りゃわかるさ。
そのペンを撃ち抜いてしまえば、この拘束は…
終わる。
はずだった。
これが本物の銃ならば、な。
「青柳。あとで職員室へ来なさい。」
「了解しましたあ。」
という僕の爽やかな笑顔とは対称的に、周囲は異常を見る目で僕を見る。
「あいつ、まじで頭おかしいよな。」
そんな声さえ、聞こえてくる。
計画に埋め込まれている自由時間。
でも、僕の自由は無い。
この教師の自由も僕は奪ったようだ。
僕のために時間を割いて、僕のために怒鳴り散らしている。
その労力を考えると、
「笑えるじゃないですか。」
理由はただそれだけ。
僕の表情を見て、教師はさらに顔を顰めた。
「一度、医者に診てもらった方が良い。」
最終的に、呆れた顔でそう言い放たれ、手もつけられないといった様子を見せつけられた。
「では、メンタル不調なので帰ります。さようなら。」
ときっぱり言い張って、背を向けた。
体調不良で帰れるのならば、メンタル不調でも帰れるはずだ。
そんな安直な考えに駆り立てられた。
拘束はやっと終わりを迎えた。
だが、僕のこの開放感とは裏腹に真夏の昼下がりは不快感を与えてくる。
焼けた空気が身体中に纏わりついて、蒸し焼きにされてしまいそうだ。
日差しが届かない薄暗い路地裏で、男性が壁に寄りかかって座っているのを見つけてしまった。
やむを得ず、ペットボトルに残っていた水を彼にかけた。
濡れて白い長袖シャツから肌が透ける。
彼の目の前でしゃがみ込んで、観察をしてみた。
「誰?お前。」
濡れた髪の毛をかきあげながら、虚ろな目でそう問いかけてきた。
意識がある。つい、目を見開いてしまった。
「僕は青柳 湊です。」
「殺し屋?」
彼の口角が少し上がってるのが見えた。
「ふふっ、違いますよ。」
と僕が笑うと彼も笑って、
「嘘つき。」
と僕の玩具の銃を手にして、僕に見せている。
いつの間にか鞄から取られてた。
「これで俺を殺したかったの?」
これで殺せない、と言わんばかりにニヤついている。
「いえ、考えたこともないです。」
彼に拳銃を握らせ、銃口を僕の額に当てる。
「打っていいですよ?」
彼が狼狽するのを見たら何だか笑えてきた。
僕が笑うのが気に食わないのか、苛立ちを隠せていない。引き金を引かれた。
「痛っ!!!」
反射的に言葉が出た。思ったよりも痛かった。
「ぷはっ、馬鹿じゃねーの?」
破顔した。お互いに。
「でも、殺せないのは証明できました。」
「ああ、そうかよ。」
と僕に捨てたように銃を渡して、彼はゆっくり立ち上がると、千鳥足で歩いていった。
「やっぱり、体調悪いですよね?」
彼の指先が冷たかったのに違和感を感じていた。
「大丈夫だから。あっち行け。」
と突き放されても、あまりにも非力だ。
「来てください。」
彼の手を取って、無理矢理でも連れていく。
冷蔵庫のように冷えたコンビニのイートインスペース。
濡れたシャツを隠すように僕の学校ジャージをかけて座らせた。
「ちょっと待っててくださいね。」
スポーツドリンク、ゼリー飲料、塩分タブレット。
熱中症に良さそうなものを買ってきた。
「飲めますか?」
スポーツドリンクの蓋を開けて差し出した。
彼は怠そうに顔をあげると、スポーツドリンクを受け取って、
「ありがと。」
と言ってくれた。
彼はスポーツドリンクに少し口に含むとまた腕の中に顔をうずめた。
「気が向いたら、これらも食べてください。」
とゼリー飲料と塩分タブレットを取り出した。
彼はずっと動かないまま。
余程、体調が優れないのだろう。
コンビニの前を通る人々を観察していた。
皆、暑さに参っているようだった。
僕はそろそろ寒さで震え始めている。
彼が起きて、ゼリー飲料に手を伸ばした。
ゼリーを押し出して、気ままに食べている。
暫くして、
「どうしてここまでしてくれんの?」
と疑問を投げかけられた。
「んー、どうしてでしょう?暇だったから、ですかね?」
改めて考えるとよく分からなくなった。
ただの自己満足かもしれない。
「中学生?」
「はい。」
「学校は?」
「早退しちゃいました。精神的に耐えられなくて。」
僕は自虐的に笑った。自分の弱さをひけらかして。
「いじめられてんの?」
彼の表情には笑いはなく、真剣味を感じる。
「いじめ。というより、ただ無視されて、陰口を言われてるだけですよ。」
と僕はまた笑った。
「へえ、生きづらそう。」
と彼もつられて笑った。
「体調はどうですか?」
「おかげさんで。だいぶ良くなったよ。」
こちらに笑顔を見せてくれる。
「そうですか、良かったです。」
荒んだ心が穏やかになる。こちらこそ善意に救われたのだろう。
「これ。お礼というか、看病代。」
彼は財布から二千円を出して、机の上に置く。
「お金なんて貰えないですよ。」
というより、いらないです。
「そんなこと言わずに貰えって。」
とそのお札を僕の方に近づける。
「じゃあ、代替案として。一つ、お願いを聞いてくれませんか?」
「何?どんなお願い?」
「僕と友達になってください。」
「…お前の友達の定義って何なの?」
「僕と一緒に笑ってくれる人です。」
笑顔を添えて答える。
「へえ、それで、今の俺は友達じゃないんだ。凄い不思議。」
彼は笑顔で返してくれる。
「…僕達、もう友達ですか?」
「うん、少なくとも俺はそう思ってるよ。」
この感覚、懐かしい。今の僕、心から笑ってる。
「じゃあ、もっとハードルあげていいですか?」
「何?」
「僕の恋人になってください。」
彼を横から抱きしめて、頬にキスをする。
赤面して目を逸らす彼が可愛くて可笑しかった。
「そうやって、大人を揶揄うのは良くない。」
「揶揄ってません。本気ですよ。」
「笑ってんじゃん。」
「じゃあ、今度は唇にしましょうか?」
「ああ、やれるもんなら。」
と挑発的にこっちを正面に向いてきた。
テレビドラマのキスシーンを見よう見まねで再現する。
ファーストキスだからよく分からない。
ただ彼の柔らかい唇の感触が心地良かった。
「簡単でした。」
彼の挑発に乗って、笑顔で煽り返す。
「馬鹿じゃねーの。」
と言って、また彼は腕の中に顔をうずめた。
「僕の提案に、乗りますか?それとも、反りますか?」
「お前は、ただ恋人ごっこがしたいだけじゃないのか?きっと俺じゃなくてもいい。そうだろ?」
僕の心を透かしたように新たな視点を与えてくれる。
「考えさせてください。」
僕は自分の心なのにわからないことだらけだ。
「じゃあ、また明日。」
と隣りから立ち上がって、暑い歪む空気に溶けていった。
「僕は何をしたいんだろう。」
という虚無感に襲われる。
バシャッ、と透明で冷たい水が溶けてしまった輪郭を甦させる。
子どもが一人、また絡んできた。
「道端で寝るの、お好きなんですか?」
びしょ濡れになった髪をかきあげて俺は笑う。
「んなわけないだろ、単なる体力不足。」
家から徒歩十五分の駅に着くまでに力尽きる。大学すら行けなくなった。
情けなさを笑っては自責の念に駆られる。
「それは、ちゃんと食べないからですよ?」
としゃがみこんで俺の手を取り、昨日の塩分タブレットを渡された。
「錠剤みたいだよな、これ。」
文句言いつつも口に含むとそれなりに元気が出てくる気がする。
「じゃあ、もっと美味しいものあげます。」
と鞄からラップに包まれたおにぎりを取り出した。
「食べますか?」
こっちを見つめて、俺が受け取るのを期待してる。
「ん、食べるよ。」
って俺が言うと、嬉しそうな顔を見せる。単純。子犬みたいに素直だ。
食欲なんてことさら無かったが、口に詰め込めるだけ詰め込んで、通らない喉に無理矢理流し込んだ。
「美味かった。」
「ふふっ、良かったです。」
こいつの善意によって殺されそう。善意はときに悪意よりもタチが悪い。
相変わらず立ち上がると、目眩によってよろける。壁に支えて貰って立つのがやっとの状況。
「ふふっ、あははははっ。」
何だか可笑しくて、声を出して笑ってしまった。
突然、笑い始めた彼と僕は何処か似ていると思った。自然と笑みがこぼれる。
いきなり肩を掴まれると、向かいの壁に突き飛ばされた。
何が何だかわからずに声も出なかった。
そして、そのまま壁沿いに座り込んだ。
僕の顔を覗き込んだ彼はサディスティックな笑顔をしている。
「逃げろよ。」
「どういうことですか?」
と聞き返すと、彼は僕の脚を踏みつけて潰してくる。
「なあ、痛いか?」
僕の質問を無視して質問をしてくる。
「かなり痛いです。」
痛みに耐えながら、苦し紛れに答える。
「もっと痛くして欲しい?」
髪の毛を掴まれて、顔を見られる。
僕は首を横に振った。
「じゃあ、なんで笑ってんだよ。」
胴体を蹴られた。普通に痛い。
「ふふっ、病気、らしいですよ。」
世間が言うには。
「ああ、これはこれは悪いことをした。申し訳ないね。あははっ。」
一驚する演技に嘘に塗れた謝罪の言葉。
僕への暴力をやめようとしない。
「痛いですよ、もうやめてください。」
と僕は彼に懇願した。
耐え難い痛さで涙が零れてしまう。
「…ごめん、痛かったよな?」
突如、彼の顔から笑顔が消えた。
同情するように目線を同じにして僕の頭を撫でてくる。
「ごめん」
彼はそう何度も言った。
彼の感情の変化についていけない。
左腕の注射痕。透けたシャツから見えた。
「それ、薬ですか?」
咄嗟に彼は右手で左腕を抑え、隠した。
「…もう隠しても無駄?」
と可愛くいたずらっ子のような笑顔を見せてくる。
「はい、見ちゃいましたから。」
「そっか。じゃあ、バイバイ。」
そういうと彼は左腕を抑えながら逃げるように走っていった。
呼吸が乱れる。頭が痛い。身体が重い。
全部この暑さのせいだったら良かったのに。
ベンチに座って、太陽を見上げると、俺を嘲笑うかのように照りつけてくる。
「奇遇ですね、また会いました。」
あの少年が隣りに座ってきた。
制服には土埃を付いている。俺の罪だ。
「つけてきたの間違いじゃないのか?」
「さあ、どうでしょうね。」
お茶を濁して、にんまりと笑う姿は一種の恐怖を与える。
回らない頭を回そうとしたところで答えは出ない。
沈黙に耐えかねて少年が口を開く。
「乾きましたね。涼しくなりましたか?」
と俺の髪の毛を触ってくる。
こいつのパーソナルスペースどうなってんだか。
「まあ。」
触んな、と言う代わりに手を払おうとしたら、逆にその手を掴まれた。
「手、なんで握ってんの?」
「え?差し出してきたから。」
と間抜けな返答に思わずため息が出た。
こいつといると俺のペースも精神も乱される。
顔を逸らし、
「離せよ。俺に触んな。」
と正直に言った。イラついてたこともあり、口調を穏やかにはできなかった。
「ごめんなさい。」
俺の手を離した少年は俯いて地面を見つめている。
「どうすれば、仲良くしてくれますか?」
驚いた。あんなことされてもなお、まだそれを言うのか。
だが、表情や声色から読み取るに、かなり思い悩んでいるようなのが笑える。
「ん?地面と仲良くなりたいの?」
と冗談を言って笑ってやった。
「あっ。いや、これは違くて」
戸惑った少年は何かを言いたげだ。
「もうお前とは仲良くする気は無いよ。俺にメリットも無いし、別れは告げたはずだけど?」
薬中で、精神不安定で、暴力的で、おまけに性格も悪い。
俺と関わること自体、大きな間違いじゃないか?
「…そうですよね。」
「今度こそ、バイバイ。くれぐれも健康には気をつけな。」
俺みたいにならないように。
「待ってください。その、メリットなら、作ります。…その傷、消してみせます。」
俺の左腕を掴んで、苦し紛れに絞り出した言葉を並べている。
「はあ?」
傷が消えるわけないだろ。と思いながらも、それには若干の興味が湧いた。
「腕、見してください。」
とシャツの袖を捲り、右手で注射痕を覆うと、目を閉じて深呼吸をしている。
「ふふっ、ふふふ。」
突然、不気味に笑い始めた。
「ん?どうした?」
「あはっ、できるわけないじゃないですか。ただのジョークですよ。あはははは。」
と信じた俺を嘲笑ってきた。あの状況で嘘ついたのか。
俺と仲良くしたいんじゃねえのかよ。
「はあ、もう知らねえ。」
ベンチから立ち上がって、絶対に帰るという強い意志を固めた。
「ああ、待ってください。今度は本気でやりますから。」
と俺の腕を掴んで離さない。
「どーせ、嘘だろ?」
「嘘じゃないです。信じてください。」
やけに真剣な顔をしている。けど、このままずっと見つめてると、笑うぞ。
「ぷふっ。」
ほらな、笛吹き少年。
「いい加減、離せ。」
「嫌です。離したくありません。」
「なんでだよ。」
少年につられて笑ってしまう。
でも、心から出た言葉だった。
頑なに離そうとしない意味がわからなかった。
それが可笑しさに変わっていった。
「あはっ、なんで伝わらないんでしょうね。」
少年は笑いながらもどかしさを訴えた。
「僕はこんなにも貴方の見えない傷まで消してみたいのに。」
またそうやって、つらそうに笑う。
そして、少年は自分のシャツの胸元あたりを握った。
「ていうか、どうしてそんなに俺なんかと仲良くしたいの?」
素朴な疑問を率直に問いかける。
「僕にとって貴方は特別な人間なんですよ。」
目が笑った。表情も心做しか穏やかになった。
「どういうこと?」
「殆どの人間は僕と関わることを嫌いますから。こうして貴方と会話できるのが、僕はとても嬉しいです。」
こんなにも素直に言葉にして気持ちを伝えてくる少年。突き放してしまうのが可哀想に思えてくる。
「俺もお前と関わりたくないって言ったらどうする?」
「この腕を離さないといけなくなりますね。」
貼り付けたような笑顔。笑顔の仮面は実に脆く壊れやすい。
薬に助けを求めても、うまくいかなかった。
心の傷まで消してくれるという少年は、何処まで俺を助けてくれるのだろう。
「離さなくて良いよ。というより、離すなよ?」
目を細めて、意地悪くそう言うと
「…え、良いの?」
と仮面も敬語も忘れてしまったみたいだ。
「ああ、勿論。」
と今度はその様子を嘲笑ってやった。
「それで、僕の結論としては恋人という立場よりも貴方と長く共にいれることが重要です。」
一日かけて考えてきたらしいプレゼンを発表される。
「でも、なんで…」
「これで伝わりましたか?」
とキスをしたあとに得意気に笑う少年。
「全然、意味わかんないんだけど。」
脳内がパニックに陥った。情報がうまく伝達しない。
俺がそう言うと、少年は少し拗ねた様子を見せた後に、
「貴方に唇で触れて、僕の好意を伝えたんですよ。このことを僕の世界ではキス、接吻、口付け、と言います。」
笑顔で丁寧に説明をしてくれた。
「俺の世界もそう。…いや、そうじゃなくて。」
頭のバグが言葉にまで影響を及ぼす。
「ん?」
冷静そうな彼は笑顔を保ったまま俺の様子を見ている。
「俺のこと、好きなの?」
やっと情報処理が終わって、浮き上がってきた仮説を検証する。
「はい、好きですよ。」
素直に、そして、とびきりの笑顔で答えられた。
立証成立。
「えーと、それは、その、なんで、俺のことが好きなの?」
「顔、性格、体格、匂い、声、口調、年齢、趣味嗜好。吟味した上で、一目惚れしました。」
「なっ!!!…まじで有り得ねえ。見る目無さすぎ。こんな俺の何処がいいんだよ。」
「もう一回、言いましょうか?この顔も、その性格も」
「ああ、もういい。やめてくれ。」
ああ、わからねえ。でも、何か目的があるはずなんだ。
僕に恋人ができた。名前は氷野 京一郎さん。
趣味は僕の口からは言えないような悪いこと。
「なあ、本当にこれだけで良いの?」
鮭おにぎりを一つ。
「はい。」
「他に、お菓子とか?ジュースとかは?」
と彼は店内を見渡す。
「いらないですよ。」
なんて笑みを添える。
「無欲か。」
と指摘する彼に
「いえ、食欲はあります。」
と僕は訂正を入れる。
「じゃあ、もっと食べろ。」
買い物カゴに次々と食料品を入れ込む彼を見てると、浪費癖でもあるのではないかと少々心配になる。
「そんなに買って、どうするんですか?」
「食べる。」
「食べ切れません。」
「これぐらい余裕。」
買い物カゴが食料品で満たされて、満足気な様子。
「俺のこと、離さないんじゃないの?」
にっ、とした笑顔。
約束を思い出した僕は彼の腕を掴んだ。
「そこじゃなくて、手掴めよ。」
と手を差し出す彼の指示に従った。細くて角張った手だ。指先が少し冷たい。やっぱり冷え性か。
レジに通すと、合計で三千円を超えていた。
コンビニで使うお金の量を超えている。
ずっと手を握って、僕を連れていく。熱された水分を含む空気が漂う夏の夜。
アパートの二階、一番奥。
必要以上に物が置かれていない。簡素な部屋だ。
「ほら、食べろ。」
頼んだ鮭おにぎりの他に弁当、スイーツ、ジュースまでついてきた。
「こんなにいりません。」
「そうか。じゃあ、残りは俺が食う。」
「そんなに食べれないですよ、人間。」
と僕が指摘すると
「うん、食べれないね。」
と笑って相槌を打たれる。
「では、なんでこんなに。」
「一種のストレス発散。」
「浪費癖、ですか?」
「それに、過食嘔吐も加えてあげて。」
と唐揚げを何個も口に含む。
食べるというより、食料を流し込んでる。というのが正確だ。
「なんで、吐いちゃうんですか?」
彼の手には肉が殆ど付いてなく、骨の形がはっきりと出ている。
「胃の中に食べ物があるのが気持ち悪くてさ。」
と次々に食べているが、油物が似合わない。
「食欲はあるんですか?」
「無い。どっかで無くした。」
「なのに、食べれるんだ。」
「そう、おかしい?」
「別に、おかしくは、無いです。」
「嘘つき。口、笑ってる。」
彼が嘘つきだと思ったのなら、きっと僕は嘘つきなのだろう。
「ああ、まあ、治ると良いですね。」
「精神状態次第、かな。安定したら治ると思う。」
「お手伝いはします。」
「ふふっ、よろしく頼むよ。」
と笑顔で言われた。
トイレから嘔吐く声が聞こえる。
吐かなくても良さそうなのに、きっと吐くために食べてるんだろう。
栄養摂取が目的ではなく。
トイレから出てきたと思うと、ふらふらっと歩いて、壁にぶつかり、座って倒れ込んだ。
絵に描いたような不健康ぶりに笑ってしまいそうになる。
「味噌汁でも飲みますか?」
飲みやすいように二倍に薄めてある。
コンビニの商品はどれも味が濃いものばかりだ。
「ん」
と覇気のない返事をされた。
スプーンを使って、少量の味噌汁を飲ませる。介護してるみたいだ。
「美味しいですか?」
「わかんねえよ、その感覚。」
そう悲しそうに笑うから、やっぱり好きだと思う。