視界に入るもの
「この度は誠に申し訳ありませんでした」
隣で頭を下げる上司に合わせ 自分も頭を下げる
「佐々木さん 弊社としても私としても御社とは長い付き合いですから
あまりこういうことは言いたくないのですがね…状況が状況なだけにね」
「はい 仰ることは十分理解しております」
「まぁ納期まであと1か月ありますから 本日頂いた作業遅延に対する改善策と
実施状況は 今後も日次報告と週次進捗会議で管理させて頂きますね
佐々木さんも会議には同席いただけますね?」
「当然です 弊社も総力で取り組んで参ります」
「よろしくお願いしますね」
「こちらこそ よろしくお願いします」
また上司に合わせて頭を下げる
中途入社して2年 自分が任された初めてのプロジェクトだった
規模は大きくないが 任されたことに浮足立ち 今回の事態は想定していなかった
昨晩佐々木課長に協力してもらって何とか改善策を絞り出し 今日の謝罪に間に合わせた
今日から1か月はチーム全員 毎日終電まで残業だ
しかも佐々木課長にまで参戦してもらうことになった
謝罪は終えたが この後チームメンバーに改めて状況を共有し
必死に働いてくれと頼むことを考えると まだまだ気が滅入っていく
「そんな顔をするな」
エレベーターで佐々木課長が声をかけてきてハッと我に返る
「皆への発破はオレが掛ける それにお前の責任ではないだろ?
緒方さんが抜けたことはどうしようもなかった むしろ早めに動き出せた方だ」
「はい ありがとうございます」
残り1か月というところでチーム1優秀だった緒方さんが急遽チームを抜けたため
スケジュールに大幅な修正が発生した
1人月分 いや緒方さんのスキルを考えたら1.5人月以上は補わなければならなくなった
実家の母親が倒れたというのだから誰も責められない
そんなことはわかっているが 忙しい佐々木課長の手を借りなければ
顧客を納得させる改善策を打てなかったことや
頭を下げさせてしまったことが申し訳なかったのだ
「佐々木さん 本当にご迷惑おかけしました」
「だからやめろって なんのために上司がいると思ってんだ?」
「え?」
「こういう時のためだろ? リカバリーやフォローは自分だけでやるものじゃない
誰かが誰かのためにやるもんだ そして その仕組みの集合体が会社だ」
「はい…すいません」
「……行くぞ」
「はい」
正論だ それと共に 世の中には自分で自分のミスをリカバリーできるものだってあり
今回程度のリカバリーは自分にはできると思っていた
だからこそ思い通りにはならなかったことが悔しいし 申し訳ないのだ
だがそんなこと言っても仕方ない
口は開かず佐々木課長についてエレベーターを降りた
チームメンバーには佐々木課長から現状とこの先1か月のスケジュールを
心構えともに伝えられた
皆 仕方ない状況というのはわかっていながらも 忙しくなることに不満が無いわけではない そんな表情だった
皆「はい 頑張ります」「大丈夫です」と表面的に答えているが
顔には不満がにじみ出ていると思った
「じゃあ最後に高橋からも何か一言 お願いできるか?」
「え?」
佐々木課長から急に話を振られ たじろいだ
「え?じゃないだろ お前がリーダーなんだぞ」
「え…はい…えと…この度は皆さん ご迷惑をおかけしますが 残り1か月ですので
大変ですが よろしくお願いします 緒方さんのことは残念ですが
彼も安心して実家に帰れるよう 頑張ってプロジェクト完遂させましょう」
アドリブの割にはまぁまぁいいこと言えたと思った
が チームメンバーの顔を見渡してみると 感銘を受けた…
というような表情をしている人は誰もいない
お前に言われなくても って感じか? 当然だ
「そうだな 緒方さんも無念だろう 彼のスキルと役割は彼自身理解していただろうし
高橋の言った通り 緒方さんが「自分が抜けたせいで迷惑をかけた」なんて
思わないようにしよう!チームってのは…」
オレの後に続けて佐々木課長が話をしてくれた
佐々木課長は元体育会らしく人と人とのつながりや チームで難敵に打ち勝つといった
シチュエーションが大好きらしく 熱狂的にみんなを鼓舞した
こういうのって暑苦しい と思いつつも本気で語りかけてくる表情や言葉に
実際に困難を乗り越えてきた姿が脳裏に浮かび
暑苦しいなぁと思いつつも 何故かいつも話に惹きこまれる自分がいた
そしてそれはチームのみんなも同じようで さっきのオレの一言の時とは
表情が全く違ってみえる
社会人人生5年 転職して3年 未熟なオレを佐々木さんが登用して大抜擢でこのチームを任してくれた
だからこそ今回のことで申し訳ない気持ちが今回は大きかったが
このような場面では いつも自分と佐々木さんのレベルの違いが目について嫌だ
余計に気持ちが沈んだところで 決起会議を終えた
「お疲れ高橋 この後どうだ?」
「あ はい ただ 昨日の事があってから自分の作業が遅れているので…」
「あぁ そうか ま 仕方ないか…あ!上野さん!」
「はい?」
「もう終わり?どうですか?この後!」
「あぁ いいですね~行きましょう!」
「よし来た 他に来れそうなのは…」
昨日の夜から佐々木課長にはあれだけ協力してもらった
自分の仕事はいいのだろうか いつ仕事をしているのか不思議だと思いながら
自分の席に戻りパソコンに向かった
今の会社に入社して3年とはいえ チームは転々としてきた
今のチームメンバーとはここ半年の付き合いだ
いくつかのプロジェクトをこなしてきたが 打ち解けた気はしなかった
この業界にはよくあることだが年齢の上の人ばかりで 上野さんにいたっては
二回りも年が違う
普段からあまり話をしないし 飲みに行ってもなかなか話が盛り上がらない
今回のプロジェクトリーダーも本当は受けるか迷った
自分にはリーダーシップはないし そもそもコミュ力が低い
そんな人間がチームを引っ張るなんて自分に合わないし
他の人も納得していないだろう
何より年齢も上で 長年この会社で働く上野さんなんかは
良く思っていないに違いない
前職の時も周りに馴染めずに苦労した
課内では分けられたチーム毎の実績が評価されるため
チーム内で様々な取り組みを行っていた
自分が上手くいかなくても 他のメンバーが成果を出せばチーム成績は大きくは落ちない
自分が失敗したら助けてもらい 次に相手を助ければいい
相互扶助をモットーとし 独りにならないことを絶対の決まりとしていた
聞こえはいいが
2年目に入って失敗が続いた頃 周りの目が気になった
「もう2年目なのに」「またアイツか」「足を引っ張ってる」
直接言われたことはないが 暗に示されたり 表情から読めたことが何度もあった
いつしか犯した小さなミスの繰り替えしをキッカケに
失敗が怖くなり 余計に仕事が手につかなくなった
休みも増えた
そうなると周りがまた頑張ってチーム成績を上げなければいけない
余計に戻り辛くなった自分が退職願を出すまで そう時間はかからなかった
「…さん …橋さん …高橋さん!」
「…っ! はっ はいっ! あ 村田さん」
手は動いていたようだが 心ここにあらずで声をかけられたことに気づかなかった
「お疲れ様です 私先に上がって佐々木さん達のところに合流しますが
高橋さん まだかかりそうですか?」
「あぁ すいません まだ終わりそうにないので 今日は遠慮します」
「そうですか 残念… じゃあこのプロジェクト終わったら打ち上げ行きましょうよ」
「はぁ そうですね ぜひ」
「ぜひぜひ! では お先に失礼しますね」
「はい お疲れ様です」
もうメンバーは皆帰ったようで 村田さんが最後だった
村田さんはこうしていつも声をかけてくれる
全員に分け隔てなく話ができる 自分とは正反対のタイプだ
こういうタイプと話をするのは楽だが
皆とワイワイ話をするタイプの人は 決まって周りに話を合わせるのが上手い
どうせ自分がいない場では オレのことをよく思っていないと言っているに違いない
言ってなくても 笑って傍観しているんだ
昔っからそいういうものだ 小学校時代からもう十分に身に染みている
声が大きかったり 話が面白かったり 外見が優れていたり 空気が読めたり
話しかけられ易い空気を身にまとっていたり 場を盛り上げるテクニックを持っている
人間なんて大人になっても 人付き合いのそれは変わらないことも多々ある
ふと時計を見上げるともう21時だった
あと3時間弱はいけるな
今日の内にやれるところまでやってしまおう
時計のカチカチと進む音
タタタタとキーボードを叩く音
パソコンから響くコオォォォと回るファンの音
エアコンからもブーンという電子音とコォォォという風の音
妙に大きく聞こえてくる
目の前に打ち出されるコード
深く考えなくても自動で指が動いていく
スポーツでよくゾーンに入るとかいうけど
仕事でもこういうことがある
今の状態ならあと何時間でも続けられるんじゃないか
そんなときがたまある
が 体は正直らしい
昨日から寝ていなかったこともあり
いよいよ体の限界が来たらしい
視界が一瞬ボヤけた
少しキーボードから手を離し 背もたれに深くもたれた
目を閉じて疲れを癒そう
そう考えて目を閉じた
瞬間
意識が途切れた
「…にか …ます?」
「…ボール …ます」
「…はい 上野さんは?」
「あぁ まだ大丈夫です」
「お姉さーん!ハイボール2つ!お願いします!」
(あれ?村田さん?の声か?)
「しっかし 高橋はまだやってんのか 頑張るねぇ」
(佐々木さん?)
少しずつ視界がクリアになってきた
(ここは…居酒屋?か?)
「ホント 体壊さなけゃいいですけどね」
「大丈夫だろ まだ若いんだし」
「若くても無理し過ぎは禁物ですよ」
「いやいやあんなもん無理に入らねぇよ 自分なんて三徹はしたことあるし」
「出た!上野さんのブラック時代!」
「いやいや当時はあれが当たり前だよ 佐々木さんもそうでしょ?」
「そうそう!オレは二徹までだったけどね」
「えぇ!佐々木さんももしやブラック党!?もしかしてこの課もいずれは…」
「おいおい!前職の話だよ!今はそんな働き方させてねぇだろこの課は!」
「ははは 冗談ですよ」
(あぁ 昔の武勇伝談義 退屈だ 村田さんはよく合わせてられるもんだ
てかなんだこれ…居酒屋行きたかったのかなオレ こんな夢見るなんて)
「まぁそれにしても今回忙しくなりますねぇ
でもお客さんが24時には全館消灯するから徹夜はできませんがね」
「できてもしたくねぇよ」
「いやいや上野さん 僕らはもう年的に無理だよ 体力が」
「確かにねぇ しかし高橋くんも無駄な責任感じてなきゃいいけどね」
「いや感じてるんじゃないですか?あれは」
「だよなぁ だから今日もこんな時間まで粘っちゃってんでしょ」
「リーダーが率先して残業されちゃんと こっちも帰りにくくなるっつうのな」
「いやいや 帰ってるでしょ上野さん」
「お前もな村田」
「おいおい その上司のオレが帰ってんだから いいんだよ」
「確かに」
やっぱりそうだよな
こうやってオレのいないところで オレの話を オレがよくないっていう話をするんだ
こうやって思われるのが嫌なんだよ
リーダーなんて 目立つ立場なんて やるんじゃなかった
「もうちょっとな こう 器用にできないのかね」
「器用に ですか?」
「そう 自分のキャパシティにはどうしても限界があるんだから 人に振るとかさ」
それができたら苦労しない
タスクを振るには 振るタスクの目的や期限の割り振り 進捗確認とアドバイス
上がってきた成果物がダメならフィックスをお願いして
また出来上がったものをチェックして その繰り返し
やることがなくなるわけじゃない 作業が手渡されるだけで 大枠を決めたり
割り振った相手とコミュニケーションをとり続けなければいけない
そんなことやる時間があるなら 自分がやった方が楽だし早い
それを器用と呼ぶなら オレは不器用で結構だ
「このまま高橋一人が抱え込んだら どうせその内倒れるんだ そん時にわかるよ」
「ちょっ 上野さん!困りますよ倒れられたら!」
「そん時は佐々木さんが助けてくれるでしょ」
そっか いいのかオレが倒れたところで
所詮 仕事だ
オレがいなきゃできないことなんて何もない
オレができないなら 他の人がやればいいんだ
それなら オレが頑張ったところで
こうやって陰でグチグチ言われるだけなら
頑張ることに何の意味があるんだ
自分を苦しめて 周りに馬鹿にされて
それだけじゃないか
なんだそれ
無意味だ
やってらんねぇ
いや そもそもなんでやろうと思ったんだっけ?
覚えてない
期待されたからか
認めてもらいたかっただけか
承認欲求を満たしたかっただけか
でも結果 承認どころか 否定されるなら
もう
やめようかな
「おいおい その前に高橋を助けてやってくれ」
どうやって助けるんだ?
オレの代わりに仕事やってくれんのか?
じゃあやっぱりオレはいらねぇんだな
「ふっ わかってますよ 佐々木さん」
なにがだよ上野
「実はね 今 村田と一緒に正式な決起会やろうって話してんですよ」
は?
「明日ね 金曜じゃないですか?ホントは明日みんなで飲み行く予定なんですよ」
そんなの聞いていない
「高橋にはまだ言ってないけどね 明日声かけるんだ 急にね」
なんだそれ
「あいつね 事前に言っても直前に言っても断るんですよ 仕事があるってね」
当たり前だろ 実際仕事があんだから 誰のおかげであんたらの残業少なくなってると思ってんだ
「だからね 無理やり連れてくんですよ 秘密のデータを出してね」
秘密?
「なんです?秘密って」
「実はね~ 緒方さんが残してってくれたものがあるんですよ
アイツが知らない隠しフォルダ内に」
「えぇ!?なんでそれ先に言ってくれないんですか!?」
「あぁ スケジュールが大幅に変わるほどのものじゃないんですよ佐々木さん
緒方さんが残してくれたのは この後の工程全部のたたき台
高橋さんが明日以降着手予定だった3時間分くらいのタスクです」
「へぇ~ じゃあ1回残業飛ばす分くらいか」
「そう だから明日 それを見せてあげてスケジュールを少し前倒しできると
示して 無理やり飲みにつれてくんです」
「面白いねぇ しかし どうしてそこまで?」
そう どうして そんなこと
「あいつねぇ コミュニケーションが下手なんだよ」
「もっとね 自分たちを頼って欲しいんですけど なかなか年の違いとかもあるのか
性格もあると思うけど 仕事任せにくいんでしょうね」
「あとは 任せた後の仕事がちゃんと進むか 細かくチェックしないと~とか
結局自分がやった方が早い~とか考えてんだよ」
「でもそんなの 頻繁に会話してれば チェックなんて工程踏まなくっても
相手が何しているか いつまでにできるかとか 成果物がどんな状況かなんて
わかるでしょ? 目の前の席に座ってんだから尚更さ」
「だからね もっと話しましょうって言おうと思うんです 僕ら自身も
もっともっとコミュニケーションを増やしたりしてね」
なんだ それ
「あの年で 責任ある立場任されて ただでさえ大変なところに 更に今回ですから
だから少しでも協力したくってね」
なんだよ 上から目線かよ
「オレもね 若いころ任されたことあるんだよ でも皆 我が強くて 大変だった」
リーダーの気持ちがわかんのかよ
「バラバラでねぇ なんでリーダーやったんだろって後悔したりして」
オレの 何がわかんだよ
「その時のこと思い出すんだよアイツみてると 認めらるのが嬉しくってやったけど
いざやると 大変なことばっかだっただって 顔に書いてあってさ」
そんなこと いってねぇだろ
「多分今頃 頭の中でいっぱい考えてんだろうよ ネガティブなことをさ
なんでやったんだろうとか なんでこうなるんだとか オレには無理だとか
誰も認めてないとか 他の人でいいだろとか」
そんなこと
「だからね 酒入れて吐き出させてやろうと思ってさ 頭の中のことを」
なんだよ
「あとあれですね 高橋さんが思っている以上に 私達はあなたを認めてますってね」
あぁ そっか
「いいねぇ 酒入らないと言えないことだねぇ いや 君たちはいいチームですね」
頭の中だけで考えてないで
「言葉にすること 伝えることは大事 それがチームワークを強めるから」
そういうことだ
「それを あなた達から あの若造に教えてやって下さいよ」
そうなんだな
オレがもっと 言えれば
もっと 聞ければ
もっと 顔を向けてればいいだけだった
まったく
馬鹿だなぁ
この人たち
あんたらも
酒入れないと
できねぇのかよ
「…っはっ…」
視界にパソコンが映った
キーボードに突っ伏していたのか
画面上には無作為なアルファベットが並んいる
机が濡れている 涎を垂らしていたのか
ティッシュを手を伸ばした時 頬が冷たいのを感じた
ティッシュで頬と机を拭いてからデータを保存して席を立つ
寝てしまったからだろう 頭がボーっとする
何も考えずに駅に向かって歩いていると
後ろから声がかかった
「おう高橋!」
急いで手で顔を軽く拭いて 振り返った
「あ お疲れ様です」
「おう 今から帰るのか?頑張ったなぁ」
「はぁ そちらも今帰りですか」
「あぁ もう終電だしな なぁ上野さん!」
「あ あぁ そうですね」
「なんだよ あ!そうだ もう今言っちゃえば?」
「え いや え」
「おいおい もう酒が抜けたの?」
「私が話しますよ 高橋さん!明日 飲み行きますからね!」
「おいおい!村田!ちょっとそれじゃ…!」
「え?あ!しまっ…」
「はい 行きましょう ぜひ」
「え?」
「え?って 飲みたいんで 僕も」
「え あ そうか そうですね!ぜひ!はい!」
「はい ありがとうございます」
「へ?え えぇ どういたしまして?」
「え?」
「え?」
「え?ってふふっ」
「高橋 なに笑ってんだ?」
「え?あ いえ なんか いや なんでも」
「なんでもって なんだよ」
「あ いや えっと 何か 面白かったんで 反応が」
「はぁ?なんだよそれ」
「はは 皆さん 面白いですね」
「なんだ?働き過ぎておかしくなったのか?」
「なってませんよ さ 帰りましょ 電車 なくなりますよ」
なんで可笑しかったのか オレにもわからない
でも なんとなく 気持ちが晴れた気がしていたんだ
明日からも 辛かったり 大変な仕事ではなくなると
そう思ったんだ
頑張ろう 明日も
そんな風に考えれたの いつぶりだろう
電車を降りて家に向かって歩く
道路沿いの電灯 こんなに少なかったっけ
今日は月が綺麗だ
そんな風に考えれたのは いつぶりだろう
「はい 生ビール お待たせしました~!」
「おっっ きたきた!はいビールの人~!」
「あっお姉さん ビール追加で3つ お願いね」
「え?もう頼むんですか上野さん」
「あ?お前と佐々木さんの分もだよ」
「えぇ?早すぎでしょ」
「打ち上げだろ!?飲まねぇでどうすんだよ!」
「はぁ じゃあ 飲みますけど」
「けどってなんだけどって!!あぁ!?」
「っちょ!声大きいですよ上野さん!ほら あそこのカップルとかこっち見てるから」
「あ ごめんなさい…」
「まぁまぁ 高橋 それじゃ 乾杯お願い!」
「はい!それでは皆様 1か月 本当にお疲れさまでした 思えば決起会をしたころは
色々と頭を抱えることもありましたが 皆さんのおかげでどうに盛り返すこともでき
とはいえ いろんなトラブルもありましたが 佐々木さんにも助けていただいて…」
「お~い高橋!なげぇぞ!泡が消える!」
「そうですよ~ 早く早く!」
「えぇ!?ちょっとくらい待ってくださいよ」
「待てねぇよ 皆さんグラスあげて~!」
「ちょっ!え!?」
「かんぱ~~~い!!!!!」
「えぇぇぇぇ~~!?」
あれから1か月
金曜日に飲みに行った翌週
緒方さんが残してくれた作業データと皆の毎日の働きの結果
なんとか納期には間に合わせることができた
お客さんも「高橋さんならやってくれると思ってましたよ」と声をかけてくれた
社交辞令でも嬉しかったし 「チームのおかげです」と自然に返した自分に驚いた
残業時間が増えて佐々木さんは部長に呼び出されていたが
適切な理由だったから今回はお咎めなしだ
仕事場は以前と比べて話し声が飛び交うようになった
オレも少しずつ頭の中だけでなく 相手に発することが習慣になってきた
以前より人の顔を見るようになった
視界が広がるってこういうことを言うのかな
社会人になって 初めてこんな美味しいお酒を飲む気がする
ビールってこんなに上手いのか
すぐに1杯目が空になって
2杯目を店員さんがすぐに置いてくれる
目が合った佐々木さんと上野さんとグラスをもう一度合わせる
村田さんが他のメンバーと話しながらこっちに視線を送ってる
そこにいるみんながみんな
充実に溢れて
楽しそうに見えた