不合理な日々
「集合~!」
監督から声がかかり 今日の作業者が集まる
「事前に説明の通り 今日から当ビルの足場作りです よろしくお願いします」
パチパチパチ…
今日から12階建てのオフィスビルでの作業だ
高所作業には慣れてきたが 新しい現場にメンバーも総とっかえ
コミュニケーションが得意ではないため 周囲の人が変わって関係性を作るのは面倒だ
だから今回も深くかかわらず 作業だけに集中しよう
「おいアンタ」
「は?」
「は?じゃねぇよ アンタの番だぞ」
「あ すんません」
「さっさとしろよな」
作業前の定期点検の順番が回ってきたがボーっとしていたようだ
声を掛けられるまで気づかなかった
点検を終え作業に取り掛かる
最近暖かくなってきたから 作業中は暑くて仕方ない
脱水症状にならないよう水分補給は必須だ
夏になる前に他の仕事を探したい 最近の猛暑では命に関わる
「島尻ってさぁ 今いくつよ?」
「え?26っす」」
「マジ?タメだわ!」
「あぁ そうなんすか」
「なんだよ 敬語やめようぜ タメなんだから」
「あぁ」
「なぁ 今日終わったら一杯行かね?」
「いや 予定あるから」
「そうなん?じゃあ今度な」
「あぁ」
昔から人と無駄な会話をするのが好きではなかった
幼いころから人と関わりすぎることに不合理を感じていたからだ
誰かに合わせる 誰かに合わせられる 誰かのせいにする 自分のせいになる
時間の無駄だ 自分一人ならすぐ終わることも終わらなくなる
知り合う 仲良くなる 喧嘩する 仲直りする
心の無駄遣いだ 一人なら余計に心を削らずに済む
一人じゃできないこともある?そんなこと知っている
今の仕事も一人では無理だ
だが関係を深くしなくても集団での仕事はできる
どんな仕事もそうだろ
それより時間を割いて人間関係を築いたり 築いた関係が崩れて心を痛める方が
仕事に支障がでる
人生に支障が出る
だから無駄なことに時間と心は使わない
それが信条だ
今日も仕事が終わったら帰り道で飯とビールを買って 食って風呂入って寝る
一番合理的な生き方だ
「おい島尻!それとってくれよ!」
「あ おう」
「サンキュー」
「あぁ」
「お前さぁ 何か「あぁ」とか多くね?」
「そんなことないよ」
「そうか?変なやつだな」
「あんたもよっぽど変だよ」
「あ?なんだって?」
「いや なんでも」
「充(みつる)」
「え?」
「オレの名前だよ!覚えてねぇのかよ」
「覚えてねぇよ こないだあったばっかだろ」
「オレは覚えてるぞ!島尻雅樹(しまじりまさき)!」
「…お」
「お前も覚えろよ!「あんた」って呼ばれっとイラっとすんだよ」
「あんたもオレのこと「あんた」って言うじゃねぇか」
「オレが呼ぶのはいいんだよ 呼ばれんのが嫌なんだよ」
「やっぱ変だ」
「あぁ!?」
「おい 喋ってねぇで手を動かせー」
「(やべっ先輩だ…)はい!」
だから無駄な話しは嫌いなんだ
こうやって無駄な時間と無駄なストレスを抱える
そこからは黙々と作業を続け夜になった
「お疲れさまでしたー」
充に絡まれる前にさっさと帰ろう
明日もあるんだ 無駄な体力を使いたくない
駅までの道を歩いていると後ろから車のクラクションが聞こえた
「おーい 島尻!こっちだ!」
充だ
「なんだよ」
「なんだよってなんだよ 家どこだよ?乗せてってやるって」
飲みに行くのではなく家までの電車賃浮かして貰えるなら願ったりだ
車に乗り込んだ
「家どっち?」
「横浜」
「おっ ちょうどいいやオレもそっちだから」
「というか 車で来てんなら飲みに行くって言ってたらどうするつもりだったんだ?」
「あ?明日の同じ現場なんだから駐車場に置いてくに決まってんだろ」
「駐車代馬鹿にならなくないか?」
「知らねぇの?契約駐車場取ってるから代金なんてかかんねぇよ 無料!」
「あぁ そうなのか」
「お前 車持ってねぇの?この仕事 駅の近くとは限らねぇだろ」
「そんな金ねぇし必要ないから 駅近くの現場選んで貰ってるし」
「そうかぁ 現場選んで貰えるだけいいけどなぁ」
「そうだな」
「しかし なんでこの仕事?お前 あんまこういう現場にいるタイプじゃないよな」
うるさい
「オレはなぁ 頭良くなかったし 先輩に誘われたからなんだけど」
自分から話し出しやがった
「まぁ稼ぎはそこそこだし 家族を支えなきゃなんねぇからな」
「え?家族?」
「あ?なんだよその顔 それにもうすぐ生まれんだぞ」
「え?マジか」
「マジだよ そう珍しくもねぇだろ 今日同じ班のやつでオレらより3つ下で
もう子ども2人いる奴もいたし」
「そうなんだ」
「すげぇよなぁ 4人家族を支えるって」
「そうだな」
「オレも頑張らねぇとなぁ 体張って 汗水たらして金稼いで」
「お前 偉いんだな」
「え?そうか」
「あぁ」
「へへ そうかぁ」
あからさまにニヤケだした わかりやすい奴だ
「命をかけて家族を守る そんな親父がオレの理想なんだ」
「へぇ~… おい前」
「お前もさぁ 家族持ったら…」
「おい!赤だって!!」
「っえ!?」
キキーッっ!!!
シートベルトが胸を締め付けた
「わ わりぃ」
もう二度とこいつの横には座らない
「そ それよりお前は?こういうのもあれだけど 危険も多いし 命がけだろ?」
「あぁ オレは…営業トークしたり 机に向かって座りっぱなしってのが嫌でね」
「あぁ お前そういうの苦手そうだもんな」
うるさい
それ以上突っ込まれるのも嫌だったので黙っていたら
そこからしばらくは充の奥さん自慢が続いた
学校一の美人だったとか 料理が上手いとか 気遣いができるとか
オレにはもったいないとか 生まれてくる子どもは絶対美人かイケメンだとか
誰かのために働く
そういう姿がカッコいいと思ったこともあった
だが 今のオレには関係ない
誰かを好きになるということは 誰かに好かれたいと願うことでもある
うまくいこうがいくまいが いずれはぶつかり合うこともある
独りなら起こりえない 不毛な争いだ
結婚なんて以ての外だ
誰かと気持ちが依存し合い ぶつかり合い 修復したり 離れたり
心の無駄遣い
不合理だ
「おっそろそろだな」
「あぁ そこの信号でいいよ」
歩道に寄せて停めてくれたので車を降りた
「ありがとな」
「おう じゃあまた明日な 今度は飲み行こうぜ」
「その内な」
コンビニで弁当とビールを買って自宅に向かう
帰り道沿いにある家から いい匂いが漂い子どもの笑い声が聞こえる
誰かのために働き 家族団らんという幸せを否定はしない
ただオレには必要ない
この弁当と 仕事終わりのビールだけで 十分だ
それから数日経った
作業は順調 充は毎日飲みに誘ってくるがなにかに理由つけて断っていた
仕方ないという顔をしながら車には乗せてくれる
仕方ないはこっちのセリフだ 帰り道が気が気でない
そんな風に思っていた
「おはようございます」
「おはようございます」
朝の監督からの伝達事項が始まった
「え~明日ですが大雨と強風の予報が出ておりますので 急遽ですが休工となります
今日の作業予定は全面 明日のための補強工事と 途中作業のものは落下・ 破損を
しないよう 対応とダブルチェックをお願いします」
「せっかく 明日休みでも雨じゃあなぁ せ~のっ」
「ほいっ 奥さん大変なんだろ?一緒にいてやれるじゃねぇか」
「そうだなぁ 1・2・3 ほい」
充とは日常会話しながら作業ができた
いつの間にか息が合ってきていた
「順調だな この調子ならあと1~2時間だ」
「あぁ」
だんだん風が強くなってきているのを感じた
足場がたまに揺れる 予報より少し嵐の到着が早まっているのかもしれない
昼休憩を知らせる声が聞こえた 下に降りる
「昼かぁ 今日どうする?」
充が後ろから声をかけてきた
「どうするも何も インスタントだろ 早く作業済ませたいし」
「そりゃそうだが色々あんだろ! ラーメンとか 焼きそばとかさぁ」
「じゃあ 焼きそばかな」
「おっ いいねぇ!」
トンッ
先に地上に着いた
ふぅっと一息ついて上を見上げた時
グォォ…
…ゴォオォォォォォン!!!
「うわっっ!!!」
聞いたこともない轟音と共に
急に何か大きなものに押された気がしてよろめいた
突風だ
「なんだっ今の!?」
「おーい 大丈夫か!?」
「大丈夫ですッ」
「こっちも」
「足場は!?」
「なんとか倒壊はしないと思う!」
周りから声が行き交う
「島尻!大丈夫か!?」
充から声が聞こえたので振り返った
「大丈夫だ お前は…」
ガラ…ガラカラカラカラ…!
嫌な音が聞こえる
どこだ
カラカラカラカラカラカラ
音が速くなってきている 何かが転がっている
上だ
「いやぁ 焦った焦った」
充は気づいていない
上を見上げた
何本か棒状の物体が見えた
鉄パイプだ
充の
真上だ
「み みつるっ!!!」
「あ?」
咄嗟に服をつかんで充を引っ張った
思い切り後ろに引っ張り降ろしたので充は転げている
「いってっ!なにす・・・」
上を見上げた
自分の頭上にパイプが見えた
「しまじりぃぃぃっ!!!」
無意識で 手を頭上に挙げた
ガラガラガラガランッッッ!!!!
「それじゃあ皆様 乾杯!っ」「かんぱ~~~いっ!!」
奥の座敷で団体様が乾杯している
「そうなのよぉ~!信じられない!」
後ろの席は女子会で盛り上がっているようだ
「そういやさぁ 昨日の強風で何本かパイプなくなったらしいな」
「へぇ」
目の前でビールを半分空にして焼き鳥を頬張っている
「いやぁ 今日のビールはうめぇわ 生きてるって感じ」
「そんなもんか?」
「そうだろ!ただでさえ命拾ったんだし 余計に今日はうめぇわ!」
「そうだな」
自分もビールを一口飲む
「しかし奇跡ってあるんだなぁ うまいこと落ちてきたパイプがお前を避けるなんて」
「まさに 命拾いだったな」
「しっかし 口で言うのは簡単だけど ほんとに命がけの仕事だよなぁオレたち」
「……お前さ いつまでこの仕事続けんだ?」
「あ?なんだよ急に」
「言葉の通り 命がけだよ お前 大事な家族がいるんだろ」
「あ…あぁ」
「あの時 もしお前に何かあったら 奥さんや 生まれてくる子どもは
誰が守んだよ」
「そう…だな」
「いや 偉そうなこと言える身分じゃねぇけどさ」
「いや お前の言うとおりだよ
オレも今回のことでちょっと考え直すことも必要かなって思えてきてたんだ」
「そうなのか」
「あぁ でも今すぐ辞めることはできねぇ 稼ぎがなきゃ結局守れねぇからな」
「まぁ そうだな」
「でも長くは続けないだろうな」
「命をかけて守るのは 命を危険に晒すことじゃないもんな」
「あ…」
「あ?」
「いや その通り だな」
「え?」
「いやぁ どっか勘違いしてたかもな」
「何を」
「う~ん 世の中のお父さんを?」
「はぁ?」
「命がけで家族を守るって 体を張ることのイメージが強いんだけど」
充が珍しくまじめな顔をする
「でもそれだけじゃないよなぁ
あそこで宴会してるサラリーマンも 酒運んでくれた店員さんも
焼き鳥焼いてる人も 鳥育ててる養鶏場の人も
みんな命がけで働いて 家族守ってんだもんなぁ」
「何当たり前のこと言ってんだよ」
「いや 当たり前にありすぎて気にしねぇけど 考えると
みんなすげぇよなぁ」
「まぁ そうだな」
気持ちの問題だ
みんながみんな 誰かのために働いているわけではない
だが 口には出さなかった
何かに納得したように頷きながら
もやもやした気持ちが何かしら晴れたのだろう
旨そうに焼き鳥とビールを頬張る充を見て
それでいいと思った
全く
人は論理だけじゃねぇな
増々 不合理だ