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帰り道  作者: マン
2/5

目覚めた

 「ねぇねぇ明日は何時頃帰ってくるの?」

 「明日?」

 「うん 休日出勤するんでしょ?」

 「あ~22時くらいかな」

 「休日なのに遅いねぇ」

 「まぁ繁忙期だから 来週は休みとれっからドライブでも行こうよ」

 「ドライブ!?やった~!」


白石菜実(しらいしなみ)と滝誠(たきまこと)は金曜の仕事帰りに一緒にディナーを済ませ 誠の家まで電車で帰っていた


 「ドライブはどこ行く~?」

 「う~ん 暖かくなってきたし 春っぽいとこがいいかな」

 「じゃあピクニックは?」

 「あぁいいね お弁当作ろうよ」

 「うん!」


菜実と誠は同じ会社の同期で新人研修時代からお互い惹かれあった

付き合って5年 時に喧嘩もあるが順調な関係が続いていた


 「じゃあ明日は大人しくしてますよ~ 明日の夜ご飯何がいい?」

 「や 遅いから会社で食べちゃうよ」

 「そっかぁ 了解」


誠は配属されてから歴代最高の営業成績を叩き出し 順風満帆

仕事に集中することで菜実との時間も前ほど取れなくなってきているが

休日はできるだけ一緒の時間を過ごした


 「ふぁ~ 眠… 飲みすぎたぁ」

 「まだ着くまで時間あるし寝てていいよ 起こすから」

 「よろしく~…」


仕事で期待される誠は休日に出勤することも少なくない

菜実は休みの日に家事を手伝い 少しでも負担が軽くなればという思いを持っていた


 「あ そういえば…」

 「スー…スー…」

 「寝ちゃったか」

 「スー…んっ…ん~…」


菜実は誠の肩に寄りかかり眠りに落ちた 酒を飲み過ぎると眠くなる体質

仕事が忙しいと誠と会う機会が減り 外での食事も久しぶりだったので 

つい酒が進んだ


浅い眠りの中で短い夢を見た


最近 妙にリアルな夢を見ることが多かった

内容はあまり覚えていないこともあったが 辻褄が合わないような

ファンタジックな夢ではない


昨日今日あった人が出てきたり 会社で仕事をしていたり

横に座る同僚の怜美(れみ)と話していたり

時には怜美と顔を合わせるのが恥ずかしくなるような

怜美と彼氏がイチャイチャしている情景を見ることもあった


そんな夢を見た朝は(私 欲求不満なのかな)と思うこともあったが あくまで夢だ

今の誠との日々に大きな不満はない 仕事を理由に会えないことも多いが

会える時は幸せを感じる そう思えることで十分だった


 「おい もう着くよ」

 「ふぇっ…」

 「あぁ よだれ!ったく」


誠がティッシュを差し出す


 「あ ありがと」

 「お疲れなんだよ 今日は早く寝よう」

 「うん」


口を拭ったとき 電車が駅のホームに入った

周りにはそれほど人はいなかったので見られてはいないだろう

そんなことを考えながら電車を降りた


改札を出て誠の家までのおよそ10分の道を一緒に歩いた


 「明日の朝ごはん なんか買ってく?」

 「…」

 「おい どした?」

 「あ ううん! 誠と一緒に朝出て家に帰るよ」

 「そっか」


ぼーっとしてしまった

一緒に歩きながらさっき見た夢が鮮明過ぎて頭から離れなかった


夢には誠が出てきた

スーツを着ていたので仕事かもしれないと思ったが いたのはオフィスビルではなく

高級なレストランだった


それだけなら特に頭に残らないと思うが テーブルを囲む相手が女性だった

二人ともとても楽しそうにしている


食事を済ますとレストランを出てエレベーターに乗り 上階にある部屋に入っていった


女性は自分ではない

どこかで見覚えのある女性だった気がする


嫌な夢だ


 (いくら欲求不満といってもこんな夢…最悪…)


そんなことを考えているうちに誠の家に着いた


 「オレ 明日の朝シャワー浴びるから もう寝るわぁ」

眠そうな顔で誠が言う


 「あ うん 私シャワー浴びてから寝るね」

 「おやすみぃ~」

 「おやすみ…」


疲れているのだろう 明日も仕事ということだし 起こさないように気遣いながら洗面所へ向かった


 (泊まりに来ても 明日が仕事じゃ仕方ないしね)


先ほどみた夢のせいで妙な考えが菜実の頭の中を駆け巡っていた

シャワーを浴びれば頭もスッキリすると思っていたが 

暖かいお湯を全身に浴びて頭が冴えてきたことで

むしろ夢の情景が鮮明になり始め 細かい点が見えてきた


靴は今日履いていたものとは違う

鞄はいつものリュックタイプのビジネスバックだ 

スーツは今日着ていたのと違う色

誠は3着のスーツをいつも同じ順番でローテーションしていることは知っている

たまたまだと思うが 明日着るであろうスーツだったように思う


 (何考えてんだ 私…)


バカバカしくなったところでシャワーを出て体を吹いた

髪を乾かし タオルを巻きながら洗面所を出ると つい壁にかかったスーツに目が行った

誠はスーツを横並びに壁にかけている

一番左が今日着ていたものだから 一番右が次に着るものだ

やはり夢の中でみたスーツは明日着るはずのものだった


 (もっかい 夢 見れるかな…)


菜実は同じ夢を立て続けに見ることが稀にあった


望んで見れるものではないとわかっていながらも ここまで頭に残ってしまうと

気になってしかたなかった


気持ちは沈むかもしれないが どこのホテルレストランなのか 相手がどんな人なのか 

先ほどはハッキリわからなかったところを見たいと考えるようになっていた


複雑な気持ちを抱え 水を一杯飲んだ


しばらくして誠の眠るベッドに入った

誠はぐっすり寝ていた

寝顔を眺めていると胸が痛くなった


 (おっかしいな…普通 曖昧な夢なんて 実物見たらすっ飛ぶものじゃないのかな…)


リアルな夢をみる自分が嫌になった


 (…あ~っ!このままじゃ寝れん!なんか別のこと考えよ!)


無理やり頭の中を入れ替えようと思い 怜美を思い浮かべた


 (あぁ アイツは今頃いちゃこいてんだろうなぁ くそぅ

  来週飲み行って聞き出してやろ)


怜美と話すことは楽しかった

お互い思い思いに好き勝手に話し 話疲れるとひたすらデザートを食べ 

食べ終えたらまた話し出す

空気感が合う怜美のことが大好きだった


怜美と一緒に話し明かす様子を思い浮かべていると少し頭が晴れてきて

いつのまにか眠りに落ちていた



夢を見た

またあの夢だった



菜実は夢の中でも意識がハッキリしている感覚だった

自然と 映る情景を事細かに覚えようと意識した


誠達が食事を終え ホテルの部屋に入り 

事が進むところまでしっかり見たところで

目の前が明るい光に包まれた


日のまぶしい光が差し込んでいる


 「あ 起きた?おはよ~ オレもう行くからカギ閉めてってね」

夢で見た誠と同じスーツを着た誠がそこにいた


 「おはよ… ごめん 一緒に行くって言ったのに」

 「いいよ 休みなんだからゆっくりしてって」

 「うん」


誠は鞄を持ち 靴を履いた

 「じゃあ 行ってきます」

 「行ってらっしゃい」


誠が部屋を出て行った


すぐに追いかけようとも思ったが さすがに追いつかない

それよりも 夜が気になる

夢で見たレストランで時計も見れた 18時だった


場所はわかる

昔一緒に行ったことがあるレストランだ


洗面所で顔を洗い 気持ちを整えた


 (ただの夢だ だから 確かめるんじゃなくて 

  夢に出てきた場所に休日にフラっと行ってみる それだけだ)

そう自分に言い聞かせた


メイクもそこそこに家を出て一度自宅に帰った


少し休んだ後 服を着替えてホテルレストランのある駅に向かった


14時 少し早すぎた

カフェで時間を潰し 17時頃にホテルに向かった

あのレストランに行くには1Fのロビーからエレベーターに乗るしかなかった

ロビーには椅子がいくつもあったので入り口とエレベーターが見える位置に座った


 (なんか 寂しい)


1人で座って待っている時間が異様に長く感じた

時々目が潤むのがわかったが 深呼吸して整えた


時々ホテルマンが視線を送ってくるのが見えるが 待ち合わせして人を待っているだけ

そう自分に言い聞かせて自然な装いを続けた



17時55分

18時を前にしてまだ目当ての人は現れない


 (ただの夢だし 何してんだ私ホントに… 馬鹿だ… ホントに)


18時になっても何もなければ諦めて帰ろうかと考えた


 (あれ?…レストラン行くって…とっくにチェックインしてて 

  レストランには降りて行くだけってこともあるんじゃない?)


今更気づいた 自暴自棄になりながらも どうしようか考えた


 (一応エレベーターでレストランのある2階に上がって チラ見してみよう)


意を決して立ち上がり エレベーターで2階に上がった


2階はレストランフロアでいくつかの店舗が見える

エレベーターホールから一番奥まで歩いた先にあるのが目当てのレストラン

更に奥まで歩けば確かトイレがあったはずだ


 (トイレに行くふりをして中を覗いてみよう)


ゆっくり歩き出し レストランが見えた

夢で見たのは窓際の席だったが 入り口から見える位置だったと思う


入り口に近づく


入り口近くにいるアテンダーがこちらを見るが 意を介さず店内を素早く見渡す


アテンダーが声をかけようと近づいてきたが

すぐに目線をトイレに向けて足早に去った




トイレに入り個室に入って



座り込んだ




一瞬ぼーっとしたが

涙が頬をつたうのがわかった


泣いていると自覚してからは

感情が抑えきれなくなった



足が震える



涙があふれる



声が出そうになるが無理やりハンカチをあてて抑えた

水洗を流して音を誤魔化した




誠だった


確かにそこにいた


夢なんて見なければよかった


そうしたら気づかなかった


なんで来てしまったのだろう


誰かと5年付き合ったのは初めてだった


信じていた


毎年 誕生日はお互いが好きな料理を食べに行った


他の女といた


このレストランは昨年の自分の誕生日に連れてきてもらった


1時間前から入り口を見ていたのに通らなかった


美味しいとって食べていた私を可愛いと言ってくれた


多分 チェックインしているんだ


サプライズで誕生日ケーキを出してくれた


夢では 21時ちょうど上階の部屋に行った


あの日も食後にこのホテルに泊まった


今日は晩御飯いらないってそういうこと?


彼女と誕生日に行った場所を使う?普通


夢は覚えてる


703号室 名前に似ていたから記憶に残っていた





しばらくして菜実は手洗い場で目頭を軽く拭い トイレを出た

エレベーターに乗り 7階に向かう

またトイレに籠る


2時間そこで待った

時より人が入ってくるが 大きく作られたトイレなので不信には思われないだろう

念のため1回違う個室に移った


21時になった

トイレを出てエレベーターホールに向かって歩いた

703号室の場所はわかっている

エレベーターホールのすぐ目の前だ


エレベーターホールまであと少しのところで ちょうどエレベーターが開いた音が聞こえた


手を組んだ男女が出てきた 


誠だ


そのまま703号室へカードを通し入っていくところまでしっかり見た

菜実は手にスマートフォンを握っていた






ホテルから自宅に帰る道すがら


封筒と切手を買った


合鍵を入れて送り付けてやる













 「5年だよ!?5年!そんなことある!?」

 「あぁあぁ ひでぇ話だよホント」

 「ちょっと何そのリアクション!?私がどんな思いしたかわかってんの!?」

 「わかってるよ 飲み始めてもう2時間だぞ?その話でずっと2時間…」

 「2時間話しても全然スッキリしないのよ馬鹿!

  もぅ~!なんであんたにしたかなぁこんな話…」

 「なんだよ お前がたまには飲み行こうって言ったんだろ?そしたらいきなり彼氏と別

  れた!浮気された!今日は飲む!ってもう日本酒何杯だよ…」

 「いいじゃん飲んだって~…ふぅ…ふぐっ…ぐっ…」

 「わっ 泣くなって!ごめんごめん!飲んでいいから!な?好きなだけ!話聞くから」

 「ふぐっ…」

 「な?大学時代のよしみだしさ ちゃんと話聞くから オレも飲むから」

 「よし!じゃあ朝まで付き合え!熱燗2合おかわり!」

 「え?まじ?」

 「すいませ~ん!熱燗2合お願いします!」

 「え?まじ?」

 「何?さっき一緒に飲むって言わなかった?」

 「いや いったけども」

 「男に二言を持つな!」

 「…はぁ 明日行きたいとこあったのに…」

 「何!?私の話が聞けないっていうの!?」

 「そんなこと言ってねぇだろ…?」

 「はぁ…男ってなんでこうなんだろ」

 「男で括るなって…でもまぁ浮気するような奴ってわかってよかったんじゃない?

  悪い男にハマったままより 目ぇ覚めてよかったじゃん」

 「だよねぇ!あんなクソ!」

 「てかどうでもいいけど こういうのって女友達とかと話すもんじゃないの?」

 「いないのよそんなこと友達!」

 「いるだろー あぁー例えば ゼミの時のやつとか」

 「みんな地方行っちゃったんだもん!」

 「あぁ~確かにな 東京残ったのオレらと…あとアイツ…え~」

 「アイツ?」

 「そうアイツ…えっと…顔出てんだけど」

 「え?かわいそ ゼミ友達くらい覚えてるっしょ普通」

 「じゃあ思い出してよ!アイツだよほら」

 「アイツじゃわかんないって」

 「ん~ なんか静かなやつで」

 「男?」

 「そ いっつも端っこ座っててさ あぁそういや合宿にも来なかったもんなぁ」

 「ん~ いたっけそんな奴」

 「うわ お前の方がひどいぞ」

 「うっさい! それより私の話を聞け!」

 「わかったよ でももうだいたい聞いたぞ?浮気現場見つけて 

  動画撮って送りつけてやったんだろ?」

 「そうなのよぉ~! しかも私の誕生日に…!」

 「いったレストランなんだろ?」

 「そうなのよぉ~! 信じられない!」

 「そうですね~信じられませんね~」

 「でしょぉ!?もう! すいません!熱燗2合!」

 「えっ!?さっきのいつ来た!?いつ飲んだ!?特殊能力!?」



菜実は誠に別れを告げた

勢いで会社にも退職届を出した

もう同じ会社にいたくなかった


そんな理由で退職するのはどうかとも思ったが

特段会社に愛着はなかったし このまま同じ会社で働いていたくなかった

蓄えはある程度あった 社会人になって得た人間関係は一旦白紙にして

新しい道に踏み出すんだ



今日は好きなだけ飲み明かしてやる

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