第9話「ちょっとそのテンションわからないんでけど。どんな気持ちで見ればいいの?っていうツッコミする人、多いよね②」
くるくる回っていたオールドエイトが動きを止めた。
「魔王様、諦めてはいけません」
「もうよいのだ。所詮、無駄なことだったのだ」
「魔王様、まだ――」
「黙れ」
体が動かない。叫んでいない静かな声なのに腹の奥まで響く魔王の言葉。初めて魔王が魔王らしく発言したように思えた。あんなにふざけていたオールドエイトが真剣な表情になっている。
これは……演技じゃない。
「もうよい。余は疲れた。少し休む」
「しかし――」
「煩いと言っているのだ!」
声を張った魔王の声に城内が応えるかのように震える。オールドエイトも一歩下がって語気に耐えているようだった。僕は気づけば腰が抜けたように地面に座り込んでいた。
魔王がゆっくりと玉座から立ち上がる。肩ごしに僕を見下ろすように見つめた瞳はとても冷たく僕の心臓を掴んでつぶすかのような威圧を感じた。僕は呼吸が浅くなった。
僕を一瞥した魔王は歩き出して出口へと向かう。
「余が目覚めるまでに、そいつを始末しておけ」
「魔王様!」
すると魔王は一瞬立ち止まり、静かに言った。
「これは命令だ。いくらお前でも断ることは許さん」
僕はこのやり取りを腰を抜かしながら、ただ茫然と他人事のように見つめることしかできなった。
『そいつを始末しておけ』つまり、自分の命がかかっているというのに。
オールドエイトも二の句が継げず、魔王の退室をただ見守るだけだった。
数十秒後、魔王がいなくなった室内は静けさに包まれた。少しずつ僕の意識がはっきりと思考力を取り戻していく。まずい。やばい。死ぬ。それでもまだ半分信じられない自分がいた。
オールドエイトを見ると下を向いてうなだれていたが、やがて僕へと顔を向けた。
「少しは期待していたのにな。残念なことだ」
さっきまでふざけていたオールドエイトとは違い、表情が死んでいる。役立たずのゴミを見るかのような視線を向けているように思えた。
オールドエイトはゆっくりと僕へと歩き出す。僕は色々な感情が頭を駆け巡るが、まったく考えがまとまらない。
だた、オールドエイトが近づくにつれて、僕は座ったままなんとか後退をした。呼吸が浅い。上手くできない。何度も短い呼吸音が耳に響く。無様だ。まったくもって無様だ。どうしてこんなことに……。
「玉座の間を汚すわけにはいかないからな」
オールドエイトは目の前に立つと、僕の服の襟首をつかんだ。首がわずかに締まり、自然にぐうっと声を漏らしてしまう。体が少しだけ浮くと、ずるずるとひきずられるようにして玉座の間を出ることになった。
僕は必死に首に締まってくる服を両手でつかんで、締まらないように首から守るのが精いっぱいだった。足は段差に応じて無造作に揺れ、僕は息苦しさとみじめさで視界がゆがんでくるのだった。
ずるずると引きずられながら、長い廊下を進む。途中で衛兵と思われる影が近づいてくるのが見えた。
「オールドエイト様。ソイツは何者で?」
体こそ人間に似ていたが、顔が三股に分かれていて、それぞれの顔が爬虫類に似ていた。僕を憎そうに睨みつけているように見える。
魔王とオールドエイトしか見ていなかった僕はモンスターらしいモンスターを見て、ここが異世界なんだと完全に理解した。そして間違いなく殺されるのだと自覚した。
「城への侵入者だ。これから始末しに行く」
「それなら俺がやりますよ。人の肉を食べられるなんて久しぶりですから」
「いや。魔王様からの直々の命令だ。私が責任をもって殺す」
「そうですか……残念だなぁ。死んでからだとまずくなるんですよ」
モンスターは本当に残念そうに僕を見た。食料になる生き物を見つめるような、僕への心が感じられない視線だった。僕は死んだあと、こんな奴らの食料にされるのだろうか。